本編【 原作開始時~ / 映画作品 】
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謎めいた乗客
秀一と再会してから数か月が経った。
この間には体の精密検査はもちろん、組織の情報について聴取を受けたりと忙しい日々で、本当に一瞬で過ぎていったように思える。
現在の私の身柄は表向きではFBIの保護。しかしその裏では、組織の内部情報に詳しいことや昔から組織で受けていた訓練、それから経歴を見込まれてFBIの協力者でもある感じ。
「…おい。」
と耳元で聞こえた掠れた声にはっと意識を現実に戻す。
そして隣に座る大君…もとい、秀一に目を向けた。
呼び方を変えるのには本当に時間がかかった。何度間違えたことか…。
「…この間も白乾児で小さくなったばかりだろう。体調が悪いなら帰るか?」
『ううん、私は大丈夫。ちょっと考え事よ。貴方こそ大丈夫?』
そんな私の言葉に目を細めて「けほ、」と咳を漏らす秀一。
実は彼、珍しく昨日から風邪をひいている。
全く、今日はやっと解禁された私と秀一、2人だけで行くことを任された任務の日なのに。
とはいっても、別ルートで秀一のFBIの同僚、ジョディ・スターリングさんも同じ任務に従事しているのだが。
それにしてもデート気分で出かけたかったところを…これでは彼の体調の心配ばかりしてしまう。
「…黒凪、あのバスに乗るぞ。」
『え? …ああ、そうね。』
互いに傍に止まるバスに乗り込んだ人物を見てバスへと近づいていく。
このバスに乗り込んだ人物…医者の新出智明こそ、今日私と秀一で尾行している人物。
すでにFBIの捜査で彼、新出智明に黒の組織の幹部のベルモットが変装していることは掴んでいる。
そんなベルモットの最後にはぴったりとジョディさんも張り付いている。
彼女はベルモットを追って同じ高校の英語教師になったぐらいだから、あれぐらいの距離感でも大丈夫なのだろうけど…心配。
『(それにしても不安だわ…。名探偵コナンの原作はわりと初期の方で読むのをやめてしまったし…)』
だから自分の死は回避できたけれど、赤井秀一が登場してからは本当友達の漫画をパラパラ読むぐらいで…。
バスの一番後ろの席、その端に座った秀一の隣に座ってバッグを足に乗せる。
そして標的、新出智明…もといベルモットとジョディさんの背中を確認して携帯に目を移した。
いわく、ここでただベルモットを追っている理由は組織の幹部、ジンの登場を待ってのこと。
FBIとしてはベルモットと共にジンも捕まえてしまいたいところなんでしょうけど…。
『(きっとジンはそう簡単には捕まえられない。あの人の警戒心は本当群を抜いて…いて…)』
一瞬目が合った少年にピシリと自分の体が固まったのがわかった。
え? 今の顔、見たことある。いや、そんなはず…。
私の呼吸さえも止まったためだろう、秀一が私に怪訝に目を向けたのがわかった。
それをなんとも言えない顔で見返し、再び少年に目を向ける。
秀一もその視線をたどってその少年…、間違いない、この漫画の主人公、江戸川コナン君と目が合い、その目を細めた。
その時だった。座席に座らず立っていた2人のスキーの恰好をしていた男2人組が突然拳銃を取り出したのは。
「騒ぐな!! 騒げば撃つぞ!!」
隣に座っている秀一の雰囲気が一瞬でぴり、としたものに変わったのが隣にいてわかった。
そしてすぐさまバス内に大きく響いた拳銃の音に肩を跳ねさせた黒凪の肩に手を回す。
その間にもその2人組…バスジャック犯と呼んで構わないだろう。彼らはバスの運転手に指示を出していた。
「よし赤信号だな。おい、バス会社に連絡を取れ。」
「はっ、はいっ…」
≪…はい、こちら米花バス…≫
「今このバスは俺達が占拠した! 俺達の要求は只1つ、今服役中の矢島邦男の釈放だ! そう警察に伝えろ!」
…ええっ⁉ なんて焦っているバス会社の人間に要求だけ伝えてその通話を切り、男たちがこちら側、乗客たちに目を向ける。
「よーし、携帯を全てこちらに寄越せ。隠すとどうなるか分かってるだろうな。」
「ちなみにお前らには悪いが…警察が動かなければ1時間おきに1人ずつ殺していくから、そのつもりでな…。」
そうして1人ずつから携帯を奪い、徐々にこちらに近付いてくるバスジャック犯のうちの1人。
最終的に最終列に来ると、まず左の端に座る秀一へと目を向けた。
「おい。携帯を出せ。」
「…ゴホ、ゲホッ…」
「おい!」
咳を繰り返すだけの秀一に「あ、この人携帯出すつもりない…」と悟った私がすぐにフォローに出ることに。
『ごめんなさい、この人今具合悪くて…。今日は私しか携帯は持っていないんです。』
「あぁ? チッ…」
そうしてやり過ごし、しれっとしている秀一を横目で見て携帯を集めていない方のバスジャック犯に目を向ける。
すると視界の端で少し動きを見せたコナン君に自然と視線が移った。
こっそり携帯を取り出して外部と連絡を取ろうとしているのだろう、その様子を何も言わずドキドキしながら眺めていると、前に立つバスジャック犯がまっすぐにコナン君の方へと歩き始める。
『(あ、まずい…)』
案の情バスジャック犯はコナン君の首根っこをむんずとつかんで持ち上げ、携帯を取り上げると無造作に放り落した。
痛みに顔を歪めるコナン君を睨み「次はないからな」と念を押して去っていくバスジャック犯。
きっと尻もちをついたお尻は痛いだろうけど、それ以外には外傷もなさそうで安心した…。起こしてあげようかな。
そう思って立ち上がろうとした私の服を引いて秀一が引き留めてきた。
『何? 助けるくらい…』
「止めておけ。俺たちは今目立つべきじゃない…。」
正論だ。確かにそう。
私は眉を下げて立ち上がろうとしていた体を座席に沈めた。
そして私たちを含めた最も最後列にいる乗員たちを睨むコナン君を見て、秀一にちらりと視線を移す。
秀一だって分かっている筈…。バスジャック犯は2人で、1人が後列で携帯を没収、そしてもう1人が運転手の近くにいた間、コナン君は確実に2人の死角にいた。
それでも前列の方にいたバスジャック犯が迷わずコナン君へと向かうことが出来たのには、もう確実にもう1人かそれ以上の協力者が必要になる…。
そしてそれは、おそらく私たちと同じ列、最後列にいる誰か。
「…そうか、警察は要求を呑んだか。」
「おお! 上手く行ったな!」
「あぁ」
バスジャック犯たちが嬉々として前列でそう話し、「さて。」と私たち乗客へとその視線を移した。
もちろんこれだけのことをしているのだ、全員を無条件で解放してはいさようならとはいかないだろう。
「よく聞け。今から俺たちがバスを降りた後のために人質を1人確保させてもらう。それ以外は解放してやるよ。」
片方のバスジャック犯がそう私たちに語りかける間にもう片方がスキーバッグ2つをバスの通路に縦に並べ始めた。
それを見たコナンがまたしてもこっそりとスキーバッグに近付き始めたのが視界に入る。
『(ああもう、あの子本当に無茶な事ばかり…!)』
「…黒凪、じっとしてろ」
『でもあんな小さな子が殺されたら私…』
案の定コナンはまたしてもすぐにバスジャック犯たちに見つかり、拳銃を突きつけられる。
ぴり、とバスの中の空気が緊張した。
かくなる上は秀一を振り切ってでも、そう思った私の予想に反して、新出智明…そう、ベルモットが立ち上がった。
その様子を見て秀一の目がかすかに見開かれたのが分かる。
「…黒凪、あのボウヤは顔見知りか」
『ううん、全く見覚えがないけど…』
それはもちろん、組織の中でも。
秀一が沈黙し、ベルモットの一挙一動に注目する。
しかし彼女は本当にコナン君をかばっただけでまた席に着いたのだ。
その様子を見届けた秀一の視線がすっとバスの通路に並べられたスキー袋へ。
「…あれは恐らく爆弾だろうな。」
『ええ。あれだけ大きいと解除には時間がかかりそう。』
「お前がそういうならそうだろうな。」
小さく笑って言った秀一に「笑い事じゃないわよ…」と軽く睨むと、現在地を確認したバスジャック犯たちが再び私たち乗客に目を向けた。
「よし、約束通り乗客は1人を除いて解放してやる。」
「その前に、だ。…おいそこの眼鏡の男と咳をしているお前! こっちに来い。」
バスジャック犯たちが指名したのは新出智明、もといベルモット。
そして私の隣に座る秀一だった。
黙ってバスジャック犯たちに目を向けた秀一の隣で近付いてきたバスジャック犯たちに向かって口を開く。
『ちょっと待って。この人は体調が悪いの…代わりに私が…』
「おい、早く来い。来なければその女を打ち殺すぞ。」
私の言葉は完全に無視して秀一にそう語りかけるバスジャック犯。
拳銃もしっかりと私を捉えている。
それを見た秀一は聞こえない程度にため息を吐いて立ち上がり、ベルモットも立ち上がった。
思わずちらりとジョディさんに視線を寄こせば、彼女もなにやら秘密裏にごそごそ動いている。
バスジャック犯からも、そしてその協力者からもよく見える最後列にいる私よりは彼女に任せておいた方が賢明か…。
「お前達には俺達の代わりにこのスキー服を着てもらう。ゴーグルも忘れるなよ。」
「運転手。このトンネルを抜けたら俺達を降ろしてすぐにバスを発射させろ。そして警察の目をバスに向けるんだ。」
「下手な真似はするなよ? その為に1人人質を連れて行くからなぁ。…そこの一番後ろに座っている女。」
ピク、と秀一の肩がかすかに動いたのが分かる。
ジョディさんもこちらに目を向けた。
私も「え?」とバスジャック犯に目を向けると、彼らは「お前じゃない」と私の右隣にいる女性に目を向ける。
「ガムを噛んでる方だ。」
「え!?」
呼ばれた女性は怯えた表情で前に歩いて行き、バスジャック犯たちの拳銃を前にして震えている。
しかしここに協力者がいることを考えると…ここで1人だけ人質として連れて行くのであれば、彼女がその協力者だと考えて良いだろう。
『(なるほど、仲間を連れてバスに出た後にあの爆弾で乗客全員を…)』
トンネルに入り、あたりが暗くなる。
そしてほどなくしてトンネルを抜けるころには秀一もベルモットもスキー服を着終わっていた。
そのタイミングを見計らってか否か、コナンが席から離れて通路にでる。
「下手な真似はするなよ? 俺達の言う通りにすりゃあ全員助かるんだ…」
「嘘付き! この爆弾で全員殺しちゃうんでしょ?」
途端にコナン君とその隣側の座席に座るおじいさん…きっとあれは、アガサ博士。
2人がスキーバッグを持ち上げ、一瞬私の視界がふさがれた。
ぐっと体を伸ばしてバスの前方に目を向ければ、バックミラーにコナン君とアガサ博士が持ち上げるスキーバッグと、そこに書かれた文字…「STOP」が映っていた。
途端にその文字を見たバスの運転手が急ブレーキをする。
『(それはちょっと、爆弾に何かあったら…!)』
これは長年の経験からだろう、体がはじかれるように動いてコナン君とアガサ博士が持つスキーバッグの下をくぐり、もう1つのスキーバッグの元へ。
そして動かないように腕と足で固定した。そんな中もバスはものすごい勢いで道路を滑っていて、こんな中でも耐えうる自分の体幹に感謝した。
そうして数分間にも思えた衝撃が収まり、周りを見渡すと席についていた乗客たちはどうにか席にしがみついていて、スキー服を着させられていたベルモット、秀一はバスジャック犯たちともみくちゃになっている。
「こっ、このクソガキ…!」
はっとして立ち上がり、拳銃を持ち上げた男の背後で静かに左ひじを持ち上げる秀一。
しかしそれより早くコナン君が腕時計型麻酔銃でバスジャック犯の1人を眠らせた。
秀一からすれば突然力なく倒れた男にかすかに目を見開く中、コナン君は次に新出智明…ベルモットへと目を向けた。
「新出先生、その女の人の両腕を捕まえて! きっとその腕時計が爆弾のスイッチだ!」
「え、ええっ⁉」
なんて新出智明としての演技を交えつつも、即座に反応して女性の両腕を拘束するベルモット。
その背後で最後のバスジャック犯が立ち上がり拳銃を持ち上げる。
爆弾を抑えたまま私がそれを見上げる中、ジョディさんが立ち上がり強烈な膝蹴りを男のみぞおちへ。
正直、ものすごい音がした。かなり痛いはず…。
まあ、とりあえずこれで一件落着…。そう思った時だった。
「―――い、急いで逃げなきゃ…っ」
ベルモットに拘束されている女が腕時計を見て唐突に言った。
それを聞いて私の視線がすっと手元の爆弾に向かう。
女が「爆弾が今の衝撃で起動しちゃったのよ!!」とのたまう中、スキーバッグのチャックを下ろして中を確認すると、確かにタイマーが動いている。
「はっ離してー! あと1分もないのよぉ!!」
「な…、み、みんな逃げろー!」
女とコナン君の声に皆はじかれたように走り出す。
そんな中、私はポケットに入っている小型のハサミを取り出して爆弾を開いた。
『(…ほんと、私たち同期って呪われてるわよ…。)』
そんな風に苦笑いを浮かべてコードを確認する。
これは短時間での解除は難しいし、簡単なつくりだから時間を引き延ばすこともできなさそう。
それにこの重量…移動させるのは無理かな。
「っ、…」
そこでやっと背後からかすかに聞こえる震えた吐息に気がついた。
振り返りその顔を覗き込むと、そこにいたのは…。
『…志保⁉』
びくっと蹲る少女が肩を揺らした。
そしてはじかれるようにこちらに目を向ける。
「…え…⁉」
『もう、あなた何してるの! 早く逃げなさい!』
「な、…なんで…」
途端に大粒の涙を流し始めた志保。そう、私の妹。
そっか、もうAPTX4869を飲んで子供の姿に…。
「おい! 何してる!」
『ごめん、手伝って!』
「きゃっ…」
すぐに戻ってきてくれた秀一が志保の首根っこをつかみ、私と共にバスから逃げ出した。
そしてバスから飛び出した途端に見えた小さな影、コナン君の腕を掴んでバスから引き離す。
コナン君は驚いてこちらを見上げたが、秀一の腕の中にいる志保を見て一気にその体の力を抜いたのが分かった。
途端に背後でバスが爆発して、その暴風で体が少し宙に浮いた。
咄嗟に志保は秀一に任せてコナン君を抱きかかえれば、そのまま4人で地面を転がっていく。
そして勢いを殺して立ち上がった私はコナン君をおいて秀一と志保の元へ走った。
『志保、大丈夫…?』
「っ、ぅ…」
志保のうめき声にがばっと秀一と共に志保を覗き込めば、志保は肩を震わせて泣いていた。
それを見てほっとしていると、爆弾の影響で起きた黒煙の向こう側で警察のサイレンや声が聞こえてくる。
「…警察はまずいな。」
『ええ。…志保。』
「っ、うん…」
志保も私と一緒に組織にいたし、私の事情は分かっている。
それにそこまで子供でもない…ちゃんと気持ちを切り替えたのだろう。
私を涙でぐちゃぐちゃになった顔で見上げて言った。
「行って、お姉ちゃん。あ、でも連絡とか…」
『貴方の居場所は大体わかるわ、すぐに会いに行くから待っていて。』
「ぐす、わかった…」
『…じゃあ、またあとでね。』
「ああ。気をつけろよ。」
そうして志保をコナン君に任せ、私は秀一に手を振ってそのまま煙に紛れてその場から姿を消した。
――それから数日後。
私は1人米花町に立つ豪邸の前でインターホンに指を伸ばした。
『…こんにちは。あの、宮野ですが…。』
「はーい!」
扉を開いてくれたのはバスジャック事件でも見た、この物語の主人公…江戸川コナン君。
彼は私の顔を見てにっこりと微笑むと「どうぞ。」と扉を大きく開いてくれた。
そのまま彼と中に進めば、ソファに志保とアガサ博士が座っている。
すぐにアガサ博士が気を使って席を空けてくれて、志保の隣に私が、前にコナン君とアガサ博士が座った。
『志保、ケガは大丈夫だった? ほっぺたが擦り切れちゃっただけ?』
「うん…。お姉ちゃんも大丈夫だった…?」
『私は大丈夫よ。鍛えられてるからね。』
ある意味これは私たちの中ではブラックジョークなわけだが、志保は少し笑ってくれた。
それは少し悲しそうでもあったけれど…まあ、事実だしね。
そしてすぐにコナン君とアガサ博士に目を向け、笑顔を見せる。
『改めて初めまして…宮野黒凪と申します。この子の姉です。』
「わしは阿笠博士というものです。…いやはや、まさか哀君のお姉さんに会えるとは…彼女の話ではその、」
『亡くなっていたはず?』
「ま、まあ…そうですな。」
言いにくそうに言うアガサ博士に「お気遣いありがとうございます。」と微笑めば、コナン君がじっと私を射抜いているのが目に入る。
彼自身、どう身を振るべきか考えているのだろう。
それを見て助け舟を出すことにした。
『大方、バスでの様子を見ていた限り…貴方も志保と同じなのかしら?』
「!」
『もし警戒しているのならその心配はないわ。この子から聞いたかもしれないけれど、私はしっかり組織の幹部に反旗を翻して今は追われる身だからね。』
それでも言いよどんでいるコナン君に「APTX4869も飲んだし。」と言えば、やっと彼の表情が変わった。
それは驚きのもので。
「じゃあ幼児化もなく…⁉」
『いや…手違いで不良品を飲んでしまって。今は特定の条件下のみ幼児化する体になったの。』
「…面白いデータだわ…まさか真逆の効果を発揮するなんて…」
すかさず科学者としての顔を覗かす志保に眉を下げて、考え込むコナン君に目を向ける。
『ええと…ところであなたの名前は?』
「あ、…江戸川コナンです。本名は…工藤、新一。」
『あら、そこまで教えてくれるのね。』
「…灰原のお姉さんですから。」
私の隣で嬉しそうに志保が微笑んだのがわかる。
もしかすると私が来るということで、色々なことを彼に伝えていたのかもしれない。
『私のことは志保からしっかり聞いているようね。』
「はい。組織にいた事情も、大体…」
『そう…。じゃあ時間が許す限り、貴方と志保のことを教えてくれないかしら?』
この数か月で組織と何かあったなら、それも知っておきたいの。
そんな私の言葉に志保もコナン君も深く頷いた。
『――…そう、ピスコが…。』
「…本当にあの時は運がよかったの…」
『…うん、そうね…。』
随分としぶとく生きていたくせに、終わりはなんてあっけない…。
ジンに殺されて終わりだなんて。
考え込む私を心配げに見上げる志保がおずおずと口を開く。
「…怒ってる…?」
『うん? …いいえ? 色々なことが重なってそうなっちゃったんだから仕方ないわよ。』
話してくれてありがとう。
そう言って微笑めば、コナン君は「いや…」と謙遜して見せる。
本当、中身は子供ではないとはいえ、その頭の良さが垣間見えるこの子がよく組織に見つかっていないものだと感心してしまう。主人公補正というやつかしら。
『ああそうだ、これ私の連絡先ね。』
「あ、どうも…」
『ちゃんと番号を記憶したら燃やしておいてね?』
「へっ?」
むんずと志保がコナン君から紙を奪って、数秒ほどじっと見るとすぐに火をつけた。
それをぎょっと見るアガサ博士とコナン君の前で慣れたように文字の部分が燃えたことを確認した志保が左右に振って火を消す。
その一連の行動を黙ってみている私と志保の前でコナン君が焦ったように口を開いた。
「お、おい灰原…」
「大丈夫よ、もう覚えたから。後で口頭で教えるわ。」
「そこまでしなくても…」
『組織に居ればこんなものよ、新一君。』
え、とこちらに目を向けたコナン君ににっこりと笑う。
『これぐらい警戒心がないと生きていけない…対抗なんてもってのほか。それがあの組織よ。』
「!」
貴方の周りの人たち…そして志保のためにももう少し気を付けるようにしてね。
今の様子から見ても貴方はまだまだ警戒心が足りないようだから。
『…だからピスコに志保の正体がばれるなんてことが起こるのよ。』
「ハ、ハイ…」
『……じゃあ皆さん、私はそろそろお暇しますね。…志保、無茶はしないようにね。』
「うん…」
立ち上がった私に合わせて志保が立ち上がり、一緒に玄関へ向かう。
その後姿を見送ったコナンがアガサ博士と顔を見合わせてひそかに私に震えあがっていたのには、正直気づいていなかった。
…ちなみに、秀一のことについて伝え忘れていたことは帰路で気づいた。
そうして夜。
秀一と一緒に暮らしているアパートの一室で夕食を作っていた私は玄関の扉の音を聞いてそちらに向かった。
「……ただいま」
『お帰りなさい。外寒かったでしょう、大丈夫?』
「ああ。…夕食まで作る時間があったのか…随分と早く帰ってきたんだな。」
『まあね。』
そんな風に言っていると徐にぽんぽんと頭を撫でられ、「何?」と顔を上げれば、優し気に微笑む秀一が。
こんな笑顔を見せてくれるなんて、組織にいたころはほとんどなかったし、きっと彼もずっと気を張り続けていたんだろう。
『あ、ちょっと待ってね。』
「ん?」
ぱたぱたとキッチンに戻って串カツを片手に戻れば、きょとんとしている秀一が。
そんな秀一に笑顔を向けながら彼がくわえていた煙草を奪って串カツをちらつかせる。
それを見た秀一は肺に入れていた煙草の煙をふう、と吐き切って串カツにかぶりついた。
『おいしい?』
「うん。うまい。」
『…うふふ、串カツ似合わないわねえ貴方。』
「お前こそその煙草、似合ってはいない。」
そんな風に軽口を叩きながら串カツを食べた秀一は串を皿に置くと私の口から煙草を取り、自分の口へと運んでいく。
それを見送った私はまた料理に戻りながら「また仕事に戻るんでしょう?」と声をかける。
その言葉に小さくうなずいた秀一を見ててきぱきと串焼きを弁当箱につめ込んで玄関へと向かう彼の後を追った。
『はい、お弁当。串カツだけだけどね。』
「助かる。」
そう言って傍に弁当を置いて靴に足を突っ込む秀一。
『…痩せたんじゃない? 大丈夫?』
「ちゃんと飯は食ってる。問題ないさ。」
『そう…。気を付けてね、帰ってきたらお風呂温めるのよ?』
「ああ。」
じゃあな、と出て行った秀一。
一応お風呂を温めることに同意はしているが、それを実行しないのがあの男だ。
電気代を節約、というよりはきっと面倒くさいだけ。
だから極力遅い時間にお湯を入れるようにしているけれど、しっかり暖かいお湯に入れているのだか…。
Vermouth
(彼女を初めて見たのは、あの日…ピスコがあの方の命令で訓練を受け持っている子供がいると聞いた時。)
(ただの興味本位だった…。年齢に見合わない頭脳と精神力を持っていると、そう聞いていたから。)
(…私は、その子供を目の当たりにして息をのんだ。)
(そして問いかけたのだ。)
(貴方…どうやってその姿を手に入れたの? …と。)
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