本編【 原作開始時~ / 映画作品 】
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異次元の狙撃手
「どーう? 鈴木財閥が総力をあげて建てた、ベルツリータワーからの眺めは。」
「すごいよ園子~! 誘ってくれてありがとうっ!」
「ふふん♪」
今年に建てられたベルツリータワーは高さ635mを誇る、新しい東京の観光名所。
そのオープニングセレモニーに、鈴木財閥の令嬢である園子が誘ってくれたこの日…園子、蘭、変装した赤井さん、そして黒凪さんを保護者として、俺たち少年探偵団もベルツリータワーの最上階に訪れていた。
「園子のヤロー、これを自慢したくて俺らを誘ったんだな…。」
「まあいいじゃない? なんでも。」
小さく呟いた俺の言葉が聞こえたのだろう、隣に立っていた灰原が薄く笑みを浮かべてそう言い、ん? と目を向ける。
「おかげでお姉ちゃんにもこの景色を見せられたわ。…私が行かないと、こんな絶好の狙撃ポイントになんて行きたがらないもの。」
「狙撃ポイントっておめーなあ…」
でもあの黒凪さんと赤井さんを見ると、灰原の言うこともあながち間違いじゃねーんだろう。
2人ともどこかいつもよりそわそわしているように見える。
確かにこのベルツリータワーの展望台は全面ガラス張り…外から狙撃することは容易だろう。
「(それにここは日本とは言え、黒の組織の奴らも潜伏している…俺も気を抜かねえようにしねーと。)」
「あっ! 僕思いついちゃいました、今回の自由研究のテーマ!」
俗に言う夏休みシーズンである現在。
そう言えば、組織の問題に加えてあの大量の宿題も進めなければならなかったな、と光彦の言葉に若干げんなりする。
「え⁉ なになに、光彦君!」
「この周辺の模型を作るっていうのはどうですか⁉」
「いーじゃねーか! やろうぜ!」
そんな風に無邪気に話して周辺の写真を取るために歩き回る少年探偵団の面々。
あいつらを保護者としてみるためにそれについて回る蘭と、びったりと灰原から離れようとしない赤井さんと黒凪さん。
それを見ていると、嫌でも感じてしまう。俺たちが生きる世界とあいつらが生きる世界は違うのだと。
だからこそ早く黒の組織を捕まえて、平凡な日々を取り戻したい。もちろん、江戸川コナンではなく本来の姿で、蘭の傍に立てるように…。
「 So, the building was built 30 years ago, and now, with the completion of Bell Tree Tower, the building is worth a five-star! (御覧の物件は築30年ですが、このベルツリータワーが出来た今…資産価値が五つ星になりました!) 」
「 Hmm, yeah. It is a five-star property definitely. (ふむ、なるほど。確かに五つ星の価値がありそうだ。) 」
「 Then now, you must purchase it right the way, hahaha…! (分かっていただけましたか! ならばすぐに購入することをおすすめします、はっはっは…!) 」
「 …Hey baby, (黒凪、) 」
『 Yeah? (何?) 』
隣にいる灰原が露骨に眉を寄せた。
その視線の先を追うと、黒凪さんの耳元に口を近づけ、何やら話している様子の赤井さんが。
「 What do you think of that guy. (あの男どう思う?) 」
『 Well, a fraud? (うーん、詐欺師?) 』
「 Same here. Lemme tell them. (同感だな。あの夫婦と話してくる。) 」
『 Okay, but don’t go too close to the window… (分かったわ。けど窓にはあまり近付かないで…) 』
なるほど、あの白人の夫婦を見て会話をしていたし、何やら話しに行くのだろうか。
そんな風に考えて2人から視線を外し、外へと目を向けた時。
…あれ? 今向かいのビルの上が少し光った――。
そう、小さな疑問を持った時だった。目の端でガラスにヒビが入ったのが見えて、途端にガラスの割れる音が響く。
そして重い何かが床に倒れる鈍い音と、
「きゃああああっ⁉」
蘭の、悲鳴。
はっと気付いたときにはすでに黒凪さんが灰原を抱えて窓から離れており、俺自身も「狙撃だ! 身体を低く!」と叫んでいた。
しかし俺の指示に従う余裕のある人間は少なく、展望台はパニックに包まれている。
『志保、大丈夫?』
「え、ええ…でもまさか本当に狙撃だなんて、」
『…。こんな派手なやり方、彼ららしくない…。でも可能性は0とは言えないわね…。』
「ちょ、コナン君…!」
蘭ちゃんの声に顔を上げると、コナン君がパニックを起こす客の間を縫って下へと降りていくのが見えた。
あの子、スナイパーを追うつもり…?
秀一へと目を向ければ、彼は窓から双眼鏡で狙撃場所を見ていた。
『昴、』
「ん?」
『大丈夫だった? ガラスとか…』
「ああ、僕はなんとも。」
『被害者は…?』
「即死。…いい腕だ。」
スナイパーのことを言っているのだろう、こんな状況でも相手の腕に感心しないでほしいものだが、まあ彼の性なのだから仕方がない。
『(レイ君に連絡を…組織の狙撃か確認しなければ。)』
志保を抱え上げ、人気の少ない場所へ移動して電話をかける。
≪もしもし。≫
『レ…、バーボン。少しいいかしら。』
「!」
志保が私の腕の中で息を飲む。
まさかここで私がレイ君に連絡を取るとは思っていなかったのだろう。
まだ志保には彼のことはあいまいに「大丈夫」としか言っていないから、当然だろうけれど。
そしてレイ君自身も私が彼を “バーボン” と呼んだことで、私が世間話をするために連絡をしたのではないと気付いたのだろう、
≪…どうした?≫
と少し焦ったように言った。
『貴方にもすぐに連絡が届くと思うけど…ベルツリータワーで狙撃事件が起きたの。…組織が計画したことか確認したくて。』
≪了解した。…少なくとも俺が知る限りそんな計画はなかったはずだが…念のため被害者の名前を送ってくれ。スコッチとも確認する。≫
『ええ。よろしく…。』
電話を切り、振り返ればタイミングを見計らったように秀一が私の肩に手を置いた。
「遥、被害者の身分証明書を拝見してきたが…伝えていいかい?」
『あ、ええ。ありがとう昴。』
「名前は藤波 宏明 (ふじなみ ひろあき)、名刺から判断するに不動産会社を経営していたらしい。」
秀一の情報を元にメールをレイ君へと送信し、息を吐いて館内へと目を向ける。
怯えた様子の子供たちは蘭ちゃんや園子ちゃんがどうにか宥めてくれているのが見えた。
「…お姉ちゃん、」
『うん?』
「知らなかったわ、バーボンがお姉ちゃんに組織の情報を提供しているなんて。…信用できるの?」
『ええ、信用できるわ。安心して。』
そう伝えても不安げな志保に眉を下げ、彼女を抱きしめてゆらゆらと身体を横に揺らす。
それで幾分か志保が安心できるようにと。
『心配してくれてありがとう、志保。…大丈夫よ、バーボンもスコッチもこれからはお姉ちゃんと一緒に貴方を護ってくれるから…。』
「…うん…、」
狙撃事件から数時間が経過した。
そのころには黒凪が志保をアガサ博士の家に送り届け、工藤鄭でジョディ、キャメル、そしてジェイムズのFBI捜査官、それから公安警察所属の降谷君と諸伏君、また事件を目撃していた関係もあり、ボウヤ…コナン君が集結していた。
「まさかこれほどまでにすぐまたここで落ち合うことになるとはな。」
『ふふふ、なんだか秘密基地みたいでいいわねここ。これからも皆で集まる?』
そんな風に軽口を叩きながら黒凪とともに紅茶や珈琲を持って応接間へ向かえば、以前来葉峠とこの工藤鄭で公安と真っ向から勝負をした日の翌日の様に、どこか張りつめた空気が漂っていた。
それでもまだジェイムズがいるだけ幾分か空気がマシか。
「ははは、冗談はよしてくださいよ、宮野さん…。」
『あら、まだ公安の彼らが信用できない?』
困ったように黒凪に返したキャメルを静かに睨む降谷君。
確かにまだ降谷君はキャメルを許せていないらしいな。
「そりゃあ、ねえ…。」
キャメルを睨む降谷君を見て居心地が悪そうに言ったジョディ。
「まあ仕方のないことだろう。我々もまだあの夜以来、公安の彼らとロクにコミュニケーションも取れていない…。今回の事件はある種、いい機会じゃないかな?」
そして冷静に今回の事件と、そしてその容疑者からアメリカと日本が共闘する状況になった今を、いい機会、と評したジェイムズ。
「全員が揃ったんだ。そろそろ話を始めないか。」
「そうだな。早速始めよう。改めてよろしく…バーボンこと、降谷君。そしてスコッチこと、諸伏君。」
「…ええ。」
「はい、お願いします。…じゃあまずは僕の方から本日起こった狙撃事件について説明しますが…。」
諸伏君がポケットから写真を取り出し、全員が囲む机の上に置いた。
「被害者、藤波 宏明 (ふじなみ ひろあき)。40歳、職業は不動産会社の社長。これまでの間に彼のことを軽く調べましたが…外国人相手に不良物件を売っていたらしく、その関係で恨みを持つ人間も多いそうです。」
「ふむ、確かに外国人相手に事件当時もそれらしい営業をかけていたな。なあ? ボウヤ。」
「え、あ…うん。築30年の物件を五つ星だとかって言ってたね…。」
「ちなみに、今回君と一緒に狙撃手を追って大立ち回りを繰り広げた世良真純さんはなんと?」
真純のフルネームをさも当たり前のように言った諸伏君に少しだけ驚いたような顔をするボウヤ。
しかしすぐにその表情を元に戻したし、かつてミステリートレインにて公安の彼らが真純と出会っていたことを思い出したのだろう。
一度我々と関係があると確認した人物を彼らが調べないとは思えないしな…。
ま、それ以外にも彼らは過去に真純とは会っているし。
「ああ、世良真純さんって…あの子女性だったのね。貴方と一緒にバイクに乗って犯人を追っていた彼女でしょ? クールキッド。」
「うん!」
「なんだかどこかで見たような気がするんですよね…誰だったかなあ。」
ちら、そんなキャメルの言葉に俺を見たのはボウヤだけ。
FBI以外の面々にとっては真純が俺の妹だということは周知の事実だが、スパイを生業としていた面々だ…お互いの情報を漏らすような事は気を抜いていたとしてもしない。
「(俺も母さんに世良が赤井さんの妹だってミステリートレインに乗る前に教えてもらうまでは気付けなかったもんな…顔はわりと似てるのに。)」
「コナン君?」
「えっ? あ…せ、世良のねーちゃんだよね! えっと…友達の親戚の人が被害者の藤浪さんと結婚予定だった関係で、身辺調査をしていた折の狙撃事件だったらしいよ。ただ、犯人には全く心当たりががないみたい…。」
「なるほど…。ありがとう。」
では、次に我々が掴んでいる情報をお伝えしよう。
そう口を開いたジェイムズに頷き、キャメルが複数の写真を机に並べた。
「まず我々が容疑者と睨んでいる男がこちらのティモシー・ハンターです。元海兵軍特殊部隊、ネイビーシールズの隊員です。
彼はかつて中東での戦争の功績からシルバースターを受賞したことで英雄と持て囃されていました。しかし武器を持たない民間人を射殺したと告発され、交戦規定違反からそのシルバースターを剥奪されています。」
「その後証拠不十分としてハンターは戦場に復帰しましたが、敵の銃弾を受けて重傷を負い、除隊。その後彼はマスコミから “疑惑の英雄” と追求を受けることとなったそうです。
その後彼の妻はストレスから薬の過剰摂取で死亡、妹もとある日本男性からの婚約破棄を受けて自殺…そしてハンター自身も日本にやってきた際に今回の被害者である藤浪さんに不良物件を売りつけられて破産しています。」
キャメルとジョディが交互に説明していく中、ちらりと黒凪へと目を向ける。
彼女はハンターのそのあまりの境遇に哀れみを隠せずにいるらしく、口元を片手で覆っていた。
「それからこちらが、ハンターが今後標的とするであろう人物たちです。」
コナン君がソファから身を乗り出して写真を凝視する。
その横で降谷君や諸伏君も同じようにして写真に集中した。
「まずハンターの妹を自殺に追い込んだ、彼女の元婚約者である 森山 仁 (もりやま ひとし) 、34歳。現在消息不明…。
次にジャック・ウォルツ、45歳。元陸軍特殊部隊大尉。現在はサンディエゴで軍装備品の製造会社を経営中。現在妻と娘と共に京都に滞在中。
そしてビル・マーフィー、35歳。現在はジャック・ウォルツの秘書ですが、元陸軍3等軍曹。現在は栃木県日光市のホテルに滞在中。
ウォルツ、マーフィー共にハンターの交戦規定違反の告発、証言をしています。」
「…この3名については了解した。京都府警、栃木県警共に協力を仰ごう。それからこちらからももう1つ…現場に残されたサイコロと空薬莢について。」
降谷君が1枚の写真を机の上に置いた。
「サイコロが1つ…目は4。そして犯行に使われた7.62mm弾と口径が同じものが1つ犯行現場にこれ見よがしに残されていた。きっと何かのメッセージだろう。」
「標的も複数人いることだし、全員が殺害されてしまう前に何らかの法則を見つけ出したいところ…。現在消息不明の森山さんの捜索、ともにサイコロと空薬莢の意味の解析は公安が担当します。ハンターの捜索はFBIにお任せしても?」
そう言った諸伏君に頷き、ジョディが新しく3枚の写真を机に置き、全員へとアイコンタクトを送る。
「一応共有しておくわね。FBIはハンターが連絡を取る可能性が高い人物3名をすでに割り出しており、明日から調査に向かうわ。
マーク・スペンサー、65歳。横須賀基地の元司令官で、退任後は元米軍兵の良き相談相手となっているそうよ。
次に、スコット・グリーン、43歳。元ネイビー・シールズの海軍兵曹長。現在は東京・町田でバイク店を経営。シールズの狙撃スクールではハンターの教官を務めていた。
そして…ケビン・ヨシノ。32歳。」
ガシャン、と音が響き全員が振り返ると、その先にいたのは黒凪で。
『…ああ、ごめんなさい。ぼうっとしていて。』
「いい、俺が片付ける。」
咄嗟に割れたコップを掴もうとした黒凪の手を掴み、代わりに破片へと手を伸ばす。
「紅茶だろ、火傷は?」
『ううん、大丈夫。ありがとう。』
この時赤井秀一の隣で座っていた江戸川コナンはこの部屋の空気が変わったことに気付いて顔をあげ、見えたそれぞれの表情に眉を下げた。
黒凪さんのためにと動く赤井さんを悲し気に見つめるジョディさん、そしてきっと自身も黒凪さんを手助けしたかったであろう、どこか落ち着かない様子の安室さん…。
「…。続けます。ケビン・ヨシノは元海兵隊2等軍曹で、現在は東京・福生で米軍払い下げ品のミリタリーショップを経営中。…この3名を当たって何か情報を得ることが出来れば、すぐに共有するわ。」
「了解…」
ジョディさんの言葉に安室さんがそう返し、写真が並べられた机へと目を落とし…ケビン・ヨシノという、どこか自身と、そしてきっと黒凪さんと同じ境遇を持つであろう、日系アメリカ人である彼の写真を見た。
『…。』
「…黒凪? お前、大丈夫か?」
そして、どこか考え込んでいる様子の黒凪さんと、その様子を見て戸惑っている様子の赤井さん。
俺は黒凪さんの視線の先に並べられた写真のうち…先ほどジョディさんが並べたばかりの3枚へと目を向ける。
マーク・スペンサー、スコット・グリーン、そしてケビン・ヨシノ。黒凪さん、この3人を知ってるのか…? となるとそれは、まさか組織の…。
「…コナン君、この後の予定は?」
「あ…僕は博士のうちで自由研究を…」
「じゃあ送ってあげるよ。行こう。」
「う、うん。」
笑顔でそう言って立ち上がった安室さんと諸伏さんに続いて立ち上がると、赤井さんも黒凪さんから視線を外して立ち上がり、FBIの面々へと目を向けた。
その視線を受け、ジェイムズさんも徐に立ち上がる。
「ならば我々も一度本部に戻ろう。」
「はい。」
「了解です。」
「赤井君と宮野さんも、良ければ一緒に来てくれるかな。」
ジェイムズさんの言葉に黒凪さんが顔をあげ、赤井さんも片眉を上げた。
「渡しておきたいものがあるんだ。」
「…分かりました。」
『…はい。』
渡しておきたいもの…か。
後ろ髪をひかれる思いで安室さんの車の助手席に乗り込めば、運転席には諸伏さんが乗り、後部座席に安室さんが乗った。
珍しく今日は安室さんは運転手ではないらしい。
「コナン君、随分と今日は無茶をしたらしいね。組織がらみだと踏んで無理をしすぎたのかな。」
そう話しかけてきたのは諸伏さん。
「う、うん。日本で狙撃事件何てそうそう起きるものじゃないし…。でも今回は違ったみたいだね。」
「いや…そうとも言えないよ。」
「え?」
車を発進させ、前方を見ながら諸伏さんが続ける。
「確かに組織内部で今回、東京での暗殺などの計画はなかったからこの事件は組織の仕業ではない。けど…犯人の武器の入手ルートが少し引っかかる。」
「!」
「あれほどまでの精度の狙撃を実現させるには、狙撃手の腕…そして武器そのものの質も重要だ。それほどの武器を調達できる場所はこの日本国内ではかなり少ないはず。しかもこの東京で個人が証拠を残さずライフルを手に入れるなんて…基本的に不可能だ。」
となれば、組織も御用達の武器商人が関わっている確率が高い。
「…2人は武器の調達は組織内でしたことはないの?」
「そうだね、僕らはまだ。…正直、誰がしているのかも…」
「いや。」
安室さんの声に諸伏さんの目がバックミラーに向いた。
今頃ミラー越しに安室さんと視線が交わっているだろう。俺も身を乗り出して安室さんへと目を向けると、安室さんが目を伏せ、言った。
「…かつては黒凪が一端を担っていたと、聞いている。丁度彼女が東京にいたころ。つまり…」
「…警察官だったころ、か。」
「…ああ。」
独自のルートで銃を調達していたそうだが、その質の良さや優れた機密性から重宝されていたらしい。
「いやー、参ったな。宮野さん本当になんでもできるから…怖いよ。もはや。」
「はは。同感。」
そう言い合って、しん、と静まり返る車内。
確かに黒凪さんに関しては徐々にその過去の一端を垣間見ていっているが…本当にあの人は、どこまで。
そう思わずにいられない。
「…!」
携帯が着信を知らせ、諸伏さんと安室さんの目がこちらに向いた。
「…あ、世良のねーちゃんからだ…」
「電話? 車を降りるかい?」
「ううん、きっと事件のことだから。…もしもし?」
運転席にはアンドレ・キャメル。助手席にはジョディ・スターリング。
後部座席には左側からジェイムズ・ブラック、赤井秀一…そして宮野黒凪。
5人で車に乗り込み日本にあるFBI支部へと向かう中…次々と過ぎ去っていく外の景色を眺めながらジョディ・スターリングはとある日の自身と赤井秀一との会話を思い出していた。
≪ねえシュウ。ふと気になったんだけど…警察のシューターと軍のスナイパー。どちらの腕が上なの?≫
相手がアメリカ軍の腕利きのスナイパーであろうこの状態で、きっと私は無意識にこう考えていた。
きっとこれは、最終的にハンターとシュウの戦いになる。って。
≪――…状況による。100メートル以内なら警察のシューターだ。射撃の正確さという点では警察の狙撃手の方が上だからな。
警察の狙撃手が使われるのは主に人質事件だ。その場合、狙撃手には標的の身体能力を瞬時に奪う正確無比な射撃が要求される。弾丸一発で痙攣1つ起こさせずに即死させる為に狙うべきは脳幹――。
それ以外の箇所では、たとえ心臓を打ち抜かれたとしても10秒ほど戦い続けることができるからな。≫
≪じゃあシュウは狙撃するとき…いつもどこを狙ってるの?≫
≪標的と向かい合って――≫
そう。あの時シュウは右手の人差し指と中指を立てて、銃に見立てて私の方へと向けた。
≪鼻先を狙う。…どうだ、出来るか?≫
そう問いかけられたとき、出来ない。そう思った。
そんな私の気持ちを汲み取ってか、シュウは小さく笑ってすぐに言ってくれたのだ。
≪心配するな。俺が生きている限りお前にそんな真似はさせない――絶対にな。≫
ああ。本当に彼が生きていてよかった。私たちの傍にいてくれて――一緒に戦ってくれて。
そう、1人思いをはせるジョディ・スターリングとは裏腹に…恋人である宮野黒凪の隣でまた、赤井秀一も1人物思いにふけっていた。
「(――東京、か。)」
思えば思い入れのある場所だったな。ここも。
そう、流れていく景色を眺めつつ考えている中で――ふと、街並みの向こうに見える住宅街を見て目を細める。
「(黒凪と初めて接触を図ったのもここ東京だった。)」
彼女が1人で車を運転しているタイミングを見計らって接触事故を起こし、そこから彼女に近づいた。
組織に入ってからは…彼女の組織内での立ち回り方に驚いたことを覚えている。
とにかく彼女はミスを起こさない。そして誰も信じず、信頼せず。たった1人で戦っていた様に思う。
そんな彼女を見て…そうだ。俺はこう思った。
「(彼女となら、いつかお互いを失くすかもしれないという恐怖から解放されるのだろうか。)」
いつ互いが死ぬかもしれない、こんな状況で別々に行動することとなったとしても。
きっと彼女なら俺の元へと戻ってきてくれる。俺が守ってやらなくとも大丈夫な、そんな存在。
たくさんの期待を、重荷を背負わざる得ない俺たちが…唯一それを、分け合える。そんな――。
「――! (クールキッドから電話…) もしもし? どうしたの、コナン君。」
ジョディへと目を向ける。ボウヤからか…。
「…ええっ⁉ 標的の1人だと予想されていた 森山 仁さんが狙撃された⁉ それで⁉ …ええ、…なるほど。今、狙撃場所と思われる場所に到着して、またサイコロと空薬莢を…」
「…向かいますか?」
キャメルがそうジェイムズに指示を仰ぐが、それに答えたのは黒凪だった。
『今しがたバーボンからコナン君たちが見つけたであろうサイコロと空薬莢の写真が送られてきました。彼らも一緒なら向かう必要はないかと。』
「うむ。そうだね。ならば現場は彼らに任せて我々は当初の予定通り本部へと向かうこととしよう。」
『明後日の会議の予定はどうしますか? 早めますか?』
「いや…恐らく必要ないだろう。森山さんが殺害されたことで犯人もこれからの標的もほぼ決まりだ。まずは明日を使ってそれぞれ調査を進める必要がある。」
『わかりました。そう彼らにも伝えておきます。』
黒凪が降谷君へとメールを打つ様子を隣から見つめながら、彼女の耳にかかっていた髪が落ちるさまを見て、それをすくいあげる。
と、彼女がこちらに目を向けた。
『うん?』
「…俺は恋人として、最低限お前をリスペクトするつもりだ。」
『? ええ。』
「だからお前が何を考えているか深く詮索するつもりはない。が…。…必要とあればいつでも頼ってくれ。」
ぱち、と数回瞬きをして彼女が笑う。
分かっている。彼女が最終的に俺を頼ってくれるであろうことは。
だが…たまに不安になる。彼女は俺が今まで出会った女性の誰よりも優秀だから。
時折、1人ですべてを完結させてしまいそうで。ただ。
そして2人目の犠牲者が出てから、2日後。
本日に控えた会議の時間に間に合うようにと準備を進めていた時だった。
『(ジョディさんから電話…。) はい、もしもし。ジョディさんおはようございます。』
≪黒凪さん、今日の会議の時間を早められるかしら⁉ ハンターが昨晩何者かに射殺されたの!≫
『! …わかりました。私も秀一も起きているので、いつでもうちに来てください。公安には私が連絡を取ります。』
≪了解! クールキッドには私が連絡しておくわ。≫
通話を終えてレイ君へと電話をかける中、朝食を準備していた秀一がこちらにやってきて私の肩に手を置いた。
「どうした?」
『被疑者…ハンターが射殺されたそうよ。ジョディさんが会議を早められないかって。』
「…ほう。」
≪もしもし? どうした?≫
電話に出たレイ君に「あ、おはよう。」と前置いて早速本題に入ると、レイ君と諸伏君も急ではあるが少し早めに工藤鄭へと来てくれることとなった。
そうして公安の2人が到着したころには私を含めFBIの面々でハンターの部屋から見つかった日記を凝視していた。
「お疲れ様です。これ、ドーナツ。」
『あ…諸伏君ありがとう。珈琲を…』
「俺が行こう。」
私の言葉にそう返してキッチンへと向かっていってくれた秀一を見送って、日記の写真を手にレイ君と諸伏君の元へ向かった。
『ねえ、これ見て…。ハンターが残していた日記なんだけれど。』
「…” 奴がまた獲物を横取りし、挑発してきた… ”。」
「これは…」
レイ君の翻訳を聞いて驚いた顔をした諸伏君がFBIの面々へと目を向けると、小さく頷いたジョディさんが「さらに分かった事実があってね。」とハンターの遺体写真をピッと持ち上げる。
「あまりにやせ細った身体を確認して、病理解剖をしたの。そうしたら胃の中からかなりの数の鎮痛剤と、頭部の脳幹の近くに8年前に受けた銃弾の破片が残っていたことが分かった…。」
「これらの事実から、残った破片の影響で生前は日々激しい頭痛に襲われていたうえ、目もあまりに見えていなかった可能性があります。」
≪――つまり、今までの狙撃の犯人はハンターさんじゃなかったってことだよね。≫
そんなコナン君の声にレイ君と諸伏君が周りを見渡し、机の上に置かれた私の携帯に目を向けた。
「あれ、コナン君…今回の会議はオンラインでの出席かい?」
≪うん、朝は世良のねーちゃんと現場を見に行く約束をしてたから。≫
「なるほど。」
ガチャ、と扉を開いて秀一が珈琲の乗ったトレーを片手に応接間へと戻ってくる。
そしてふと足を止め、テレビをつけた。
――今朝未明、3回目の狙撃事件が発生しました。殺害されたのはアメリカ人のティモシー・ハンターさん47歳…
そんな音声が流れ、秀一が無言でレイ君と諸伏君へと目を向ける。
「これは悪手じゃないか?」
「…うん、それに関しては言葉もないよ。報道規制が間に合わなくてね…。」
「京都府警と栃木県警には連絡済みだ、ニュースを見ても変わらず標的となりうるジャック・ウォルツとビル・マーフィー共に監視するようにと…。ん?」
着信があったようで、レイ君が携帯を片手に応接間から出ていく。
それを見送り秀一が置いたトレーから珈琲を皆に手渡し、それぞれ一息つく。
さて…被疑者のハンターが殺された今、正直これからの標的は分からずじまい。
もはや誰がいつどこで、どのように殺されるかも…。
「ヒロ、浅草駅に緊急配備を敷いてくれ!」
「っ⁉ え、」
「日光に滞在していたビル・マーフィーが11時浅草駅着の電車に乗っているらしい…!」
「11時って、」
携帯で時間を確認する。10時57分。とても間に合わない。
『(栃木から浅草で11時着ということは、電車が発車したのは9時ごろ…ジョディさんが連絡してきたのも9時ごろということは…) 十中八九犯人の罠ね。恐らくハンター氏を殺害してからすぐにビルさんを呼び寄せたんだわ。じゃないと私たちより早く動くなんてできないはず…』
≪浅草駅なら近いから、世良のねーちゃんと僕で狙撃地点を絞って向かうよ! 駅で落ち合おう!≫
「コナン君危険だ! 我々が到着するまで――」
「駄目だ、通話が切れてる…!」
レイ君の言葉を聞かずに通話を切ったコナン君に焦るキャメルさん。
それを横目に携帯で地図を確認する秀一がレイ君へと目を向けた。
「マーフィーの新幹線のチケットは誰が取ったものかわかるか?」
「指定席も込みで浅草で落ち合う予定の人間が取ったらしい…」
「…ならば、狙撃地点は駅だけとは限らんぞ。」
「何?」
腕に自信があれば走行中の新幹線も狙撃は可能だ。それこそ到着する寸前の減速した新幹線ならば、容易にな…。
そう言った秀一に車の鍵を見せ、くい、と外を示す。
一応にと朝から変装しておいて正解だった。コナン君がどこまで読んでいるかは分からないけど、真純ちゃんと2人では恐らく…。
『レイ君たちは浅草駅、私たちFBIは周辺の狙撃ポイントへ向かうわ。』
「了解。ゼロ、」
「ああ。」
「行くわよキャメル。」
「了解です!」
車に乗り込み、秀一がハンドルに手をかけこちらを見た。
「シートベルトは?」
『OK. 行き先はこの地図の場所でいいの?』
「ああ。新幹線のルートを確認したが、駅の直前に橋を渡るようでな。そのポイントなら比較的狙撃しやすい。」
『了解。』
車を発進させ、なるべく急いで秀一が決めたポイントへと向かう。
その中で警察のサイレンが聞こえはじめ、秀一と私で顔を見合わせる。
『…まずいわね。もう到着時間から5分も経っているし…』
「ああ。狙撃を阻止して真純かボウヤが負傷したか、標的が撃たれたか…」
『あるいはその両方か。』
携帯が着信を知らせ、スピーカーにして応答した。
『諸伏君?』
≪間に合わなかったよ。ビル・マーフィーさんは見事に脳幹を撃ち抜かれて即死。…それからさっき入った通報によると、橋のあたりで女子高校生が肩を撃たれて緊急搬送されたそうだ。≫
『! まさか、真純ちゃん…』
≪そこまでは確認できてないけど、多分。よければ2人は搬送先の東都浅草病院へ向かって。≫
狙撃手は? そう問いかけた秀一は「新幹線の走行中に狙撃してある。もう現場にはいないはずだ。」そんな諸伏君の回答に「了解…」と応えてハンドルを切った。
真純ちゃんがいるであろう東都浅草病院へ向かうことにしたらしい。
『狙撃ポイントにはジョディさんに向かってもらうわ。いい?』
≪OK。よろしく。≫
『じゃあまた後で。レイ君にもよろしく。』
≪うん。≫
通話を切り、はあと息を吐く。
撃たれた箇所は肩か…。怪我の具合によっては腕が動かなくなることもある。
ちらりと秀一を見上げれば、彼も無言ながらどこか焦った様子を見せていた。
まだ高校生の妹が撃たれたのだから秀一としても気が気ではないはず。