本編【 原作開始時~ / 映画作品 】
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隙のある日常 with Kevin Yoshino
- 異次元の狙撃手後日談 -
『――ごめんなさいね。貴方が公安の手に渡ったことも、通常よりも長い聴取を受けていることもすべて…私のせいなの。』
そんな風に言って現れたその女に、俺は「やっと来たか。」と思わず笑みを零した。
この女が現れるまで無言を貫いて粘った甲斐があったというものだ。
「…まずは謝らせてくれ。知らなかったとは言え、殴ってすまなかった。」
『…謝る必要はないわ。私が先に貴方に銃口を向けたのだから。』
場を少しでも和ませようと伝えた謝罪だったが、女は顔色一つ変えない。
そんな部分はあの頃と変わらないが、やはり少し雰囲気が柔らかくなった、か?
それに大人になった。もう5年は経っているからな…。
なんて、記憶の中に残る彼女の姿と目の前の姿とを比較してみる。
「たしか、黒凪って呼ばれてたな。取引をしてたあの頃…あんたのことだ、俺の情報は筒抜けだったんだろ? やっと名前だけでも知れて嬉しいよ。」
『…そうね。でも貴方なら分かるはずよ、こちらの情報を明かさなかったのは貴方の為でもあったって。』
「そうだな。…顔を変えてタワーに来たのも同じ理由か? でも日本警察に拘束もなしに来れるなんて、どういうことだ? うちの密輸武器を買占めに来てたじゃないか。今頃あんたも俺と同じように拘束されてるはずだろ?」
『…貴方の質問に答えれば、私の質問にも答えてくれる?』
やっぱりそうか。こいつ司法取引でもしてるんだな?
薄く笑みを張り付けて頷いて見せる。
ティムの頼みを叶えることができなかったんだ、もう正直なんでもいい…。
『顔を変えているのは、かつていた組織から逃げるため。』
「おお、マジか。かなりやばい組織だってあんたとの取引を終えた後に知ったんだ。…そうか、あんたが顔を変えて人生をリセットするほどか。」
『ええ。』
「で? 今は司法取引でもして日本警察の保護下にいるってことか?」
まあ、そんなところ。そんな風に答えた女…黒凪に何度か頷いてみせる。
マジでよくやるぜ、この若さで。そんな意味を込めて感心した目を向けていれば、黒凪がまっすぐに俺の目を見つめた。
『じゃあここからは私の番。…私との取引を終えた後でも密輸は続けていたの?』
「いや…あの後きっぱり足を洗った。ティムとの訓練に集中するためにな。ま、今回の武器はもちろん同じルートで入手させてもらったが。」
『入手ルートは言える?』
「構わない。どうせ今回殺りそこねたウォルツを殺す機会なんて二度とやってこない…。俺の人生は終わったも同然だ。」
そうして俺が伝えた武器の入手ルートを紙に書き留めて、ペンを置いて黒凪が再びこちらに目を向ける。
『…私との取引を終えた後に密輸を辞めたなら、私が所属していた組織との関係はその後完全になかったのね?』
「ああ。」
『私と取引を始めるにあたって組織について調べたでしょう? 何か出てきた?』
その質問に自嘲の笑みを浮かべ「いいや?」と諦めたように言えば、黒凪は何も言わず頷いて目を伏せる。
「他には?」
『…。』
黒凪が両手を組んで椅子へともたれかかり、ギシ、と椅子がきしむ音が響く。
『ウォルツ氏だけど、今回の事件を受けて動いたマスコミや警察によって大々的にその罪が暴かれて逮捕されたわ。』
「!!」
何? ウォルツが逮捕された?
あまりの衝撃に言葉が出なかった。しかしじわ、と目に浮かんだ涙に身体が震えて、うなだれる。
「なら俺はやったんだな…? ティムの願いを叶えることができたんだな…!?」
『…。』
嬉しさで感情がコントロールできない俺とは違って黙り込む黒凪に、頭が少し冷静さを取り戻したような気がした。
そしてなんと言おうかと考え始めたところで黒凪の背後の扉が開き、金髪の男と黒髪の長身の男が姿を見せた。
金髪の男が黒凪が俺の聴取内容をしたためた紙を持ち上げ、黒凪へと目を向ける。
「聴取の協力、恩に着るよ。」
『…ううん、お安い御用よ。』
その容姿を確認し、声を聞いてやっと思いだした。
確かこの金髪、
「…タワーで…」
「ああ。元気そうで残念だよ。」
金髪の男から発せられた肝が冷えるような殺気というか、威圧感に背中が冷えた。
そしてその隣に立つ長身の男を見て小首をかしげる。
確かにタワーの中は薄暗く顔ははっきり見えなかったが、この男はあの時タワーにはいなかったはずだ。
誰だ…?
「…俺が誰か、気になるようだな?」
「!」
やはり声を聞いて確信した。この男はタワーにいたもう一人の男じゃない。
それに記憶にも覚えがない。初対面か…?
「お前が随分とごねてくれたおかげで、彼女とともにここまで来る羽目になった。全くいい迷惑だ…。」
「おい、ここでは煙草は吸えないぞ。」
「ん、すまない。」
男の胸ポケットから見えた煙草の種類…Marlboro。アメリカの煙草か。
そこまで考えて「まさか、」と口をついて言葉が出た。
「まさか、シルバーブレットか…⁉」
「…ほう。」
男が若干驚いたように目を見張り、そうとだけ答えた。
しかし俺にとってはその反応だけで十分で。
男と黒凪を交互に見て、そして、「は、」とまた自分の意思とは関係なく感嘆が漏れた。
「んだよそういうことかよ…。はは。そうなれば、標的が後1人になるまで問題なくやって来れたのも今思えば奇跡に近いな…!」
長身の男と金髪の男がちら、とお互いの視線を合わせたのが見えた。
俺の言っている意味が分からないのだろう。そしてきっと、黒凪もまだ分かっていない。
「なあ、黒凪さんよ。あの日…俺があんたとの契約を解消した日…どんな会話をしたか覚えてるか?」
『…さあ。』
「俺はあんたに言ったんだ。想像しないか? と。これから先、どんな男と生きていきたいか…。」
『…。』
俺は今でも鮮明に思いだせる。
《…想像しないか? 町を歩いている時、普通の人間のふりをしているとき…》
《?》
《俺たちとは違った人生を生きてきた男と生きてみたいとか。》
《…ふ、ないわね。》
そうだ。黒凪はこの後に、
《私、男の人には護ってもらいたいの。》
「あんたは、男には護られたい。そう言ってた。」
『…記憶にないわね。』
本当に黒凪の記憶にはないのだろう。
だけど俺にとってはその時この女が初めて年相応に見えた気がしたんだ。
そして叶わない夢を見て、滑稽だとも思った。
だから俺は、きっとそんな未来はこないだろうと予想して――
《見つかるといいな。…本当にあんたにそんな男と手を組まれたら、敵対はしたくないものだ。》
そう、言ったんだ。
そうしたら見ろ、ティムでも敵わないシルバーブレットなんて大物を連れてきやがった。
「ふはは、…あー、マジか。こんなことあるんだな…。」
『…、これ以上話していても無駄ね。』
そうして席を立ち、扉に手をかけた黒凪に「待て待て、最後に、」と声をかける。
あの時の様に黒凪は扉を開く手を止めた。今回は振り返ってこちらを見たが。
「自分のしたことに後悔はない。が…悪かったよ。あんたが折角助けてくれたこの命を、他人の命を奪うことに使って。」
『…。』
そして今度こそ扉を開き、黒凪はシルバーブレットと金髪の男を引き連れて部屋を出ていった。
「結局組織の情報は全く出てこなかった、か。」
『ま、武器の入手ルートが分かっただけでも収穫はあったんじゃない? ねえ?』
「ん、ああ…。だが黒凪があんな男と話す必要はやはり…」
そうしゅんと落ち込んだ様子で言ったレイ君に小さく笑って「いいのよ、これもけじめだから。」と窓の外へと目を向ける。
『それより折角拘置所に来たんだから、アイリッシュと面会はできる?』
「ん、ああ。」
「そういえばアイリッシュから入手した情報で見つけた組織のメンバーの潜伏先へ向かってはみたか?」
「お前たちFBIこそ、カナダに潜伏中のアクアビットはどうなった?」
繊細な問題なんでな、居場所は掴んでいるが慎重に接触を進めている。
そっちは? そんな秀一の言葉に「同じようなものだ。」とレイ君が不機嫌に答えた。
「それより面会時間がそろそろ終わるぞ。話は通しておくからこのままアイリッシュの元へ向かえばいい。」
『ありがとう。』
「…面会を終えたらゆっくり療養しておけよ、黒凪。」
『ええ。』
秀一が私の腰に手を回し、共にアイリッシュの収容されている場所まで歩いていく。
そうして面会室に入ると、アイリッシュがこちらを見て小さく微笑み、そして秀一へと目を向けた。
「くはは、改めてそのツラ見ると身震いしたぜ…ライ。ジンがお前の捜索をぴったり止めたんだ…確実に死んだもんだと思ってたが。」
「生憎黒凪の尽力もあってこの通りだ。」
「食えねえ女になったなあ、黒凪。で、今日はどうした。」
『…別に? 拘置所に来る理由があったから寄っただけよ。…最近どう?』
椅子に座ってそう話しかければ、「別に?」と私の言葉をまねて言う。
そんなアイリッシュを軽くにらみつつも笑えば、彼が少し身を乗り出してこちらを見た。
「お前こそどうなんだよ。」
『…あまり芳しくはないわね。あのメモリーカードの情報も使って組織を追っているけど…。組織もガードを固めてるようで、進展はあまり。』
「…。俺が知る限りここ数か月で死んだ幹部は…テキーラ、ピスコ、カルバドス…で、消息不明の俺。」
アイリッシュが机にぎし、と身体を預けて言う。
「組織にとっちゃ、前例のない異常事態だ。ジンを信頼していないラムなら十中八九動くだろう。お前が言う限り、ジンは今更守りに入ったようだが…ラムにとっちゃ関係ない。」
『(…ラム、か。)』
「俺がラムなら、手始めに部下を送るだろうな…。あいつは腹心も多く持ってやがるし。」
『…そうね。私がラムなら組織内のスパイをあぶり出すところから始めるかも。』
くっとアイリッシュが笑って秀一へと目を向けた。
さすが、FBIのスパイを骨抜きにしただけはあるな。
そんな嫌味に秀一はぴくりともその表情を崩さない。
「もし本当に黒凪の予想が当たるなら、ラムが使う腹心は1人だ。」
「…同感だな。」
『そうね。』
「「『キュラソー…』」」
隠密行動を得意とする上、一度見た情報は絶対に忘れない…。
あいつは組織に入った時から “ここ” が他の幹部とは一線を画してた。
そう頭…脳みそを指差して言ったアイリッシュがその指をそのままこちらにびっと向けて、
「だからあいつはお前を欲しがったんだ黒凪。7年前お前言ってたろ…キュラソーと接触したってな。あの頃ラムはお前とキュラソーを組まそうとしてたって噂だ。キュラソーと同じく"頭"が一味違う、お前とな…。」
『…。』
Curacao
( “綺麗な瞳をお持ちね。” )
(そんな宮野黒凪の言葉を思い返す。)
(ラムの腹心になって随分と経つ。)
(思えば彼の腹心になってからだ…能力を隠すために、カラーコンタクトでオッドアイを隠すようになったのは。)
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