ぬらりひょんの孫
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太陽のような人
母さんは昔死にかけた事がある。
父さんは一度母さんを失いかけた事がある。
…僕も一度、母さんを失いかけた。
「――…俺ぁずっとてめぇの中で見て来た」
「うん」
「親父はお袋を愛していたが、どうもお袋の中では親父の前妻の影がちらついてた」
「…うん」
だから辛くなって死のうとしたんだ。
物心も付かなかった頃の事をふと思い出して、自分の中に居る"リクオ"に聞いてみた。
彼はやはり僕よりもその頃の事について詳しくて。
彼の表情から察するに、何も出来なかった自分を悔いているのだろう。
「俺はお袋を護る。…どうしようもなく親父に惚れちまってる母さんを、独りにはさせねぇ」
母さんと呼んだ彼の意志が、一瞬だけ自分と重なった気がした。
あの頃の母さんは確かに独りぼっちだったのかもしれない。
周りには気丈に振る舞いながら、独りで泣いていたのかもしれない。
僕には笑顔を見せていたけど…ずっと心の内では泣いていたのかもしれない。
俺にとってあいつは太陽の様な女だった。
山吹乙女を失って下ばかり向いてた俺の顔を上げさせた人だった。
笑わなかった俺を、無理にでも笑わせた様な女だった。
彼女は俺の心にするりと入って来て、それで。
「――あいつなら、許してくれていると高を括ってたんだ」
「……」
「あんなに追い詰めてると思ってなかった」
ぬらりひょんの前で項垂れて鯉伴が言った。
彼女なら気にも留めていないと勝手に思い込んでいた。
…俺は、
「…俺ぁあいつに期待し過ぎてたんだろうなぁ、親父…」
「……あぁ。そう言う事じゃろうな」
あの子はそんなに強い人ではなかったのに。
そう思い知って、親父の前でそう吐き出したあの時の事は今でも鮮明に覚えている。
大切な人をあそこまで追い詰めたあの出来事だけは、忘れずに生きていこうと誓った。
「こんばんは、若。黒凪様はいらっしゃいますか」
「あ、猩影君。母さんなら台所だと思うけど…どうかしたの?」
「親父からの言伝を伝えに来ただけです。大した事ではありませんよ」
『あら猩影君。こんばんは』
にっこりと笑って現れた黒凪に「夜分遅くに失礼します」と巨体を折り曲げて挨拶をする猩影。
彼はつい最近に己に妖怪の血が流れていて、しかも極道に関係があるのだと知ったと言うのに随分としっかりしているものだ。
そう思って猩影をリクオがぼーっと眺めていると言伝を受け取った黒凪が「リクオ」と声を掛けて来た。
「え、あ、何?母さん」
『今から肝試しに行くんでしょう?懐中電灯あったから持っていきなさい』
「ありがと…。…あ!そろそろ行かなきゃ!」
『猩影君は今から帰り?だったらリクオと一緒に行ってくれない?』
どうも最近はリクオを狙って妖怪達がうろうろしてるらしいから…。
そう言って困った様に眉を下げた黒凪に「勿論です」と頭を下げて猩影がリクオの後に続いた。
リクオは屋敷から出て少し歩いた所で猩影に目を向けて徐に口を開く。
「ごめんね猩影君…。どうも母さんには逆らえなくて着いて来てもらったけど、もう行ってくれても良いんだよ?」
「いえ、せめてその肝試しの場所までお供しますよ。若もあまり俺の様なのとは一緒に居たくないかもしれませんが…」
「いやいやそう言う意味じゃないよ!これから会うのも妖怪だし!」
「え、妖怪なんですか?若のご友人ではなく?」
うん。ちょっと面倒事に巻き込まれちゃってね…。
リクオの言葉に「そうでしたか…。」と前を向いた猩影に困った様に眉を下げ、リクオも前方に目を向ける。
…次に口を開いたのは猩影だった。
「…あの、これは親父に聞いた話なんですが…」
「うん?」
「以前に黒凪様は妖怪に襲われかけて、それを撃破したと…」
「あぁ、そんな事もあったなぁ…。母さん胸元から拳銃出してバーンッて…」
ほ、本当だったんですか。てっきり親父の冗談だとばかり…。
そう言った猩影は空を見上げ「俺の母親も人間ですが、どうも黒凪様の様にはなれそうもない」そう言った猩影にリクオが目を向ける。
うちの母親もそれだけ強ければ…。
そこまで言った所で隣から溢れ出す妖気にビクッと振り返った。
「うちのお袋はお前が言う程強かねぇぜ、猩影。」
「…若…」
「案外女ってのは強そうな人ほど弱いもんだ。」
…ちゃんとお袋さんを大事にしろよ、猩影。
そう笑顔で言われ、猩影は思わず「はい、」と即答してしまった。
それ程に何故か納得してしまう様な雰囲気をリクオが出していたのだ。
やがて肝試しの場所へ辿り着き、別れた後に猩影は帰る気になれずリクオが戻って来るのを待っていた。
するとその肝試しの場所へ近付く光が1つ。
「――…黒凪様…?」
『え?…あら、猩影君じゃない!どうしたの明かりも付けずに1人で…』
「あ、いえ…俺の独断で若を待たせて頂いておりまして」
『あらあら、そうだったの。私もリクオを待つつもりで来たから一緒に待つ?』
リクオを待つ。そう言った黒凪に目を見開き1人にするわけにもいかず「はい」と頷いた。
すると彼女の隣にもう1人居る事に気付き、その人物にまたもや目を見張る。
現在の奴良組総大将、奴良鯉伴がそこにはいた。
その姿に驚いたと同時に「それはそうか」と納得する。
「(黒凪様を1人で行かせる方が可笑しい…)」
「リクオは上手くやってんのかねえ」
『どうかしら…。今日は土地神様が相手なんでしょう?』
「え、そうなんですか!?」
驚いた様に言った猩影に「ああ、リクオの事だから心配かけない様に誤魔化したのね」と黒凪がすぐに納得した様に笑う。
するとガサ、と草を分ける音がして黒凪が猩影の背後に目を向ける。
その視線の先から少し怪我をした様子のリクオが姿を見せ、其処に居る3人に「お」と少し目を見張った。
「なんでえ、待ってたのか猩影。お袋も親父も来てるし…」
『あら、やっぱり怪我して出て来たわねえ。』
「方は付いたのかい、リクオ」
「まあな。多分もう…」
そう言って建物を見上げたリクオの元に数匹の妖怪が襲い掛かってくる。
舌を打ったリクオだったが、それより早く黒凪が懐中電灯の光を妖怪達に向けた。
突然の光に驚いた妖怪達が一瞬怯み、その隙にリクオが一気に斬り伏せる。
そうして倒れた妖怪達に目を向け、猩影が驚いた様に黒凪に目を向けた。
「ありがとよお袋。助かったぜ」
『いいえ、上手く行って良かったわ』
平然と言う黒凪を見ている限りではやはり"強い"という印象が強い。
こんな人を若は"弱い"と言うのか。
とてもそうは思えない。だが…、
『それじゃあ帰りましょうか』
「あ、お袋。懐中電灯壊しちまってよ…。」
「あんだと?だったら母さんの隣に着いててやんな。4人で一本はキツいからよぉ」
「わあってるよ」
そう言って親子揃って寄り添って歩く姿は必死に母を護ろうとしているようだった。
…まあ、その間に自分が居る訳だが。と猩影は肩身が狭い思いで歩く。
そうして屋敷に入るとこれまた大層に鴉天狗等本家に住んでいる妖怪達が出迎えに出て来た。
「大丈夫でしたか若!」
「黒凪様も大丈夫でした?二代目が居るから大丈夫だとは思いますけど…」
「(よっぽど大事にされてんだな…若も黒凪様も…)」
「…なああんた。狒々ん所の…確か猩影だったか?」
そう声を掛けられ鯉伴に目を向けて「はい」と頷いた。
彼は小さく微笑むと「母さんを大事にな」とリクオと同じ様な事を言う。
狒々の息子であると知っているという事は母が人間である事も知っているのだろう。
――大事に、か。そう考えて目を伏せた。
確かにこれだけ大切にしろと言われてみれば自分はそこまで母の事を思っていなかったのかもしれないなと思い始めていた。
「猩影、これからどうするんだい?泊まってくか?」
「あ、いえ。帰ります。…帰って、お袋に会ってきます」
「…そうかい。またな」
そう言ったリクオは笑顔だった。
そんなリクオに猩影も笑って頭を下げ、屋敷を後にする。
大事に、大事に。
(のう鯉の坊…)
(ん?)
(どーも最近の猩影の奴がよう、母親から離れようとせんのよ)
(おう。)
(急にどうしたんじゃって聞いたらな、母親を護るとかなんとか言いだしよってなぁ…)
(良い事じゃねえか。そのまま好きなようにさせてやんな。)
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