本編【 原作開始時~ / 映画作品 】
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漆黒の特急 (発車)
「――ミステリートレイン? …ベルツリー急行か。」
「ええ。あの列車は完全個室かつ、有名な急行のため乗車人数も多い…我々の目を盗んで関東を脱出するには最適でしょう?」
火をつけた煙草の煙を肺いっぱいに吸い込み…吐き出せば、煙草の煙が車内に充満する。
それを見たウォッカがポルシェの窓を開き煙を外に逃がした。
「それでもにわかには信じられんがな…。シェリーと宮野黒凪が脱出方法としてそんな手段を選ぶか…。」
「信じるか信じないかは任せるけれど…こちらとしては貴方にこんな電話をわざわざ入れる程度には確固たる確信をもっているのよ。それに貴方も分かってるでしょ? もし本当にシェリーがこの急行に乗っているなら…狩場としては絶好よ。」
「あぁ…途中下車さえ阻めば、いわば鋼の牢獄…。お前の策略でシェリーを追い込めば…宮野黒凪がシェリーの脱出に手を貸すにせよ確実にどちらかは葬り去ることが出来るだろうな…。」
いくらあの女でも走る列車から自身とシェリーを脱出させる方法など持ち合わせていないだろう…。
だとすると、確かにベルモットの言う通り…本当にベルツリー急行に2人が乗車するならこれほど格好の狩場はない。
「で…私がわざわざ貴方にこのことをリークした理由は分かっているわよね。」
「あぁ…名古屋に到着するまでは手は出すなって事だろ。」
「ええ。…まあ、安心して? 狩りが終わればまた連絡してあげる。もし私が信用できなければ名古屋で待機していても構わない…。」
「…良いだろう…」
以前一度失敗しているベルモットのことだ、ここまで言い張るということはよほど自信があるらしい…。
ベルモットとの通話を切り、携帯をしまってまた煙草の煙を吐く。
「(楽しみにしてるぜ、シェリー…、黒凪…。お前らの死に顔を名古屋で拝めるのをな…。)」
「うわぁ~! 歩美、機関車なんて初めて見るー!」
「うふふん、鈴木財閥に感謝しなさいよ? 特別に席を取ってあげたんだから。」
「「「はあーい!」」」
そんな風にミステリートレインを前にして少年探偵団の面々…それからアガサさん、蘭ちゃん、園子ちゃんが学校の校外学習前の朝礼のような会話を交わしながら、列車の出発を今か今かと待ち望んでいた。
「ま、私たちの席はあんたたちと違ってピッカピカの一等車なんだけどね~。」
「そういえばその一等車だよね? キッドが狙うっていうの…。」
え? と思わず振り返りかけた自身の頭を必死に固定する。
危ない危ない。蘭ちゃんの言葉で振り返るところだった…。
「そうなのよ~! 本当はこのミステリートレインは年に1回しか運行してないんだけど、次郎吉おじさまが特別に運行させるうえ、一等車に何とかっていう宝石を展示するって発表したらキッド様乗ってきちゃってさあ~!」
『(次郎吉さん…余計なことを…。)』
と、思わず痛んだこめかみを1人抑える。
ああもう。これで志保に加えて黒羽君にも気を配らないといけないじゃない…!
「…ま、ボクにとってはそんな泥棒よりも、車内で行われる推理クイズの方が気になるけどなあ。」
「せ、世良さん⁉ どうしてここに…⁉」
「ボクは探偵だからな! もちろんこんな滅多にない機会は逃さないさ。」
何食わぬ顔をして現れた真純ちゃんを見て徐に耳元のイヤホンの電源を入れる。
『…やっぱり真純ちゃん、来ちゃったみたいよ。』
≪ああ…予想通りだ。問題ない。≫
『じゃあ予定通り真純ちゃんはあなたに任せるから。…ああそれから、黒羽君も今回乗車するみたいで…』
≪ほう、キッドが…。了解した。彼のことはお前に任せていいのか?≫
『ええ。私がどうにかする。』
そうして通話を切り、一般客の乗車を始めた車掌たちに従って車内へと足を踏み入れる。
途端に――…。
「…。」
『(…あれは、スコッチ? バーボン? それとも…ベルモット?)』
別の車両に乗り込んだ人々の中に秀一にそっくりな、顔に火傷のある男が見えた。
以前、米花百貨店で見かけたのと全く同じ変装…。
今回は誰があの変装をかぶっているのか。
「…おおっと、すみませ…ん…」
『…こちらこそ。』
そして私と偶然ぶつかり、そう謝ってきた男…レイ君。いや、今は安室透さん。
彼を見上げて私はにっこりと微笑んで会釈をする。
彼の表情が凍り付いたのは見えていた。けれど、知らないふりをする…。
あの日警察学校で偶然再会した、あの時の様に――。
「おお? 安室君じゃないか。」
「あっ…毛利さん!」
「お前もこの列車に乗ってたのか。」
「はい。毛利さんはどの列車に?」
実は蘭が鈴木財閥の令嬢と友達でな――。
なんて会話を交わす毛利さんとレイ君のそばを通り過ぎて個室へと歩いていく。
『(今日は素顔での乗車だし、これで少なくとも3人の内の誰かは私に集中せざる得なくなる…。)』
ちらりと背後へと視線を走らせる。
――ほうら、かかった。
≪…シェリーがこの列車に乗っているのは確実なようね…。宮野黒凪を見つけたわ。≫
「…ああ。同じくこちらも確認した。今スコッチが監視している。」
≪了解…≫
ベルモットとの無線を切り、息を吐く。
覚悟はしていた。シェリーが乗るであろうこの列車に行けば…彼女に会うことになるのは。
「…スコッチ、宮野黒凪に動きは?」
≪…今はまだ。シェリーが見当たらないところを見ると、念のため別々の個室を取っているんだろう。≫
「分かった。引き続き頼む。」
≪了解。≫
今はベルモットがシェリーの捜索を買って出ている。
以前も一度シェリーを見つけ出しているあの女のことだ…それほど時間はかからないだろう。
ただ、シェリーを確保する実行役は俺――。今はただ、ベルモットからの連絡を待つだけ。
≪――お客様にご連絡いたします。先ほど車内で事故が発生し、当列車は予定を変更し…最寄りの駅で停車することを検討中でございます。皆様は出来る限りお部屋で待機し、あまり外に出られませんよう――…≫
「(…ああ、嫌になる…この嫌な感じ…。)」
江戸川君と昴さん…そしてお姉ちゃんの指示に従ってこのベルツリー急行に乗ったはいいけれど…私は既に後悔し始めていた。
複数の殺気に晒されているこの状況…。
特に私の一挙一動を監視するように、私の周りをうろつく…この男…。
「…」
今もまさに私と、蘭さん、園子さんの傍を静かに通り過ぎた大柄の、顔に火傷のある男。
あの男に…お姉ちゃんの元恋人、諸星大に雰囲気の似た男…。
この人物からの殺気が一番痛く…重い…。
「――あれ? 安室さんもミステリートレインに乗ってらっしゃったんですね!」
「ええ。偶然チケットが取れたもので…。」
「(…そしてこの人が、バーボン…)」
金髪碧眼の、ハーフ…今は安室透と名乗る男。
このミステリートレインに乗り込む前に教え込まれた、今回私を狙っている組織のメンバーの1人。
バーボンと行動を共にしているスコッチはまだ見ていないから…あの火傷の男に変装しているのかしら…。
「ねえ蘭…! 誰なのよこのイケメン…!」
「ああ…前に話したお父さんの弟子になりたいっていう探偵さんの安室透さんよ。」
「へえ…! この人が…、どうも~! 鈴木園子で~す!」
「ど、どうも…。そ、それより車内で事故が遭ったみたいですけど、何か聞いてます?」
この男…バーボンはやはり私が幼児化していることをベルモットから聞いていないらしい。
うまく殺気を隠して、あくまで一般人の様に蘭さんたちと会話を交わしていた。
「実は殺人事件みたいで、今世良さんとコナン君が現場に残っています。」
「ああ、あの女子高生探偵もこの列車に? それじゃあ彼女と毛利探偵に任せておいた方がきっと早いですね。」
「う、うん…多分…」
「…どうやら、コナン君によると終着駅は名古屋のまま変更はないようですよ。」
「そう…仕方がないわね。元々その予定だったし…」
「ええ。」
「…それより黒凪ちゃんは大丈夫かしら?」
目深にかぶった帽子の下から心配を帯びた目をこちらに向けた工藤有希子氏。
今回ボウヤが招集した、志保を守るための協力者の1人だ。
ベルモットの表の顔である米国女優、シャロン・ヴィンヤードと顔見知りであるという有希子さんを使ってベルモットをおびき寄せ、時間稼ぎを担う役割を託されている。
「大丈夫でしょう。彼女は我々が考えているよりもずっと優れた能力を持っている…。上手くやるでしょう。」
「そう…。」
そうして携帯を開き、志保や黒凪から逐一送られている連絡に目を通す。
「どうやらバーボンとスコッチは素顔で…そしてベルモットは私に化けているようです。」
「ああ、火傷を負った赤井さんに?」
「ええ。」
有希子さんが小さく頷き、それを見て扉の外側に意識を集中させる。
すでに外で話していたバーボンと蘭さんたちはこの場を離れたらしい。
「ああそれから…お手数をおかけしますが、真純を頼みます。」
「ええ。貴方の妹さんもこの列車に乗っているんだものね。貴方の…赤井さんの姿を見た彼女が黙っていられるはずはない…。」
なんたって貴方は死んだことになっているんだからね…。
そう言った有希子さんに苦笑いを返して目を伏せる。
「…ベルモット、赤井秀一の妹である世良真純もこの列車に搭乗していることを確認した。」
≪あらそう。なら丁度いいわ…ついでに赤井の生死を確認してきてあげる。≫
そんな短い会話を終え、未だ列車内で起こった殺人事件の捜査を続けているコナン君と世良真純、そして毛利さんの様子を伺う。
そして世良真純だけが彼らから離れたタイミングを見計らってベルモットに合図を送った。
そう、赤井秀一の変装をしている…ベルモットへと。
「(丁度いい…世良真純がいるとこちらの計画の支障になりかねない。ここで退場してもらう…。)」
カツ、とハイヒールが床を叩く音が響く。
扉を少し開いて目を向ければ、帽子を目深にかぶり、赤い口紅をつけた女性がゆっくりと通路を歩いていた。
反対方向からは俺の合図を受けたベルモットが歩いてきている。世良真純もすぐにこの通路を通るだろう。
一般人に見られてはまずいが…どうだ?
「…、」
「!」
…なんだ? あの女、ベルモットに何かを囁いた…?
不自然に足を止め、振り返ったベルモットを怪訝に見つめていると、廊下を走る足音が響く。
すぐに扉を完全に閉じ、耳を澄ませる。
「――誰だ? あんた…」
よし、予定通りに世良真純がベルモットと接触した。
「…誰だって聞いてんだよ…!」
「……久しぶりだな、真純。」
ベルモットの声色で再現された赤井秀一の声に若干イラっとしたことに知らないふりをして、世良真純の言葉を待つ。
もしここで狼狽えれば、恐らく赤井秀一は本当に…。
「…シュ、シュウ兄なのか…⁉ でもなんで⁉ シュウ兄は死んだはずだろ⁉」
チッと舌を打った。
そして聞こえたノックに扉を開けば、赤井秀一の姿をまとったベルモットが気を失った世良真純をこちらに見せてくる。
「この通り障害は排除した。後は手筈通りに。」
「…その声で俺に話しかけるな、ベルモット…」
そんな俺の言葉に嫌味に笑みを浮かべてベルモットはぽいとこちらに世良真純を預けた。
「それじゃあ私はやることが出来たから…」
「あの女か? 何者だ?」
「…ちょっとした知り合いよ。こっちで片付けるから、気にしないで。」
そう言って扉を閉じ、歩き去っていったベルモット。
その足音を聞きつつ世良真純を座席に寝かせ、その赤井秀一によく似た顔に目を細める。
「(そうか、あの男は本当に死んでいたか…。)」
最期の最期までいけ好かない野郎だ。
自分を頼ってきた女2人を守れもせず、まんまとキールに殺された。
おかげでシェリーも黒凪も…我々にここまで追い詰められている。
――だから言ったんだ。俺にしておけばいいと。何度も…。