本編
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百花月夜
ドンッと響く発砲音に「うお、」と目を開く龍之介。
彼はゆっくりと起き上がるとドタドタと廊下を走り回る浪士組の隊員達に目を擦った。
そうして襖を開き顔を覗かせると偶然通りかかった沖田が振り返る。
「あぁ、起きたんだ。」
「まあな…。一体何だ?」
「君には関係ないよ。大人しくしてな」
「…んな言い方ねぇだろ…」
むすっと眉を寄せて部屋に戻る龍之介。
黒凪も目を覚ますと徐にボソッと呟いた。
『(島原は大丈夫なのかねぇ)』
「!」
『(あの子に被害はないのかな?)』
「…。行こう」
お、行動力出てきた。
半笑いで言った黒凪に「うるせぇ」と返して着替える龍之介。
彼は忙しそうな隊士達の目を盗んで島原に向かって走り出した。
「へ?…ここら辺には何の被害も出てまへんけど…」
「そっか、良かった…」
『(良かった良かった)』
「…ホントにそう思ってんのかよ」
へ?と訊き返してきた子鈴に「何でもない、」と取り繕う様に笑った龍之介。
そんな龍之介を見た子鈴はニコニコと嬉しそうに笑っている。
その笑顔を見た龍之介は思わずと言った風に口を開いた。
「俺と一緒に、」
「!」
「…俺と一緒に暮らさないか」
「…え」
唖然と目を見開いてそう返した子鈴に我に返った様に目を見開く龍之介。
いや…その、と焦り出した龍之介を見た子鈴の目に涙が溜まった。
そんな子鈴の様子に取り繕う為に考えた言葉が全て抜けていく。
「私も出来るものならそうしたい…、でも、」
「ほ、本当か?」
「!」
「本当に俺と、…俺なんかと…」
井吹さんと生きられるなら本望です。
涙を浮かべて笑った子鈴に龍之介が顔を赤く染めた。
しかし顔を曇らせた彼女に顔の熱が引いて行く。
「でも此処から抜け出す事なんて…」
「それなら大丈夫だ!」
「え、」
「俺がアンタを攫いに来る」
…でもそんな事出来ません。殺されてしまいます。
そう言った子鈴に「大丈夫」と龍之介がすぐに返した。
俺は死なない。自信を持って言った龍之介に子鈴が微かに目を見開いた。
「絶対に此処から逃げられる。…絶対に」
「…本当に…?」
「あぁ!」
「…嬉しい、」
抱きしめたい衝動に駆られた龍之介だったが、この場は外だし島原の人間に関係を疑われてもいけない。
ぐっと気持ちを堪え龍之介が子鈴の耳元に口元を寄せた。
「日はいつになるか分からねぇ。でも必ず近い内にアンタを攫いに来る」
「…はい。」
「必ず夜にするからすぐに出られる様に最低限の準備は毎日する様にしてくれ」
分かりました。
しっかりと頷いた子鈴に「うん」と頷いた龍之介は彼女に手を振って別れた。
島原から出た所で息を吐いて項垂れた彼に黒凪が゙中゙で小さく笑う。
『(よく言えたな。ま、殆ど勢いだったけど)』
「(うるせー…)」
『(あの子を攫う時はちゃんと協力してあげるよ。任せな)』
「(あぁ。…ありがとな)」
笑った龍之介に黒凪も息を吐いて眉を下げる。
…さて、次は。
呟く様に言った黒凪に龍之介も小さく頷いた。
゙俺゙がどうやって浪士組から抜けるか、だ。
「新撰組!?」
「あぁ!新しい俺達の隊名だ!」
「会津公が昨日の我々の働きを高く評価してくださった。これで随分と動き易くなる」
「何か嬉しーよな…。どんどん俺達、会津公に認められて大きくなってくんだ」
そうだな…。
そう返して顔を伏せた。
素直に喜べない。
自分はこの浪士組…いや、新撰組から抜ける算段を立てているのだ。
そんな中で平助達と同じ位に喜ぶ事は到底出来なかった。
『…焦げ臭い。』
「うぇ?…あ、黒凪じゃねーか!久々だなぁ!」
『何処か燃えてるぞ。屯所内だ』
「…確かに焦げ臭い…」
ばっと立ち上がり匂いのする方へ走って行く。
そこには炎に包まれた屋敷が1つ。
それは変若水の研究を行っている屋敷だった。
炎に包まれる様を新見が何やら叫びながら眺めている。
雪村綱道の姿は無く「恐らく中に…。」と誰かが呟いた。
『(炎で死ぬ様な奴じゃないと思うけど…)』
「(…そう言えば人間じゃないって言ってたもんな…)」
燃え盛る炎を呆然と見上げて2人で会話をする。
結局炎は夜通し燃え続け火が収まったのは次の日の朝だった。
朝1番に様子を見に行くと研究材料は全て灰になっており新見が絶望した様に蹲っている。
「くそ…!あと少し、あと少しだったのに…!!」
「…。」
「龍之介」
「っ!…なんだ、土方さんか…」
芹沢さんが呼んでたぞ。どうせ酒だろうが…。
そう言った土方に「そうか、ありがとな」と礼を返し芹沢の元へ走って行く。
心此処に非ずの様子に土方が微かに眉を顰めた。
「芹沢さん、何か用か?」
「酒だ。持ってこい」
「…はいはい」
ため息を吐いて酒を取りに行く。
そうして部屋の前に戻ってくると芹沢は疲れた様に眠っていた。
そんな芹沢の寝顔を覗き込み口には出さず黒凪の名を呼ぶ。
入れ替わった黒凪の金色の瞳が芹沢を映した。
『…。』
「(どうだ?…まさか死んでたりしねぇよな…?)」
『(死んではないよ。でももう病も末期だからそろそろ死ぬと思う)』
「(…そっか)」
何、情でも湧いた?
そんな風に問いながら黒凪が外に出て行く。
ちょっとな、と返した龍之介に眉を下げた。
『…すぐに情が湧くトコも人間らしいね』
「(お前は湧かねぇのかよ。情とか)」
『(全然。)』
「龍之介!」
すぐさま入れ替わり声に振り返る。
そこには焦った様子の原田が居て「どうした?」と怪訝に眉を寄せた。
新見さん知らねぇか。そんな言葉に黒凪が゙中゙で笑った。
『ははーん。そう言う事ね。』
「ちょ、黒凪…」
「…やっぱお前もそう思うか?」
「へ?」
原田に連れて行かれ1つの部屋へ。
そこには既に芹沢を抜いた幹部達が集まっていた。
龍之介を見た土方は眉を寄せたまま腕を組み重い息を吐く。
「いつかは何かをやらかすと思ってたが、まさか変若水を持って逃げるたぁな…」
「変若水を!?」
「あぁ。変若水が絡んでるとなると動ける隊士も俺達だけと言う事になる。」
「幸いな事に変若水の実験に使われていた隊士達は新見さんと共に姿を消してはいません。彼が新しく実験を開始するまでは羅刹は現れないでしょう」
ま、新見さんの事だから手段は択ばないと思いますけどね。
気だるげに言った沖田に「そうだな…」と全員が目を伏せた。
とりあえずこれからの巡察中も常に新見を探す様に。それと黒凪。
龍之介はビクッと顔を上げため息を吐いて黒凪と交代した。
「芹沢さんの世話は他の奴に任せる。お前にはここら一帯を走り回って欲しい」
『…えー…』
「一刻を争う事態だ。協力してくれ」
『…解ったよ。』
それじゃあ解散だ。
そんな土方の言葉を最後に散り散りになる幹部達。
黒凪と入れ替わった龍之介は浮かない顔で部屋を出て行った。
「…芹沢さんの世話は他の奴に任せるって言ったってよ…」
『(心配?)』
「…そりゃあ、な」
『(だったら明日の朝に会いに行きなよ)』
あの人、色んな意味で顔が広いから新見の居場所を知ってるかもしれないし。
そう言った黒凪に龍之介は小さく頷いた。
「芹沢さん、」
「?」
「新見さんが居なくなったって話聞いたか?」
「…。風の噂で今は田中いおりと名乗って変若水を売り歩いているらしい」
目を見開いた龍之介は「ありがとう!」と礼を残して走り去る。
その背中を見送った芹沢は鼻で笑い手元の酒を煽った。
すぐに土方達の元へ行った龍之介が説明をすると訊き終わった山南が笑みを小さく見せる。
「知らせてくれて感謝します。井吹君」
「あぁいや、これは芹沢さんから訊いた事で…」
「…それにしても、どうして芹沢さんの所には都合よく情報が舞い込むんだろうな」
『お前達と違って情報の伝手があるんだよ。』
金色の瞳を覗かせた黒凪に全員が顔を上げた。
俺はアンタの命令通りにその田中いおりの行方を追う。
見つけたらすぐに教えてやるよ。
そうとだけ残して去って行った黒凪に皆が一様に顔を見合わせた。
『――…見つけたぞ。土方』
「!」
『結構近場の料亭だ。名前は山緒。』
「分かった。この場に居る総司、斎藤、俺、そして黒凪で対処する」
え、俺も…?
気だるげに言った黒凪に有無を言わせぬ目が向いた。
肩を竦めた黒凪に3人が徐に立ち上がる。
そしてすぐさま山緒に向かった4人で正面から入り込んだ。
『……。』
「おい、田中いおりって男は何処だ!」
「し、知りまへん…!」
『…上だ。ついて来い』
そう言って走り始めた黒凪の後ろに3人が付いて行く。
周りに目を向けながら走る黒凪は時折すん、と息を吸った。
やがて彷徨っていた黒凪の目が止まり足を止めて襖を開く。
「新見…!」
「な、土方!?」
『…。結構持ってるな』
血の匂いがぷんぷんする。
目を細めて言った黒凪の金色が新見を射抜いた。
その冷たい瞳に新見が息を飲み側に居た浪士が刀に手を掛ける。
「総司。」
「分かってますよ」
「っ!」
一瞬で2人を切り伏せた沖田が刀を肩に担ぎ新見を見た。
わなわなと震えた新見は手に持っていた変若水の栓を抜き喉に流し込む。
目を見開いた土方が刀を振り降ろすが既に遅く、新見の髪が一瞬で白髪に変色した。
「くくく…」
「くそ!」
「土方さん、退いて。」
沖田が刀を振り降ろし後ずさる新見に踏み込んでいく。
しかし新見は軽く全てを避けると跳び上がり沖田に刀の切っ先を向けた。
それを見た斎藤がすぐさま刀を振り上げ新見が回避する。
「っ、」
「斎藤!後ろだ!」
「!」
『…ったく。』
見れたもんじゃない。
そう言った黒凪の肩から血が噴き出した。
刀を肩に受けて刀身を手の平で握り締める黒凪。
新見は吹き出した黒凪の血を舐め、そして笑った。
「血だ…これは美味い…!」
『…。』
力尽くで刀を奪った黒凪がひと思いに新見の首を跳ね飛ばす。
落下した首を掴んだ黒凪は徐に土方の足元に頭を放り投げた。
ごと、と転がった首に土方が目を見開く。
『…チッ。気分が悪い…』
「…黒凪、」
どくどくと流れる血に3人が眉を寄せる。
それ程までに深い傷なのか?…いや、それにしても血が溢れ過ぎている。
ふらっと倒れ掛かった黒凪を斎藤がすぐさま支えた。
意識を失った黒凪に代って龍之介が表に現れすぐさま自力で立ち上がる。
「…悪い、斎藤」
「構わない。…それより黒凪の傷は…」
「…。分からねぇ、今は寝てるみたいだ」
とりあえず帰るぞ…。
低い声で言った土方に全員が頷き屯所に戻る。
やがて次の日になり芹沢の元に龍之介が向かった。
「…。」
《新見は切腹したと芹沢さんに伝えてくれ》
《!…切腹…?》
《あぁ。…そう伝えてくれ》
有無を言わさぬ土方の目に頷いた龍之介。
彼は微かに眉を寄せながら芹沢の部屋の扉を開いた。
勿論手には酒が握られている。芹沢に頼まれた為だ。
「芹沢さん。酒を持ってきた」
「…そこに置いておけ…」
「!…具合が悪そうだな、大丈夫か?」
「煩い…。用が無いなら帰れ」
芹沢の言葉に一旦口を閉ざし再び口を開いた。
新見さんが、切腹したって。
そう言った龍之介に芹沢の目が向いた。
「…そうか」
「……。」
「…犬。今日は島原に行く」
「え」
土方達が歓待してくれるらしい。
その言葉に黒凪と龍之介が同時に目を見開いた。
島原に行ける?…と言う事は。
黒凪が中で龍之介の名を呼んだ。
「…解った。準備をしてくるよ」
「あぁ。…抜かりの無い様にな」
「!…あぁ。」
部屋に戻った龍之介は自分の荷物を持てるだけ体に仕込んだ。
そして刀を腰に引っさげ鏡を覗き込む。
唐突になってしまったが元より覚悟していた事だ。
…今日、俺は。
「(新撰組を出る)」
『(…任せな龍之介。ちゃんとやってやるよ)』
「(あぁ。…肩の傷は大丈夫なのか?)」
『(もう塞がってる。ちょっと貧血気味だけど大丈夫)』
そっか、そう言って龍之介は改めて自分の姿を見て頬を叩いた。
そして襖に手を掛ける。
これでこの部屋に戻る事も最後だ。
好きな人の為に、
(…迷ってる?)
(迷ってねーよ。…ただ、)
(ただ?)
(寂しいなって、思うだけだ)
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