本編
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宵闇に咲く華
「なぁ、俺の羽織何処だー?」
「あぁ?自分で探せよ平助。」
「でもさー…、あ、やっべもう時間だ!」
「…何かあったんですか…?」
ひょこ、と顔を覗かせた千鶴にドタバタと動いていた平助と原田が足を止める。
原田の手には浅葱色の羽織が握られていて夜にも関わらず今から外に出るかのような様子だった。
「この間お前が総司達と行った巡察の最中に捕まえた長州の間者、居ただろ?」
「そいつがやっと口を割ってさ。今夜に長州の奴等が会合するんだって。」
「…その討ち入り、ですか」
そうそう。でもはっきりした情報が無いから二手に分かれるんだ。
池田屋って所に向かうのが近藤さんが率いる10人で、当たりっぽい四国屋は土方さんが率いる24人。
残念ながら俺は池田屋なんだよなー…。
少し項垂れて言った平助とは違いニヤニヤと笑っている所から原田は四国屋なのだろう。
「そう言えば、そいつ目は覚めたのか?」
「あ、いえ…。こんな猛暑なのに寝たきりで心配なんですが、」
「そーだなぁ、夜なのに蒸し暑いし…」
「…千鶴。殆どの隊士が外に出るけど山南さんは此処に残る事になってる。今晩は出来る限りあの人の側に居る様にしろよ。」
腕を怪我してるとは言え、この猛暑でぶっ倒れてる隊士達よりはマシだからな。
…そう。この長州藩の会合の討ち入りと言う大きな仕事で30人程しか動けない理由はこの猛暑にあった。
山南以外の幹部達が全員討ち入りに向かうのだから彼の側に居る事は妥当だろう。
「…げっ、もう出てるじゃん!」
「あ゙、土方さん俺の事待ってくれなかったな…!」
急げ!と走って行った平助と原田を見送り、彼等の言う通りに広間に立つ山南の元へ向かった。
彼の左腕は相変わらず包帯に隠され動かす事を禁じられている。
山南が出ていく隊士達の背中を少し切なげに見ている様子を見て「あぁ、この人も行きたいんだな」と千鶴はふと思った。
「…。さて、雪村さん」
「はい。」
「名目上とはいえ、私は局長から屯所の守護を仕切る様にと仰せつかりました。」
名目上とはいえ。この一言に少し重みを感じる。
彼は右手で左腕を撫で、困った様に眉を下げた。
「とは言っても束で襲い掛かられては私にはどうにも出来ませんがね」
「…、はい」
「…君は私の目が届く範囲に居てください。非常時には私の指示を聞く様に。」
そこで止まった言葉だったが、最後に゙使い物にはなりませんが゙とまた悲しげに言ってしまいそうな程、彼は弱々しく言った。
よほど隊士達と討ち入りに参加出来ない事を悔やんでいるのだろう。
彼の腕が万全な頃を知らない千鶴は何と声を掛けて良いか分からず沈黙を許してしまった。
そんな中、広間の襖が音も無く開かれる。
「山南総長。長州の会合の場所が池田屋と判明致しました」
「い、池田屋!?」
「!」
思わず声に出して驚いた千鶴の隣で「それは困りましたね。」と焦った様子も無く山南が言った。
いざという時の賭け事に弱いのは毎回の事です。
軽い口調で言ってはいるがその表情は固い。
「山崎君、すぐに四国屋へ向かった土方君達に本命が池田屋である事を伝えに行ってください」
「はい」
「そしてその伝令に彼を同行させて頂けますか」
「…え、」
彼、と言われ一瞬反応が遅れた。
しかし山南の目は確実に千鶴を捉えている。
山﨑も山南の言ゔ彼゙が千鶴だと気付くと微かに眉を寄せた。
「お言葉ですが、伝令には俺1人で事足りるかと」
「伝令に向かう道中で他の浪士に鉢合わせると無駄な時間が掛かります。…言いたい事は、分かりますね?」
「…自分がその場合の敵の排除を行い、最悪の場合は彼女だけでも副長の元へ向かわせる」
そう言う事ですね。
…まるで捨て駒になると言っている様な言い方。
しかも彼は私の事を゙彼女゙と。
「君が失敗するとは思っていません。ただ、君には土方君の元へ言った後に会津藩と所司代へも伝令に向かって貰うつもりなのでね」
君には些か多すぎる任務です。
少し眉を寄せて言った山南。
しかしそれ程の任務を任さざる負えない程に隊士の人数が足りないのだろう。
「承知致しました。…雪村君だな」
「は、はい!」
「君の話は副長から聞いている。…女性だと言う事も。」
「!」
やっぱり知っていたんだ、私が女だと言う事を。
山﨑の言葉を聞いた山南も「あぁそうでしたね」と薄く笑う。
この任務は君の身の安全は保障出来ない。…それでも構わないか。
感情の見えない目で千鶴を射抜く山﨑。
千鶴はしっかりとその目を見て頷いた。
「はい。行かせてください」
「…解った。では総長、失礼致します」
全力で走れ。ボソッと掛けられた声に「はい!」と返事を返して走り出す。
そんな2人の背中を見送った山南が徐に振り返った。
…そろそろ出て来てはどうです?
彼の声に襖がゆっくりと開かれる。
「君の事は土方君から聞いています。…目が覚めた様ですね」
『…まぁ、ね』
「…その身体で雪村君を護ろうだなんて思っていませんか?」
分かり切った事を聞く様に言った。
そんな言葉を聞いた黒凪は小さく笑うとその場にずるずると腰を下ろす。
ずっと池の底に居た所為か、身体が思う様に動かないんだ。
掠れた声で言う黒凪に山南がゆっくりと近付いた。
『そこで良ければなんだが、あの時みたいに私を思い切り斬ってはくれないか。』
「…はい?」
『この馬鹿みたいに寝惚けた身体を叩き起こしたい。…協力してくれ、山南さん』
アンタ、私を斬る事に躊躇何て無いだろう。
嫌味に言った黒凪に「生憎ですが」と左腕を少し持ち上げた。
私は現在こんな状態です。刀は握れない。
山南も負けじと嫌味に返す。
そんな彼にまた小さく笑った。
『握れるさ。アンタにその気があれば』
「…君はよくそんな嫌味を私に言えますね」
『嫌味じゃないさ。…この新撰組には刀を握る手立てなんて沢山ある』
そんなに刀を握りたきゃ、どんな事にでも手を染めてみろよ。
黒凪の言葉に山南が沈黙した。
…ほら、斬ってくれ。腕でも背中でも何処でも。
少しの沈黙の後、山南が刀を右手で抜き放つ。
「多少の痛みは覚悟してくださいね。」
『望むところだっての。』
「…では遠慮なく。」
刀の切っ先が肩を真上から貫いた。
広がる激痛に少し眉を寄せる。
すぐに刀を抜かれた傷口から血が溢れ出した。
『っ、って…』
「どうです?身体の調子は戻りましたか?」
咄嗟に傷口を抑えた片手に目を向けてニヤリと笑う。
戻った戻った。
そう笑いながら言って立ち上がった黒凪は手の平に付いた血を舐めて歩き出す。
『悪いね。床の血はまた帰ってきたら拭き取る。』
「お構いなく。暇なので私が拭き取っておきますよ」
『…アンタのその迷いのないトコ、結構好きだわ。新撰組の必要悪って感じで。』
…ありがとね。この通りもう治ったけど。
服を少しずらして傷口を見せると黒凪は静かに歩いて行った。
血で赤く染まった寝間着姿のままで山﨑の部屋を探し出す。
そして彼の密偵用の服と口布を見つけ出すとそれに着替え外に出た。
『(…あ、髪邪魔だなぁ)』
天井に立って髪を三つ編みに結っていく。
髪をまとめると背中に流し口布を持ち上げて鼻辺りまで顔を隠した。
そして最後に瞳が目立たぬ様にと長い前髪を出来る限り顔にかぶる様に手櫛で整える。
徐に顔を上げた黒凪は周りを見渡した。
『(さて、千鶴の所に行かないと。)』
すう、と息を吸って走り出す。
こうして走り出して改めて思う、とても体が軽い。
そして気配を難なく完全に消す事が出来た。
屋根に足を着ける度に足首の神経が完全に自分の考えと同調して動く。
速度もどんどん上がって行った。
『(…あ、居た。)』
「走れ、迷わず行け!」
やはり山南の考えた通りに伝令係りである2人を狙う輩は居た。
すぐさま山﨑が刀を抜き応戦する。
その隣を必死の表情で千鶴が駆け抜けて言った。
待て!と1人の浪士が千鶴を追って行く。
そんな男の上に黒凪が音も無く飛び乗り首を圧し折った。
その様子を山﨑が一瞬目を見張り目撃する。…千鶴は気付いていなかった。
『……。』
「っ、新撰組め…!」
チラリと山﨑を見て浪士に殴りかかる。
5人程居た浪士を一掃する事にそう時間はかからず全員が倒れた事を確認すると黒凪は千鶴が走って行った方向に目を向けた。
…何者だ。
落ち着いた声が耳に届く。
「その服装は新撰組の密偵のもの。…お前は一体」
山﨑を見た黒凪は何も言わず人差し指を口元に近付けた。
その仕草に眉を寄せた山﨑の視界に細められた金色の瞳が入り込む。
思わず背中を這い上がった寒気に固まった。
それを見て黒凪は再び千鶴を追う様に走り出す。
四国屋の側の建物の屋根に到着すると真下で息を切らせた千鶴に近付く土方達が見えた。
「何やってる。屯所を出て来たのか」
「っ、…い、池田屋、」
「池田屋?…まさか本命は、」
聞き返した原田の言葉に必死に頭を降る千鶴。
よほど全力疾走が体に堪えたのだろう、彼女はまともに声すら出せない様だった。
…奴等の会合場所は池田屋であると。
確認する様に言った斎藤に土方も小さく頷いた。
「山南さんが脱走を見逃す筈がねぇ。…つまりこいつは総長命令で此処まで来たって事だ」
「よく合流出来たな…。江戸に来てまだ半年ぐらいだろ?」
「や、山﨑さん…が…っ」
山﨑か。此処にいないとなると、
そこまで言った土方達の元へ音も無く山﨑が到着する。
遅れて申し訳ございません。伝令に参りました。
淡々と言った山﨑に土方の目が向く。
「会津や所司代はどうなった?」
「まだ池田屋には到着しておりません。俺がこの場に続いて伝令を渡す手筈になっています」
「だろうな。…だが山崎君は一先ず俺に同行してくれ。」
「…という事は副長、池田屋には…」
斎藤と原田、お前等2人で全隊員を率いて池田屋へ行ってくれ。…俺は別件がある。
分かりました、と頷いて斎藤が隊を率いて走り出した。
その背中を見ていた千鶴の背中に土方が手を添える。
「お前もあいつ等と一緒に行け。1人で帰らせる方が危険だ」
「は、はい!」
走って行った千鶴を見てついて行こうとするが、山﨑と共に歩き出した土方に足を止める。
そして彼等を目で追っているとどうやら大通りに出た様だった。
興味心で彼等の後を追う。
此処から池田屋へは少し距離があるし、多少の遅れは取り戻せる。
「…副長、一体何をなさるおつもりですか」
「何、腰の重てぇ役人共には副長直々に挨拶しておくまでだ」
その会話を聞いていた時、感じた大量の気配にピクリと顔を上げる。
目を細めると日の落ちた京の大通りを悠々と歩く大群が目に入った。
100人を超える様な大人数の行列。
その真ん中に土方が徐に歩を進めた。
『(…成程、新撰組に面倒な仕事は押し付けて手柄だけ取ろうって魂胆か)』
「此処より先の池田屋では我等新撰組一同が御用改めの最中である!」
『!』
「一切の手出しは無用。…此処から先には立ち入らないでもらおうか」
静かな夜に厳しい土方の声が響き渡る。
ざわざわと顔を見合わせ始めた役人に小さく笑って背を向けた。
あのまま放っておいて大丈夫だろう。あの男が此処を通す筈がない。
チラリともう一度土方の背中を見た。
『(芹沢さん、あんたが甘いと罵っていた男は強くなってるよ)』
立派に新撰組を護ってる。
…一気に踏み込んで走り出す。
数々の建物を踏み越えて池田屋に到着すると、丁度後から駆け付けた斎藤達が中に踏み入る瞬間だった。
『(正面から入ったのは斎藤の班と千鶴、裏に原田か)』
池田屋の屋根に移動し目を閉じる。
手加減は無用だ、そんな風な声が耳に入り込んだ。
…この声は斎藤か。聞こえた声色は苦渋を含んでいた。
1階にいる筈の彼等の声が聞こえる程に研ぎ澄まされた聴覚。
その感覚に小さく笑った黒凪は千鶴を探す。正確には、彼女の声を。
「…応急処置なら出来ます、」
『(応急処置なら怪我の心配はないか)』
聞こえた声に安堵した様に息を吐き身を乗り出して池田屋の2階を覗き込む。
先程から斬り合っている様な音が聞こえていた事は気付いていた。
…ただそれが新撰組の人間と敵との斬り合いであろうと、千鶴の安否に勝るものは…。
「げほ、」
「…なんだ、病持ちか」
沖田の口元から吐き出された血。
それを見た黒凪はすぐさま体を池田屋の2階に滑り込ませた。
中に入って来た黒凪を見た風間は前髪の隙間から見える金色の瞳に目を細める。
「…貴様、何処かで見た顔だな」
「!…君は、」
『島原以来だ。…この瞳は印象深いか?』
じっと黒凪を見ていた風間が徐に笑みを見せた。
あぁ、あの男…人間にしては妙な気配だと思っていた。
だがその姿。それこそ真の姿だな。
そう言って持っていた刀を徐に持ち上げる。
「手合せ願おうか。そこの男はもう戦えん」
「…僕はまだ…戦える…!」
「沖田さん!沖田さん何処ですか!?」
『!』
聞こえた微かな声に振り返る。
舌を打った黒凪は振り降ろされた風間の刀を避け一目散に窓に向かって行った。
外に出ようと踏み出した黒凪の背中に風間の声が掛けられる。
「何故逃げる?」
『…。あの子に今の私を見せる訳にはいかない』
「?」
そこで初めて風間は気付く。
今しがた窓から出て言った彼女の肩が著しく上下していたのを。
…恐らく体の調子が良くないのだろうと結論づけた風間は刀を仕舞った。
「沖田さん!!」
「…ふん、興が覚めた」
「待てよ…っ」
窓から姿を消した風間を追おうとした沖田は再び吐血して倒れてしまう。
彼に駆け寄った千鶴は意識の無い沖田に眉を寄せた。
一方窓から出た風間は天霧と共に屋根の上で蹲っている黒凪に近付いていく。
「おい」
『!…追って来たの』
しつこいね。そう言って顔を上げた黒凪の顔色は悪い。
その様子をじっと見ていた風間は徐に笑った。
「どうやら病と言う訳ではないらしい…」
『そんなものに罹る筈がない。…長らく動かなかった所為で身体が思う様に動かないだけだ』
お前は鬼ではないのだな。
ボソッと掛けられた声に再び目を向ける。
風間は手を伸ばし黒凪の前髪を片手で掬い上げた。
月の光に晒された金色の瞳はより一層輝き異様な威圧感を醸し出している。
目が苦しげに細められた。
『悪い、けど』
「?」
『あんたの相手は…』
口布の下でくぐもった声で言う。
最後まで言えず、ぐらりと体が傾いた。
決して平行では無い屋根の上から落ちて行くのは早い。
風間が咄嗟に腕を掴み黒凪を屋根の上に押し留めた。
「…新撰組の屯所で良いな」
『……は…?』
ぐっと持ち上げて風間が屋根を跳び越えていく。
その様をぼんやりとした目で眺めていた。
…なんだ、鬼って思っていたより運動神経が良いんだな。
千鶴はこんな事、きっと出来やしないのに。
最後にそう考えて目を閉じる。
「…おい」
『……』
「俺が運んでやっていると言うのに当の本人は寝惚けるか」
起きろ、と揺すられ薄く目を開いた。
屯所だ。降りろ。
有無を言わせぬ声にゆっくりと体を起こし地面に足を着ける。
ゆっくりと顔を上げた黒凪は屯所だと言う事を確認するとのそのそと中に入って行った。
「礼は無いのか?」
『…ありがと。』
最後にそう言って目を向け、今度こそ中に入り姿が見えなくなる。
その背中を見送った風間はふんと鼻で笑うとそこから去って行った。
少し離れた場所に立っていた天霧はそんな風間を見て徐に口を開く。
「…珍しい。」
「何がだ」
「風間が女性を送り届けるなど」
「…ふん。天霧、お前も気付いていただろう」
あの女は人間でもなく鬼でもない。…だがその実力、能力は確実に我等よりも高位の者だ。
あの女…鬼の一族の復興の役に立つやもしれんぞ。
目を細めて笑った風間に目を向けチラリと振り返る。
屯所には酷く疲れた様子で隊士達が池田屋から戻り始めていた。
まだ会う訳には
(こんなにふらふらしてる状態で会ってしまったら)
(きっと変な気を使うし、)
(私を護るだなんて言いかねない)
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