BLEACH
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私を陥れた世界で、君達は。
――あの人を、泣かせた世界で。
耳に届いた声にゆっくりと目を開く。
一瞬だけ歪んで、それから視界がはっきりとした。
徐に左側に瞳を向ける。ピ、ピ、と微かな電子音が同じ様な感覚で鳴っていた。
「あの人を泣かせた世界で、…あの人を憎まれ役に仕立て上げたこの世界で。」
『――…。』
「テメェ等は馬鹿みたいに笑うんだな」
天井から静かに降り注ぐ光が側に立つ一護のオレンジ色の髪を照らしている。
彼の背後には私を監視する様に朽木ルキアが立っていた。
此方を真っ直ぐに見下ろして呟く様に言った一護が「この言葉は、」と続ける。
「この言葉はグリムジョーが俺に言った言葉だ」
『…。』
「現世で初めて出会った時に、あいつは俺にそう言った。」
最初は何の事を言ってんのか全然分からなかった。
だから虚圏でまた戦った時に、この言葉の意味を聞いたんだ。
…あいつは教えてくれなかったけど、ウルキオラが答えてくれた。
ウルキオラはグリムジョーの言葉を俺が伝えると納得した様に「あぁ、」と目を細めて。
《確かに藍染様は時折涙を流していた。…あの人の笑顔など、俺は見た事が無い》
あの人はいつもつまらないと言っていた。
そんな世界でお前達は必死に生きているのだと思うと、不思議で不思議でならなかった。
あの人を見ていると、この世界はとても嫌なものの様に見えてくるから。
《――あの人は自身の事を度々"この男"と称していた。…恐らく藍染様は藍染様では無かったのだろう。》
《…どういう、意味だ?》
《俺自身詳細を説明出来る程理解出来ている訳ではない。ただあの人は藍染様では無かった。…俺が言える事はそれだけだ》
『……』
なあ、そんな一護の声がぽつりと部屋に響く。
あんたは一体誰なんだ?
続けて放たれた言葉に一護の背後に立つルキアがごくりと生唾を飲み込んだ。
『……君は、自分が悪魔として生まれたならどうする』
「…え」
『他人を傷つけ、沢山の人に消えない傷を残して。…そんな事を、やがてするであろう人間に自分が生まれたと知ったなら』
君はどうする。
彼女の質問に一護が沈黙する。
答えられる筈がないのだ。…何故なら自分がこの先に何を起こすかなど分からないから。
彼女の言う様な事が現実に起こる筈がないから。
『私は酷く絶望したよ。…そして死のうとした』
でも出来なかった。それは私が怯えてしまった事と、
…私が居た事によって生まれる命の事を思い出したからだ。
一護とルキアが顔を見合わせる。彼女のいう言葉はとても信じられる様なものではない。
しかし静かに淡々と語る彼女の言葉は確かに"本物"で。
『思い出してしまったんだよ。…グリムジョーや、ウルキオラや、ハリベルや…』
スターク、リリネット、バラガン、ノイトラ、ザエルアポロ、ゾマリ、アーロニーロ。
つらつらと名前を言っていく黒凪に一護が眉を寄せる。
彼等は私が居ないとあの姿に成れなかった。力を手に入れられなかった。
私が居ないと。
『彼等は虚圏で意味も無く彷徨い続けているだけ…』
「ちょ、ちょっと待てよ。…意味が、」
『そうさ。誰も分からない。』
私のこの現実味のない悩みなど、誰も。
諦めた様な表情で微笑む彼女にぎくりとする。
私はこの世界の圧倒的な悪なのだよ、黒崎一護。
微笑んだままで言った彼女は、今まで見た中で最も理解不能な事を口走っている。
しかしそれを話す彼女は何処までも真実味に溢れていて。そして。
『……。もう行きたまえ、黒崎一護』
「!」
『君が思い悩むような事ではない。…悩んだ所で、先に答えはない。』
「…。…破面は殆ど死んじまったけど、ハリベルって奴とネル、あと、」
グリムジョー、ウルキオラは生きてる。他にも殆ど十刃は生きてるって浦原さんが…。
一護の言葉に、初めて黒凪が表情を崩した。
そして驚いた様に上げられた顔に、ルキアと一護が目を見張る。
黒凪の頬は涙で濡れていた。
『…っ、そう、か』
「お、おい…」
『(私が居た事で変わったのか…?それとも元々こうなる筈だった?…いや、どちらでも良い)』
生きていてくれているなら。
静かに涙を流す黒凪にルキアと一護が顔を見合わせる。
そして一護が生唾を飲み、口を開く。
口の中は異常に乾いていた。
「…藍染、惣右介」
『!』
「聞いた事はねえんだ。でも、…頭にふと、浮かんだ。」
『……。』
涙で濡れたままで黒凪が顔を上げる。
そんな彼女の表情から、彼女の感情は読めなかった。
途端に一護も言葉を止め、言い淀む。
ガコン、と彼等の背後で何かが動き、音が響いた。
「――その名前、ボクも浮かんだ事ありますわ。藍染隊長。」
『!』
「…藍染、様」
『……そんな姿になる事を了承したのかい?らしくない。』
霊圧を抑える特殊な布なのだろう、それに身体をぐるぐる巻きにされたギンと東仙に眉を下げる。
洗脳は完璧に解けた頃だろう?私が憎くて来たんだろうけれど、今となっては私は君達に何の感情も――…。
泣いた後みたいな顔して何言うてはるん?藍染隊長。
そんなギンの言葉にも笑顔を崩さない。
「…破面の子等には弱いとこ見せるくせに、酷い人やなぁ」
『君の前で醜態を晒したらそれを弱みとして握られてしまいそうだからね。』
淡々と言った黒凪に「はは、」とギンが困った様に笑う。
そして「あんたは相変わらずや」と彼が眉を下げて言った。
その後に続けて放たれた言葉は、
「あんた、ホンマはそんな人とちゃうんやろ」
『………。』
「もうええんとちゃいますの。…あかんの?藍染隊長。」
「…藍染様、私は貴方が分かりません。…初めて出会った日から、今まで。…ですが、」
貴方がとても優しい人だという事だけは胸を張って言える。
そんな貴方に、私は魅せられたんですから。
顔を伏せる黒凪に「藍染、」と一護が声を掛けた。
ルキアが息を飲み、ゆっくりと近付いてくる。
彼女の顔には明らかに恐怖の色が宿っていた。…当たり前だ。私は彼女にとてつもない恐怖を植え付けた張本人なのだから。
「…もしも、貴様が今までやってきた事が本意ではないのなら、それを示してほしい。」
『……。』
「貴様は私を殺そうとした。しかし結果的に"私は生きている"。そして兄様とも和解し、…結果的に幸せな日々を送ったのだ。」
貴様はさっき、自分の未来が分かっていたならどうするか、と問うたな。
自分の存在で彷徨わずにいられる破面の奴等の事を"思い出した"とも言ったな。
ルキアの言葉にギンと東仙が微かに眉を寄せる。
「…貴殿は誰なのだ藍染。悪魔とはなんだ、思い出したとはなんだ…!」
貴殿は、…そこで止まった言葉に黒凪は顔を上げない。
…貴殿は、一体どれだけの苦しみを背負って。
震える声で言ったルキアは信じられないような私の言葉を信じたと言うのだろうか。
己を殺そうとし、絶望に陥れ、恐怖に沈めた私の言葉を。…私を。
『……。』
「藍染――」
『藍染ではない。』
「!!」
…藍染黒凪などと言う名ではない。
目を伏せて言った黒凪にルキアが眉を下げる。
ギンと東仙も同じ様な顔をして、一護は唖然と目を見張った。
『…だが本当の名を忘れてしまったのも事実だ。』
「……」
『…私の名前は黒凪。この名前だけは真実だよ。』
それ以外は全て―――虚偽だ。
薄く微笑んで言った黒凪に一護の背中にぞわ、と言い知れぬ寒気が走り抜ける。
ギンと東仙はフー…、と安堵したような、緊張をほぐす様な、そんな風に色々の感情が乗ったような息を吐き。
ルキアは震える自身を落ち着かせる様に黒凪から目を逸らし、前髪を掻き上げる。
やっと真実が、姿を覗かせた。
(数百年もの間を虚偽として生きた存在と相見えた瞬間に)
(身体が、震えた。)
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