本編
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血塗られし刃
「皆聞いてくれ!なんと本日、会津公より正式に我等をお預かりくださると書状が届いた!」
「おお!」
「ついに…!」
喜びを露わにする隊士達に紛れて原田や永倉も顔を見合わせ笑った。
その様子を少し離れた位置で見守る龍之介。
彼は徐に胸元に手を持って行き目を閉じる。
「(黒凪)」
『………』
反応の無い黒凪に眉を下げ目を開く。
気配はまだ中にある。居る事は居るのだ。
…ただ、以前の様に応えてくれない。
あの日から龍之介の右眼は黒凪と同じ金色に染まっていた。
それを見られまいと怪我をしたという事で眼帯をしている。
そう指示したのは大体の事を理解したらしい土方だった。
「さて。それでは島原にでも行って祝杯を挙げるとしよう」
芹沢の言葉に皆立ち上がり自室に戻る。
龍之介の中に居る黒凪が微かに嫌がる気配を見せた様な気がした。
しかし芹沢に誘われた永倉が手当たり次第に原田や平助、斎藤に沖田まで誘い始める。
黒凪の事を気遣って去ろうとした龍之介だったが彼の場合は芹沢本人に呼び止められてしまった。
断ろうとした龍之介だったが永倉に抑え込まれ結局島原に行く事になってしまう。
龍之介は黒凪に一言謝った。
…やはり返事はない。
島原の道の真ん中を全員で歩く。
そうして店に入り芹沢を真ん中に、他は隅に座った。
綺麗に化粧を施した女が何人か部屋に入り芹沢の隣に着く。
初めて見る色町に龍之介は周りを見渡してばかりだった。
「おい沖田!貴様、色町に来ておいて男の方ばかりが気になるらしいなぁ」
「…僕はあまりこういう所に興味無くて。」
「ならば何故此処に居る?何故俺について来た」
「決まってますよ。…一緒にいればアンタを斬る隙が見つかるかもしれないでしょう?」
斎藤ばかりを睨んでいた沖田が芹沢を挑発する様に言った。
しかし酒も入りその上自信家である芹沢には効果は無く。
くだらない冗談だと笑い飛ばされてしまった。
沖田は目付きを鋭くさせ他は呆れた様に酒を煽る。
「お前ごときには殺されやせんよ。…土方なら別だがなぁ」
「!」
土方も色町には興味が無いらしく不参加だった。
そこで土方の名前が芹沢から出た事に沖田が眉を寄せる。
芹沢は酒を飲み目を細めた。
「あの時の土方の目…」
「(…あぁ、土方さんにどやされた時か)」
「奴の目には流石に俺も肝が冷えた」
沖田が眉を寄せた。
あの目に比べれば、お前の殺すなどただの冗談にしか聞こえぬ。
あっけらかんと言った芹沢に「なら本当に斬ってあげましょうか」と沖田が凄んだ。
すると沖田の隣にいた斎藤がお猪口から口を離す。
「総司。止めておけ」
「ん?…ほう。貴様かなりの人間を斬っておるな」
「(一君…!)」
「そこの男と比べても沖田、貴様はまだまだ弱い上に若い。凄みが違う」
芹沢を振り返った沖田はぐっと眉を寄せ拳を握りしめる。
その様子に芹沢が龍之介を見た。
顔を上げた龍之介の表情を見るとむっと眉を寄せ顎をくいと動かす。
代れと命令されていると感付いた龍之介だったが気付かぬふりをして目を逸らし立ち上がった。
「?…何処行くんだよ、龍之介」
「ちょっと風に当たってくる」
襖を開き外へ。
縁側に腰掛けていると奥の方から若い舞子と少し年配の花魁が歩いてくる。
小さく頭を下げた2人に龍之介も反射的に頭を下げた。
浪士組の居る部屋の襖を開き頭を下げる2人。
その内の若い舞子に龍之介は目を奪われた。
やがて2人は部屋の中に入ってしまい龍之介は何をするでもなく空を見上げる。
「…なぁ黒凪。」
『……』
「寝てるのか?…返事、してくれよ」
龍之介の声に中で微かに目が開いた。
すると部屋の中からパリーンと食器の割れる音が響き龍之介が襖を開く。
部屋の真ん中に立った芹沢。彼が睨む先には先程の舞子が座っていた。
「うちは思た事をそのまま言うてるだけどす」
「舞子の分際で…!俺が誰だか分かって言っているのか!!」
「偉いお侍はんでしょう。ならお金や地位に物を言わせて偉そうな態度取らんといてください!」
「芹沢はん、お許しください。この子もまだ若い子で…子鈴ちゃん、はよお詫びしな…」
嫌どす。と凛とした声が響く。
芹沢は顔を歪ませ子鈴にお猪口を投げつける。
額にぶつけられた子鈴にすぐさま龍之介が走り出し子鈴を護る様に前に出た。
ばっと振り降ろされた扇子が龍之介の眼帯を弾き飛ばす。
覗いた金色が左目を侵食した。
その様子に芹沢が目を見開くが龍之介が歯を食いしばる。
「出て来るな!!」
『っ!』
「此処は俺が…!」
「貴様がでしゃばるな!!」
ドカッと蹴り飛ばされ花魁達が悲鳴を上げる。
すう、と左目の金色が退き龍之介は側に落ちていた眼帯を右目に付けた。
そして周りを見渡せば芹沢は永倉が宥めに掛かり平助は土方を呼びに行く。
原田の言葉で花魁達は部屋を出ており龍之介も後を追って部屋を出た。
「なぁ!大丈夫だったか!?」
「!」
花魁に連れられて歩いていた子鈴が振り返る。
頬を腫らし口元に血を滲ませる龍之介に子鈴が駆け寄った。
こちらこそ、さっきはうちの為に…。
眉を寄せて「堪忍どすえ」と頭を下げた子鈴に「大丈夫」と龍之介が笑った。
「あの人はいつもあんななんだ。こっちこそ悪かったな」
「っ!…違います、うちよりお客さんの方が…」
「だ、大丈夫だこれぐらい」
着物の袖で口元の血を拭おうとした子鈴の手を掴み、片手で血を拭う。
そして笑うと子鈴が困った様に笑った。
そんな笑顔に話題を変える様に龍之介が「それより」と口を開く。
「アンタ女の癖に武士に逆らうなんてどうかしてるよ…。気を付けた方が良い」
「女やからてうちらは道具やないんです!花魁にだって心はある!それなのにうちらを力尽くで押さえつけてくるお武家さんなんて、うちは嫌いや!」
「!」
目を見開いて龍之介が固まる。
自分と同じことを言う女性だと、不意に思った。
「…あれだけの事があったとなると…」
「大義で縛ろう。破れば切腹にすりゃ良い」
「(切腹!?)」
偶然土方の部屋の前を通り掛かった龍之介は物騒な言葉に目を見開いた。
そんな龍之介の足音に顔を上げた山南が扉を開き龍之介を睨む。
盗み聞きなんてしてない、と即座に言った龍之介に微かに微笑んだ山南は彼を部屋に招き入れた。
何が何だか分かっていない様子の龍之介は目の前に座る土方と山南に背筋を伸ばす。
「…最近はどうです?あまり黒凪さんの方は見ていませんが」
「あ、えと…」
「……反応、ねぇのか」
「いや!そう言うわけじゃ…。…この前も芹沢さんから俺を護ってくれようとしたんだが」
俺が出て来るなって咄嗟に言っちまって…。
そう言って目を伏せると龍之介の眼帯がするりと落ちた。
結び方が緩かったのだろう、慌てて眼帯を拾い上げた龍之介に土方が微かに目を見開く。
「…右眼治ってるじゃねぇか」
「え、」
「本当ですね。…一時的なものだったのでしょうか」
怪訝に眉を寄せつつ眼帯を懐にしまう。
すると突然龍之介の両目が金色に染まった。
中では龍之介が意識を失い黒凪が光の下に立っている。
『龍之介には寝て貰った』
「…んな事も出来るのか」
『まあね。…山南さん、あまりこの子に対して変な事は考えないでくれよ』
「……お久ぶりです。黒凪さん」
山南の言葉に何も返さず黒凪は立ち上がり襖に手を掛けた。
依然は黒くなっていた髪も元通りの青になっている。
それを確認した土方は黒凪の名を呼び彼女を呼び止めた。
「悪かったな。…別にそいつを隊に引き入れようだなんて思ってねぇよ」
『お前は違ってもそっちはどうかねぇ。…まあ良い。切腹なんて物騒な事を考えるアンタにこの子は見合わない』
微かに目を細めて言った黒凪は部屋を出て自室に向かう。
部屋に入るとすぐさま柱に凭れ黒凪も光の下から出た。
やがてハッと目を見開く龍之介。
顔を上げると日が落ちかけ夕方になっていた。
「お、龍之介。やっと起きたか。」
「つか右目治ってるな」
「ホントだ、おめでとー。」
原田、永倉、沖田…。
見えた人物の名を呟く様にして呼ぶと俺達も居るぜ、と平助と斎藤が顔を見せた。
庭に屯していた様子の5人に片眉を上げ「何してんだ?こんなとこで…」と目を擦りながら声を掛ける。
すると平助が「それがよう、」と困った様に眉を下げた。
「土方さん達が俺達隊士に向けて局中法度ってのを出したんだ」
「局中法度ぉ?」
「すんげー厳しい決まりなんだよ。それを破ったら切腹だぜ?切腹。」
脳裏に土方と山南の会話が過った。
これの事かと納得した龍之介は「そりゃあまた…」と眉を下げる。
そんな龍之介を見て沖田が「他人事じゃないよ?」と薄ら笑いを浮かべて言った。
「芹沢さんが万が一腹を切る事になったら、多分君も巻添えだろうからね」
「な、」
「まぁお前は大丈夫じゃね?もしもの時は黒凪が居るしよ。」
「ちなみに夜兎ってのは腹切っても大丈夫なのか?」
平気だよ。
黒凪の声が頭に響き「平気だってさ」と龍之介がすぐさま言った。
へー、と感心した様に言った面々に目を向げ中゙に意識を持って行く。
驚いた、急に話しかけて来るから。
その考えが彼女に筒抜けたのだろう、別に。とそっけない答えが返ってくる。
「(黒凪、)」
『(気を付けな)』
「(!)」
『(もしもの時は助けてやるけど)』
おい犬。
掛けられた声にビクッと反応して振り返る。
龍之介の事を゙犬゙と呼ぶ人物はたったの1人。
「…芹沢さん…」
「こっちへ来い。お前に仕事をやる」
「は?」
「ちょっと待ってよ。」
沖田の声にまた振り返る。
芹沢の目も沖田に向いた。
一体何を任せるつもり?
睨みを効かせて言った沖田に芹沢がニヤリと笑った。
「気になるならお前も付いて来るが良い」
「ちょ、沖田…」
「少しでも近藤の役に立ちたければな」
「…解った。」
おい、と沖田を止めようとした龍之介。
しかし沖田は逆に龍之介の首根っこを掴むと芹沢の元へずんずんと歩いて行った。
最近の沖田は少し乱暴で血の気が多い。
つい最近も人を斬りたいと公に話し土方に嗜まれていた。
「土方さんは良いのかよ…っ」
「別に。関係ないでしょ」
「沖田…!」
芹沢が入った部屋に放り込まれる龍之介。
沖田も入ると後ろ手に襖を閉じた。
ドカッと座った芹沢の前に仕方無さ気に座る龍之介。
その隣に沖田も腰を下ろした。
「局中法度と言う制度の話は聞いたか?」
「あ、あぁ…」
「早速違反者を見かけたものでな。黒凪に始末を任せるつもりでいた」
「誰です?その違反者って。」
殿内と言う男だ。
名前に聞き覚えがあるのか沖田が目を細めた。
その様子にニヤリと笑った芹沢が右上に目を向け口を開く。
そんな芹沢に黒凪は徐に舌を打った。
「そう言えば近藤を殺したいだのなんだのと言っていたな…」
「!…近藤さんを?」
「あぁ。…どうする沖田。お前が始末をつけるか?」
『俺がやるよ』
表に出た黒凪に龍之介が目を見開く。
芹沢は金色の瞳を見ると微かに目を細めた。
ちょっと。とそんな黒凪の腕を掴む沖田。
自分に向いた金色の瞳に沖田は微かに眉を寄せる。
「僕がやる。獲物を取らないでくれるかな」
『それはこっちの台詞だ。離せ』
力尽くで沖田の手を振り払い背を向ける。
待ちなって、と手を伸ばしてきた沖田の背後に回り手刀を入れた。
ドサッと倒れた沖田を担いで黒凪が徐に芹沢に目を向ける。
『余計な事はするなよ芹沢さん。土方さん達を苛めたいなら俺を使え』
「…ふん。気が効くではないか」
『思っても無い事を…』
部屋から出た黒凪は縁側に沖田を寝かせ屋敷の天井に登った。
屋敷の外に出た黒凪は隊士達に闇雲に「殿内は何処に居る?」と訊き回る。
そうして見つけた殿内を一瞬で闇に引き摺り込み首を圧し折って川に落とした。
ぷかぷかと浮かぶ殿内の死体に゙中゙で龍之介が息を飲む。
『(龍之介、1人で帰れる?)』
「(む、無理だ!あんな死体を見た後じゃ…)」
『…。仕方ないな…』
ぐっと体を伸ばしゆっくりと屋敷に戻る。
中に入ると土方と近藤が芹沢の屋敷に入って行く様子が見えた。
恐らく夕方に芹沢について行った沖田を探しての事だろう。
…となると縁側に居る沖田に気付いて面倒な事になりかねないな。
彼等を追って芹沢の居る部屋に近付くと案の情怒鳴り声が聞こえてきた。
『芹沢さん』
「おぉ。早いな」
「!…黒凪」
『どうしたんだよ土方さん。こんな夜分遅くに』
芹沢の隣にドカッと座る黒凪。
そんな黒凪に眉を寄せた芹沢は龍之介の頭を扇子で叩いた。
特に痛みを感じた風でもない黒凪はあっけらかんとしている。
「…縁側で倒れている総司を見つけた。一体何をしやがった?」
「何だ、縁側に放って行ったのか」
『態々持って行くのは面倒だったんでね』
「どういう意味だ」
沖田が爆走しそうだったから止めてやったんだよ。
黒凪の言葉にピクリと眉を寄せる土方。
そして土方の視線はゆっくりと龍之介の服の裾に向かった。
「…何故裾が濡れてる」
『あ?』
「水場で何かしたな?」
『……。見に行ってみれば分かる』
土方さん!と永倉が襖を開いて部屋に飛び込んできた。
川に殿内の死体が。永倉の言葉に黒凪に向けられる土方と近藤の視線。
すると永倉の背後から気だるげな顔をした沖田が現れた。
「…なんだ、もう殺しちゃったんですか」
「!…総司…」
「僕が殺す予定だったのに。酷いなぁ」
『刀で斬ったら汚れるだけだ。俺のやり方が1番綺麗で手っ取り早んだよ』
黒凪…!と眉を寄せる土方だったが「甘いなぁ」と言う芹沢に言葉を飲み込んだ。
局中法度を作った人間が何を喚いている。
芹沢の言葉に土方が「あ?」と眉を寄せた。
「殿内は近藤を殺したいと俺に言いに来ていた」
「!」
「組織の規律を守る為の行動なのだがなぁ」
「…っ」
お前等は甘い。
土方と近藤が目を見開いた。
組織を縛るなら徹底的にしろ。
何も言えない2人に目を向け龍之介と黒凪が入れ替わる。
龍之介が表に出るとそんな土方と近藤に眉を下げた。
甘い。
(お前が言い出した事は)
(徹底して守れ)
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