夏目友人帳
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愛するにはあまりに違い過ぎた
夏目レイコ成り代わるの斑寄り。
悲恋要素あり。
――俺にはとても妖力が高く、また腕っぷしも強い祖母が居た。
彼女は見かけた妖怪達を片っ端から倒していき、やがて彼女が亡くなるまでの間に幾つもの名を連ねた友人帳が出来上がった。
その友人帳はいわば契約書の束で、妖怪達の命と言ってもそう相違はない。
そんなものを孫である俺が受け継いでしまい、現在は妖怪達に名を返す日々を送っていた―――。
『おい貴志。また名前を返したらしいな』
「………。」
『貴志。…授業何てどうでも良いだろ?人間のエゴだ、サボってしまえ』
「……」
反応を示さない夏目にため息を吐いて開いている教室の扉から出て行く少女。
その様子を横目に夏目は深いため息を吐いた。
彼女の名前は夏目黒凪。正真正銘の俺の祖母だ。
何故彼女が居るのかって?…それは俺も訊きたい。
ただ、彼女とニャンコ先生が話している側に居た事はあったので、大体は掴めているのだが。
《黒凪!?黒凪か!?》
《ぷっ、斑か!お前なんだその格好!》
《笑うな馬鹿者!》
そう怒鳴るとぼん、と煙を発して元の姿に戻ったニャンコ先生。
そんなニャンコ先生…、あの時は斑だったかな。
斑を見た黒凪さんは目を細めて嬉しそうに笑っていたのを覚えている。
その顔を見て斑もまた目を細め、微笑んでいたように見えた事も。
《…お前なんで…》
《死んだら幽霊になってた。よくある事だろ?》
《んな事してたら妖になりかねんぞ。お前は余計に妖力が高いんだ、》
《大丈夫だって。またこうやって話せるんだ、少しは喜んだらどうだ?》
にっと笑った黒凪に口を閉ざす斑。
ニャンコ先生の話によれば知り合い程度だって聞いてたけど…。
どうも2人の様子を見ているとそうは見えない。
こう、もっと深い…。何か絆の様なものを感じる。
そんな風にじっと見ているとふと黒凪の目が此方に向いた。
《お前が私の孫の貴志だな?》
《え、あ、…はい》
《ふぅん…。私にそっくりじゃないか》
薄く微笑んでそう言った黒凪は顔をぐいと此方に近づけた。
毎朝鏡越しに見ている顔だ、何とも思わない。
…が。些か祖母だと思うと緊張するものだ。
がちがちになっていると小さく笑った彼女は少し距離を取ってくれた。
それからと言うもの、俺を見届けると言って側に居てくれるニャンコ先生と同じように彼女も側に居る様になった。
ニャンコ先生と違うのは、彼女は授業中だろうといつであろうと現れる事。
多軌や田沼も見えるようだが、彼女は全く気にする素振りを見せなかった。
『…なあ、斑よ』
「んあ?」
『お前なんで私が居ない所ではあんなブタ猫なんだ?』
「ブタ猫とは何だ、高貴な私に向かって」
あんな姿してる時点で高貴?
そう訊き返して鼻で笑った黒凪にバサッと斑の尾がかぶさった。
うお、と目を見開いた黒凪はごそごそと尾の下から這い出る。
するとすぐ目の前に斑の目があり彼女は固まった。
細められた目を見た黒凪はため息を吐き、その場に胡坐を掻く。
「…おい。見える」
『構わん』
「構わなくない。高貴な私にそんな薄汚れたものを見せるな」
『汚れてないわ!幽霊のパンツだぞ気になるだろ!』
ならんわ!
そう言って再び尾が黒凪に襲い掛かった。
ぎゃー、ともう一度尾の下でもがく黒凪。
その様子を見ていた斑は一度瞬きをすると小さく笑って目を閉じた。
やがて尾の下から脱出した黒凪が斑の鼻先に凭れ掛かる。
『なあ、なんで私の前ではその姿になるんだ?貴志の前ではブタ猫だろ?』
「ブタ猫じゃない。……お前の前ではこれが普通だっただろう。あの姿だと気持ちが悪い」
『ふーん。…ブタ猫ちゃん』
「…次言ったら噛むぞ」
やってみろ、と言わんばかりに笑顔で再び「ブタ猫ちゃん♪」と言い放った黒凪。
舌を打った斑が口を開き、凭れ掛かっている黒凪を地面に落とした。
そして鼻先で黒凪をコロコロと転がし始める。
数回横に転がった黒凪は起き上り、斑の鼻先をぺち、と叩いた。
すると少しくすぐったそうに斑が目を細める。
『斑、…結局お前と勝負をつける前に私は死んでしまったよ』
「…早すぎた」
『ん?』
「お前が死ぬのは早すぎた」
少し悲しげに、そう言った。
そんな斑を見た黒凪は小さく笑って再び彼の鼻先に凭れ掛かる。
大きくて綺麗な斑の目が此方を真っ直ぐと見ている。
その瞳を見返して黒凪はこてんと首を傾げた。
すると突然草むらががさ、と揺れ黒凪が凭れていた背を起こし斑が顔を上げる。
風が吹く中、黒凪は草むらを見た。
《――黒凪!》
《斑、》
ああ、思い出す。
――死んだあの日を。
友人帳を狙った妖怪の所為だった。
見計らっていたのだろう、妖怪が襲い掛かって来たのは名の知れた妖払いが斑を封印しに掛かっているタイミングだった。
偶然封印されかけている斑を見かけた。
…助けようとした時だった。
斑は襲われている私を見て妖払いから意識を逸らしてしまい、封印され…私は死んだ。
「……何者だ」
『待て、斑』
匂いを嗅ぐ様に下げられた彼の鼻先に腕を伸ばし、自分の肩にぐっと近づける。
腕と肩で鼻を固定された斑はフン、と息を吐いた。
妖払いか、それとも妖怪か。
2人共同じ事を思い、また思い返していたのだろう。
目付きも空気も、全てが鋭かった。
「…あ、の」
「……何だ、お前か夏目」
『私も夏目だ。』
「お前は黒凪だ」
暫し睨み合い、つい、と夏目に目が向く2人。
その目を正面から受け止めた夏目は困った様に頬を引き攣らせた。
いつの間にか学校が終わって、会いに来てくれたようだ。
彼は2人の只ならぬ雰囲気に押されてか、2人の前で座り込みため息を吐いた。
『すまないな、変に睨みつけてしまって』
「いえ…」
「もう少し普通に出て来い」
「…言っとくけど此処森だろ?普通ってどうやれば…」
困った様にそう言った夏目に再びフン、と息を吐いた斑。
そんな斑を見ていた夏目は次に黒凪を見る。
彼女は側に有る草の上に乗っている雫を見ていた。
あの、と彼女に声を掛けた夏目は此方を見た黒凪の目に口を閉ざす。
『なんだ?』
「いえ、あの…。…授業中に話しかけて来た時、何かあったのかなと」
『ああいや。…暇だっただけだよ』
「そう…ですか」
寂しそうな人だったんだ。
誰かの声がした。
過去に出会ってきた黒凪さんの友人である妖怪だろうか。
でも確かに誰かが言っていた。
彼女はいつも笑顔で破天荒だったが、いつも悲しそうだったと。
『…貴志』
「!…はい、」
『私は死んで良かったよ。…誰も私に気付かない』
空を見上げてそう言う黒凪を黙って見る斑と夏目。
彼女は小さく笑うと此方に目を移した。
その瞳に嘘は無く、純粋に喜んでいるようだった。
夏目はぎゅう、と締め付けられた胸元に手を持って行く。
『誰も私に構わない。…私の側には斑達だけになった』
「…俺は、」
『ん?』
「……俺は人も大切にしたい」
俺はもう少し頑張ってみようと思います。
そう言った夏目に嬉しげに笑った黒凪。
黒凪は眩しそうに夏目を見た。
その様子を見ていた斑が徐に目を閉じ、地面に座り込む。
『私もお前の様になれていたら少しは変わったかな』
「…いえ、俺は黒凪さんの選択は間違ってないと思います」
『……』
「選んだものが違うだけ。優先順位が違うだけ」
貴方はニャンコ先生を選んだ。
夏目の言葉に目を見開いた黒凪。
黒凪は徐に目を閉じている斑に目を移し、小さく笑った。
徐に歩き出した彼女は目を瞑っている斑の側に行くと彼を撫でる。
『お前は人を選んだ』
「…はい。」
『……それで良いよ。後悔しなければ』
斑が片目を開けた。
大きな目と目が合う。
笑った黒凪は斑と共に夏目へ目を向けた。
夏目もまた笑い、微かに吹いている風に空を見上げた。
ああ、何と心地良い日か。
(ずっと嫌だった)
(負けるのも、放っておくのも)
(だからこんなにも微妙な間柄になってしまった)
(…そう、自分を責め続けて一体何年経ったのか)
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