本編【 原作開始時~ / 映画作品 】
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怪盗キッドと赤面の人魚
『…え? 赤面の人魚 (ブラッシュマーメイド) ?』
≪ああ。あんたも乗ってただろ? ベルツリー急行。そこで展示されてた宝石がその赤面の人魚なんだよ。≫
『それを鈴木大博物館で展示するの? あんな事件があったのにこの短期間で?』
≪どーせ、あんたとその妹を追ってた奴らの爆発事件で展示が中止になったからやけになったんだろ。警察にも止められてるだろうによー。≫
ってことで。だ。
そう人差し指を立てて言っているであろう黒羽君を想像しながら「うん」と返しつつコップの水を喉に流し込む。
≪あの時は手伝ったし…今回手を貸してくれよ。センセ。≫
『っ、ごほっ、まって、手伝う?』
≪おう。出来るだろ?≫
『貴方ねえ…私は泥棒なんてしたことないのよ? ぶっつけ本番で出来ないわよそんなの。』
ふふん、分かってねーなあ先生は。
そう舌をチッチと鳴らしながら言った黒羽君へ意識を集中しつつもこぼれてしまった水を拭き上げ、テレビをつける。
怪盗キッドが現れるとなればニュースぐらいにはなっているだろう、と思ってのことだ。
≪そんな難しいことはしねーから大丈夫だって。今回はとにかく赤面の人魚が本物かどうか調べたいだけだからさ。≫
『本物かどうか…調べたい?』
やはりニュースでやっていた。何々…キッドは展示初日に赤面の人魚を奪うと声明を出しており――その展示が始まるまで約12時間。
…って、明日じゃないのよ…。
≪ベルツリー急行に乗ってた時に宝石を軽く視察したんだよ。そしたらまー、合成だか本物だか分かんねーダイヤモンドが赤面の人魚と合わせてびっしり。≫
『へえ…。というか、急にも程があるわ。決行日の前日に連絡してくるなんて。』
≪え? だって先生学校で言ってたじゃん、明日は暇だって。≫
『何か予定があってもそう言うわよ。』
≪じゃあ忙しーの?≫
『忙しくないけれど…。』
ならいいじゃん、とまるで友達と話すように軽く言った黒羽君にため息を吐く。
けれど、確かにベルツリー急行では無茶をさせてしまったし…断るわけにはいかない、か。
『分かった…。手伝うようにするわ。で、何をすればいいの?』
≪まあ今回は施行ってことで。そんな難しいことはさせねーけど…。先生銃撃てるよな? 上手い?≫
『(なんでそんなこと…。ああ、レイ君と諸伏君に対抗して拳銃持ってたからか…。) …まあ、ある程度はできるけど…。』
≪その言い方は結構できるな。よし。≫
何が ”よし” なんだか…。
≪先生の出番は宝石が偽物だった時だけ。まあ十中八九偽物だろうけど…。≫
そうして黒羽君が話した作戦はこうだ。
宝石が展示される水槽…ちなみに今回の宝石はカメの背中にくっついているらしい。のプレートに強力な磁石を仕込んでおく。
そしてライトに鉄を混ぜた餌を設置し、皆の意識を逸らすための仕掛けでレッドカーペットを巻き上げ、皆が転んだタイミングで餌を投下。
鉄を含んだ餌は板へと吸い寄せられ、同時にカメもそちらへと向かい…もしもダイヤモンドが偽物で、鉄の成分が混ざっていればカメも板にくっつくこととなる。もちろん万が一にもカメを逃がさない様に接着剤もつけておくらしい。
そして偽物だと確定したら、ここで私の出番。
≪先生には皆の目を盗んで水槽と鈴木次郎吉さんの足元に、俺のトランプ銃を使ってメッセージ付きトランプを飛ばしてもらう。≫
そのトランプには鈴木次郎吉さんがカメを秘密裏に回収したくなるような文言をうまーく書いておくから、後はあのおっさん本人に宝石を回収してもらって、終わり。
≪簡単だろ?≫
『簡単…かしらねえ…』
≪じゃ、明日はよろしく! 上手く理由つけて会場まで来てくれよな!≫
『あ、ちょ……もう…。』
通話が切れた携帯を睨んで息を吐き、そのまま蘭ちゃんの電話番号を表示させる。
そして電話をかけると、思いの他すぐに蘭ちゃんは電話に出てくれた。
≪もしもし、遥さん?≫
『あっ、蘭ちゃんごめんねー! 実は今しがたキッドが鈴木大博物館に来るって言うのをニュースで見て…。』
≪あ、そうなんですよ! 明日は園子と、それから世良さんと行くことになってて…≫
『実はね私…鈴木次郎吉さんと中森警部の大ファンなの!』
え? とあっけにとられたような蘭ちゃんの声が聞こえてくる。
でもこのまま押し切る…!
『そこでね、良ければ私も連れて行ってくれない…⁉』
≪な、なるほど…。多分大丈夫だと思います。私の方からも園子と世良さんに言っておきますね。≫
『ありがとー! じゃあ明日、現地集合でねっ』
そうして電話を切り、はああー…と長い溜息を吐く。
明日は秀一とゆっくりするつもりだったのに…。
「…今帰った。」
『あ…秀一おかえりなさい。』
「? なんだ、やつれてるな。」
『分かるー…? あのね、実はね…』
帰ってきたばかりの秀一が沖矢昴の変装を取る間、その後をついて回って今しがた起こったことをつらつらと報告する私。
秀一は疲れているのか「うん」と「ほう」しか言っていなかったけど、お構いなし。
最終的に秀一はそんな私がどれだけ明日に行きたくないのかを悟ったらしく、何も言わず頭を撫でてくれた。
「…まあ、頑張れ。」
『うんー…。』
「――あ、遥さん!」
『蘭ちゃーん!』
手をぶんぶんと振りながらこちらに駆け寄ってくる遥さん。
やっぱり遠目に見ても美人で、さらに一見地味に見えるようなシンプルな服装がその美貌を際立てていた。
『あ、園子ちゃんこの前のテニス以来ねっ!』
「あ、はいっ。結局あの日も事件が起こって全然予定通りにいきませんでしたけど…。」
『アハハ…』
その場には私もいたから、一緒に苦笑いをしていると「何の話だ?」と小首をかしげた世良さん。
あ、そっか。世良さんはいなかったもんね…。
と説明しようと口を開いたとき、遥さんが世良さんににっこりと笑顔を向けた。
『真純ちゃんも、こんにちは。』
「あ…こ、こんちは…」
『うふふ、その八重歯かわいーわねー! この前に会った時から言おうと思ってたのっ』
どこか照れた様子の世良さんに今度は私が小首をかしげる。
そういえば、前に新一の家に行った後もずっと遥さんのことを質問してきていたような…。
といっても私もほとんど遥さんのことは知らないし、特に役に立つようなことは伝えられなかったけど。
「…八重歯…。」
「え? どうかした? コナン君。」
コナン君の呟きに振り返ってそう問えば、コナン君は「あ、いや…」とこれまた歯切れ悪く答えた。
『あら、コナン君もかわいいと思ってたの? 真純ちゃんの八重歯。』
「…え⁉ そうなのかっ、コナン君ー!」
途端に顔をぱあっと明るくさせてコナン君に問いかける世良さんに「い、いや…」と私に見せたような困った顔をするコナン君。
でもコナン君は暫く世良さんをじっと見つめて、ゆっくりと口を開いた。
「世良の姉ちゃんってもしかして…僕とどこかで会った事ある?」
「え? …なーに言ってるんだよ、最近よく会ってるじゃないかぁ!」
「えっ、いやそういう意味じゃなくて…」
「――あ、入口開いたみたいだぞ! いこーぜコナン君!」
そうしてコナン君の手を引いて走り出した世良さん。
ざざあ、と波の音が耳の奥で聞こえたような気がした。
そしてコナン君のさっきの言葉…”どこかで会ったこと”。
その言葉が何度も頭の中で繰り返されて。
「蘭? 行かないの?」
『蘭ちゃん?』
「…さざ波…」
「え?」
世良さんが走り去る後ろ姿を見るたびに…いつも耳の奥で聞こえるの。
さざ波の音が…まるで魔法にかかったみたいに…。
これはずうっと世良さんと会ってから感じていたことだった。
けど、なんとなく園子に伝える気になれなくて…というか、伝える必要がないような気がしていて言わなかった。
だってこの記憶っていうか、感じは…いつか子供のころ…園子とじゃなくて、きっと新一といた時の…いつかの記憶で…。
『…昔の記憶かなあ?』
「え…」
『私もたまにあるよ? 昔見たことがある光景に似た何かを見ると…こう、フラッシュバックするんだよね。』
気持ちが優しくなるような…あったかくなるような記憶だといいね。
そう言った遥さんはどこか悲しそうで…。寂しそうで。
何か言わなければならないと、口を開きかけた時。
「…おおっ、史郎んトコの娘っ子! 前のベルツリー急行の時はすまんかったのー!」
「次郎吉叔父様!」
『あ、鈴木次郎吉さん!!』
「ん? おお、お主は麒麟の時の!」
あ…そういえばコナン君、前のキッドのとの対決の時に保護者として遥さんを連れて行ったって言ってたなあ…。
そういえば…普段は結構人に対して警戒しているところがあるのに、どうして昴さんと遥さんは出会ってすぐから新一の家に住まわせてあげたりしているんだろう…。
昔からの知り合いだったとか、そんな感じなのかな…?
「…というわけで、これが今回キッドが狙うお宝…赤面の人魚じゃ。」
そう言って水槽を見せた鈴木次郎吉さんを横目に、水槽の中を泳ぐ宝石を甲羅につけ…腹の部分にもいくつかダイヤモンドを持つカメを視線で追う。
「水槽は硬質ガラス。奥はコンクリートの壁…天井と両枠は特殊合金の金網。その上宝石は水槽の中を縦横無尽に泳ぎ回る。これなら怪盗キッドでも奪えまい。」
「ってか、宝石を甲羅に貼っつけるなんて悪趣味だなー…。動物愛護団体に訴えられないか?」
呆れてそう言った世良に俺も同感。
ってか、なんでカメ…。
「実はこのカメ、曰くつきでのう…。ほれ、前にニュースでやっとったのを見とらんか? 海難事故で亡くなったイタリアの大女優…。このカメは、その女優が買っておったポセイドンじゃと言われとるんじゃよ。」
「ポセイドン?」
「そうじゃ。赤面の人魚の元々の所有者は彼女じゃしのう。船が沈む前にこのカメだけは助け、誰かに引き取ってもらうために必死に接着剤で宝石をはっつけたということじゃ。」
「へえ…でもそれ、ちゃんと鑑定してもらったの? 叔父様。」
ああ。じゃが鑑定士が鑑定中にこのカメに指を噛まれてしまってな…。
本当は脱皮した際に取れた宝石を鑑定してもらってからの展示にしようと思ってたんじゃが、待ちきれんくての。
「(ま、宝石がカメに張り付いてる間にどーしてもキッドと勝負したかったんだろうな…。)」
「――そろそろキッドの予告時間だ! 関係者以外は退出しろー!」
「…誰だ、あの人?」
『怪盗キッドの捜査を主に担当している中森警部! 私、大ファンなのー!』
え、あ…そっか黒凪さん、麒麟の角の時に中森警部に関してもファンっていう設定でいってたなあ…。
『中森警部ー!』
「ん⁉ おお…神崎先生!」
ん? え? 神崎 ”先生”?
「青子が世話になっております! いや~、以前の三者面談の時はどうも…。」
『こちらこそ! まさか大ファンの中森警部が生徒のお父様だなんて…今日もぜひぜひ警部の有志、拝見させてくださいねっ』
な、なるほど…世間は狭いんだな…。
てか、黒凪さんが見つけた仕事って教師の仕事だったんだ…。
「では私は仕事に…って、おいボウズ! お前も外に…」
『あ、中森警部! その子は蘭ちゃんと園子ちゃんの同級生の探偵さんなんです! きっとキッドを捕まえるのに一躍買ってくれること間違いなしです!』
「ぅお⁉ そ、そうなんですか…」
あーあ、また世良の奴初めて会う人に男だと思われてる…。
そんな風に眉を下げて見つめていると、
「おーい、蘭!」
「あれっ、お父さん⁉」
「いや~、来る気はなかったんだが、あまりにニュースでこのことばかり報道されるもんだからよ。」
おっちゃんも結局来たのかよ…。
中森警部もなんだかんだで増え続ける登場人物にイライラし始めてるし…。
「じゃああと30分でキッドの予告時間だしトイレにでも行ってこようかな。」
「そう? …あ、世良さん! 1階は混んでるから2階の方がいいかもよー?」
「了解!」
トイレに向かって走っていく世良の後ろ姿を眺める。
やっぱりどこかで会ったような気がしてならない…。
でも、どこで?
「(…さて、と。)」
世良と呼ばれていた男の服を拝借し、顔も…うん。ばっちりだな。
そう便座に座った状態で眠っている世良の顔を覗き込んで確認し、世良としてトイレを出る。
「…あ、世良さん戻ってきた!」
「おかえり~。」
「ただいま!」
そうして名探偵の彼女と、鈴木財閥の令嬢の傍で待機し時間が来るのを待つ。
おっと、今回の協力者はっと…。うん。ちゃんといるな。
「遥さん、もっとこっちに来なよ! そんな遠くで見てないでさ!」
『え? あ、うん…』
うんうん。ちゃんと神崎遥として演技もできてるし緊張はしてねーみたいだな。
時間まであと1分…。手筈通りに頼むぜ、先生…。
「ねえ蘭、今何時?」
「えっとね…。あれ?」
名探偵の彼女が俺たちから少し距離を取る。
しまった、俺が持ってる磁石に反応して携帯が使えなくなっちまったのか。
ま、名探偵は離れたところに立ってるし、気づかれね―ことを願って、っと。
「きゃあっ⁉」
『わっ…』
「うわっ⁉」
スイッチを押し、カーペットが持ち上がる。
足元が不安定になった上、坂の様になったことでカーペットの上に立っていた俺、先生、そして鈴木財閥のご令嬢が少し前に立つ中森のおっさんと毛利探偵へとなだれ込むように水槽へと近づいていく。
しっかりと世良に変装している俺も驚いたような声を出しつつ、水槽へと目を向けて――。
「(…よし、あの宝石は偽物確定。っと。)」
ポケットに入れておいた携帯で先生に空メールを送信した。
先生は俺のメールの受信に気づくとポケットから目にも止まらぬ速度で俺のトランプ銃を取り出し、俺の指示通り…宝石を奪った旨のメッセージを水槽に、そして次郎吉氏の足元にもう1つのメッセージを撃った。
どちらもまさに俺の指示通りの位置へと飛んでいき、内心で舌を巻く。
「(さっすが先生!)」
three, two, …one!
そして俺が用意しておいたカセットテープが動き、カウントダウンと同時にレッドカーペットを持ち上げていた糸が切れ、全員がその場にしりもちをつく。
ちなみに視界の端にいた先生は目にもとまらぬ動きで拳銃を隠し、何食わぬ顔で驚いたような演技に徹していた。…さすがだ。
「――お、おいっ…カメがいないぞ⁉」
「な、なにぃっ⁉ さ、探せ!」
「…ま、待てぃ!」
次郎吉氏の声ににやりと内心で笑みを浮かべる。
先生が撃ったメッセージを見たな? これであんたは…俺の代わりにカメを回収する。
「キッドからのメッセージじゃ! 宝石を奪ったと…。」
「なっ…」
「す、すぐにわしが水槽を確認する、鍵を開けるんじゃあ!」
よしよし、俺の計画通り…。
そうして水槽を覗き込んだ次郎吉氏を見守りつつ、先生の元へ…。
「遥さん、大丈夫だったか?」
『あ…うん、大丈夫だったよ。』
「…センセ、銃俺に貸して。隠しとく。」
『!』
驚いたような顔をした先生にばちっとウインクをする。
しかし先生は拳銃を俺に渡しながらも、俺の全身を見てその表情をひく、とひきつらせた。
『黒羽君貴方それ…』
「…ま、まあ仕方がないのう! 宝石を奪われた以上キッドも此処にはおらんじゃろうし…撤収じゃ撤収!」
「(お、さっさと偽物を隠したくてたまらねーみたいだな、あのおっさん…)」
「いや、キッドがまだ潜んでいる可能性も0ではない…」
ま、ここまでは予想通り。
中森のおっさんもそう簡単に容疑者を返すようなことはしねーわな。
「じゃあ女の子もいるから顔をつねるのはナシにして…何組かに分かれてボディチェックでもしないか?」
「む、だが…」
「ま、一応…最初に水槽に近付いた鈴木次郎吉さんだけは、」
「いだだっ」
確認しといた方がいいだろうけどな~。
なんて言って次郎吉氏の頬をつねってキッドではないことをここにいる全員にアピールしておく。
これでどうにかこのままごまかして…カメを連れて出てくれよ? おっさん。
「じゃ、じゃあ男女でグループを作ってボディチェックを開始しろ!」
「はっ!」
「…世良さん、こっちおいで~」
…え? おいおい、今男女で別れてって言ってたのに…。
それともこの世良って男、そんなに警戒されない程の何かがあるのか…?
「いいのか、ボクも同じグループで…。」
「えっ? いいに決まってるじゃない、世良さんだもん!」
「そ、そっか…。じゃあ年功序列で、ボクのボディチェックからでいいよ!」
「年功序列って…あんたいつの間に私たちの誕生日まで把握したのよ…。」
…なんか若干会話がかみ合わないような…。
ちらりと先生を見れば、相変わらずどこかバツの悪そうな顔…。
なんか俺、ミスしたか…?
そうしてボディチェックも難なく突破し、水槽の水を抜いてみたり部屋中を探したり…とカメの大捜索は続くが影も形もない。
当たり前だ。カメは今も次郎吉氏の胸ポケットの中なんだから。
「…ねえキッド様、もう逃げたら?」
一瞬息が止まる。
な、なんで俺がキッドだって…。
「え、逃げるって…なんのこと? 園子…」
声の主…鈴木財閥のご令嬢へと目を向ければ、その視線の先にいたのは俺ではなく名探偵の彼女。
「何って…貴方がキッドでしょ? 私見てたんだから! カーペットがめくれ上がる前に離れてたの!」
「えぇ!? ち、違うよそんな! 園子に時間を聞かれた時に携帯で確認しようと思ったら画面が真っ暗で…電波が悪いのかと思って入口の方に近付いていっただけで。」
「…え、それホント!? 蘭姉ちゃん!」
…やっべ。名探偵に気づかれた。
あ゛、名探偵の奴先生に目くばせしてやがるし。
『…』
ま、でも今回先生はこっち側…。一応知らん顔をしてくれたけどさっさと逃げた方がいいかもな。
「――ええい! もう撤収じゃ! ここまで探して出て来んのじゃ…ここにはもう宝石はありゃせんわ!」
「ぐぬぬ…、だが…!」
「…センセ、俺もう出る…」
『じゃあちゃんとその服、本人に返しておいてあげて…』
へろへろ~、と変な声が聞こえた。
その声に「え?」と先生と同じタイミングで振り返れば、鈴木財閥のご令嬢が眠っている。
…あー、ダメだ。またいつもみたいに強行突破しねーといけねーな…。
先生も同じことを考えたんだろう、眉を下げて肩をすくめた。
「――誰も気が付かないワケ? 亀は盗まれたんじゃなくて、私達の視界から消されただけだって事に。」
「け、消されただけぇ?」
ほーれ、始まった。名探偵の推理ショー…。
そこから名探偵が暴いたトリックの種は、まあ毎度のごとくパーフェクト。
寸分の違いもつけず俺の計画を暴いて見せた。
その上…
「じゃ、じゃあ問題のカメはどこにいるんだよ⁉」
「1人だけ…先に頬をつねられてキッドじゃないと証明され…ボディチェックを免れた人がいるわよね?」
カメの居場所まで完璧とは。やれやれ恐れ入る…。
「まさかあんた…!」
中森のおっさんの視線が次郎吉氏を射抜き、すぐさまボディチェックが行われる。
そして…。
「いたぞ! カメだ! ってこたあアンタ…キッドだな⁉」
「いでで、ち、違うわいっ!」
「な、マジで違うじゃねーか⁉」
じゃあなんでカメを隠したりしたんだよ!
そう問い詰める中森のおっさんに目を泳がせる次郎吉氏。
「どうせ、キッドのメッセージに書いてあったんでしょう? 磁石に反応するほど不純物が混ざった合成ダイヤを大量に着けた亀が本物の赤面の人魚を背負っている訳がない、ってね。」
「あ? …って事はこの亀は偽物…!?」
「そう。偽物を高額で買い取った事を知られたくなかった叔父様は、誰にもばれない様にカメを回収したって訳よ。」
「だ、だから早く撤収しようと言っておったんじゃ…。…亀が可哀相だったんでのー…。」
ため息を吐いてがっくりとうなだれる中森のおっさん。
そして「それで? キッドは?」と鈴木財閥のご令嬢へと目を向けて問いかけた毛利探偵。
さて、潮時か…。とハンググライダーのスイッチの位置を確認したが…。
「さあ? これまでのトリックはすべて遠隔操作ができるものばかりだったし…もうどこかへ逃げてるんじゃない?」
あ? なんだよ名探偵…今回は俺を逃がすつもりか…?
ちらりと目を向ければ、相手も俺を見て小さく笑みを浮かべた。
ほう、マジで今回は俺を逃がすつもりか…。
「じゃあ全員解散だ! …くそうキッドめ…今度こそは捕まえてやる…!」
「ふあぁ…、あれ? なんでみんな解散してるの?」
「何言ってるのよ園子! 園子がキッドのトリックを暴いたんでしょ? すごかったよ~、お父さんみたいで!」
「え⁉ そ、そう⁉ なはは…」
そうして現場片付ける警察官たちとは別れ、外のやじ馬たちが帰るのを待つため通路でいったん足を止める。
「じゃあ私、待っている間にお手洗いに行ってこようかな。」
「あ、蘭が行くなら私も…。」
「なら俺も行っておくか…。」
そうして一斉にトイレへと向かった毛利探偵たちを見送り、廊下には名探偵と先生、それから俺だけになった。
「…さて、キッド。そろそろその服本人に返してやれよ…。」
「やっぱ気づいてたか、名探偵。」
「ったりめーだ。」
じと、とこちらを見上げてくる名探偵に肩をすくめて見せれば、名探偵がちらりと先生に目を向ける。
「…ってか、やっぱり遥さんも気づいてたんだ?」
『え? ああ…まあ、キッドは勘違いしたままだったしね。』
「へ? 勘違い?」
やっぱなんか俺間違ってたのか?
そして先生へと目を向ければ、困ったような顔をして俺の服へと目を向けた。
『キッド…貴方この子が蘭ちゃん達より年上の男の子だと思ったんでしょ?』
「…え、違うの?」
『違うわよ。この子は真純ちゃん…列記とした女の子。』
え゛。マジ?
先生から名探偵にも目を向ける。
そしてそんな俺に深ーく頷いた2人を見て顔がひきつった。
「た、確かにパンツがやけにローライズだったような…」
「…このおぉ…!!」
「いっ⁉」
「コソ泥ー!!」
一瞬何が起こったのか分からなかった。
気づけば地面に倒れていて、頭がぐわんっと揺れた。
なんだ? 今飛び蹴りされたのか、俺…⁉
「お、おいボクっ娘! そんな恰好で…」
「きゃーっ! お父さん向こう向いてて!」
「世良さん服! パンツ!」
な、なるほどさっきトイレに行った毛利探偵が気絶させておいた世良に気づいたのか…!
「よくもボクにスタンガンを…!」
「っ…!」
ジークンドーらしき格闘技の構えをとった世良にやばいと感じてすぐさま服を置いて窓から離脱する。
ちらりと背後を見れば、俺を鬼のような顔で睨んでいるが、それを先生がどうにかなだめていた。
「(あっぶねー…、あのなりで女かよ…!)」
だから先生、俺が世良になりすましてると知るや否やあんな微妙な顔してたわけか…!
だったら先に言ってくれよセンセー!
「あいつ…勝手にボクの服まで着やがって…!」
「ア、アハハ…世良さんのことを男の人だと勘違いしたのかな…?」
「あのコソ泥、いつかボクが捕まえてやる…。」
廊下に残された服へと近付いて、一番上にのっていた帽子を手に取った。
そして帽子についた形を見て思わず口元をとがらせる。
「(形もついてるし…)」
そうしてキッドが使っていたことでついた形を必死に直そうと帽子をいじっていると、それを見た蘭君がボクの傍にしゃがみ込む。
「大切な帽子? 世良さん。」
「え? あぁ…死んだ兄がよくこういうのかぶってたから…マネしてて。ベルツリー急行でもつけてたんだよ?」
「…あ! もしかして私が電車の廊下で拾ったあれ?」
「うん、そう…。」
ベルツリー急行では、シュウ兄みたいなやつと出会ってから記憶がないけど…。
蘭君がこの帽子を見つけた場所は、ボクが気を失った7号車じゃなくて8号車。
なんでそんなところに帽子だけが残されてたんだ…?
「…なんかさ、君がこの帽子をボクに返してくれた時…ついてたような気がしたんだ。」
「ついてた? 何が?」
「…兄がよく帽子につけてた、形みたいなの。」
そんなこと、あり得るはずないのにさ…。
世良真純.
(確か、兄は金髪の男をバーボン…ギターを教えてくれた人をスコッチ。)
(そしてあの女の人のことはたしか、)
(たしか…。)
(黒凪、って呼んでたっけ。)
.