本編【 原作開始時~ / 映画作品 】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
漆黒の特急 (終点)
「(ここね、有希子の部屋は…)」
部屋に入って扉を閉じ、彼女のトランクを開く。
変装道具はなし、か。ならば…。
「(見つけた)」
洗面台の中に隠された防弾チョッキ、血のり、かつら…。思っていた通り。
それらすべてをトランクへと放り込み、ひとまとめにして窓から外に放り投げた。
「――あら、随分じゃなあい? お気に入りだったのよ? 中に入っているワンピース…。」
そうして聞こえた有希子の声に振り返り、小さく笑みを浮かべた。
「…。」
「ねえ…こんなこともうやめにしない? …シャロン…」
そんな有希子の言葉に「やはり気づいていたか…」と顔にまとわせてあった変装を解けば、有希子も私に続いて小さく笑みを浮かべる。
「それより、さっき私に囁いた言葉…あれどういう意味?」
「ああ、あれ? 言葉のとおりよ。」
ねえ、もし今回私たちが勝ったら――いい加減に彼女を狙うのをやめてくれない?
そう有希子は言っていた。
「お姉さんの黒凪ちゃんはともかく…あの子は貴方たちと争う意思はない。それにもう哀ちゃんはこちら側の人間だって、新ちゃんが。」
ばかばかしい。シェリーがもうそちら側の人間?
そんなことはもう関係ないのよ。…彼女は存在してはいけない…ただそれだけ。
「私たちを出し抜けるとでも思っているの?」
有希子を見下ろしてそう問えば、彼女は余裕に笑った。
「知ってる? 今は新ちゃんチームが一歩リードしてるのよん。お仲間のお部屋に眠らせてある世良っていう女の子ももうこっちの助っ人が回収済みなの、気づいてた?」
「あら、随分と仕事が早いじゃない。でも私たちに勝つなんて無理。」
「そうかしら? こちらは貴方の弱みを握っているのよ?」
「弱み?」
ええ…。貴方は何らかの理由で哀ちゃんと新ちゃんが幼児化している事実を隠したいはず。
ということは、子供の姿のまま彼女を殺すことはできない。
となれば私たちが完遂させなければならないことは貴方でも分かっているわよね?
「ふん、簡単なことのように言うけれど…貴方達の計画がすでに破綻していることに気づいた方がいいわ。」
「え?」
「言っておくけど、貴方が準備していた変装セットは既に処分済み。大方、あの女が元の姿に戻る前に捕まえて、代わりに貴方が変装し…死んだように見せかける。そこまでが貴方たちの計画でしょ?」
有希子の顔色が変わる。
やっぱり私の読みは間違っていなかったようね…。
「これほどまでに計画が破綻した今…シェリーと宮野黒凪が取る手はたった1つよ。」
おとなしそうな顔をして、師匠があれだからね…。
あの女の根っこは典型的な武闘派。諦めるよりも先に、逆に私たちを殺しにかかってくるでしょう。
「そ、そんなこと…この人が多い車内で出来るわけ…」
「できるのよね。それが。」
そうして携帯のボタンを押す。
途端に、八号車の方からばたばたと足音がこちらに向かってくる。その音に扉を少し開けば…
「か、火事だー!」
「はっ早く奥に行ってよ!!」
8号車から人々が逃げ込んでくる。
この密室での火事は恐ろしいものだろう…皆パニックに陥っていた。
「これで8号車には誰も残らない。…警察の目をかいくぐって私たちとドンパチやるには、最適の舞台じゃない?」
「っ…! (黒凪ちゃん、哀ちゃん…!)」
≪…黒凪さん、計画変更!≫
『え?』
≪ベルモットに母さんが持ち込んでた変装セットが処分されちまったんだ!≫
目を微かに見開く。そう、ベルモット…。貴方そこまで読んで…。
≪だからぶっつけ本番で行くけど…キッドが協力してくれることになったから!≫
『え? キッド?』
≪うん! キッドは先に8号車の奥から2番目の部屋に待機してるから、そっちに移動して!≫
『…分かった。』
部屋の外ではすでに8号車の火事に怯えた人々がどんどんこちらに流れ込んできている。
人の多いここでスコッチが私を無理に捕まえることはないだろうということで、扉を開いて8号車へと向かうことにした。
「――!」
『…。』
人に紛れて私の部屋を監視していたスコッチと視線が交わる。
『(どうせ後で志保を確保したレイ君と合流するつもりでしょう? 諸伏君…)』
小さくスコッチへ笑みを向けて、視線を8号車へと移す。
スコッチも徐に私の後を追うように動き出したのが目の端に見えた。
「どっ、どいて! 火事が…!」
「わああっ!」
なだれ込んでくる人ごみをどうにか進んで8号車へ。
そしてコナン君が言っていた部屋に押し入れば、大人の志保の姿に変装したキッドが立っていた。
「あ、貴方は…?」
一応志保を装ってそう言ったキッドに「おまたせ」と言えば、彼が身に着けているイヤホンに片手を添えた。
恐らくイヤホンを通して彼に指示を送っている志保が私の存在を彼に告げたのあろう。
「…なんだよ、味方か…。」
『ええ。今回は協力どうもありがとう。』
「…交換条件として呑んでだけですから。」
そして次はキッドとして私に応えた黒羽君に小さく笑みを浮かべれば、彼はほんの少しだけ目を見開いた。
「…あれ? 俺、貴方とどこかで…?」
『そんなことはいいから、とりあえずコナン君の指示通りにお願いね。怪盗さん。』
「お、おお…」
『あ、あと私が何をしても驚かないこと。ね。』
そうして私が取り出した拳銃にひく、とあからさまにキッドの顔がひきつる。
しかし問答無用で扉を開いて外に出た私に無理くり表情を直し、キッドも後に続いた。
「――作戦会議は終わりましたか? シェリー。そして…宮野黒凪。」
『…。バーボン…。』
カチャ、と背後で小さく金属音が鳴り、背後に立つ志保に変装したキッドが微かに息をのむ。
そんなキッドを背後にして拳銃を背後に立っているスコッチへと向けた。
『あら。あの人ごみの中でよく私に追いついたわね…スコッチ。』
「…。」
何も言わず拳銃を構えたままのスコッチがちらりとバーボンへと目を向け、バーボンがキッドに向かって口を開いた。
「さて、シェリー。僕らのことはお姉さんから聞いていましたか?」
「…ええ。情報収集に恐ろしく長けた2人組…スコッチとバーボン。特に貴方…バーボンはお姉ちゃんの恋人だった諸星大と犬猿の仲だったって。それぐらいだけど…。」
「はは…。貴方はよく僕と奴とのいさかいを仲裁していましたからね…黒凪。」
『…でももうその必要もなくなってしまったわ。』
そんな私の言葉にバーボンが少しだけ眉を下げる。
「…その通り。」
『それでも随分と彼を買っていたようじゃない? わざわざ嫌いな男の変装までして関係者の周りをうろついて…。』
「慎重だと言ってほしいものですね。…まあ、おかげであの男が貴方たち2人を守り切れなかった上…逃がすこともできず無駄死にしたことが分かって満足ですが。」
ゆっくりと親指をリボルバー銃のハンマーへと持っていき、カチカチと音を鳴らす。
「動くな。…撃つぞ。」
『あら、殺すつもりなんてないくせに…。』
「…。」
『でも私はあるわよ…相打ちになってでも、絶対に殺してやる。』
落ち着いてくださいよ。
バーボンがそう言って拳銃を構え、キッドへとその標準を合わせる。
「我々はちゃんとわかっていますよ? 貴方は相打ち覚悟でも…妹だけは殺されたくないと考えていること…。」
『……』
「さあ、彼女を傷つけられたくなければ8号車の奥…貨物車までご同行願いましょうか。」
バーボンが通路を開けるようにして私たちを見下ろしてくる。
「さあ。」
『…志保、行くわよ。』
「わ、分かった…」
そうして貨物車へと移動し、まっすぐにこちらを拳銃で狙うスコッチの隣でバーボンが自身の胸元に手を入れた。
「妹さんには分からない話で申し訳ありませんが…。…黒凪。」
『?』
「ここまで来たら諦めてくれませんか。そしていい加減に…。」
『…バーボン』
バーボンの青い瞳が私を射抜く。
その視線をまっすぐに受け止めて、言った。
『前にも言った通り、私の意志は変わらないわ。』
「…。」
『…私、もうこれ以上…貴方たち2人を危険に晒したくはないの。』
バーボンとスコッチが同時に目を見開いた。
確かに今まで私は彼らの誘いを頭ごなしに断るばかりで、その理由を伝えたことはなかった…。
そんなことを思う。
「っ、そんなのお互い様だ! 君は自分を危険に晒して僕を助けてくれたじゃないか…!」
「…黒凪、こっちに…俺たちのところへ来い…!」
必死の形相でそう言ってくれる2人に眉を下げる。
けれど、やっぱりそっちには…公安には行けない。
私、もうたくさんなの…私のせいで危険な目に合うのは、秀一だけで十分なの。
だからもう、これ以上は。
「…! お姉ちゃん、」
『ん?』
「貨物車の中に爆弾が…」
『…!』
前に立つ2人に目を向ければ、バーボンとスコッチもお互いに顔を見合わせている。
なるほど、この爆弾はベルモットが独断で…。
「仕方がない…2人ともこちらへ…」
『(どうしようか…。秀一の手りゅう弾で連結部分を破壊することはできるけど、貨物車にこれだけ爆弾が取り付けられていたら…)』
≪…黒凪。≫
無線から聞こえた秀一の声にはっとバーボンとスコッチの背後…8号車車内へと目を向ける。
≪ボウヤの見立てでは、そこの彼は逃走用のパラグライダーを貨物車に隠しているとのことだ。とりあえずこっちへ来て俺と一緒に脱出するぞ。≫
『( “見立て”? でも、もし本当は用意していなかったら…?)』
キッドを見て、それから外の景色へと目を向ける。
丁度これから橋に差し掛かる――最悪この川へと落ちればどうにかなるか…?
『…いい。私は志保と行く。』
≪…川に逃げるつもりか?≫
『ええ。』
「! 誰と交信して…」
「分かった」と秀一が返答を返した途端に8号車の扉が開き、手りゅう弾が貨物車と8号車のつなぎ目部分に放り投げられる。
手りゅう弾を見たバーボン、スコッチは目を見開き、ほぼ反射的に衝撃に備え――途端に爆発が起こった。
「くそっ…!」
「っ、宮野さん…!!」
スコッチの声に衝撃から身を護るために持ち上げていた腕を下ろし、2人に目を向けた。
途端に貨物車に設置されている爆弾がピピピ…と音を立てる。
『っ、黒羽君!』
「ぅえっ⁉」
『(あ、間違えた!) と、とにかく川に――…』
ぐいっとキッドが私の腕を引き、貨物車の中に立てかけられていた何かへと手を伸ばす。
そして貨物車の中の爆弾が爆発したと同時にそれ、パラグライダーを開いた。
『っ、わ…(すごい、空を飛んでる…)』
「やべ、流石に大人2人はきつい…! ちょ、傍の森に降りるぞ!」
『わ、分かった…』
≪…無事か?≫
ふらふらと風に揺られながら川の傍にある森へと下りていく。
そうして地面に足をついたと同時に先ほどの秀一の問いに答えた。
『だ、大丈夫…。ただ傍の森に下りたから、時間があるときに迎えに来てくれる?』
≪了解。≫
通信を切り、疲れた様子で地面に座り込んでいるキッドの元へと近づいていき、顔についた煤を軽く払ってやる。
と、その様子をじいいいっと穴が開くほど見ていたキッドが徐に言った。
「…あんた、神崎遥だろ」
『(う。)』
「なあ、絶対そうだろ⁉ 悪ぃけどマジでごまかし効かねーからな⁉ てかそうじゃねえと怖ぇし! 俺の正体知ってる人間がそうほいほいといてたまるか!」
と、怒涛の勢いで詰めてきたキッドに暫く言い訳を考えて、そして観念した。
『うん、ごまかしきれないなあ…』
「ったく、そうだと思ったぜ…。じゃねえと…」
『じゃないと?』
「…。俺のために危険を起こすような奴が、そうほいほい居てたまるかって話だよ…。」
そうごにょごにょと言ったキッド。
そして落ちる沈黙。
「…にしても、あんたを狙ってる奴等やばすぎだろ…女相手に男2人だぞ? しかも拳銃まで持って…!」
『え、ええ…だから貴方を巻き込みたくなかったんだけれど…。今回は本当に不可抗力だった。ごめんなさい。』
「っ、謝るんじゃなくてだなあ! あんなやばい奴らが相手なんだからいい加減自分の身を一番に考えろよ! お前、俺を放って逃げられたのにあそこにわざと留まっただろ!」
『…関係のない貴方1人を放って大人の私が逃げられるわけないじゃない…。』
それは、…そうかもしれねえけど…。
けど、なんでそんなに簡単に自分を犠牲にできるんだ?
言っちゃ悪いが俺は赤の他人だぞ?
さっき俺たちを脅していた2人だって、あんたを助けたいって言ってたのに。
それを振り切ってまで、なんで危ない方向に全速力で、迷いなく飛び込んでいけるんだ?
「…とにかく、」
『うん?』
「もう…相打ち覚悟で戦うなんて言うなよ…。」
頼むからさ…。
そう呟くように言った黒羽君に眉を下げて「うん、頑張るね…」と返しておいた。
「そ、んな…」
「っ、くそ…!」
崩れ落ちたバーボンとスコッチを見届け、足早に8号車に入り有希子さんの元へと向かう。
そして満足げに有希子さんの部屋を出てきたベルモットを見届け、中に入って不安げな顔をしている有希子さんに微笑みかけた。
「…上手くいきましたよ、有希子さん。」
「え…」
「偶然この列車に居合わせた怪盗キッドをボウヤがうまく使ったようです。」
「うそ…、本当? よ、良かった…。」
へなへなと座り込んだ有希子さんに手を貸し、すぐに最寄りの駅で止まった列車から乗客に紛れて下りていく。
途中、誰か…恐らくジンだろうが、に電話をかけるベルモットの傍を通る。
「…ええ。貨物列車ごと爆発したシェリーと宮野黒凪をバーボンとスコッチがしっかり見ていたそうよ。だから確実。…ええ。じゃあ。」
隣の有希子さんもその電話を聞いていたらしく、安心したように眉を下げて警察の誘導に従って駅の外へと歩いていく。
そしてちらりと振り返れば、志保本人を抱えたアガサさんと、そんなアガサさんと楽しそうに話す子供たち。
そして誰かに電話をかけているらしいボウヤ。
「…おう、分かった。そのままその人と一緒に待っててくれ。…あ、協力者が送ってくれるって? じゃあ東京駅で…。」
こちらにも黒凪からメールが送られてくる。
どうやらボウヤが話していた通り、キッドの協力者が2人を迎えに行き、東京駅まで黒凪を送ってくれるようだ。
「事情聴取を受けられる方はこちらへ――」
さて、さっさと事情聴取を受けて、東京で黒凪を向かえることとするか…。
…それにしても、やはり志保と黒凪はよく似ている。
他人のために迷わず自分を危険に晒すその危うさも、何もかも。
だからこそその危うさが人を惹きつけ…人を縛るのだろう。
かくいう自分も、そんな人間のうちの1人であるのだが。
『…ここまで送っていただいてありがとうございました。』
「いえいえ…。それではこれからもぼっちゃまをお願いいたします。」
『あ、こちらこそ…。わざわざ私のせいで車移動になってしまって申し訳ありません。』
そうして工藤家から少し離れた位置で黒羽君の保護者である寺井さんが運転する車から下りる。
今回初めて顔を合わせた寺井さんだけれど、保護者兼執事のようなこともしていらっしゃるようで、顔を隠すためのマスクやら小道具やらをどっさり持って現れた時はその有能さに驚いた。
「じゃ、また学校で…。」
『うん。今日はゆっくり休んでね、黒羽君。』
「せんせーこそ…」
なーんて、ずうっと名古屋から東京までの道のりの中でもごにょごにょと歯切れの悪い黒羽君。
きっと見慣れない私の本当の顔を相手に以前まで神崎遥に接していたようにはできないのだろう。
『それじゃあ寺井さん、失礼します。』
「はい。」
扉を閉じ、発進した車にもう一度会釈をして歩き出す。
コナン君たちは鈴木次郎吉さんの計らいで名古屋からは新幹線で東京に戻ったそうだし、車で戻ってきた私たちとは違ってすでに家にいるころだろう。
私ももちろん新幹線での移動を提案したのだけれど、黒羽君と寺井さんにそれはもう猛反対を受けた。
…まあ、拳銃まで持ち出すような組織に狙われている私を素顔のまま公共交通機関に乗せるべきではないなんてことは、彼らだって重々承知ということだろうけど。
『(秀一にメールを、と…)』
フードを目深にかぶり、マスクをして歩く。
どう見たって怪しい身なりだけれど、顔を監視カメラに取られる方が怖い。
この顔は…東京の警察官にだって知られているのだから…。
『…!』
工藤宅とアガサ宅が並ぶ生活道路に入れば、アガサ宅の前に立つ秀一…もとい昴が私の姿を見つけると片手をあげた。
そんな秀一に小走りでそちらへ向かい、手を広げれば秀一も同じようにして私を受け止めてくれる。
『ただいま…』
「ああ、お帰り。…志保も今か今かとお前を待っている…中に入ろう。」
『…うん』
そうしてアガサ宅に入り、リビングの扉を開けば先ほどの私から秀一への勢いなんて比でもないぐらいの勢いで志保が私に飛び込んできた。
「お姉ちゃん…!」
『志保…心配した? ごめんね。』
震えて私にしがみついたままの志保に秀一と顔を見合わせて眉を下げる。
コナン君と秀一の計画通りにほとんどは進んだが、確かに最後の最後になってベルモットの妨害で計画は一度破綻したも同然…。
あの場に黒羽君がいなければ本当にどうなっていたことか。
『志保、』
「……の?」
『え?』
「お姉ちゃんは私を守ってくれるけど…、そのお姉ちゃんは誰が守ってくれるの?」
私がいる限りずっとお姉ちゃんはこんな風に危ない目にばかり遭うの?
誰も助けてはくれないの?
そう涙ながらに言う志保に瞳が揺れる。
「お願いだから…お姉ちゃんも頼れる人には、頼って…」
『……』
脳裏に浮かんだのは、秀一、黒羽君…そしてレイ君と諸伏君。
私はしゃがんで志保の顔をまっすぐに見つめた。
『…うん、志保がそういうなら。もう少し誰かを頼ってみる。』
「ぐす、…うん…」
『心配しないで。私の傍にはもう、すっごく強い助っ人がいてくれているから。』
ね? と秀一へと目を向ける。
志保の目が秀一扮する沖矢昴へと向けられた。
「君のお姉さんを危険な目に晒してしまってすみませんでした。」
私の視線を受けて秀一もしゃがんで志保に目線を合わせた。
「これからは君の言う通り…これまで以上に君のお姉さんを全力で守るようにします。だから、そんな顔はしないでください。」
「(そんな顔を…)」
志保が微かに目を見開いた。
そして私に視線を戻して、眉を下げて言う。
「お姉ちゃんがどうして昴さんを恋人役に選んだのか、分かったような気がする…」
『え?』
「あの人に似てるからでしょう? あの諸星大って人に…」
『!』
お姉ちゃん、私に会うたびにあの人の話ばかりだったもんね。
なんて言った志保にぐっさぐさと突き刺さる秀一からの視線。
志保! 本人が今まさに隣にいるから!
きっと私の顔が真っ赤になっているせいだろう、遠目に私たちのやり取りを見守っていたコナン君とアガサさんが顔を見合わせる。
そしてなんと言おうか言いよどんでいる私に助け舟を出すようにコナン君が口を開いた。
「ま、でもギリギリの攻防だったけど…得たものは大きかったよね。」
「…。ええ。これで2人を狙っていたバーボンが毛利探偵事務所の1階にあるポアロで働いていた安室透だと断定できましたから。」
今秀一、助け舟を出してくれたコナン君に舌打ちした? してないわよね?
『ま、まあ。これで私も志保も死んだと思っているはずだから、追われることもなくなったしね。』
「確かに安室さんはあれからポアロを体調不良で休み続けているようじゃしのう。」
「ああ…。残念だぜ。のこのこ戻ってきたら、今度はこっちから探りを入れてやろうって思ってたのに。」
なんて新一君の顔をしていうコナン君。
正直、たまに彼は秀一に自分の正体を隠していることを忘れているのではないかと疑ってしまう。
まあ秀一がそんなコナン君を素知らぬ顔で受け流しているからだろうけれど。
「…え、ポアロにとどまる?」
「ああ。」
「確かに公安で手に入れた情報では、あの貨物車から死体は見つからなかった…。でも川に流されて死体がまだ見つかっていないケースもありえるし、脱出に成功していたとしても流石にもう東京からは逃げているんじゃ…。」
ギシ、と椅子に深く腰掛けて、どこか上の空なゼロに息を吐く。
俺だって宮野さんを目の前で失くしたゼロのショックは理解しているつもりだ…。
ゼロは俺と出会った時からずっと、ずっと彼女のことを探し続けていたのだから。
「ゼロ、僕たちは十分やったよ。そろそろ組織の潜入に集中すべきじゃ…」
「あの手りゅう弾…」
「え?」
「あれを放り込んだのは恐らく赤井秀一だ…。」
赤井秀一? ちょっと待ってくれよゼロ…。
その話はもう方が付いたはずだろ? ベルモットの協力を得て赤井秀一の変装までして、仲間の反応を確かめたじゃないか。
現にシェリーが追い詰められたときにやってきたのも、宮野さんただ1人だったじゃないか…。
「ゼロ…」
「とにかく調べる。」
ゼロの言葉に口をつぐむ。
その真剣な目に、ああ僕では止められない。そう思ったからだ。
「せめて、あの手りゅう弾を放り込んだのがベルモット側の人間か、それ以外かだけでいい…」
「…」
「もしベルモットの仕業じゃないのなら、あれはシェリーと黒凪を脱出させるためのものだ。だとしたら、協力者は誰か?」
あれほど慎重な黒凪が協力者として選ぶ人間なんて限られている。
現にあの時黒凪は誰かと無線で話していた。
つらつらと話すゼロに目を伏せ、再びあの時の…切り離された貨物車の中でこちらに目を向けた宮野さんの顔を思い返す。
「…。分かった。僕も協力する。」
そんな僕の言葉にゼロがはっとこちらに目を向けた。
「いや、ここから先は完全に俺個人の事情だ。ヒロお前は…。」
「僕とゼロの仲だろ? 協力させてくれって。…僕だって、宮野さんには生きててほしいんだ。」
「ヒロ…」
「それに、」
そう言ってパソコンを開いて画面をゼロへと見せれば、ゼロがかすかに目を見開いた。
僕たちは任務ごとに使うメールアドレスや電話番号を変えていて、同じ任務に就くときはそれらを共有している。
「さっき毛利探偵からメールが来た。」
「…テニスのコーチ?」
「ああ。この毛利探偵の娘の友達って、あのベルツリー急行の運営主…鈴木次郎吉の姪だろう? 貨物車に何らかの細工を施していて、シェリーと宮野さんを逃がすことに手を貸していた可能性も0じゃない。」
とりあえず、いい機会だと思わないか?
考え込むゼロにそう言えば、ゼロがやっと笑顔を見せた。
「ああ…ありがとな。ヒロ。」
Scotch.
(…諸伏君)
(その声に、言葉に息が止まった。)
(だけど彼女はそんな僕など気にも留めず、言ったのだ。)
(僕の正体を突き止めた奴が組織にいるから、対処するようにと。)
(僕には分からなかった。何故彼女が自分のためにそんな危険を冒すのか。)
(なあ宮野さん。どうして…。)
.