本編【 原作開始時~ / 劇場版 】

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  漆黒の追跡者


 ―――ガシャン、金属音がコンクリートの道に響き渡る。
 振り返ったジンは一度舌を打つと数歩戻り、地面に手を伸ばした。
 拾い上げたそれ…先ほどまで胸元に入れていた拳銃をじっと見る彼に「どうかしやしたか?」とまた声が響く。
 ジンは胸元にそれを仕舞い、踵を翻した。



「…まだ持ってたの?」

「あ?」

「ベレッタ。…それ、宮野黒凪の為に調達されたものでしょう?」



 ジンがこちらに目を向け、その苛立ちを隠すこともなく舌を打ちこちらを睨んだ。
 それ以上は言うな、殺すぞ。ということなのは分かっている。
 それでもまたポケットにそのベレッタを戻したジンに思わず口元が吊り上がった。



「あの方から聞いたの。あの方が彼女のコードネームを決めた時に記念としてその拳銃を贈ることを決めたって。」



 貴方があの方のGOサインを受けても自分の判断でコードネームと拳銃を与えることを先延ばしにしていて…結局日の目を見ることはなかったけれど。
 そんな私の言葉には何も返すつもりはないらしいジンがポルシェへと向かい、地下の駐車場へと足を踏み入れれば…そのポルシェの傍に立つ人影が1つ。



「あら、今回手違いで盗まれてしまったノックリスト…その回収役に選ばれたのは貴方だったのねぇ。アイリッシュ。」

「なんでも、自分から願い出たとか?」



 私に続いてウォッカもそう問いかければ、彼…アイリッシュがジンを睨んで言った。



「あぁ。バーボンとスコッチまで呼び寄せて…やっとシェリーと黒凪を殺すことに成功したらしいお前らに任せるのは忍びなかったんでな。」

「フン、いい心がけだなァ。アイリッシュ。」



 アイリッシュの嫌味にも顔色を変えず飄々と応えたジンを見て、アイリッシュが嫌な顔を見せる。



「チッ。…で? 作戦は。」

「我々の組織のメンバーが殺されて、これで事件は4件目。事件が起きた東京都、神奈川県、静岡県、そして長野県の県警が総出で犯人を追っているこの状況で我々が動けば…メモリーカードを回収する以前に存在を気付かれかねない…。」



 だから今回は私がアイリッシュ…貴方を警視正の松本 清長(まつもと きよなが) へと変装させるから、警察内部で犯人を追い…タイミングを見てメモリーカードを回収する。
 説明を聞いたアイリッシュは少しだけ沈黙を落として言った。



「了解…。」

「じゃあ、早速標的を拉致しに行きましょうか。」

「…いいか、今回はお前とベルモットに任せるが…ヘマをすれば…」

「分かってるよ。…ピスコみたいに俺も殺すんだろ? ジン…」



 ジンが煙草を加えたまま笑みを浮かべる。
 分かってるじゃねえか。そのジンの言葉にアイリッシュが露骨に苛立ちを見せたのが分かった。





























 ――彼がピスコに対して思うように組織の誰かを親の様に慕うことは出来ないけれど、彼との関係はなんていうか…兄みたいだな。なんて。
 そんな馬鹿な事を考えていたことも、あった。



『――!』

「…、」



 鳴り響く自分の携帯の着信音に飛び起きる。
 そして隣を見れば、不機嫌な顔をして秀一も身体を起こした。



「…朝からお前に電話なんて…誰だ?」

『……非通知。電話番号を教えてあるのはレイ君たちだけだから、きっと彼らよ。』



 通話ボタンを押して左側に携帯を構える。
 秀一にも会話が聞こえるように。



≪急に連絡してすまない…宮野さん。諸伏だけど。≫

『ああ、諸伏君…。どうしたの? 大丈夫?』

≪うん、俺たちは大丈夫。…ただ組織に動きがあったから、伝えておいた方が良いと思って。≫

『組織に動き?』



 ああ。最近日本国内で起きている連続殺人事件のニュースは見た?
 そんな問いに寝室にあるテレビをつけると、早速その話題が上がっていた。
 確かに最近東京都、神奈川県、静岡県、そして長野県の4都道府県での連続殺人事件が話題になっているらしい。



≪なんの因果か、この4人の被害者のうちの1人が組織のメンバーだったらしくてね…≫

『あら…』

≪さらに困ったことに、彼が持っていた組織に関するノックリストのメモリーカードを何も知らない殺人犯が持って行ってしまったらしく…≫

『なるほど…その犯人が警察に捕まり万が一にもそのメモリーカードが見つかれば…』



 ああ。組織の存在が日本警察にばれてしまう。
 それを阻止するために組織が新しい幹部を日本に、しかもこの連続殺人事件の捜査本部がある東京に呼び寄せた。



≪――アイリッシュ。君のボクシングの師匠だよ。≫



 諸伏君の言葉になんと返せばいいかわからなくて、思わず沈黙してしまった。
 …そう…、アイリッシュが…。



≪とにかく気をつけて。組織内では君は亡くなったことになっているけど…≫

『ええ。万が一にでも遭遇すれば、あの人なら絶対に私に気付く。』



 下手をすればジンと同じぐらいかそれ以上に長い付き合いだもの。
 それに私のことを熟知している。
 そう諸伏君に話す私の隣で秀一が深くため息を吐いた。面倒なことになったと呆れているのだろう。



『連絡してくれてありがとう、諸伏君。貴方も気を付けて。』

≪うん、ありがとう。何かあればいつでも連絡して。≫



 そうして通話を切り、秀一へと目を向ける。



「…面倒なことになったな。よりにもよってアイリッシュか…。」

『あら、貴方彼と会ったことあった?』

「何度か任務をともにしたことがある程度だがな。」

『まあ…メモリーカードの回収だけなら彼らも派手に動くことはないでしょう。とりあえず様子を見ておくだけにしておく?』

「あぁ」



 軽くあくびを交えて頷いた秀一がベットから下りて洗面所へと向かっていく。
 その背中を見送って1人目を伏せる。
 アイリッシュ…。貴方とは正直、争いたくはないんだけれど…。

































 ――場は変わって、警視庁本部。



「…あ、佐藤さん。そろそろお呼びしていた毛利さんがいらっしゃる時間じゃないですか?」

「え? あ…ホントだ。探しに行きましょうか。」



 高木君の言葉に時計を確認して、会議室の扉を開いて廊下に出る。
 と、



「特別に連れてきてやったんだから、おとなしくしとくんだぞ。蘭、コナン。」

「うん。」

「はーい!」


「(あ、いたいた…) すみません毛利さん、こんなに朝早くから…。おはようございます。」



 今まさに高木君と話していた毛利さんたちにそう挨拶をすれば、一緒にここまで来たらしい蘭ちゃんとコナン君もこちらを見上げて挨拶してくれた。



「広域連続殺人だそうだな?」

「はい。一昨日小田原市で起きた殺人事件の現場で麻雀パイが発見されたんですが、同様の麻雀パイが残された殺人事件が他に東京、神奈川、静岡、長野の各県で合計5件起こっていたことが分かって…。」

「…とにかく詳しいことは会議で。中に入りましょう。」

「ん、あぁ。」



 毛利さんを連れて会議室に戻れば、今朝ここに来た時も思ったが…今回はかなりの大所帯での捜査になる。
 ここにいるだけでも警部が何人いることか…。



「――ああ!? 毛利さん! お久しぶりです~!」

「おぉ…。相変わらずデケェ声だなあ。横溝…」

「横溝 参悟です! こっちは弟の重悟。」

「知ってるよ…、何度も会ってる。双子だけど別々の県警なんだなあ?」

「はい! ワタクシ参悟は静岡県警で、重悟が神奈川県警です!」



 懐かしいなあ…。お二人とも以前何度か捜査でご一緒したことがあったはず。
 確か高木君はまだ捜査一課じゃなかった時だから、タイミング的には…そうだ。宮野さんと一緒に。



「(最近なんだか宮野さんのことを良く思い出すわね…。伊達さんの結婚式があったからかしら。伊達さん、確か宮野さんと同期だったらしいし。)」

「それから彼女が、埼玉県警の荻野警部です!」

「荻野 彩実 (おぎの あやみ) です。埼玉では事件は起こっておりませんが、東京の事件の被害者が埼玉在住だったため、一応会議に呼ばれたんです。」

「ああ、なるほど…。それにしても埼玉県警にこんな美人な警部がいらっしゃったとは…!」

「ちなみに、毛利さんはどうしてここに⁉」



 ああ、それは…。と言いよどんだ毛利さんに代わって説明すべく口を開く。



「今回毛利さんには、松本管理官の要望で特別顧問として来ていただいたんです。」

「フン…探偵に助けを求めるたぁ、情けねえ話だ。」

「――同感だな。」



 こちらの会話に割って入るようにした声に振り返れば、束ねられた長髪、左目に傷…。
 この見た目から、この人も数回会っただけだけどちゃんと覚えている。たしか長野県警の…



「あ、あんたらは…長野県警の大和 勘助 (やまと かんすけ) 警部。それに群馬県警のへっぽこ刑事!」



 そうそう、大和勘助警部…。前にご一緒した時は確か、諸伏 高明 (もろふし たかあき) 警部もいらっしゃったわよね…。



「ちょ、へっぽこ刑事なんてやめてくださいよー! ボクは山村 ミサオですよう! そ・れ・に…警部に昇進もしちゃってまーす!」

「はぁっ⁉ お前がぁ⁉」

「そうなんですよう~!」

「へ、へえ…群馬県警の警部にねえ…。」



 呆れたように言った毛利さん。
 彼の反応を見ても、この山村って警部…あまり信頼できなさそう。言動を見てもなんだか軽いし…。
 そう考えながら山村警部を見ていると、徐に大和警部と視線が交わった。



「…ん? あんたどっかで…」

「え…あ、ああ。捜査一課の佐藤です。以前長野県警との合同捜査で一度お会いしています。確か…5年ほど前…。」

「…あぁ、思い出したぜ。確か宮野っていう刑事と来てたよな?」

「あ…はい。」



 ああ、宮野な。俺も覚えてる。
 そう言ったのは神奈川県警の横溝重悟警部。



「無口な刑事だったな、確か…。捜査の腕はピカイチだったが。」

「…ああ! ミス・パーフェクト!」

「え…そのあだ名、そちらにまで?」

「いやあ、隣の県なもので東京にも何人か知り合いがいまして…そちらから。」



 横溝参悟警部の言葉に「ミス・パーフェクト? けっ…」と呆れたように言った大和警部。
 ま、まあ確かにこのあだ名はすごい大層だとは思うけど…。



「で? そのミス・パーフェクト殿は今回は不参加か?」

「それが彼女は3年ほど前に退職していて…」

「何? あの宮野が?」

「おぉ、そうだったのか。…で、その代わりがソイツね…。」



 大和警部と横溝重悟警部が高木君へと目を向ける。
 その視線を受けてきょろきょろと周りを見渡し、自分を指さして小首を傾げる高木君。



「――にしても、そうか。宮野には礼を言いたかったんだがな。」

「礼、ですか?」



 そう目を伏せて言った大和警部に小首をかしげると同時に会議室の扉が開き、



「――その宮野という刑事は、退職してもなお話題に上るほどに優秀だったのかね?」



 続いて低く響いた声に振り返れば、左目に大きな傷を持つ松本管理官が立っていた。



「ま、松本管理官…」

「それほどまでに優秀だったなら、惜しい人材を逃したな。」

「ま、まあ宮野刑事は本当に突然退職したもので、私もどうにかして引き留めようとしましたがそれも叶わず…。」



 松本管理官の言葉に応えたのは目暮警部。
 確かに3年前、私含め宮野さんの直属の上司は目黒警部だったし、まだ記憶に新しいんでしょうね…。



「とにかく、会議を始めるから皆席に着くように。」

「あ、はいっ」



 目暮警部の言葉に全員が席に着き、ついに会議が始まった。


 






























≪――ベルモット。事件の概要を送っておく。≫

「了解…。」



 ワインを片手にアイリッシュから送られてきた事件の内容に目を通す。



「(凶器はどれも大型のナイフ。右手で上から大きく振り下ろされて殺害されており――)」



 犯人は毎回被害者をスタンガンで眠らせ、特定の場所に移動させてから殺害、遺棄している。
 すべての殺害現場の遺体の傍には赤い丸印と裏にはアルファベットと中央に伸びる縦線が特徴的な麻雀パイが置かれており、被害者からはそれぞれ1つずつ持ち物が持ち去られている。
 その持ち物のうちの1つが、我々が探し求めているメモリーカード…。
 それから第6の被害者によるダイイングメッセージ、「たなばた、きょう」。



「(毛利小五郎が特別顧問として会議に参加していたはずだし、シルバーブレットもきっと概要は把握しているはず…。)」



 正体がアイリッシュに気づかれなければいいけれど。



「ん?」



 携帯が着信を知らせる。
 携帯を開き、その着信がアイリッシュからだと確認して通話を繋げた。



≪ベルモット、米花町のショッピングモール…”Beika”に向かえ。≫

「Beika?」

≪あぁ。被疑者の可能性がある男がそちらに向かう…名前は深瀬 稔 (ふかせ みのる)。写真もすぐに送る。≫

「――了解。」





























 今日はずっと連続殺人事件について考えていたような気がする。
 そんな風に考えながら江戸川コナンは1人帰路についていた。



「(2日学校を休んで事件を調べたけど、全く何もわからないまま…。)」



 それにあの会議の後、警視庁の外で見かけたジンのポルシェに…山村警部が聞いた組織のボスのメールアドレスの音。
 この事件には確実に組織も関わっている…だからこそ、誰よりも早くこの事件を解決したいのに。



「――!」



 ププッと前を走る車が軽くクラクションを鳴らし、歩いていた人をかき分けてショッピングモールBeikaの地下駐車場へと入っていく複数の黒い車。
 中に乗っているのはのきなみ以前の会議に参加していた警察官たちばかり。



「(このショッピングモールで何か起こるのか…?)」



 踵を返し、中に入ってモール全体が見える位置で周辺を確認する。



「(――いた。あれは長野県警の上原 由衣 (うえはら ゆい) 刑事…。)」



 ほかの警察官たちも次々と彼女に合流し、こちらと同じように周辺を警戒しつつ…エレベータの傍で入口をじっと見つめている女性へと目を向けた。
 なるほど、あの女性を狙って彼ら警察はここにきたらしい。今確保に向かわないところをみると、彼女が待つ誰かが標的か?
 何かあった時のために、周辺を見ておくことに――。ん?



「…え゛」



 待て、あれは――!



『昴、本当にそれだけでいいの? 冬服。』

「ああ。」



 黒凪さんに、赤井さん⁉
 なんでここに…!



「稔 (みのる)ー!」

「っ! (来た…、あれが被疑者か! って、黒凪さんと赤井さんかなり距離が近い…被疑者の前に立ってる…!)」


『――? (メール? …秀一から?)』



 携帯を開き、その「ここを離れた方がいいかもしれない」という内容に目の前に立つ沖矢昴の姿の秀一を見上げる。



「…感じないか? 殺気のようなものを。我々の周辺を睨む…彼らから。」

『え…、!』



 あれは目黒警部に…佐藤さん。それに長野県警の大和警部?



「彼らに見覚えは?」

『…警察官よ。でもどうしてここに長野県警の警部がいるのか…』



 長野県警、か。 
 そう呟いた秀一がちらりと背後に目を向ける。



「大方、あの連続殺人の被疑者がこのエスカレータに乗っているんだろう。関わらないに越したことはない…このまま何食わぬ顔をして離れよう。」

『ええ、そうね。』



 そうして6階に到着し、エスカレータから離れようとしたその瞬間…。



「稔…!」

「おおっと、すみません。」



 ずっとこの男を待っていたのだろう、耐えきれないようにこちらに走ってきた女性の肩が秀一とぶつかった。
 その衝撃に少しふらついた女性を受け止めたのが、彼女に稔と呼ばれている被疑者と思われる男で。



「おい…気をつけろよ。」

「すみません、ぼうっとしていまして。」

「ぼうっとしてただぁ⁉ んな言い訳じゃなくて俺の彼女に謝れよ!」

 
「――警部、一般人が被疑者に絡まれています。」

「やむを得ん、確保するんだ!」



 警察官たちが徐々にこちらに向かってくる。
 ああもう、私たちが逃げるよりも前にこの男を確保するつもりだ…!



『昴、もう行こう…!』

「ん、あぁ…」

「逃がさねえぞこの…っ」



 男が拳を握り、秀一を睨む。
 本当にこの人、短気…! 肩がぶつかったぐらいでこんなに絡む⁉
 と、その背後にものすごい勢いで迫る警察官が1人。
 早く来て、彼を捕まえて…。そう願った時だった。



「うわぁっ⁉」

「――ん?」



 あろうことかその警察官が足を滑らせ、転倒。
 拍子に被疑者に見せる予定であった警察手帳がその手を離れ、被疑者の足元へ――ぽとり。



「警察⁉」



 被疑者が顔を青ざめ、半ば反射的にポケットに手を突っ込み…ナイフを手に取った。
 その背後に今しがた私たちが下りたエレベータで上ってくる1人の女性。
 その女性を見た時…私は反射的に走り出していた。



「遥⁉」

『(警察官がいる場で一般人に怪我をさせたらまずいっ)』

「きゃあっ⁉ なんですか貴方⁉」



 女性を背後に隠し、ナイフを持ってこちらに飛び掛かってきた男を睨む。



『(とりあえずこの男をノックダウンさせる――!)』

「やめて! 一般人にはっ――」

「ぐあっ!」

「手…を…?」



 男を締め上げ、その手からナイフを落とす。
 佐藤さんの声がしりすぼみになる中、いち早くこちらに近付いてきた大和警部が床に落ちたナイフを端に蹴り飛ばした。



「(あれ…? この光景、前もどこかで…?)」

「佐藤さん! 手錠、手錠を!」

「あ、え、ええ…!」

「い、痛ぇ! 手荒にしないでくれ、右肩を痛めてるんだ…っ、まじで! ホントに!」



 佐藤さんが後ろ手に手錠をかける間にもそう苦しそうに叫びながら悶える被疑者。
 その様子を見ながら立ち上がると、背後で秀一が私に背を向けて立ったのが分かった。



『え…昴?』

「み、稔を放して…!」

「遥、離れて。」



 背後を振り返れば、先ほど大和警部が蹴り飛ばしたナイフを持って男の恋人と思われる女性がこちらを睨みつけている。
 ナイフを両手に持つ彼女の手は震えていて、その表情から精神的にかなり危うい。
 多分今なら人も刺せてしまうだろう。



「放してって、言ってるでしょ…!」

「あ、危ない――!」

『昴っ! け、』



 ケガだけはさせちゃダメよ⁉
 そんな私の声が響いたときには、女性の手首を掴み、もう片方の手で彼女を拘束していた昴。
 やはり流石はFBI、重火器相手じゃない場合の落ち着きようがすごいわ…。



「放してえっ!!」

「早くナイフを。」

『あ、う、うん…』



 ナイフをぐりぐりと動かして彼女の手から引き抜き、傍に立っていた大和警部へ。
 今度こそ手渡ししたんだから、奪われないでくれよという意味を込めて。



「だ、大丈夫でしたか⁉」

『あ、え、ええ…。すみませんお仕事の邪魔をしてしまって…』



 声をかけてきてくれたのは佐藤さん。
 さっきまでなぜかぼうっとしていたようだけど、ようやく意識をこちらに戻してくれたらしい。



『私達はすぐに退散しますのでっ! ホントごめんなさいっ!』



 そして傍に立っていた大和警部とその傍に立つ女性警察官に大きく頭を下げて…顔を付き合わせて、互いに固まった。



「え、あれ…?」

『えっ?』

「お、おぉ…! ソックリですね…!」



 呆然とする私と女性警察官を見比べて、先ほどすっころんで警察手帳を放り投げてしまった警察官が言う。
 そう。その警察官が言う通り…目の前に立つ黒髪をお団子に束ねた女性警察官は、神崎遥にそれはもう瓜二つだった。



『(やだ、架空の人物として作ってもらった顔なのにこんなにそっくりに似るなんて…⁉)』

「そ、そんなにそっくり…?」

「あ、あぁ。さっき被疑者を確保する様を見て、お前かと思ったぐらいだ…」



 そんな風に女性警察官と会話をする大和警部。
 だからナイフを渡したときもその前も何故だか無言だったのね、大和警部…!



「と、とりあえずあの、今回のことで後日お話伺うことになると思いますので…良ければ私の名刺を…」

『あ、は、はい! ありがとうございます!』



 名刺を確認すると、どうやら彼女は長野県警の上原由衣刑事というらしい。



『それじゃああの、私たちは帰りますのでっ!』

「あ、はい! お気をつけて…!」



 何度も上原刑事に頭を下げながら秀一を引きずってその場を離れる。
 そして周辺を見渡して、徐に秀一を見上げた。



『――そういえばさっき私が助けた女の人、どこに行ったのかしら?』

「…ふむ、確かに。」

『とにかく、これ以上警察官と関わらないように家に…』

「遥さん! 昴さん!」



 聞こえた声に振り返る。そこには息を切らせたコナン君が立っていて、



「ちょっと…いい…⁉」



 と息も絶え絶えにいうものだから、私たちは驚きつつも彼を連れて駐車場まで向かい、共に車に乗り込んだ。



『…落ち着いた? コナン君。』

「う、うん…ありがと…」



 先ほど買い与えたペットボトルの水を飲んでコナン君がどっと疲れた様子で言う。
 その隣に座る黒凪をバックミラー越しに見ながら、首都高速を車で走っていた。



『で…どうしたの? あんなに慌てて。』

「そ、それが…黒凪さんがあの被疑者の人から守った女性、ベルモットだったんだ。」



 息を飲んだ黒凪の気配を察知しつつ、俺の口から出たのは「やはりか」という一言で、コナン君が「え」とこちらへ目を向けた。



「悪いな…君が関わっているとは知らず、情報は流していなかったんだが…」

「赤井さんたちも知ってたんだね…アイリッシュのこと。」

「…コードネームまで把握しているとは、恐れ入るよ。」

「いや…知ったのはついさっき。ベルモットを問い詰めたら教えてくれたんだ。」



 組織の人間がこの連続殺人事件の被害者のうちの1人で…犯人が組織の情報が入ったメモリーカードを持ち去ってしまった。
 それを回収するためにアイリッシュが警察内部の人間になりすまして、犯人を追っている。



『え…警察内部の人間に?』

「あ、それは初耳だった…?」

『ええ。…そう…。』



 腕を組んで黙り込んだ黒凪に不安げな顔をするコナン君をミラー越しに見て高速を降り…車を路肩に止めた。



「…アイリッシュは大柄な白人の男だ。」

「赤井さん…会ったことあるの⁉」

「ああ、数回だけだがな…。」



 ボクシングを得意とし、殺し方に指定がなければ絞殺、撲殺と主に武器を使わないやり方を好んでいる。
 俺も一応ジークンドーをかじっているが…直接的には戦いたくない相手だ。



『……。』

「…黒凪。」

『!』



 顔を上げた黒凪とミラー越しに視線が交わると、彼女の目が微かに泳いだ。



『…ごめんなさい、コナン君。ぼうっとしていて。』

「う、ううん…大丈夫?」

『大丈夫よ。…ただね、アイリッシュは私の…』

黒凪さんの…?」



 言いよどむ彼女に目を伏せる。
 組織に潜入してから黒凪について調べていて判明した、組織内で最も彼女が時間を共にしていた人物がアイリッシュだった。
 単純にボクシングの師弟関係があることもそうだが、それ以上にこの2人は…。



『私の、ボクシングの師匠で。組織でもジンと同じかそれ以上に一緒にいることが多くて…。頭も切れるから、正直鉢合わせると怖くて。』

黒凪さん…」

『でも大丈夫。調べるつもりなんでしょう? アイリッシュが誰に化けているか…。』

「うん。奴らが狙っているメモリーカードを手に入れれば、奴らを壊滅させられる手段を手に入れられるかもしれないし。」



 でも安心して!
 灰原…、志保さんとは外では会わないようにする。
 万が一にでも、黒凪さんと志保さんが生きているってばれないようにするから。
 そう笑顔を浮かべて言ったコナン君に黒凪が静かに口をつぐんだのが見えた。



『分かったわ。…でも約束してくれる?』

「え…」

『絶対に私たちを頼ること。1人では無茶をしないこと。…いい?』

「…うん。」



 そうして車を降りて帰路に着いたコナン君を見送り、助手席に移った黒凪に目を向ける。



「…心配か? 彼が。」

『まあ、ね。…何もなければいいんだけれど。』

































 なんて、言っている場合でもなくなったらしい。
 コナン君との通話を終え、携帯を閉じて珈琲を仰ぐ秀一の元へ。



『…コナン君が小学校で触った粘土の一部と、工藤新一君の姿で触った帝丹高校の部品の一部が無くなったそうよ。』

「ほう。指紋を採取されたか…。アイリッシュだな。」

『ええ…十中八九彼ね。』



 隣に座り、以前コナン君から送られてきた事件の概要のまとめを開く。



「…今日は七夕か。」

『ええ。この被害者のダイイングメッセージを見る限り、今日何かが起こるような気がする。』

「ちなみにボウヤは今どこに?」

『ダイイングメッセージの言葉から、京都で起こった火事を調べて…被害者の因果関係を解き明かしたそうよ。今はその詳細を調べて動き回っているそうで…葬儀場で待ち合わせを。』



 秀一と暫く事件の概要を見つめ、ノートパソコンを閉じて立ち上がる。



『事件の内容、頭に入った?』

「あぁ。葬儀場に急ごうか。」



 車に乗り込み、秀一の運転でコナン君に指定された集合場所へと急ぐ中…携帯がメールの受信を知らせた。



『…あ、コナン君から続報よ。』

「ほう」



 まず本事件の始まりは京都で起こった火事。
 被害者は7名全員火事が起こったホテルの6階に泊っており、また火事の生還者だった。
 対して6階に泊っていて、火事で死亡したのは本上 なな子さんただ1人。
 この情報から、事件はこの本上さんの復讐の線が有効。



『本上さんの恋人の名前は水谷 浩介 (みずたに こうすけ) さんで、現在行方不明。』

「…。」



 麻雀パイの裏側にある縦線はエレベータのドアを示し、赤い丸印は被害者がエレベータ内で乗っていた場所。
 裏側の縦線で区切られたアルファベットに関してはまだ調査中。それから…



『本上さんのお兄様によると、水谷さんがあともう1人標的がいる旨を吐露していたそうよ。』

「もう1人、か。エレベータの乗車可能人数は?」

『…7人。』

「なら標的は全員殺害したはずだ。あと1人の意味が分からんな。」



 そんな風に呟きつつも秀一が車を止め、コナン君がスケボー片手に車の後部座席に乗り込んだ。



「ありがとう、迎えに来てくれて…」

「問題ないさ。今日は七夕だからな…時間がないことは重々承知の上だ。」

『身体もこんなに冷えてる…上着貸してあげるから、着ていて。』

「ありがとう…」



 私の上着ですっぽりと身体を包み、コナン君が一息つく。
 そしてすぐに彼は窓から見える外の景色へと目を移した。



「赤井さん…、あと1人って誰だと思う…?」

「そうだな…俺は正直、それよりも犯人の几帳面さが気になっていてな。」

「几帳面さ?」

「ああ。犯人は被害者を気絶させてからわざわざ移動させて殺害し死体を遺棄している。こういうパターンのシリアルキラーには強いこだわりがあるときがほとんどだ。」



 仮に犯人を水谷 浩介と仮定して…彼の趣味や仕事は当たったか?



「う、ううん…聞いてみるよ。水谷さんと本上さんについて詳しい、2人の隣人の電話番号をひかえておいたから。」

≪――あ、もしもし?≫



 しばしコナン君が会話を交わし、一度はっとしたような顔をして通話を切った。



「…2人の趣味は天体観測、だって。」

「なるほど。答えは出たらしいな?」

「うん…ピンズの1と7は北斗七星と北極星の形を、アルファベットはそれぞれの星に振られたギリシャ文字の大文字…。」

『待って、今パソコンで照合するわ。残りのギリシャ文字は?』



 B、メラク…。
 呟いた秀一に「分かった」と返答を返して実際の死体遺棄の場所と北斗七星、北極星を重ね合わせる。



『あった。メラクは…港区の芝公園。』

「分かった。」



 秀一がシフトレバーを掴み、強引に進路変更をしてスピードを上げる。



『場所は芝公園で良いのかしら? 公園は開けているし、死体を運んだりしたら…』

「いや…恐らく芝公園周辺の空に最も近い場所…」

「うん。芝公園の近くに東都タワーがあったはずだよ。しかもたなばたフェアをしている。」

「ああ。きっとそこだろう。」



 なんて調子よく会話を交わす2人に肩をすくめ、窓の外へ目を向ける。
 今も脳裏に浮かんでいるのは、アイリッシュの顔。



『…秀一、トランクにライフルは?』

「あるが?」

『いくつ?』

「1つだ」



 そう…。と目を伏せれば、秀一がちらりと私に目を向ける。



「なんだ、何を考えてる?」

『…貴方、もしものためにいつでも狙撃できる場所に待機はできない?』

「アイリッシュを狙撃するためか?」

『ええ。もしも私が彼に勝てず…確保することが難しいようならね。』



 私の言葉にはっとしてコナン君が助手席に身を乗り出した。



「ダメだよ黒凪さん! 万が一アイリッシュに正体がばれたら、黒凪さんが生きてることが…」

『それはあなたも同じでしょう、コナン君。』

「!」

『あなたも組織に存在をばれたくないはず。…そうでしょう?』



 思わず口を閉ざしたコナン君に笑顔を向ければ、コナン君がかすかに目を見開いた。



『私たちは同じ穴の貉。大丈夫…きっとどうにかする。…どうにかできなければ死ぬ。それだけよ。』

「でも…灰原が…」

『あなたがいなくなれば、結局死んだも同然。』

「!」



 あなたが居なければ…私も志保も今も生きていられたかわからない。
 あなたは私たちに必要なの。分かって。
 そうコナン君の目を見つめて伝えれば、彼は口を閉ざして、小さく頷いた。


 
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