番外編
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暗殺専門トリオの日常②
『…わっ、ねえ見て、パンケーキがすごく綺麗に焼けたわ。』
「ん? おお、いいですね。すごいすごい。」
とある、なんでもない日の朝。
黒の組織幹部、ベレッタ、バーボン。
スパイ活動、暗殺、狙撃と多岐にわたって頭角を見せている、黒の組織の中でも有望格な2人であり、任務の関係で離れ離れにならない限り大抵は一緒に行動し、任務などで同行した際には失敗知らずといわれている。
そんな2人はアパートを購入し、共に暮らしていた。
『レイ君のオムレツはどう?』
「もう少しで出来ますよ。…それにしても。」
バーボンこと降谷零が個室の方から聞こえてくるアラームの音に呆れたように息を吐いた。
「もうあのアラーム、5分は鳴っていますよね。」
『本当秀一さんって寝てる時の耳どうなってるのかしらね。起こしに行ってくるわ。』
「あ、黒凪さん服にパンケーキの元がついてますよ。」
『え? あ…本当だ。ありがとうレイ君。』
服の汚れをふき取り、ベレッタこと宮野黒凪がアラームの鳴り響く部屋の扉を開く。
そして枕に頭を埋めて動かずにいる彼…ライこと赤井秀一の代わりにアラームを消し、彼の背中に乗った。
「ぐふっ」
『秀一さん、起きて。』
「…窒息する…」
『起きた?』
ずり、と顔を動かして顔をあげた赤井秀一が眠たげな目で己の背中に乗っている宮野黒凪へと目を向け「…あぁ…」とそれはそれは低い声で答えた。
そしてまた微睡みかけた彼を無理やり起こし、リビングへと背中を押していく黒凪。
このアパートには、ライ、バーボン、そしてベレッタの3名が共に暮らしていた。
『もー、本当に朝が弱いわね。』
「…あぁ…」
『ほらちゃんと目を開いて。転んでも知らないわよ。』
「…あぁ…」
未だぼーっとしている赤井の手首をつかんでずんずんとリビングにやってきた黒凪に降谷が苦笑いを零す。
器用さで言えば3人の中でダントツである赤井だが、朝だけはどうも弱いらしくこのように朝に強い2人のどちらかに起こしてもらうのが恒例と化していた。
「何年経ってもその間抜け面だけは変わりませんね。はい珈琲。」
『一体何回目なのかしら、貴方を引き摺ってリビングに来るの。はい、ナイフとフォーク。』
手元に置かれた珈琲を一瞥し、脳を覚醒させようとしているのだろう…受け取ったナイフとフォークをくるくると手の内で回したりする赤井が「うん…」と言いながら答えた。
「この暮らしも5年以上は経っているからな…。数え切れんだろう。」
『あら、もうそんなに?。…2人共おじさんになっちゃって。』
席に着いた降谷が早速自身のパンケーキを切り分けながら黒凪を見て笑顔を見せる。
「言われてみれば、黒凪さんも随分と大人になりましたよね。初めて会った時は成人する前…確かまだ学生のころだったような。」
「ああ、そうだったな。あの頃は日本の大学に通っていて…」
「そういえば成人式も行きましたね。僕と赤井で。」
「あの時は任務が長引いて間に合わんかと思ったな…。」
そう、それは丁度6年前。
ライ、バーボン、ベレッタが出会い、共に暮らすようになって丁度1年経った頃だった――。
「あ、黒凪ちゃん!」
『あ…おはよう。』
ベレッタこと、宮野黒凪。20歳。
実質黒の組織の幹部、ジンに育てられたという彼女だが、なんだかんだ拠点はほとんど東京であったため、小学校、中学校…そして高校、大学とすべて東京で過ごしていた彼女には、成人式での顔見知りも多い。
「ねえ中学の頃の担任見た? 全然変わらなくて笑っちゃった!」
『そうなの? また挨拶に行こうかしら。』
「っていうか、今日こそは来てるの? お父さんとお母さん!」
「あ、黒凪ちゃんだー。」
しかしながら、組織内での毒薬の研究で忙しい両親を授業参観などに連れてくることはたったの一度も叶わず、また友達を連れて家に行くなどということもなかった黒凪。
学校以外での生活すべてが謎に包まれた彼女に興味津々な元クラスメイト達も多いのだ。
『残念ながら今回も欠席よ。忙しいみたいで…』
「ええー! 残念ね…」
「じゃあ恋人とかは⁉ 黒凪ちゃん美人なんだから彼氏ぐらい…」
『そんな人もいません。』
ええー! と一斉に上がる声に眉を下げて微笑む黒凪に、遠巻きにその様子を見ていた男性の元クラスメイト達も若干頬を染めながら何やら話し合っていた。
きっと彼氏がいないのであれば誘うか? なんてことを話し合っているのではないだろうか。
「な、なあ宮野! 俺らこの後二次会やるんだけど…来る?」
「もちろん他の女子も呼んでいーからさ!」
「何よあんたたち、どーせ私たちなんて黒凪ちゃんのついでだと思ってるんでしょ!」
「さいてー!」
早速そう言った女子たちにたじろぐ男性陣。その様子を見て笑顔を張り付けるだけの黒凪。
彼女はまだ幼さの残る同世代の彼らを見ながら…自然と生活を共にするライこと赤井秀一とバーボンこと降谷零とを比較していた。
『(そういえばレイ君、この前の任務で女性を口説いていたなあ。)』
あんな風にぼろを出すこともなく、完璧な男性を演じきって見せていた。
秀一さんも、任務先で私と恋人役を演じた時なんて隙のないエスコートを披露してくれたし。
『(あの2人を知っている限り、普通の男の子が魅力的に見えることなんてそうそうないんでしょうね…。)』
なんてため息を吐いて、現実に意識を戻すと――おかしい。
先ほどまで騒いでいた皆がしんと静まり返っている。
そして皆一斉に成人式が取り仕切られたホールの門の方へと目を向けて――。
『(え。)』
「花束崩れてないですか?」
「ん、あぁ。それより降谷君、ネクタイが若干歪んでるぞ。」
「え? あ、本当だ。ありがとうございます。」
なんて会話を繰り広げている降谷零と赤井秀一の姿がそこにはあった。
日本では人ごみの中にいても一瞬で見つけられるほどの長身に、整ったその顔立ち。
まるでモデルのようなプロポーションを持つこの2人の登場に一旦会場が騒然としてしまったらしいことに気付いたときには、あの2人がこちらにやってくると思うとひく、と頬が若干ひきつった。
「さて…うちの子は、と。」
「き…キャー! 誰の連れあれ⁉」
「モデル? え、ハーフ⁉」
「一緒に写真撮ってくれるかな…⁉」
じりじりと照りつける太陽から目を護るように手を目の傍に添えつつ周りを見渡した降谷零と、その横で軽く汗をぬぐった赤井秀一に上がる悲鳴。
『(目立ってる…)』
「…あ。降谷君いたぞ。おーい黒凪。」
「え、どこですか? あ、本当だ。黒凪さーん!」
ぎっと全員の視線がこちらに向いた。
その視線を受けつつも諦めたように笑顔を浮かべ、彼らの元へと近付いていく黒凪に、門の方へとぞろぞろ移動していた人々が徐々に道を開けていった。
その様子はさながらモーゼの海渡りだった、と様子を遠目に見ていた男性陣がいつか言ったという。
『どうしてここに? 仕事だったんじゃないの?』
「急いで終わらせて来たんだ。時間通りに来れて何よりだよ。」
「準備も何も手伝ってあげられずすみません。ここまで大丈夫でしたか?」
そんな風に会話を交わす3人の元へ向かえる人など誰もいなかった。
ただただそこには何人たりとも入れないほどに美しく完璧な時間が流れていた。
『――わあ、ありがとう。』
そしてなにより、学校では美人で有名だが、いつもどこか退屈そうに振る舞っていた彼女…宮野黒凪が、それはそれは嬉しそうにほほ笑んで花束を受け取る様子をみて、彼女を親友だと思っていた者たちでさえ…何も言えずにいた。
「式はもう終わったんだろ? この後は?」
『この後はもう帰ろうと思っていたの。一緒に帰ってくれる?』
「もちろん。お祝いに夜景の見えるレストランでディナーはどうですか?」
「いいアイデアだが…予約は?」
もちろん取っていますよ。貴方じゃないんですから。
それは失敬。
そんな風に会話を繰り広げる2人に黒凪が笑っているうちにも赤井秀一が助手席の扉を開き、黒凪を乗せると降谷零が運転席へ、赤井秀一が後部座席へと乗り込んだ。
「じゃあ行きましょうか。黒凪さん、別れの挨拶は?」
『あ、本当だわ。』
そして黒凪が助手席の窓を開き、未だ唖然と見つめるしかない同級生たちに片手をあげた。
『みんな、また機会があればね。』
「え、あ…ちょ、黒凪ちゃ…」
「あの、」
降谷零がアクセルを踏み、車はさっさと会場を後にした。
のちにその様子を遠巻きに見ていた男性陣は口をそろえて言う。何ていうか、映画の一部始終を見たような感覚だった、と。
『~♪』
「随分とご機嫌ですね。友人たちと会えたのが嬉しかったんですか?」
『ん? ううん…。今日成人式に来たのも、両親に写真を見せるためだけだし。…それより貴方たちが見に来てくれたことが嬉しかったの。』
学生の時から私の面倒を見てくれた貴方たちに晴れ着を見せられてよかったわ。
そう言って笑った黒凪にバックミラー越しに降谷と赤井が目を合わせ、笑みを浮かべる。
…そうか、あれからもう6年か。
『秀一さん、珈琲のおかわり居る?』
「ん、あぁ。ありがとう。」
思えばこの6年間、長かったような、短かったような。
そんな風に珈琲を赤井のためにと注いでやっている黒凪を見て、降谷が思う。
この組織にやってきたときは、こんな暮らし何て夢にも思っていなかった。
人を殺すことを生業としている自分が、こんな家族のようなものを持つだなんて、微塵も…。
いつまで続くかわからないけれど。
(こんなに幸せな日々がやってくるなんて、思ってなかったの。)
(誰も欠けないでずっと一緒に居られたらいいわよね。)
(…と、彼女は現状で満足しきっていますけど…)
(ああ。いい男でも連れてきたらきっぱり足を洗えるようにしてやらんとな。)
(ま…その “男” が僕らに負けるぐらいなら、ね。そう簡単にはいきませんけど。)