本編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
大いなる黎明
「…今日は無礼講だ。皆存分に飲んでくれ」
「っしゃあ!」
「…んじゃあ俺はちょっと厠に…」
「犬。」
芹沢の声に振り返った。
道に迷うなよ。
珍しい気遣いの言葉に全員が微かに目を見開いた。
「あぁ。ちゃんと戻ってくるよ」
「…ふん」
外に出た龍之介は廊下に立っている子鈴を見ると小さく頷いた。
そしてすれ違いざまに手に紙を1枚握らせる。
子鈴は壁の影に隠れてその紙を開いた。
「(芹沢さんが帰ると言った時が狙い目だ。俺も一緒に出て一気に子鈴を連れて行く)」
『(大雑把な計画…)』
「(仕方ないだろ、急だったんだから。)」
『(…ま、どうにかなるさ)』
困った様に笑った黒凪に笑顔を向け部屋に戻る。
そこからは芹沢が帰ると言うまで辛抱強く待った。
永倉の芸や平助の笑い声。
そんなものを見ていると涙が出そうになったがどうにか耐え切った。
「…さて。では俺はそろそろ屯所に帰らせてもらうぞ」
「!(来た…!)」
「…だったら俺も帰ろう。」
「んじゃあ僕も。」
芹沢に続く様に立ち上がった土方と沖田。
遅れて山南も立ち上がった。
珍しいなと内心で思いながら龍之介も立つと芹沢の目が向けられる。
「お前は良い。ゆっくり食え」
「え、…いや、俺も帰るよ」
「なーに言ってんだよ龍之介。もうちょっと食って行こうぜ?」
「……。(黒凪)」
あぁ。小さく頷いて入れ替わる。
金色に染まった目に永倉、平助、斎藤が同時に立ち上がった。
近藤は目を伏せたままでいる。
その様子に黒凪が目を細め笑みを見せた。
『はは。相手になってくれんの?』
「(お、おいおい。何言ってんだよ黒凪…)」
『…冗談だよ。厠に行くだけ。』
手をヒラヒラと振って部屋を出て行く黒凪。
顔を見合わせた永倉達は静かに腰を下ろした。
外に出ると待っていたかのように子鈴が駆け寄ってくる。
黒凪は小さく微笑んだ。
「井吹さん、」
『行くよ、お姫様。』
「っ!」
すぐに子鈴を抱えて音も無く天井に登る。
日が沈んでから降っていた雨脚が強くなってきた。
子鈴に上着をかぶせ島原から出る。
簡単に出られた島原に子鈴は只々ぽかんとしていた。
「…本当に、出られた…?」
『あぁ。これで一緒に暮らせる』
「(…なぁ黒凪、)」
『(ん?)』
なんか芹沢さんの様子、変だったよな。
龍之介の言葉にピクリと眉を寄せた。
こんな時に変なんだ。…あの人の事が頭から離れない。
『……。』
「(…何か知ってるなら教えてくれ。)」
『(…多分上から命令が出たんだと思う。芹沢は暗殺される)』
「(!!)」
龍之介が「待ってくれ」と黒凪の足を止めた。
…芹沢さんが、死ぬ…?
呟く様に言った龍之介に黒凪が眉を寄せる。
そんな龍之介に子鈴が眉を寄せた。
「…井吹さん?」
「(あの人は病に掛かってるんだぞ?…なのにまさか、あの大人数で…?)」
『…だろうね。』
「え?」
そんなの駄目だ、瞳の色が元に戻り呟く様に言った。
その言葉に子鈴が龍之介を見上げる。
子鈴、と龍之介の声が彼女に向けられた。
「やらなきゃいけない事が出来た」
「!」
「…此処で待っててくれないか」
「……解りました。待ってます」
ありがとう。
泣きそうな顔で言った龍之介に子鈴が笑顔を見せた。
その笑顔を見て走り出した龍之介。
ため息を吐いた黒凪は龍之介と入れ替わり速度を上げた。
『死んでたらそのままあの子の所に戻るよ』
「(分かってる!…頼む、)」
『…、』
その祈りは何に対してなんだか。
そう呟いて塀を乗り越え屋敷の中に入る。
開け放たれた屋敷の中には刀を構えた土方や原田、沖田、山南達。
その真ん中にはまだ芹沢が立っていた。
『…生きてる』
「芹沢さん!!」
黒凪と入れ替わりそう叫んだ。
その声に振り返った芹沢は微かに目を見開きチッと舌を打つ。
土方も振り返り眉を寄せて口を開いた。
「馬鹿野郎!なんで来やがった、井吹!」
「止めてくれ!その人は病気なんだ、そんな寄って集って…!!」
「病気が何だってんだ!」
ガキッと刀のぶつかる音が響いた。
土方と芹沢の刃が交わっている。
俺達はもう後には引けねぇ…!
そう言って芹沢の腕を斬る土方。
舞った鮮血に龍之介が目を見開いた。
「芹沢さん!」
「止まれ龍之介!」
「離せ!離してくれ原田!!」
『…邪魔。』
すっと瞳の色が変わりその目が細まった。
その金色が原田に向くと彼はいとも簡単に放り投げられる。
飛び込んできた黒凪の拳を沖田が刀で受け止めた。
「引っ込んでなよ、部外者のくせに…!」
『私はお前等みたいな人間が嫌いだ』
「!」
『邪魔になればすぐに殺すんだろう!』
お前達なんか大嫌いだ…!
山南の刀が振り降ろされる。
その刃を背中に受けた黒凪は微かに眉を寄せた。
そんな黒凪の様子に芹沢が眉を寄せて舌を打つ。
馬鹿犬が。そう言って取り出した物に全員が目を見開いた。
瓶の中でゆらりと揺れた液体は真っ赤で。
漂う血の香りに黒凪が眉を寄せる。
『…あんた、それ』
「ふん。腑抜けた顔をするな、見苦しい」
変若水を飲んだ芹沢は周りの土方達を振り払いゆっくりと此方に近付いてくる。
黒凪の顔を見た芹沢は小さく顔を横に揺らした。
変われと言う合図だと悟った黒凪はすぐさま龍之介と入れ替わる。
その龍之介の喉元を芹沢が掴んだ。
「ぐ…っ!?」
「俺を助けに来たつもりか?…虫唾が走る」
向かってきた沖田達を残った片手で往なしていく。
そんな芹沢に、そしてその赤い瞳に龍之介の目に涙が浮かんだ。
…なんでだよ。龍之介が震える声で言った。
「なんでこんな事になっちまったんだよ…!」
「…。」
「…俺には、全然理解出来ねぇよ…」
「…生きろ。」
芹沢の言葉に龍之介の涙が頬を伝った。
黒凪も静かに顔を上げる。
懸命に生きれば、…お前にも分かる時が来る。
そう言って小さく笑った。
「せ、芹沢さ――…」
「ふん!」
『っと、』
放り投げられ黒凪が入れ替わって着地する。
そして再び芹沢を見れば「行け」と目で語っていた。
背中から血が溢れ出している。
その様子に原田が「黒凪…」と呟く様に言って手を伸ばしてきた。
『…悪い。』
「!」
『「待たせてる人がいるんだ」』
黒凪と龍之介が同時に言って走り出す。
血を流しながら走る黒凪に龍之介が眉を寄せた。
大丈夫なのか!?そう問う龍之介に微かに笑う。
『せめてあの子の所までは行ってあげるよ』
「(せめてって…!)」
『その後は自分でどうにかしな、』
雨の中を走りやがて子鈴の元に辿り着く。
血塗れの龍之介を見た子鈴は青い顔をして此方に近付いてきた。
大丈夫ですか!?と彼女の声が掛かると黒凪は小さく微笑んで龍之介と交代する。
「井吹さん…!」
「大丈夫、」
「!」
「大丈夫だ。…行こう」
子鈴を横に連れて裏通りを使いゆっくりと進んで行く。
彼女は時折背中の血を気にしていた。
着物に染み付いた血が雨に流されて地面に流れている。
「…井吹さん、血が…」
「!…ホントだな。そこの川で一旦流して…」
「もう遅いよ。」
聞こえた声にバッと振り返る。
道の暗がりから姿を現したのは沖田だった。
彼の足元には着物から滴り落ちた血が付着している。
「よりによって僕に見つかるなんて、ホントに運が無いね」
「…子鈴、俺の後ろに」
「何、駆け落ち?」
ゆらりと近付いてくる沖田に後ずさる。
黒凪は背中の傷で血を流し過ぎた所為か反応をしない。
またあの子に頼るつもり?
そう言った沖田に目を見開いて歯を食いしばった。
「俺はまだ死ねない…!コイツと一緒に生きていくんだ!!」
「へぇ?」
「でもまだ俺にはその力が無い…、だから、」
それでも死ねないんだね?
そう言った沖田が一瞬で目の前に迫った。
だったらどうにかしてみなよ。
ドンッと子鈴が橋から川に落とされる。
川の水は雨で増水して流れも速くなっていた。
「子鈴!!」
「お、自分で飛び込んだ。」
彼女を追って飛び込んだ龍之介を見送った沖田は小さく笑った。
それぐらいしないと君達一緒に落ちないでしょ?
そう言った沖田は刀を鞘に収めて歩いて行く。
もう振り返る事は無かった。
「っ、」
「井吹さん…!」
どうにか子鈴を見つけて抱きしめる。
しかしこの濁流の中で掴まる場所なんて見つかる筈も無く。
何処に岩があるか分からない状況でいつまでも川の中を漂流している訳にもいかない。
「(黒凪、頼む…!!)」
『……、』
裏切ったな
声が響いて龍之介が目を見開いた。
黒凪の目が薄く開いて川の濁流を見つめる。
無意識に伸ばされる片手に黒凪の気配を感じた。
…人間め
また聞こえてくる声に眉を寄せる。
裏切ったな、人間め。
その言葉が頭の中でぐるぐると渦巻いた。
裏切った?人間が?…コイツを?
途端に龍之介の両目が金色に染まる。
『…。』
「きゃあ!?」
「(え゙)」
黒凪はぼーっとしたまま抱きしめていた子鈴をぽーいと川の外に放り投げた。
…そう、放り投げたのだ。
絶句する龍之介に気付かない様子で川を横切る黒凪。
草の上に落ちた子鈴の元にゆっくりと近付いて行く。
子鈴の困惑した目が向いた。
「あ、あの…?」
『…怠い』
「え」
ぽすっと子鈴の胸に倒れ込んだ黒凪。
するとすぐさま龍之介が入れ替わりバッと起き上がった。
ち、違うんだ!今のはその…!
取り繕う様に言った龍之介に固まっていた子鈴がぷっと笑いだす。
ふふふと笑う子鈴に龍之介も安心した様に眉を下げた。
子鈴と共に京を出てからもう10ヶ月は経った頃。
2人は江戸への途中であるこの町でどうにか金を稼ぎ、やっと江戸に向けて出発する事が出来た。
あれから黒凪の傷は完全に癒え、それから少しして子鈴に彼女の事を全て話した。
彼女は最初こそ驚いていたものの今では黒凪と良き友人となっている。
『(…。離れてるな)』
「(だから何がだって随分前から聞いてるだろ。)」
『(分からないって言った筈だけど?)』
ぐぬぬ、と1人で眉を寄せる龍之介に子鈴が眉を下げた。
またおっしゃってるんですか?と彼女が問うと龍之介が「あぁ」と頷く。
京から離れる度に黒凪が思わずと言った風に呟く「離れている」と言う言葉。
何から離れているのかは本人も分かっていないらしい。
「ま、そうは言ってもそろそろ江戸だ。江戸に着いたら暫く落ち着くんだし、そこで思い出せば良い」
『(…んー…)』
「…ったく。まだ唸ってやがる」
「ふふ。…それにしてもすっきりしましたね。髪を切ると。」
優しい手つきで髪を撫でた子鈴に龍之介も思わずと言った様に微笑む。
とても長かった髪はつい数日前に切り揃えた。
その髪型を見ては子鈴は毎日の様に「切ってよかった」と笑うのだ。
『(…ケッ。いちゃいちゃしてさ)』
「(うるせー)」
『(ふん。)』
「おや千鶴ちゃん、そんな恰好で何処に行くんだい?」
そんな声が耳に入り黒凪が耳を澄ませた。
京に行くんです、と可愛らしい声がする。
…京、か。
ボソッと呟いた黒凪は顔を上げ子鈴の顔を覗き込んだ。
『(…もう邪魔だもんな、私)』
「え?」
ん?と目を見開いて振り返る。
龍之介が居ない。
…代わりに光の下に立っているのは茶色の髪を束ねた女の子。
女の子は突然の声に驚いた様に周りを見渡していた。
そんな視界の隅に龍之介の青い髪が入り込む。
『(龍之介――!?)』
「?…また声が…」
気の所為かな、と呟いて歩いて行く女の子。
黒凪は意識を集中させ次に自分が入った人物が女性である事と鬼である事を知った。
そしてその子の名前が雪村千鶴だと言う事も。
「(おい、急に黙るなよ黒凪。…黒凪?)」
「!…龍之介さん?」
「…黒凪が居ない」
え?と子鈴が目を見開いた。
何処行った…!?と頭を抱える龍之介。
そんな龍之介の声を背に黒凪が目を伏せる。
『(…ま、丁度良いか。)』
「黒凪!…黒凪!!」
『(これからは邪魔者の居ない2人で仲良く暮らせ、龍之介)』
さよなら。
ボソッと呟いた声を千鶴が思わずと言った様に復唱した。
さよなら…?と語尾に戸惑いを持った声を聞いた龍之介はバッと振り返る。
さようなら。
(そして)
(初めまして。)
.