名探偵コナン
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
天秤が揺れる時
『…あぁ?』
「あ、いや…その」
言葉を濁したウォッカに舌を打って運転席から前方に目を向ける。
沈黙が降り立った車内にジンの声が響いた。
『もう一度言え、ウォッカ』
「へ、へい。…ですからこの間に起きた米花町の帝都銀行での強盗事件、ありましたよね」
『あぁ』
「その裁判が始まるって言うニュースの中での事件を振り返る映像に、…赤井秀一の姿が…」
再び沈黙が車内に降り立つ。
数分程黙っていたジンが徐に口を開いた。
杯戸町と米花町付近を探らせろ。赤井らしき男を見たらすぐに連絡を寄越せる様にな。
そう言った彼女にウォッカが驚いた様に目を向ける。
「い、良いんですかい?そんな指示を出したら姉貴が…」
『その赤井らしき男が本物かどうかは私が判断する。…殺せていなかったとしたら私の責任だ。責務は果たす』
「…解りやした」
『赤井の目撃情報についての情報はどんなに些細なものでも受け取ればすぐに私に回せ。』
連絡が入り次第、私が独断で動く。
静かに言い放ったジンに小さく頷いたウォッカ。
ジンは頬の傷を撫で徐に目を細めた。
あの野郎…死に損なって頭のネジでも飛んだか?
≪――…姉貴、情報が入りやした。米花百貨店にそれらしき男が入ったと…≫
『そうか。丁度私もその百貨店の中だ』
≪ええ!?大丈夫なんですかい!?≫
『問題無い。姿を確認してからまた連絡を入れる。キャンティに狙撃の準備をさせておけ』
それらしき男が居た場合…その場で射殺する。
低いジンの声にウォッカが「わかりやした」と返事を返して通話を終了する。
携帯を仕舞ったジンは長い黒髪をぱさ、と背中に流した。
背が高くスタイルの良い彼女は黒いウィッグを見に着け少し地味な姿にしても人目を引く。
道行く人々が彼女を目で追う中、同じく百貨店の中を歩いていた1人の男がジンを見て息を飲んだ。
「っ、(…驚いた、)」
『……』
「(髪色と化粧であれ程変わるとは)」
眼鏡を上げて何食わぬ顔で過ぎ去って行く。
気にしない様にと前方に目を向けても耳や意識だけはずっと彼女に向いていて。
カツ、と彼女のヒールの足音が耳に残っている。
再び振り返る。黒く長い髪が彼女が歩く度に揺れていた。
「(だが顔はそのまま、)」
相変わらず綺麗な顔をしている。
自嘲気味に笑って店の角を曲がった。
そこで足を止めた沖矢は髪をくしゃりと掴む。
「ば、爆弾!?」
「…え?」
「なんだ?」
「爆弾だって…」
驚いた様な声が響く。
それを聞いた周りの人々もざわめき始め、足を止めていた沖矢が顔を覗かせた。
ざわざわと人が集まりエレベータの前を囲んでいる。
その騒ぎに沖矢も人混みに混ざると丁度前方にジンの姿が見えた。
『……。』
「(おっと、)」
視線を彷徨わせていたジンの目が止まる。
その視線の先を見た沖矢は顔色を変えず呆れた。
2人の視線の先に立っているのは顔に火傷を負った赤井。
本人である沖矢はそこでやっとこの米花百貨店に現れた彼女の真意を悟った。
「(成程、あの男が俺かどうかの判断に来たのか)」
『…』
ジンの手が携帯に伸びる。
そのまま彼女はエレベータ付近にある爆弾に背を向け歩いて行った。
沖矢はその背中を見送り暫し考える様に立ち竦む。
そして徐に彼女の後を追った。
「…失礼、」
『?』
「先程そこでハンカチを拾ったのですが…貴方の物では?」
『……』
振り返ったジンが沖矢に向き直る。
じっと彼女の目が目の前の沖矢を見つめた。
小さく首を傾ける沖矢にジンが小さく笑みを浮かべる。
『いいえ?』
「!」
たったの一言。
それだけでも一瞬目の前に居る彼女がジンなのかと疑ってしまう程だった。
疑ってしまう程、雰囲気も声のトーンも、…表情さえ別人の様で。
いや、今まで俺が見ていたジンが別人だったのか。
そんな風に疑心暗鬼になってしまう程、
すぐさま背を向けたジンの手首を掴む。また彼女が振り返った。
「あの、」
『…まだ何か』
「貴方のお名前は…」
『は?』
形の整った眉が潜まる。
長い睫毛が上がって、瞳が自分に向かった。
ジンは沖矢と目が合うと徐に自分の手首に視線を持って行く。
右手首を掴んでいる沖矢の左手をじっと凝視した。
『…黒澤黒凪』
「!」
『貴方と私、…何処かで会いました?』
再び視線が沖矢の顔に向かって少し色の薄い紅に彩られた唇が上がる。
貴方は誰です?
続けざまに問われた言葉に沖矢が息を飲む。
ゾクリとする目。背筋が冷える。…やはり相変わらず綺麗な顔で。
「、あぁ失礼。名乗っていなかった…」
『名前じゃないわ』
「っ、」
『貴方は誰?』
ぐいと顔が近付いた。
長身の彼女は組織に居た時も容易く同じく長身である赤井の目と鼻の先に顔を近付けることが出来た。
ただあの頃それ程までの距離に近付いたのは、…キスをした時、ぐらいで。
『…下手な芝居してんじゃねえぞ』
ボソッと呟かれた言葉に今度こそ動きが止まった。
…今、
彼女の手首を掴んでいる手が振り解かれる。
背を向けたジンはカツカツと歩き始めた。
『…ウォッカ』
≪姉貴、今中で爆弾事件が発生したと情報が入りやしたが…≫
『ベルモットを呼べ。あの女が一枚噛んでる可能性がある』
≪ベルモットなら今、≫
不自然に途切れた声に足を止めると「ジン、」と少し焦った様な声がする。
ベルモットの声だと判断したジンは彼女の声色から全てを悟り天井を見上げた。
やっぱりお前か。低い声にベルモットが少し肩を竦める。
≪今日中に言うつもりだったのよ。でもまさか貴方が独断で動くなんて、≫
『さっさと全て話せ。あれは誰だ。』
気に食わねぇ顔を私に見せるんじゃねえよ。
随分と口調が普段に増して荒い。
よほど機嫌が悪いのだろう。
それを察知したベルモットは少し眉を寄せて目の前にある米花百貨店を見上げた。
≪バーボンよ。赤井が死んだ事を信じられない彼が赤井に変装してFBIの反応を確認しに行ったってわけ。≫
『チッ、やっぱり奴か…』
≪…にしてもよく分かったわね。あれが変装だって≫
『まず利き手が逆だった。その上体格も少し違う。顔はそっくりでもそれ以外が大根役者じゃ私の目は欺けねぇよ』
ブツッと通話を切ったジンが歩き出す。
すると中に閉じ込められていた客達が一斉に外に出る様に傾れ込んできた。
そんな客達に紛れて外に出るジンの隣を客に流された火傷を負った赤井が通りかかる。
2人が偶然にも隣に並んだ様子を少し離れた場所で沖矢が見ていた。
「――!」
『…。』
ギロ、と向いたジンの目に赤井が大きく目を見開く。
赤井に扮したバーボンは内心で息を飲んだ。
――ジン。と思わず出かかった声を飲み込む。
「(赤井秀一の元恋人で、…幹部の中でもボスに近しい人物。)」
『(…気に食わねぇ)』
「――…。」
振り返る事無く百貨店から出て行ったジンに背を向けて歩いて行く沖矢。
彼は隣に並んでいた自分にそっくりな人物とジンの姿を思い返すと微かに眉を下げる。
自分達はあんな風に見えていたのだろうかと考えるたびに脳裏にフラッシュバックする。
「(あの頃は、…いや、今も、)」
今でも。声に出さず振り返る。
その背中を見る度に考えてしまう。
彼女か、FBIか。
どちらが幸せだったのか、どちらを。
「…望んでいたのか」
「え?」
思わず洩れてしまった声にコナンが顔を上げる。
此方を見るコナンの顔を見返した沖矢が眉を下げた。
バンッと助手席の扉を閉めたジン。
彼女のすぐ側の窓が遅れて外側からノックされた。
窓を開き此方を覗き込むベルモットを見上げる。
『…あの方の許しは』
「出てるわ。…貴方に報告しなかったのは謝る。」
『謝る必要はねぇ。結局誤って仲間を殺す事も無かった上、私の行動も決して無駄足じゃあ無かった』
「?」
赤井はもう居ない。
ジンの言葉にベルモットが目を細める。
直にバーボンも奴の死を認めてそう報告してくるだろうよ。
無表情に言ったジンはウォッカに目を向け車を走らせる。
窓を閉めて煙草を銜えた。
「相変わらずその髪色になると一気に雰囲気が変わりやすね、姉貴。」
『あぁ。だが顔を変えてなかった分、バーボンの野郎には気付かれたがな』
「…そう言えば今回は顔まで変えなかったんですね。姉貴にしては珍しい…」
『るせえ。面倒だったんだよ』
そうとだけ言って煙を吐き出したジンにウォッカも会話を止める。
とは言っても顔を完全に変えないのは失敗だった。
バーボンにも気付かれると言う事は私の顔を見た事がある奴なら誰でも気付くと言う事だ。
気付くのはアイツだけで良かったのに。
(気付いていた。)
(…本当は全て分かっていたんだ。)
.