本編【 原作開始時~ / 映画作品 】
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灰原の秘密に迫る影
「…あれっ? 昴さんに遥さん!」
とあるホームセンター内のこと。
私と秀一がカセットコンロを探しているところに偶然にも蘭ちゃんとコナン君と出くわした。
「どうしたんですか? カセットコンロなんて眺めて…。」
「ああ…実はキッチンのガスコンロの調子が悪くて。明日に専門家に見てもらうんですが、それまではこのカセットコンロでどうにかしようと見に来たんです。」
「そうだったんですか⁉ それは災難ですね…。…あ、そうだ! 実は今日、以前父が解決した事件のお礼に、依頼者さんが有名な中華料理を持ってきてくれる予定なんです! 一緒にどうですか?」
顔を見合わせる私と秀一。
確かに、今日だけでもご飯を一緒にできれば助かるけれど…。
そうしてコナン君に目を向ければ、彼はにっこりと笑った。
「そうだよ! 依頼者さんは料理人さんだから、きっといーっぱい持ってきてくれるから!」
「…じゃあ、お邪魔しようか? 遥。」
『そうだね! ありがとう、蘭ちゃん! コナン君…ごほっ、ごめん、』
せき込んだ私を見てコナン君が目を丸くさせた。
「あれ、遥さん、風邪?」
『うん…ちょっとね。学校で拾ってきたのかも。』
「「学校?」」
「ああ、最近高校の教師になったんですよ。遥は。江古田高校だったかな?」
秀一の言葉に頷けば「へえ…」とコナン君と蘭ちゃんが感心したように言った。
「でも確かに今学校で風邪が流行ってますよね…。実はコナン君もちょっと風邪気味で。」
『あら、そうなの? 偶然ね!』
「アハハ…」
「…あっ、いけないそろそろ約束の時間だ…! 行きましょう、遥さん、昴さん!」
…この時私達はまだ知る由もなかった。
毛利探偵事務所で食べた中華料理の影響であんなことが起こるなんて――。
「わー! すごい…!」
「どれも中国本場仕込みの一品です! どれも力作ばかりなので、どーぞ食べてください!」
どんどんと毛利探偵事務所の机に広げられていく中華料理たち。
私の目の前に置かれた角煮も見た目だけでもものすごくとろっとろで、なるほど確かにおいしそう…!
「その角煮なんて、前の晩から仕込んじゃって…ははは。どーぞどーぞ。」
『ありがとうございます…! 頂きます!』
パクッと口に放り込んだ途端に崩れる角煮。やっぱりすごく美味しい…!
あまりの美味しさに秀一に目を向ければ、彼もニコニコと私に笑顔を向けた。昴の笑顔だけど。
『それにしても、少しお酒の香りがしますね? 何かこだわりの隠し味とか…?』
「ええ。料理に使うお酒といえば紹興酒(しょうこうしゅ)が有名ですが、中国では油の強い料理でも負けない香りと味を持つため白乾児(パイカル)の方が好まれて…今回はそっちを!」
途端に秀一が今にも角煮を口に放り込もうとしていたコナン君を制した。
コナン君も「あぶね…」なんて呟いてざざっと角煮から距離を取る。
白乾児と言えば、アポトキシン4869の解毒を助ける成分を持っている中国のお酒…。
志保によると風邪を引いた状態での接種で解毒作用を発するため、風邪気味のコナン君は一発アウト。
…ん? 待って? 風邪?
『いっ、いけない! ガスコンロの修理、今日だったんじゃない昴⁉︎』
「え、」
『急いで帰らないといけないねっ⁉︎』
恐らく顔を真っ青にして焦っているだろう私に目を見開くコナン君と秀一。
「そっ…そーだね! 急いで家に帰った方がいいよ遥さん、昴さん!」
すぐにコナン君もそうフォローを入れてくれて、秀一が荷物を抱えて私と一緒に立ち上がる。
「すみません、どれもすごく絶品でした。またお店に彼女と伺います。」
『あっ、私もすごく美味しく頂きましたっ! そ、それじゃあ!』
そうして急いで車に乗り込み、私は車に積んであった上着を羽織り顔を隠すようにした。
途端に胸が苦しくなり、キリキリと心臓が痛み始める。
懐かしいその症状に「ああ…本当に幼児化してしまう、まずい」と頭の中で焦ることしかできない。
「どうする、阿笠さんのところに行くか?」
『う、ん…そうしましょうか…、』
あ、ダメだ。痛みで意識が飛ぶ…。
「…おい、黒凪! …黒凪!」
…目の前が真っ暗になった。
「とりあえず、服を着替えさせるから博士と昴さんは外に出て!」
「い、いや…子供同士とは言え服を着替えさせるのは難しいじゃろう? 昴さんなら…」
「部 屋 を 出 て。って言うか昴さんは恋人”役”でしょ。」
「ハイ…」
目を開けばそれはもう眩しいこと。
目元を隠そうと手を持ち上げて…その手のひらの小ささに一瞬だけ動きを止める。
『志保…』
「お姉ちゃん⁉︎」
『ごめんね、びっくりさせたでしょ…。昴さんもごめんね…。』
「いや…」
志保の前だからと、とりあえず秀一としてではなく昴さんとして会話を交わして体を起こす。
ずる、と今日着ていた服がずり落ちたのが分かった。
「とりあえず私の服を貸すから、お姉ちゃん着替えられる?」
『ええ。ありがとね。』
幼児化の影響で神崎遥としての変装もすっかり取れてしまったらしい。
鏡の中に映る“自分”の姿にため息を吐いて秀一に目を向けた。
『私、外で幼児化したの? 誰にも見られていない?』
「大丈夫…誰にも見られていませんよ。ホームセンターに行っていた間から我々をつけていた車はありましたが、ここに来る前に撒いておきましたから。」
『そう、ありがとう…。』
そうして服を着替えてみんなの元に戻れば、目線が全く同じ位置にある志保がこちらへと駆け寄ってきてくれた。
「よかった…服、ぴったりね。」
『うん。ピッタリすぎてびっくり。』
なんて話していると、博士の家のインターホンが鳴る。
一斉に玄関へと目を向ければ、どんどんっと誰かが扉を叩いた。
「博士ー! 早くキャンプ行こーぜー!」
「…あっ! そうじゃった、今日は子供達と群馬へキャンプに行く予定じゃったな…!」
「はーやーくー!」
「と、とりあえず皆を中に入れましょうか…。」
そうして子供達をとりあえず中へ入れてあげると、無事に中華料理を食べ切ってこちらにきたらしいコナン君が幼児化した私を見て真っ先にこっちに近づいてきた。
「やっぱり子供の姿に戻っちゃったんですね…黒凪さん。」
『うん…ごめんね。』
「いや、隠し味のお酒は流石に避けようがないし…。」
「…あー! 誰ですか⁉︎ その子!」
あ…しまった、なんて言おう…。
なんて迷っている間に私の前に出てくれたコナン君。
しかし彼自身もなんと言おうか考えている最中なのだろう、どこかたどたどしい。
「この子は…えっと、」
「博士の知り合いですか?」
「なんか、ハーフみたいだなっ!」
「確かにっ! 哀ちゃんにちょっと似てるねー!」
どどど、と近付いてきた子供たちに目を泳がせながら、必死に頭を回転させる。
『あ…明美! えっと、昴の妹…です…。』
なんて、きつい言い訳かな…?
と、コナン君と顔を見合わせると…。
「ホントだ! 昴さんと同じで茶髪だね〜!」
「オレ元太! よろしくな、明美!」
「僕は光彦です!」
「私は歩美!」
子供達は特に疑う様子もなく私を受け入れてくれた。
この子達が子供でよかった…。疑うことを知らない…。
「…って言うか、今日はお前もキャンプに行くから博士の家にいたのか?」
『あ、ううん…えっと、』
「えー! 違うの⁉︎ 一緒に行こうよ!」
「そうですよ! これも何かの縁ということで!」
困ったように秀一を見上げる。
秀一は眉を下げて小さく微笑むと、私の側にしゃがんで声を潜めた。
「俺も同行する。志保の顔を見ている限りお前を1人にはしたくなさそうだからな…行ってやれ。」
秀一の言葉に志保へと目を向ける。
志保は私の体調を気にしているのか、コナン君に話しかけられながらもどこか上の空でこちらをちらちらと見ていた。
『…わ、わかった…。』
私の返答を聞いて秀一が沖矢昴として子供達に向き直る。
「明美も行きたがっているようだから、同行してもいいかな?」
そしてぽん、と頭の上に乗った秀一の手に、はじかれるように「よろしくお願いしますっ」と頭を下げた私。
そうして私はひょんなことからコナン君たちと共に幼児化した状態でキャンプへと向かうことになったのだ。
≪…ゼロ。沖矢昴が黄色のビートルに乗ってどこかへ向かい始めた。乗車しているのは子供ばかりだが…。≫
「了解。神崎遥の姿は?」
≪いや…さっきの追跡を撒かれた後に移動したのか、姿はない。≫
「わかった。偶然を装って接触する…尾行を続けてくれ。」
ヒロとの通話を切り、ヒロと同様に山の方へと向かっていく黄色いビートルの後を追う。
その道中でヒロが撮った、沖矢昴と同乗している子供達の写真へと目を落とした。
「(乗車しているのはお馴染みのコナン君の同級生ばかり…。ん?)」
1人の少女の顔のあたりをズームする。
フードをかぶっていてその顔は見えず…写っているのは赤みがかった長髪だけ。
「(…。この少女、何か気になる…。)」
「――それじゃあ俺と博士はメシ買ってくるから、お前らは薪集めな。」
「はーい!」
「いってらっしゃーい!」
そうして群馬県のキャンプ場に到着した私たち。
私たちはテントを設置する場所を見つけてそうそうに別行動をすることとなった。
コナン君とアガサさんが近くのスーパーへ食料調達に向かい、残された私たち子供は薪集め、秀一はテントの設置をする…という具合に。
「じゃあ僕はテントを建てておくから、何かあったらいつでも呼ぶんだよ?」
「オッケー! 皆行こうぜ!」
「あっ、待ってくださいよ元太君ー!」
『…行こう、哀ちゃん。』
「あ、え、ええ…。」
そうして子供たちだけで草むらに入り、手頃な薪を集めていく中で…私はただただ色々なことに感心していた。
子供目線から見る森も、キャンプ場も…何もかも大人の視線で見るものとはかけ離れている。
全てがとても大きいもののように見えて仕方がない。
『(不思議…。生まれ変わった時も同じようなことを考えていたはずなのに…。)』
「あっちも見に行ってみましょー!」
「あ、ちょっと…。あ、明美ちゃん。行こう?」
そしてたどたどしく私を呼ぶ志保。
なんだかむず痒いけれど…。
ずうっとこんな風に、志保となんでもない子供として接してみたかった。
『(嬉しい…。志保とキャンプなんて、全然したことなかったなあ。)』
どっ、と元太君の背中にぶつかる。
しまった、ぼうっとしていた…と元太君の、と言うより子供達の視線の先へと目を向けた。
そして私は間髪入れず志保の手を掴んで、走り出す。
『逃げるよ!』
「ぁ…、みっ、みんな!」
「うわああ!」
子供達が見ていた先には1人の男が立っていた。
スコップを持って、頭から血を流した女性を土に埋めている最中だった。
ちらりと背後に目を向ける。
男はパニックを起こしているのか、唖然とした表情のまま私たちを全速力で追いかけてきた。
『(あれぐらいの体格差ならどうにかなる? いや、駄目。今はただでさえ子供の姿だし…!)』
「あっ、あそこに小屋があります!」
光彦君の声に弾かれるようにして全員で小屋へと入り、扉を閉めて息を殺した。
小屋の中は昼にも関わらず真っ暗で、さらに何やら鉄臭い。
「ちょっと待ってくださいね、今腕時計型ライトで…」
『ま、待って、多分見ない方がいいーー…』
と言っている間にもライトをつけるつまみを回してしまった光彦君。
そしてライトでしっかりと照らされた赤黒く光る大量の血液の跡と、その上に突き刺さったままの血を帯びた斧に子供達は叫び声を上げ、途端にガタ、扉に誰かが手をかけた音がする。
『…っ』
かくなる上は、差し違えてでも…!
床に深く突き刺さった斧を掴んでギシギシと左右に揺らして抜き取ろうとする。
しかし子供の腕力ではとても…
「…あ、あれっ? 音が止まりましたよ…?」
「俺たちに気づかず帰ったんじゃねーか?」
「ま、待って2人とも! 無闇に扉には近づかない方が…!」
ガチャ、と金属音が響く。
扉は木製でしょ…? どうして金属音が?
ばっと斧から扉へと目を向ければ、扉に南京錠がかけられているのが見える。
「とっ、閉じ込められちまったぞ⁉︎」
「ええっ⁉︎」
閉じ込めた? 何のために…。
そこまで考えて、鼻をつく焼き焦げた灰のような匂いに目を見開く。
「この匂い…」
志保がこちらに目を向ける。
きっと同じことを考えているのだろう。
あの男、私たち子供が小屋に逃げ込んだのを見て、扉に鍵をかけ…火をつけた?
『(この小屋は木製だし、きっと火の周りが早いはず。保って20分から30分。)』
秀一はもう私たちの異変に気づいている?
探してくれている? それとも…。
私は白児の影響でAPTX4869を解毒している状態…大人の姿に戻る方法は時間経過を待つしかない。
この2〜30分以内に元の姿に戻れる保証はどこにもない…。
かくなる上は…
『これ…ここで殺された人の荷物…。』
「お、おいっ、勝手に開けていいのか⁉︎」
『(よし、大人の服はある…。)』
ちらりと志保に目を向ければ、志保も私の視線を受けて小さく頷いた。
志保は毎日もしものためにAPTX4869の解毒剤を持ち歩いている、かくなる上は頼ることになるかもしれない…。
「…。(これは…子供達がつけていたミステリートレインの指輪…。)」
黒凪含む子供達が薪を拾いに行ってから既に30分が経っていると言うのに、なぜ戻ってこないのか。
テントを建て終わり、子供達の元へ向かおうとした時…誰の通報を受けてか、警察がこのキャンプ場にやってきた。
話を聞くと林の中で死体が見つかったそうで、今はボウヤ、それから偶然居合わせた真純が犯人の特定を急いでいる。
「…! (煙…)」
目の端に映った空へと真っ直ぐに伸びる煙。
それを見上げていると側にいたボウヤもつられて顔を上げた。
「…あれ? あの煙は?」
「んん? あぁ、キャンプファイヤーでしょ。何たってここはキャンプ場ですからね。」
ボウヤの問いに答えたのは今回の事件でこのキャンプ場にやってきた群馬県警の刑事。
既に容疑者も集められていることだし、この場は彼らに任せて俺は子供達の捜索に集中するとするか…。
「…ヒロ、そっちはどうだ?」
≪そろそろ犯人は捕まりそうだけど…やはり子供達はまだ戻ってきていない。≫
「そうか…。こっちも子供達を探しているんだが、いかんせん規模の大きなキャンプ場だからな…。」
≪そうか、分かった。…ところでゼロ…≫
うん? と額の汗を手首で拭ってヒロに返答を返す。
≪10分程前から見えているキャンプファイヤーだと思われる煙だが…徐々に大きくなってるように思うんだ。≫
「え?」
空を見上げる。確かに若干大きくなった、か?
≪一応そっちを見に行った方がいいんじゃないか?≫
「…ああ、分かった。行ってみることにするよ。」
黒煙が立ち込め、ついに私たちは呼吸を確保するために地面に伏せり、狭い扉の隙間に頭を近づける体勢を取らざる得なくなっていた。
「…だめ…歩美、もう息が苦しい…」
「しっかりしろ歩美!」
『(もう子供達の体力も限界…それに私の体も元に戻る気配がない。)』
ちらりと志保へと目を向ければ、志保は小さく頷いて被害者のバッグへと近づいていく。
大人用の服を着てから解毒剤を飲むつもりなのだろう。
…背後から迫る熱気が痛くさえ感じる。
もう一刻の猶予もない。
「……離れて…!」
「えっ…」
「だ、誰だ⁉ このねーちゃん…⁉」
『(志保…!)』
途端に、大人の姿に戻った志保が斧を引っこ抜き、扉に向かって振りかぶった。
「…っ」
誰だ、キャンプファイヤーの炎だなんて言ったやつは…!
ヒロの助言通りに煙が立つ方へと足を進めば、開けた場所に立っている小屋が炎上している現場を発見した。
たどり着いたときにはほぼ全焼状態で、その熱気に唖然としつつも周辺の捜索を開始する。
「(まさか子供達がこの中にいるなんてことないだろうな…⁉︎)」
もしも本当に子供たちがこの中にいれば、今頃は…。
――途端にバキッと鈍い音が響いて振り返れば、まだかろうじて焼け残っていた扉に鋭い鉄製の…斧か? が微かに見えた。
それが中にいる何者かにずぼっと引き抜かれ、また扉に突き刺さる。
…誰かが扉を壊そうとしているのか…?
「あ、開きましたよ…!」
「歩美、しっかりしろっ!」
「うぅ…」
「その子は私が抱えるから…!」
そうして扉からフードを深く被った何者かが子供達を小屋の外へと連れ出した。
俺は途端に木の陰に隠れ、その人物の様子を伺う。
誰だ…? 俺がいる角度からは顔が見えない。
「いい⁉︎ 警察が来るまでここで隠れているのよ!」
その人物の声に心臓が跳ねる。
よく似ている…エレーナ先生の声に。
「ちょっと待って! まだ哀ちゃんと明美ちゃんが中にっ…」
「2人は先に外に出して安全なところに寝かせてあるわ…! 意識がなくなってたみたいだから…!」
とりあえず隠れていて! そう言い残して森の中に走って行ったその人物の後を追う。
ついに見つけたか…⁉ シェリー…!
無我夢中だった。ここで逃がすわけにはいかない。可能であれば、今ここで確保を…。
しかし。
『きゃっ』
その人物を追うことに必死だった俺は、足元に蹲っていた子供に気づけておらず、足音に驚いて叫び声を上げた子供にビタッと動きを止めて、足元に目を向ける。
『す、すみません…。そこの火事に巻き込まれて…て』
少女の茶色い瞳が俺の視線と交わった。
その途端に自分の目が丸く、大きく見開かれたのが分かった。
そして口をついて出た言葉は――…名前、は、
「…黒凪…?」
『(レ、レイ君…)』
地面にうずくまる少女の顔に…思考が停止した。
その姿は俺が子供の時に見ていた黒凪そのもので。
ずっと探していた、彼女そのもので…。
≪……ロ、…ゼロ!≫
耳元のイヤホンから聞こえたヒロの声に意識を現実に戻す。
≪子供達が全焼した小屋の傍で見つかった! ゼロも側にいるのか?≫
「あ、あぁ…」
『(! 誰かと話してる…。相手は諸伏君…?)』
≪そこでついに見つけたぞ…シェリーを…!≫
ヒロの言葉に目を見開く。
見つけた? シェリーを? 黒凪の、妹を…?
≪シェリーはどうやら何らかの理由で子供たちと同様に全焼した小屋に閉じ込められていたらしく…中にあった斧で扉を破壊し子供たちもろとも脱出したようだ。…ラッキーなことに、その子供のうち1人が動画を撮っていたんだよ…小屋から脱出したばかりのシェリーの姿を。≫
動画は毛利探偵の元へと送られたそうだ。
あとでパソコンをハッキングして動画を入手しに行こう。
そんなヒロの言葉を聞きながら、ゆっくりと地面に座り込んだままの少女へと目を向ける。
「…君、名前は?」
『え…』
「お兄さんがみんなのところに連れて行ってあげるよ。ご家族は?」
『(どうしよう…。レイ君は小さな頃の私の顔を知ってる…昴と関係があるとバレたら…)』
言い淀む少女に笑顔を向けて少し腰を屈める。
なあ、もしお前が黒凪なら…俺たちを、日本警察を頼ってくれ。
本当に赤井秀一を…FBIを信用できず、シェリーと路頭に迷っているなら。
「――おや? あなたは…。」
聞こえてきた声に少女が振り返り、その表情を凍らせる。
そんな少女の視線を追って俺もそちらへと目を向け…現れた男に目を細めた。
「(沖矢…昴…)」
「ええっと…どちら様でしょうか。」
きょとんとした表情でそう問いかけてきた沖矢昴に、すぐに笑顔を貼り付けて口を開いた。
「…安室透といいます。偶然火事の現場に居合わせて…蹲っているこの少女を見つけて。」
「そうでしたか…。僕は沖矢昴と申します。その子は知り合いが連れてきていた子供達のうちの1人で…ずっと探していたんです。」
あくまで自身とは関係のない子供だと主張するわけか…。
沖矢昴の言葉を受けて少女へと目を向ければ、彼女は一目散に沖矢昴の元へと走って行った。
『す、昴お兄さん! ごめんなさい…迷子になっちゃって…。』
「いいんだよ明美ちゃん。帰ろうか。」
アケミちゃん、か…。
沖矢昴が少女を抱えあげ、こちらに小さく会釈をして歩いていく。
その背中を見送り、先ほどから何度かこちらの様子を伺っていたヒロに向けて無線を飛ばす。
「すまないヒロ…しばらく返答できなくて。」
「いや、いいんだ。…大丈夫か?」
「ああ…」
その場に腰を下ろして息を吐く。
今でも記憶にこびりついて消えない。
やっと自分を理解してくれる人と出会ったのに、突然いなくなってしまったあの日。
バイバイだねと、困ったように言って目の前から消えてしまったあの日の、彼女の表情が…。
「…大丈夫か? 志保は既に解毒剤の効力が切れて子供の姿に戻っている。一足先にお前と一緒に俺が連れ帰る手筈だが…。」
『そう…分かった。私はまだ元に戻れそうにないかなあ…。』
ちらりと目の前にある沖矢昴の顔を見れば「うん?」と秀一の表情でこちらに笑みを向けてくれる。
『子供目線で見ると、貴方本当に大きいわね。』
「それは褒め言葉と取っていいのか?」
『ええ。』
「それはどうも。」
そうして草むらに隠れていた煤だらけになった志保も抱えたままキャンプ場の側で秀一がタクシーを捕まえると、コナン君が小走りにこちらにやってきたのが見えた。
「昴さん! 僕も一緒に帰っていい?」
「ええ…もちろん。」
そうしてタクシーで群馬県の街中まで降りると、次はレンタカーに乗って東京へと向かう。
道中で私が元の姿に戻る可能性があるため、わざわざタクシーからレンタカーに移動手段を変更したのだろう。
それに…秀一の運転なら私たちをつけているバーボンの追跡も撒くことができるだろうし。
「…やっぱりついてきてるね。」
「そうだね。すぐに撒くから、少し待っていてくれるかな。」
コナン君もバーボンの追跡に気づいていたらしい。
秀一がハンドルを切り、路地を経由してうまくやり過ごしていく。
その様子を横目に、助手席に乗る私は体を捻って志保とコナン君が乗る後部座席へと目を向けた。
「灰原、大丈夫か?」
「ええ。…それより本当なの? 円谷君が私の動画を撮っていたって言うのは…。」
「ああ。しかもおっちゃんのメールに転送までしちまってて…。」
志保の不安げな目が私へと向かう。
その視線を受けた私は後部座席にある毛布を引っ張っていつ大人の姿に戻っても良いように自分の体に巻き付けると、志保へと苦笑いを向けた。
『それに、森の中でバーボンと出会ったわ。こんなところまで私たちを追ってきているぐらいだから…きっと確実に目をつけられている。』
その上、動画の中には志保…貴方がつけていたベルツリー急行のリングも映っているだろうし、確実に彼もベルツリー急行に乗ってくるはず。
そう私が言うと、志保は目を伏せて自身がつけているベルツリー急行のリングを見下ろして口を開いた。
「じゃあ…みんなのためにも今回のベルツリー急行には私は乗らない方が良さそうね…。」
「…いや、逆に良い機会かもしれませんよ?」
小さく笑みを浮かべてそう言った秀一…もとい昴に「え?」と志保が顔を上げる。
「組織の総力を挙げて君を探している状態である今…今回のベルツリー急行での直接対決を避けたところで、いずれまたこのような機会に見舞われ、これからもずっと逃げ続けることとなる。」
「そ、それはそうだけど…」
「…話によると、バーボン、それからスコッチは以前君を狙ったベルモットと行動を共にしている可能性が高い…そうだろう? コナン君。」
「あ…うん。あそこまで精密な、火傷を負った赤井さんの変装が出来る人物なんてベルモットしかいないはずだし…」
志保の表情が少し曇る。
以前の事件の際にも目の当たりにしていたから分かる…ベルモットの志保に対する執念深さは筋金入りだ。
彼女ならなんとしてでも志保の殺害に乗り出してくるはず…。
「でも、ベルモットは私が幼児化していることを知っているわ。今回ごまかせたとしても、私がここにいる限り何をしても…」
「ええ。ただ…彼女は何らかの理由で君の幼児化を組織に黙っている必要があるらしい…。今回はそれを逆手に取る。」
「え…」
「いわばベルモットに、君の殺害を完遂したと上司に報告させさえすればいい。」
そうすれば報告の後に彼女が君の生存に気が付いても報告を覆すことはできなくなる。
それはつまり、今までのように表立って君の殺害に乗り出すことが出来なくなるということ。
「ただ…そのためには、志保ちゃん…君がベルツリー急行に乗っているという事実をベルモットに見せる必要がある。」
志保の表情が少しだけ不安を帯びる。きっと怖いのだろう…。ベルモットの前に出るのが。
「…我々を信じて、協力してくれるか?」
バックミラー越しに秀一と志保の視線が交わった。
そして志保の視線は私へ。
「…。お姉ちゃんが、いるなら。」
『…うん。お姉ちゃんが絶対に守るから、頑張りましょう…。』
そして舞台はベルツリー急行へ…
(…え、宮野さんにそっくりな子供を見た?)
(ああ。…本気で彼女だと思ってしまった。)
(…そんなこと、ありえないのに…馬鹿だよな…。)
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