本編【 原作開始時~ / 映画作品 】
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隙のある日常 with 赤井秀一
『…っ、…何?』
「すまない、起こしたな。」
安眠…とまでは言わないが、少なくとも気持ちよく微睡んでいたこともあり、突然の車の揺れで起こされた私が最初に発した声は随分と低いものだった。
それに気づいたのは秀一が珍しく「すまない」と言ったから。
『…ううん、大丈夫。でも珍しいわね貴方が荒く運転するなんて。』
若干背もたれからずり落ちていた身体を起こして秀一を見れば、秀一は無表情に前を見据えながらも何度かバックミラーで背後を気にしている。
その様子を見て私もサイドミラーで背後を確認すれば…なるほど、挙動のおかしい車が1台。
『煽られてるの?』
「あぁ。どういうつもりか知らんが、さっきから執拗にな。」
『…。女性を乗せているから良いところでも見せたいんでしょう。』
そんな風に会話を交わしながら徐に周辺の車を確認する。
『志保を乗せた毛利さんたちの車は?』
「随分と前を走ってるはずだ。あの車に煽られ始めてから随分と速度を落としたからな。」
『そう…。貴方が速度を落としたから執拗に突っかかってくるのかもね。煽り返されたと勘違いしてるんじゃない?』
「かもしれんな。こちらとしては志保が乗っている車に被害が及ばんようにとの配慮なんだが。」
高速のど真ん中、杯戸町まであと少し。
このまま上手くやり過ごして高速を降りてしまえば、交番の傍にでも向かえば諦めるだろう。
それまでの辛抱…。なんて考えたと同時か否か、真後ろにぴったりとついていた車が一気に速度を上げて私たちを追い抜かし、目の前に出て急ブレーキをかけてきた。
「チッ」
若干イラついた様子の秀一が舌を打ち、こちらもやむなくブレーキをかけて車内が大きく揺れた。
「敵を作らんようにと作ったこの変装だが、もう少しいかつくても良かったかもな。」
『うふふ、かもね。』
秀一の言い分も一理あるかもしれない。
確かに沖矢昴の姿ではなく本来の秀一の姿ならこんな風に煽られていなかったかもしれない。
とはいえ、今は茶髪の優しそうなメガネの大学生。相手も随分とこちらを舐めてかかっているのだろう。
『横につけてくれたら文句ぐらいは言ってあげるわよ。』
「止めておけ…お前は今、腐っても教師だ。」
『腐ってもって何よ、腐ってもって。』
そんな風に軽口を叩いているが、徐々にお互いのイライラ度が上がってきていることは肌で感じていた。
さっきまで秀一がやっていたことのやり返しか知らないが、随分と前の車が遅いのだ。
それはもう、法定速度を下回るほどに。
『…このままの速度で走っていると逆に危険ね。』
「ああ。隣のレーンが空けば追い抜かすつもりだ。」
そう言った途端に隣のレーンが空き、秀一がハンドルを切って一気に速度を上げる。
そして徐にほかの車を抜いて例の車と距離を取った。…が。
『…追いかけてきてる。』
「あぁ。しつこい奴らだ。」
『呆れを通り越して面白くなってきたわ。こんなに執拗に煽られたの初めて。』
「そりゃあ、俺とお前を煽るようなバカはそうそういないからな。」
まあ確かに? 組織にいたころはガタイも良い上に真っ黒な長髪をなびかせる強面の秀一と警察官として働いていた私。
組織を抜けてからも秀一は長髪から短髪になっただけだったし、私もジンと対峙した際に着いた生傷だとかが顔や腕に合った時期だからね。
一般の人々もこう、本能で分かるのかしら。私たちは危険だと。
『(でも今はプロ並みに変装してるし、変装後の人相を意味もなく良くしすぎたのかしら…。)』
高速を降りて信号で車を停車させる。と、真後ろに例の車が止まった。
その上運転席と助手席が開いたため秀一と私が同時にため息を吐く。
「おい!」
どん、と大きく開かれた手がガラスに叩きつけられる。
そしてガラスに残った指紋を見て「被疑者の指紋確保。」なんて誰に言うでもなく思った私はまだまだ過去の職業病が抜けていないらしい。
それを言うと多分秀一も同じことを考えているだろう。外でわめく本人よりも指紋を見ている。
「――すみません。どうされましたか?」
そして徐に窓を少しだけ開き、沖矢昴の表情と声でにこやかに対応する。
だがしかし、怯えていない様子の秀一の態度が気に障ったのか、男が窓の隙間からこちらを覗き込んできた。
ちなみに助手席側から来たため男の顔はまさに私の目の前。
金色のチェーンのネックレスにちょび髭、金髪といった “まさに” という風貌の男。
『(ああ、げんなりする。現役なら容赦なく逮捕してやったのに。)』
「どうされましたかじゃねーよ。いっちょ前に煽ってきやがってよぉ。おぉ⁉」
「…失礼ですが、煽ってこられたのはそちらでは?」
「あぁ? お前大学生か? どこの大学だよオラァ」
話題をすり替えようとしているのか、単純に秀一の言葉を聞いていないのか…それともそもそもロクに頭が働いていないのか。
それでも秀一はいたって冷静に繰り返した。
「失礼ですが、煽ってこられたのはそちらですよね。」
「あぁ⁉ テメェ舐めてんのか⁉」
にっこりと微笑んだままの秀一に車の取っ手を握って扉を開こうとする男。
勢いよく取っ手をガチャガチャするせいで車が若干横に揺れる。
が、秀一も私もそこまで馬鹿ではない、鍵はしっかりと閉まっている。開くことはない。
「出て来いよ! ビビってんのか、あぁ⁉」
「車から出たところで、お互いにメリットがありませんから。」
「ふざけんな!」
メリットがないのは本当よ、秀一とまともにやり合って貴方が勝てるとはとても思わないわ…。
と、ガタイが良く見せかけて単にぷよぷよと太っている二の腕を見つつ苦笑いを零していると、男の恋人が出てきたのだろうか…ロングのネイルが着いた手の平が再びバァン! と助手席の窓を叩いた。
「何笑ってんだよ、ブス!」
『(わー、被疑者②の指紋も採取出来たわー。)』
もはや真剣に対応することが馬鹿らしくなり、感情をシャットダウンした。
早クドコカニ行カナイカナー、コノ人タチ…。
「お前の彼氏マジだせーんじゃね⁉ うちのタカちゃんが怖くて中で震えてんじゃん!w ま、お前みてーなブスが選ぶ彼氏だもんな~w」
この女の子は男に比べて手と足は出ないけど、口が随分と達者ねえ。
いい加減イラついてきたわ。大人げないかしら? ううん、やっぱり秀一がバカにされているのがかなりムカつく。
徐に座席の下に手を伸ばし、ぐんっと助手席を後ろに引いて前にスペースを作る。
「オラオラ出て来いよ、弱虫野郎!」
女の子の煽りにテンションが上がったのか、次はうちの車を蹴り始めた男を見て秀一に目を向けると、秀一がぐっとこちらに身を乗り出して、扉を蹴り上げた男のタイミングに合わせて一気に扉を開いた。
その勢いに「うわぁっ⁉」なんて素っ頓狂な声を上げてひっくり返る男。
「キャアッ⁉ タカちゃあん⁉」
なんて、叫ぶ女の子。
すぐに秀一が前のスペースを器用に通って助手席側から外に出ると、焦って立ち上がろうとした男の足を払い、男がまた盛大にしりもちをついた。
「て、てめ…!」
顔をゆでだこの用にして口をパクパクさせる男を秀一が見下ろすと、やっとそこで秀一のガタイの良さに気付いたのだろう。
まあ、顔は沖矢昴でもガタイは秀一だから、見下ろされるとそりゃあ怖いでしょう…。
女の子も秀一を見上げると少し後ずさる。
「…ね? 車から出たところで…”お互いに” メリットはない。」
「……」
何も言えない男、タカちゃん。
そしてそんなタカちゃんがビビっている秀一にビビる女の子。
「でもまあ、君の粘り強い行いで僕は外に出たわけですが…。これからどうしましょうか。」
「ど、どうって、」
「君がしたように、これから帰路に着く君たちの車の運転を妨害し、車を蹴って足跡をつけ、ガラスを殴って僕の指紋を残しましょうか。」
タカちゃんの目がぐわんぐわんとそれはもう笑えないほどに泳いでいる。
「ああそれから、君の恋人がしたように…こちらも彼女の容姿、それから君自身も罵りましょうか。」
「あ、えっと…そのぉ…」
秀一が女の子に目を向けると、女の子も目を逸らしてぼそぼそと何やら呟いている。
さっきまでの勢いは何だったの、本当に…。
「…君達はもう少し…その場の勢いや流れに乗る前に、人に恨まれるリスクを考慮した方が良い。」
「は、はぃ…」
「…。では、これから何をすべきかわかっていますね? せめて君たちがつけた足跡と指紋は取ってもらいましょうか。」
「はっ、はいっ…」
タカちゃんが自身の服を使って必死に車を拭いていく。
そしてあらかた汚れを落とし終えると、秀一がくい、と私を示した。
途端に、タカちゃんとその彼女がばっと頭を下げた。
「す、すみませんっした!」
「すみませんっした…」
そして逃げるようにして車に戻り、車の中からペコペコと頭を下げながら走り去っていった2人を見送り、秀一が運転席に戻ってくる。
途端に、深い深いため息を秀一が吐き、ぼそっと言った。
「あのガキ…もう少し怒鳴りつけてやればよかったか? ブスだなんだと罵りやがって。」
『あら、大人げないわねえ。いいわよそんなの。』
「はっ、俺が通れるように座席を下げた張本人が言うか?」
『うふ。だって貴方をバカにされてつい頭に血が。』
秀一がシフトレバーを掴み、ドライブに入れて車を発進させる。
そして帰路から若干ルートを外れると、秀一がまたぼそ、と言った。
「酒、買うか?」
『ええそうね。』
酒でも飲んでイライラを忘れよう、という秀一から誘いに大賛成した昼下がりでしたとさ。
煽り運転にはご注意を。
(どの顔がこの顔をブスと…)
(ねえいつまでその話するの…? てか顔を掴まないでよ。)
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