薄桜鬼
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綺麗だと言われたくて
沖田総司成り代わりの土方歳三オチ。
薄桜鬼中編 "京桜が咲いた"とは全く関係ありません。
※夢主は女性です。
どたん!と鈍い音が響き男が倒れ込む。
道場の中は小さな歓声に包まれた。
『やった、また私の勝ちですね。』
「すげー…お前何勝目だよ総司…」
「だー!くっそ何回挑んでも勝てねぇ!」
『新八さん、もうちょっと筋肉落とした方が良いんじゃないですか?動き重いですよ』
にっこりと笑って言った彼…否、正確には彼女。
髪を1つに束ね一目で女性だとは判断できない少女。
とはいっても彼女が女性だと言う事は幹部達以外には秘密になっている。
隊士達は皆華奢な沖田と言う剣士に興味を持ち、毎回今日の様に道場を覗きに来ていた。
そして噂の剣士の圧倒的な強さに目を見張るのだ。
「もう1回だ総司!」
『えー?僕もう疲れましたぁ』
勿論総司と言う名は偽名だ。
本当の名は沖田黒凪と言う。
総司と言う名を名乗る様に言ったのはこの新撰組が浪士組である時代より前から共に居る…。
「おい総司。てめぇ今日は斎藤と巡察だろうが」
『あ、土方さんだ。』
「さっさと羽織に着替えて…」
『土方さーん』
ゆるーく手を広げて土方の首に腕を回す。
僕もう疲れましたー。
そう緩く言ってぐでーっと土方に凭れる。
隊士達は鬼の副長に馴れ馴れしく接する沖田に思わず息を飲んだ。
「汗くせぇな…」
『うわ。うわうわそれは無いですよ土方さん。』
「あ?」
『だって僕おん……、…巡察行ってきまーす…』
土方の鋭い眼光を見た黒凪はそそくさと道場を出ていく。
その様子を見て隊士達は改めて思う、土方歳三は怒らせてはいけないと。
汗を乾かす様に速足に歩き羽織を着て表に出る。
表には己が率いる隊士達と斎藤、そして千鶴が立っていた。
『あれ、雪村も一緒に巡察?』
「は、はい!」
雪村。雪村千鶴。彼女も男の格好をした女だ。
しかし千鶴は黒凪が女性だと言う事をまだ知らない。…本名が他にある事も。
皆で町に繰り出し周りを警戒しつつ歩く。
「…あの、沖田さん」
『ん?』
「先程稽古なさってたんですよね?…その、お疲れでは」
『んーん、全然大丈夫。ありがとねえ』
にっこりと人懐こい笑顔で言った沖田に千鶴が微かに目を見開く。
…その、失礼なんですが。
控えめに言った千鶴にまた黒凪が首を傾げる。
少し前を歩く斎藤も振り返った。
「沖田さんって、…その…女性らしいですよね」
『!』
「ご、ごめんなさい!…ただ、やっぱりふとした時に女性に見えるもので…」
『…あー…。君、屯所に男しか居ない事を知らなかった時僕の事女ですよねって言って来たもんね』
そんなに僕って女っぽいかなぁ。
前を歩く斎藤に問いかける。
彼はじっと黒凪を見ると千鶴に目を向け口を開く。
「総司はよく女の格好をして潜入している。その所為だろう」
「女性の格好を!?」
『うん。浪士達の密会とかって色町でも結構多いからねえ』
でもその密会を調査しようにも潜入させる女は新撰組に居ないでしょ?
だから1番女装したら女に見える僕が潜入させられるんだよね。もし何かあっても僕なら切り抜けられるし。
にっこりと笑って言った黒凪に「そうだったんですか…」と感心した様に言った千鶴。
そんな彼女の様子に黒凪の笑顔が深まった。
『でも君が居るならその必要もないね。潜入は本当の女性がすれば良いわけだし』
「…え、えええ!?」
「総司、冗談はよせ。雪村はお前ほどの腕を持っていない…そんな任務は任せられん」
『ははは、分かってるよ一君。…大丈夫。君に危険な事はさせないから』
そう言ってにっこり笑った時、新撰組か!と図太い男の声が響いた。
チラリと目を向ければその先には既に刀を抜いている浪士が此方を睨んでいる。
沖田…貴様我等の同志を斬ったろう!
怒りと共に放たれた言葉にピクリと黒凪が眉を寄せた。
「死ねー!」
「っ!」
『千鶴ちゃん、下がって』
ガキッと刀がぶつかり合った音が響く。
その音にビクッと肩を跳ねさせた千鶴はおろおろと周りを見渡した。
するとふと黒凪の死角から忍び寄る浪士らしき男が視界に入り込む。
その男の手に刀が握られている事を確認した千鶴はひゅ、と息を飲んだ。
「お、沖田さん!」
『!?』
「総司!」
斎藤も他の浪士達に囲まれ助けに入れる状態では無い。
…他の隊士達もそれぞれ浪士と戦っている。
はめられたんだ、最初から沖田さんだけでも殺そうとしてたんだ。
千鶴の頭にぐるぐると様々な考えが過る。
どうする、助ける?それとも戦う?助けるってどうやって、戦うって…勝てるの?
「っ…!」
『(え、千鶴ちゃ…)』
刀に手を掛け抜き放つ。
そんな千鶴に黒凪の背後から迫っていた浪士は思わず足を止めた。
その様子を横目に目の前の男を1人斬る。
しかしあと2人が目の前に残っていた。
『(まずい、千鶴ちゃんの援護に回れない)』
「何だお前…」
「お、沖田さんは斬らせません…っ」
「…新撰組の仲間か…!」
ぎら、と男の目に憎しみの炎が浮かんだ気がした。
黒凪が2人目を斬る。…あと1人。
千鶴と男が刀を交えた。
気持ちが逸る。早く目の前の男を殺して千鶴の援護に向かわなければ、と。
「死ねえええっ!」
『っ、…よっと』
背中を大きく斬り振り返る。
千鶴が丁度浪士の男に力負けし倒れ込んだ所だった。
足を踏み出す。男の刀が振り上がる。
降ろされた刀を左手と肩で完全に受け止めた。
溢れ出した血に千鶴が目を見開く。
『ホント、頭の良い奴等は厄介で困る。』
「がっ…」
男の首を刀で一突き。
ごぼぼ、とせり出した血に男が咽る。
首からも大量の血が噴き出した。
男が最後の力を振り絞る様に刀をぎゅっと握った。
『い゙っ、』
「沖田さん!」
男が肩で止められた刀を力任せに押し込むつもりだと感じた黒凪がすぐさま体を男から離す。
しかし間に合わず刀は振り降ろされた。
左肩から右足の付け根に向かって胴が斬られ少量の血と着物の切れ端が数枚地面に落ちる。
咄嗟に胸元を抑えた黒凪は痛みに胸元を覗き込んだ。
『(胴はそこまで深く斬られてない、か)』
「沖田さん…!」
「総司、無事か」
肩以外は軽いよ。大丈夫。
小さく笑って言った黒凪の肩を支え斎藤が隊員に目を向けた。
屯所に戻るぞ。数人先に向かってこの事を。
はい、と1人が頷き屯所に向かって3人程走って行った。
『あー…しくじったなぁ』
「すみません、私の所為で…すみません…!」
『大丈夫大丈夫。これぐらいすぐ治るし。…多分。』
あはは、と緩く笑みを浮かべて屯所に戻ると入り口に土方が立っていた。
彼は痛々しい黒凪の様子を見ると眉を寄せ斎藤に代わって彼女を支える。
前隠しとけ、とボソッと彼女に伝え自分の上着を手渡した。
『イテテ…、今日松本先生来てるんですか?』
「いや、今日は…」
『んじゃあ一体誰がこの治療…あ、土方さんですか?』
「馬鹿野郎。俺が診れるかよ」
じゃあ誰が診るんです。
そう言って顔を上げると土方は眉を寄せ考え込んでいる様だった。
…まあ、どうするかは目に見えてるけど。
部屋に着いた黒凪は床に座り込むと服を少し捲り傷口を見る。
ズキズキするなぁ、と眉を寄せていると気を効かせたのだろう、斎藤が千鶴を連れて部屋の前に立った。
「副長、雪村を連れて来ました」
「…斎藤か。丁度俺も同じ事を考えてた所だ」
襖を開き2人を中に招き入れる。
千鶴は黒凪を見ると眉を下げた。
土方が千鶴の両肩を掴み顔を近付ける。
「千鶴。お前にしか頼めない事がある」
「え、あの…」
「総司を…黒凪を診てやってくれねぇか」
「…黒凪…?」
斎藤と土方の目が黒凪に向いた。
ぽかんと彼女を見ていた千鶴はその胸元が少し膨らんでいる事に気付くとはっと目を大きく見開く。
そんな、…え、
何と言えば良いのか分からないのだろう、唖然とそう呟く千鶴に黒凪が笑った。
『僕ね、君と一緒なの。』
「っ!」
『だから屯所に居る皆は僕の治療が出来ない。そりゃあ切羽詰まった状況ならどうにかしてくれるとは思うけどさ』
僕は構わないんだけど土方さんが許してくれなくて。
あはは、と困った様に言った黒凪に千鶴が土方に目を向けた。
土方はずっと黒凪の身体を見ない様に目を逸らしている。
「…千鶴、頼めるか」
「は、はい!」
「外に出るぞ、斎藤」
「はい」
襖をぴたりと閉じると斎藤は自室に戻り土方が外を見張る様に襖の前に立った。
その影を見つつ失礼します、と胸元を開いた千鶴に目を向ける。
彼女は思っていたよりも軽い傷口に安心した様に息を吐いた。
『どう?君1人の処置で治りそう?』
「胴体の傷の方はどうにか…、でも肩は…」
『十分だよ。肩ぐらいなら松本先生にも見せられるし』
テキパキと傷の処置を行う千鶴を見守りながら徐に「驚いた?」と声を掛ける。
彼女は「はい」と頷いて黒凪の顔を改めて見上げた。
女性と言われれば余計に女性に見えてくる。…なんて美しい人なのだろうと、今まで思わなかった事まで頭に浮かんできた。
『…女だと思って見るとどんな感じ?』
「……凄く、お綺麗です」
『あはは、皆それ言ってくれるんだよね』
芸者の格好とかすると皆一斉にやらしい目で僕を見てくる。
冗談交じりで言ったつもりなのだろうが、その様子は安易に想像できた。
お化粧をして、髪をゆえばとてもお綺麗なんだろうと思います。
千鶴の言葉に黒凪が笑って眉を下げた。
『…そう?』
「はい。」
『…そう。そっか。』
僕ってキレイなんだ。
しみじみと言った黒凪に千鶴が目を向けた。
最近はむさくるしいのと一緒に汗まみれになってるからさ、そう言われたの久しぶり。
千鶴の目を黒凪も見返して目を細める。
『嬉しいよ。ありがと』
「……、」
でも、嬉しくなさそうです。
そう言い掛けた言葉を慌てて飲み込んで傷の処置に戻る。
…他にそう言ってほしい人がいるのではないだろうか。…綺麗だと、美しいと。
そう思ってほしい人が他にいるのではないだろうか。
女の勘と言うのだろうか、そんな考えが頭の中を巡る。
《――おー!すげえ!》
《めっちゃ綺麗じゃん!?やっぱ普段はあれでもちゃんとすれば女なんだな!》
《やっぱり女は化けるよなー…》
芸者姿になった黒凪を前に興奮した様子でそう話す永倉、平助、原田。
そんな彼等に「でしょ?」と笑って徐に土方に目を向ける。
どーですか土方さん。綺麗でしょ?
そう問い掛ける。その問いにやっと此方を見た土方は無表情のままに「あぁ」とたった一言だけ返答を返した。
《うむ、流石は黒凪だ!姉上のみつ殿に似て美しい!》
《やだなあ近藤さん、褒め過ぎですよ。》
《いやいや!何処からどう見ても芸者だ!》
《あはは》
――あの時だって土方さんは僕に一言も綺麗だなんて言わないし。
女の子も僕の事を綺麗だって言ってくれるなら僕は恐らく本当に"キレイ"なんだろうし。
…それとも土方さんにとっては僕は"キレイ"ではないのだろうか。
もしもそうなら僕は、
『…綺麗じゃないのかなぁ』
「……え」
『え?』
「…あの、今…?」
千鶴の戸惑った様な声にぱちぱちと瞬きをして「あ。」と声を発する。
もしかして今僕何か言ってた?
黒凪の言葉に千鶴が小さく頷いて口を開いた。
「綺麗じゃないのかな、と」
『…あー…、あはは』
「どうしてそう思われるんですか?…沖田さんは、とても綺麗です」
『うん、ありがとう。…でも僕が欲しい綺麗は君が言ってくれる綺麗じゃなくてさ』
僕が言ってほしいのは、
そこまで言って黒凪の目が障子の向こう側に見える土方の影に向いた。
…ホントさ、あの人堅物すぎて嫌になるよ。もう。
眉を下げて言った黒凪に一瞬だけぽかんとして一気に顔を赤らめた。
「す、すみませんっ」
『え?何が。』
「あの、えっと、」
『別に良いよ。言ったのは君が初めてだけど。』
…僕ね、小さな頃からずっと土方さんが好きなんだぁ。
眉を下げたままで言った黒凪に「そ、そうなんですね…」と千鶴がなんと反応して良いか分からぬ様子で言った。
そんな千鶴にふふ、と小さく笑うと徐に息を吸って口を開く。
『土方さーん、大好きですよー』
「…処置は終わったのか」
『ほらね、毎回あんな感じ。』
「あー…」
困った様に歯切れ悪くそう返し、千鶴が包帯を巻き終わって襖を開いた。
振り返った土方はけろっとした黒凪の様子を見て息を吐くと「すまないな、千鶴」と声を掛けて中に入ろうとする。
そんな土方の手首を千鶴が掴み、土方が振り返る。
黒凪も少し驚いた様な顔をしていた。
「あの、土方さん」
「ん?」
「…黒凪さん、本気だと思います。」
「!」
だから、その…。そう続けた千鶴に小さく土方がため息を吐いた。
その様子に「あ、やばいやつだ」と感じたのは千鶴だけではなく黒凪も同じで。
う、と縮こまっていると「千鶴、あのな」と土方が言う。
次に放たれるであろう言葉に千鶴と黒凪が構えた。
「それはずっと昔から分かってる。心配すんな」
「!」
『え゙』
「あ?何お前まで驚いてやがる」
し、失礼しました!と焦った様に頭を下げて千鶴が襖を閉じてドタドタと走って行く。
あらら…と困った顔をした黒凪は土方に目を向け、一気に暗くなった視界に目を見張った。
温かい。…抱きしめられてる?…え?
『え?』
「お前が斬られたと聞いて驚いた」
『…あぁ、そりゃあ僕が斬られたらびっくりしますよね…』
「…。気が気じゃねぇよ。お前が死ぬかと思うと」
だから嫌だったんだ。お前に下手に俺の気持ちを伝えるだなんて。
黒凪が目を見張る。
土方が抱きしめる腕に力を籠めた。
「…お前なら俺への未練で死んでも死なねぇと思ってた」
『…はぁ!?え、その為にずっと僕の事…』
「当たり前だ。お前は満足したら死にそうだからな」
『…馬鹿でしょ、土方さん』
うるせぇ。…ホントは言うの照れ臭かったのもあったでしょ。……。
そんな会話を交わして沈黙が降り立った。
黙った土方に「図星だ」と小さく笑った黒凪も徐に彼の背中に腕を回す。
『でっかい背中ですねぇ、相変わらず。』
「……」
『…もー、むくれないで下さいよ。土方さんも僕の事が好きなら絶対に死にません。』
「…死ぬなよ」
それって僕の事が好きって事で良いんですよね?
否定の言葉が飛んでこない。
やったぁ、と笑って身体を離し、上機嫌に黒凪が土方の唇に己の唇を押し付けた。
君が消えてしまうような気がしたんだ
(としぞーさーん)
(…ん?歳三さん?)
(黒凪のやついつからあんな呼び方してたっけ?)
(さあ…。)
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