本編【 原作開始時~ / 映画作品 】
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密室にいるコナン
『…え? テニス?』
≪はい、今週末に園子と父とコナン君と…それから安室さんと行くんですけど…≫
『え。』
安室さんと…?
そう問いかければ「そうですけど…どうかしましたか?」と蘭ちゃんが怪訝に言う。
その問いに「いや、そんなことはないんだけどね、」と取り繕い、隣で会話を聞いている秀一に目を向ける。
『でもどうして私? もっと他に友達とかいるでしょ?』
≪ああ、それなんですけど…安室さんが遥さんにお礼したいことがあるみたいで。でも連絡先を知らないらしいから、出来れば連れてきてほしいって言われて…≫
『え、お礼…?』
≪コナン君を誘拐していた車を止めたあの日…ガラスが飛び散った時に身を挺して守ってくれた? って言ってたような…≫
そんなもの、取って付けた理由に決まっている。
というか何故レイ君はまだ東京に、しかも毛利さんたちの周辺にとどまることにしたの?
志保と私は死んだと思っているはずでしょう? どうして…?
しかも、どうして私を名指しで?
「(…いい機会だ、こちらから探ろう。)」
『…』
声を出さず口パクでそう言った秀一に小首をかしげて「いい機会?」と同じようにして問いかける。
「(恐らく彼は…神崎遥が宮野黒凪と同一人物ではないかと勘づいていたはずだ。今ここで姿を見せれば、お前は無関係だったと言う証拠になる。そうなれば…)」
『(恋人である沖矢昴も自然と彼らのマークから外されるって事ね?)』
頷いた秀一を見て「遥さん?」と声をかけてくる蘭ちゃんに向かって口を開いた。
『分かった、じゃあ予定空けておくね。現地集合?』
≪あ、いえ迎えに行きます! 父の運転ですけど、それでよければ…≫
『は~い、分かった! じゃあ当日はよろしくね~!』
そうして電話を切り、秀一を見上げる。
秀一はしばし考えてから自身の携帯を取り出した。
「一応ボウヤに連絡しておこう。…それから」
『ん?』
「ベルツリー急行に乗ったあの日のうまいアリバイを考えておかんとな…。」
生半可な言い訳を使えばかえって疑われかねない。
そんな秀一の言葉に小さく頷いた。
今度は何を調べるつもりなの? レイ君…。
「――あ、毛利さん!」
「いや~、ジュニアの大会で優勝したらしいってポアロの店長に聞いて驚いたよ。今日はよろしく!」
「まあ…中学生の頃以来なのでお恥ずかしい限りですが…。」
そんな風に会話をする小五郎さんとレイ君…もとい安室透を遠目に見つめる私とコナン君。
ここに来て実際その顔を見るまではまだ半信半疑だった。
組織に与えらえた任務を1つ終わらせたはずなのに、何故まだここに…しかも毛利探偵の周辺に留まり続けるのか。
「あ、ちなみに僕は現役の時に肩を痛めていて試合はほとんどできませんので…せめてもの人数合わせに友人を1人呼んでおきました。なので今回僕は教える専門ということで。」
「え~! そうなんですかあ⁉ よろしくお願いします~!」
なんて、レイ君の言葉に目を♡にさせて答えている園子ちゃんだけど…。
待って。友人? それってまさか…。
コナン君を見下ろすと彼も顔色を変えて周辺を警戒している。
考えていることはどうやら同じらしい。きっとレイ君が言う友人というのは…。
「今は皆さん分のドリンクを調達に…。あ、帰ってきた! おーい、諸伏ー!」
『(やっぱり…)』
コナン君の視線を受けて小さく頷く。
やっぱり貴方なのね、スコッチ…。
「皆さんもう到着されてたのか…! ごめんごめん、遅くなって。」
「あ…紹介します、僕の中学からの友達で…」
「 諸伏(もろふし) ヒロ です。よろしく!」
ああもう、レイ君だけだと思ったら諸伏君も日本に残っている上、私たちに接触してくるなんて…。
と頭を抱えたいぐらいの気持ちであからさまに焦るコナン君の隣で呆然と立ち尽くしていると、レイ君と諸伏君がこちらに近付いてきた。
「神崎さん! 来てくださったんですね…!」
『あ、はっはい…。お礼なんてよかったのに、わざわざ呼んでもらっちゃってすみません~!』
いけないいけない、神崎遥を演じるのよ黒凪…!
「こっちは僕の友達の諸伏です! すごくいいやつなので、ぜひ仲良くしてやってくださいね!」
「初めまして!」
『は、じめまして…ハハハ…』
諸伏君は私と握手をして、それから腰をかがめてコナン君にもその手を差し出した。
「コナン君だろ? 透から話はよく聞いてるよ! よろしくな!」
「ぅ、うん…」
「…それじゃあ早速練習を始めましょうか!」
「はーい! お願いします~!」
諸伏君と握手した右手を呆然と見つめるコナン君。
「じゃあ僕らはあっちでテキトーにテニスでもしてましょうか? 神崎さん。」
『あ、は、はい…』
ちらりと以前唖然としているコナン君へと目を向ける。
きっと全く予想していなかった展開に混乱しているのだろう。
そんなコナン君の元へと蘭ちゃんが近付いていった。
「コナン君、危ないから袖の方に…」
「い、いやっ、危ないのは僕じゃなくて――…」
「――…危ない!!」
え? と全員が振り返って大声を出したレイ君へと目を向ける。
しかし当の本人であるレイ君が走り出した先にいるのはコナン君で…。
「いてっ⁉」
カーン、とすがすがしい音が響いた。
途端に「イテ…」とコナン君の痛みを想像してだろう、諸伏君が呟いてその顔を歪める。
どういうことか、テニスラケットがまっすぐにコナン君に向かっていって、その頭に直撃したのだ。
当のコナン君は地面に蹲って頭を抱えて…そしてあろうことか気絶した。
…気絶した⁉
『え、こ、コナン君⁉』
「…キャー! 気絶してる⁉」
「あまり動かさないで! 僕が運びます!」
ごごご、ごめんなさいー!
と謝りながら半泣きになってコナン君に近付いてきたのは女子大生とみられる2人組。
「汗でラケットが滑っちゃって…き、気を失っちゃったんですか⁉」
「とりあえず琴音の別荘に連れて行ってあげましょ。最寄りの病院の先生に電話したらすぐ来てくれるって…」
「じゃあお言葉に甘えて…この子は僕が運びます。ヒロ、ラケットを頼む。」
「あ、あぁ…」
そうして私たちはコナン君にラケットをぶつけた女子大学生、桃園 琴音 (ももぞの ことね) さんと梅島 真知 (うめじま まち) さんの案内のもと、コナン君を桃園さんの別荘へと運んだ。
「うん、意識もはっきりしているし軽い脳震盪でしょう。このまま何もなければ病院は受診しなくとも大丈夫ですよ。」
「よ、よかった…」
ぼーっと医療器具やらをまとめて帰っていく医者を見送り、自分を心配げに見つめる蘭を見上げて問う。
「…ここ何処…? 園子おねーちゃんの別荘じゃないよね…?」
「あー、ここはあんたにラケットをぶつけたあの人の別荘よ。」
蘭に聞いたのに、なんでおめーが答えるんだよ園子…。
なんて毒づきながら園子が示した人を見上げると、
「ホントにごめんねー! 汗でラケットが滑っちゃったの…!」
「あたしはグリップテープをちゃんと巻くようにこの琴音に言っておいたんだけどね…」
どうやら琴音と呼ばれた茶髪の女性が俺にラケットをぶつけた張本人らしい。
そしてその友人だと思われる背後で呆れたように口を出してきた黒髪のショートヘアの人…。
この2人でテニスをプレーしに来てたのか…? と思ったと同時に、
「それにしても残念だぜ! 俺の携帯電話の電池が切れてなかったらその衝撃映像を動画に撮ってネットにアップしてたのに。少年を襲う殺人サーブならぬ、殺人ラケット、ってな!」
『…それ、笑えませんケド。』
「ええっ⁉ 俺のジョークがわかんねーの、あんた⁉」
「俺だってわかんねーよ、石栗(いしぐり)! 大体お前はずっと不謹慎なんだよ…だから瓜生(うりゅう)は…!」
そう怒るなよ…! だからこそその瓜生の誕生日にこうして久々にサークルのメンバーで集まったんだろ⁉
そんな風に会話を交わす、別の部屋から現れた男2人。
どうやら話題に上がっている瓜生って人は、この石栗さんの不謹慎な動画撮影の影響で何か不幸な目に遭ったらしいな…。
しかも、本人がいないにも関わらず誕生日で集まったってことは…多分その瓜生って人は…。
「ま、まあまあもう喧嘩はやめて? これから一緒にご飯を食べるんだし…!」
「…そういえば皆さんもうお昼は食べられました? 良ければ怪我のお礼もかねて私たちのお昼ご飯の冷やし中華食べていきます?」
「えっ、いいんですか⁉」
「いいアイデアね! ぜひ食べていって!」
うーん、でも俺あんまり腹減ってねーんだよな…。
それよりも頭を打った所為かだるいし…どっちかっていうと昼寝したい感じ…。
「じゃ、やっぱ俺は昼飯はいいわ。昨日買ったアイスの残りあるし。」
「え、ちょ…石栗君…!」
「ふあぁ…」
おっと、思わずあくびが…。
「ん? おいガキ。ねむてーなら俺の部屋でちょっと寝るか?」
「ぅえ?」
「この部屋のクーラーは効いてるようで効いてねーし…対して俺の部屋は今もクーラーガンガンだから気持ちいいぜ?」
「…じゃあ…、ちょっと石栗さんのお部屋でお昼寝しようかなあ…。」
そんな俺の言葉に「じゃあ私たちはお昼ご飯食べてくるね?」と蘭が少し腰をかがめて言った。
蘭に小さく頷いて石栗さんの後に続くように歩き出せば…園子と安室さんの声が聞こえてくる。
「それにしてもすごかったですぅ~! 病院の先生が来るまでの応急処置も安室さんと諸伏さん完璧で♡」
「ははは…昔ヒロと一緒に救助訓練とか色々と受けていたもので。」
「(…俺を助けたのは安室さんとスコッチってことか…)」
ますます分からねーな…。なんで戻ってきたんだ…?
それとも今回だけ戻ってきたとか?
「ところでポアロにはいつ復帰するんだ?」
「来週にもすぐに…。」
うん、今回だけじゃないみたいだな…。
そんな風に考えながら2階に上がり、石栗さんの部屋へと入る。
確かにヒヤッと冷たい空気が部屋には充満していて、リビングに比べて寝心地は格段に良さそうだ。
「じゃあ好きに寝てな。」
「ありがとうございまーす…。」
布団に入り、目を閉じる。
それにしてもかなり冷えてるな、この部屋。あ―…眠くなってきた…。
――ドン、と鈍い音が2階から響いた。
そんな音に最初に反応したのはヒロ。そして…神崎遥。
ここにきて何食わぬ顔で現れた神崎遥を見た時は…正直心が躍った。
「なんの音だ、今の…⁉」
「石栗君の部屋の方じゃない…⁉」
正直、神崎遥が何らかの理由で行方不明にでもなっていれば――俺は黒凪の死を受け入れる。
それぐらい俺の勘がずっと俺に語り掛け続けていたんだ。
神崎遥はきっと、彼女だと。
「…ダメだ、鍵がかかってる!」
「ねえ琴音、あんたここの鍵持ってるでしょ?」
「そ、それが石栗君の部屋の鍵だけは今朝から見つからなくて…」
鍵をじっと見つめる神崎遥の背中を見ながら、ただただ考える。
かといって、どうやってこの勘の正体を証明する?
変装をしているなら、無理にでもはぎ取ってしまえばいいか…?
どうすれば…。
「じゃあちっとあぶねーけど屋根の上を伝って窓から…?」
「ああ…前も同じことしてたもんね…」
「でも結構距離あるよ?」
「――ピッキング…とか。」
隣でそう言ったヒロにはっと目を見開く。
しまった、完全に別のことを考えていた。
そうしてヒロへと目を向ければ、ヒロの視線は先ほどの俺と同じように神崎遥へと向かっている。
「神崎さん…そういうのできませんか?」
『…え、私⁉』
「なんか得意そうだなーって思って。」
神崎遥の目が微かに細まった。
それを受けてヒロが口元を吊り上げ…すぐに俺に目を向けた。
「なんつって。ここにピッキングが得意な奴がいまーす!」
「わっ…ちょ、諸伏…!」
「本当ですか、安室さん⁉」
「なんでお前そうなんでもできんだよ…。」
蘭さんと毛利さんの視線に「ははは、まあ…」なんてごまかしておいて、針金を調達して鍵穴に差し込む。
正直玄関の扉のものよりも家の中にいくつかある部屋の鍵の方がピッキングははるかに簡単だ。
こんなもの、数十分もかからない。…ま、松田や萩原…黒凪ならもっと早いだろうが。
カチャ、と音が鳴り…ドアノブを下げれば扉が開く音がした。
「すごーい、安室さん! まるで怪盗キッド!」
「いやあ、セキュリティ会社に勤めていた友達がいまして…彼に一度コツを聞いたことがあったんですよ。」
「透はマジでなんでもすぐ吸収するから、大抵のことはできるんだよなー。さてさて、部屋の中はどうなってるか…と、ん?」
ヒロが扉を開けようとして怪訝に小首をかしげる。
そして何度か扉を閉めて、開けてを繰り返すが…特定の距離以上に扉が開かない。
「なんでこれ開かねーんだ…?」
「開けちゃだめだ!」
「わっ⁉ …え、コナン君⁉」
ヒロの言葉にヒロの隣で部屋の中を覗き込む。
確かにそこにはコナン君が立っていた。
「コナン君、どうしたんだ? 何か扉を塞いで…」
「…うん、扉を塞いでるのは石栗さんの遺体だよ…」
しばし沈黙が落ちて、蘭さんや園子さんの悲鳴が響く。
本当にこのボウヤと一緒に行動していると事件が起こる…。
しかも今回は不可能犯罪…密室殺人。第一発見者は、コナン君。か。
「…と、言うわけで…どん、という音で起きたコナン君が遺体の傍にあった花瓶と死体の傍の血を触ってみたところ、すでに血は完全に乾いていたため、この事件はどうやら密室殺人ということで…。」
そんな風におどおどと小五郎さんの顔色を伺いながら説明をする横溝参悟警部。
どうして神奈川県警から静岡県警に移動しているのこの人…っていうか、双子の弟の重悟さんとは以前一角岩で会ったし、この双子ともよく会うわね…。
「んなこと言ったってなあ…、このがきんちょは脳震盪だったんだぜ? こいつの証言がどこまで信用できるか…。しかも、密室殺人が出来るような知能犯ならそんな致命的なミス犯さねーだろ!」
「ええっ⁉ そ、そうですかねっ⁉」
『(ちょっと参悟さん…。しっかりして…。)』
「それはきっと、犯人にとって誤算が2つ起きたから。」
このままではコナン君の証言が無視されると危惧してのことだろう、レイ君が静かにそう発言した。
「1つ。コナン君が毛布にくるまって殺害現場で眠っていたこと。それから2つ目は、僕が扉の鍵を開けてしまったこと…。」
「…そうか! この2つがなければ石栗さんの遺体を窓越しに発見して、警察に破ってもらって入るころには血が乾いていてもおかしくはないし…もし代わりにここの誰かが窓を破って死体を見つけても、血の渇き具合よりも石黒さんの容体が気になってそれどころじゃない…ってところだな? 透!」
「ああ。」
「ぐ、うぬう…」
そうして本事件は改めて密室殺人事件として調査されることとなった。
「警部、この別荘内…それから周辺をかなり探しましたが被害者の部屋の鍵はまだ見つかっておりません。」
「そうか…」
「ただ、妙なことが。」
妙な事? ヒロと俺…そしてコナン君が顔を上げる。
「被害者の下にあったラケットのガットの部分が不自然に盛り上がっていて…まるで何か四角の物体が下に入っていたような。」
「ふむう…なるほど。」
「それから被害者の頭の傷は花瓶と一致しましたが、その中に水が入っていました。」
「ふむう…? なるほど??」
なるほど。口元を吊り上げてヒロを見れば、ヒロも小さく頷いた。
引きずった跡のない遺体の下に入っていたラケット。そのラケットのガット部分には不自然な盛り上がり。
被害者が食べていたのはアイスクリーム…。そしてひとりでに落下した花瓶の中には不自然にも水が入っていた。
「…ん?」
ヒロの声に反射的にそちらに目を向け、ヒロの視線に合わせて下へと視線を下ろす。
そこには腕時計を何やら触って、毛利探偵を見上げるコナン君。
そして彼は、腕時計をまっすぐと、毛利探偵へと――。
『コナン君!』
「わっ⁉」
『時計壊れちゃった? 見てあげよっか?』
「え、あ、うん…?」
なんだ? 俺とヒロの視線を遮った?
こちらに背中を向け、コナン君を覗き込むようにして言った神崎遥。
そしてこちらに向いたコナン君の視線に、彼女が何かを我々から隠したことを悟った。
やっぱりあんた、黒凪なんじゃないのか? 神崎遥…。
「…!」
メール? …ヒロか…?
メッセージの受信を振動で知らせた携帯を開きメールを確認する。
「 “ ゼロ、ベルモットから着信があったみたいだ。さっさと終わらせよう。 ” 」
着信履歴を見れば、確かにベルモットから着信があったらしい。
ため息を吐き、携帯をしまってまっすぐに犯人を睨む。仕方ない…毛利さんにこの場を譲ろうと思ったが、俺が解き明かすことにしようか。
「わかりましたよ…。この密室殺人のトリックが。」
「え⁉」
「なにぃ⁉」
横溝警部と毛利さん。そして他の面々の視線がこちらに集中する。
「いっ、いいんですか毛利さん⁉ 弟子に見せ場を取られますよ⁉」
「うえっ⁉ ま、まあ…今回は安室君に見せ場を譲ってやろうかな⁉ あっはっは。」
ばっちりと犯人だと思われる人物と俺の視線が交わり…相手がすぐに目を逸らした。
その様子に目を細め、口を開く。
「まず、今回の密室トリックですが…犯人は氷を使っています。」
「こ…氷ぃ?」
「ええ。今日の昼食は冷やし中華…犯人はその冷やし中華の準備中に氷をポケットに忍ばせ、被害者の殺人に向かった。犯人は被害者を撲殺後、花瓶の片側にのみ氷を詰め、少しバランスが崩れただけで落ちるようなギリギリの角度で花瓶を棚の上に戻した。」
「な、なるほど…! しかし、扉の前の被害者の遺体は⁉ 遺体の下のガット部分のゆがみから氷を使って滑らせたとしても…床や被害者の服は花瓶の様に濡れてはいなかったし…」
被害者が食べていた昼食のアイスクリーム…それは冷蔵庫の中ではなく被害者の部屋にありました。
被害者とコナン君が部屋に上ってから、2人とも僕らが冷やし中華を準備していた1階にはやってきませんでしたから。
アイスクリームを常温の部屋で冷やし続けるには、保冷剤か…ドライアイスが必要となる。
「!! なるほど、ドライアイス…!」
「ええ。ドライアイスをラケットの下に引いて遺体を動かせば、床や服は濡れることもない。大方ラケットに紐を結び付け、扉の下から引っ張った…。そうすれば遺体を扉の傍まで難なく持ってくることが出来る上、紐はそのまま扉の下から回収可能です。」
「じゃ、じゃあ…鍵は⁉ 鍵はどこにあるのよ!」
そんな梅島さんの言葉に「それはきっと…」と桃園さんへと目を向けた。
「桃園さんが冷凍庫で凍らせているスポーツドリンクの中では? 警察がまだ調べていない隠し場所といえば、そこぐらいでしょうし。」
「で、でも…仮に鍵を入れて凍らせたとしたら重力でどこかの面に鍵が映りませんか? スポーツドリンクは白濁してるけど、それでもちょっと無理があるんじゃあ…」
「それはきっと、過冷却水を使ったんでしょう。」
「かれいきゃくすい…?」
氷が凍るはずの凝固点…0度以下になっても氷にならずに液体のままでいる水のことで、衝撃を与えると急速に凍り始める。
恐らく犯人は鍵を入れてから片方の面に衝撃を与え…半分ほど凍ったあたりでペットボトルをひっくり返し、鍵を中央あたりに移動させてスポーツドリンクを凍らせた。
「蘭さんの言う通り、スポーツドリンクは白濁していますからね…ペットボトルの中央に入れば異物は外からはそうそう見えない。」
「…っ、」
「後はそのカギを見つけて指紋を照合すれば一発です。…まあ、僕はそのスポーツドリンクの持ち主である桃園さんをすでに犯人と見ていますが?」
先ほどからずっと目を泳がせていた桃園 琴音さんの動きが止まる。
もう逃げられないと諦めたか…。
「…そこまでばれたらもう、言い訳できないわね…。」
「こ、琴音…⁉」
「ペットボトルの中にある鍵には、焦って石栗君の上に落としたときについた血がべったりついちゃってるし…私の指紋だって残ってる…。」
横溝警部が部下たちに指示を出し、警察官がすぐさま冷凍庫へと走った。
それを横目に桃園さんがその場に崩れ落ちる。
「瓜生君の敵を取ってやろうと、色々と考えて決行した殺人だったけど…、やっぱりぶっつけ本番でそうそう上手くはいかないわよね…。」
「琴音…どうして…。」
「私、瓜生君のことが好きだったの…どんな理由であれ、彼が死んでしまう要因を作った石栗君を許せなかった。…ただ、それだけ…。」
「…詳しい話は、署で聞きますよ。桃園さん。」
ぶっつけ本番、か。…目を伏せる。
組織に入って…初めて人を手にかけた時のことを思い出す。
ずっと公安で予行練習はしていた。覚悟だって決めていた。だけど。
それでも…人を実際に殺めるとなると全く練習通りには行かなくて。
…だからだろうか。
《…あぁ、彼と会うのは初めてかな。黒凪ちゃん。》
《…!》
《最近幹部に昇格したバーボンだ。今回は彼のサポートをとあの方から言伝られている。》
ピスコに、俺がバーボンだと初めて紹介された時の彼女の顔が忘れられない。
あの悲しみを必死に押し殺したような顔…。
そして、失望したような、あの目…。
《――私、もうこれ以上…貴方たち2人を危険に晒したくはないの。》
…”もうこれ以上”、か。
「――透。」
「!」
しまった、またぼうっとしていたか…。
「俺たちはもう帰っていいようだぜ? 毛利さんたちももう帰るって。」
「あ、じゃあ…毛利さん。また…」
「おう…足はあるのか?」
「はい。車で来ましたから。」
そうして毛利さんたちと別れて車に乗り、すぐにベルモットに電話を掛けた。
いつの間にか外はもうこんなに暗くなっていたのか…。
≪――バーボン?≫
「ああ。どうした?」
≪別に? ただ…いつまで毛利探偵の周りを嗅ぎまわるつもりかと思ってね。シェリーも宮野黒凪ももう死んでいる…。これ以上何を探るつもり?≫
「…個人的にあの探偵に興味がわいただけですよ。毛利小五郎という、探偵に。」
そうごまかしておいて通話を切る。
それを見計らってヒロが車を発進させた。
「…大丈夫か? ゼロ。」
「…あぁ。悪いな…今日はぼうっとすることが多くて。」
「いや。俺も正直気が気じゃなかったよ。…神崎遥が何食わぬ顔をしてやってきたのを見てから…。」
そして今はただ願うことしかできない。
どうか…神崎遥が宮野黒凪でありますように。…ただそれだけ。
そんな風に言ったヒロに小さく頷いて…右手を目元に乗せて背もたれにもたれかかる。
「(せっかくここまで来たんだ…だから…)」
ぐっと拳を握る。
…だから、もうこれ以上、なんて言ってほしくなかった。
横溝参悟
(ええ? 警視庁の宮野警部補?)
(ああ。兄貴会ったことねーか?)
(いや~…覚えはないなあ…。なんだ? 好みだったのか?)
(そんなんじゃねーよ。…ただなあ…)
(ただ?)
(…いや、なんでもねえ。だがま、ありゃあ俗にいう天才なんだろうな。兄貴も見習えよ。)
(へっ?)
(それだけだ…。)
(…? えっ? 結局なんの電話?)
.