本編【 原作開始時~ / 映画作品 】
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漆黒の特急 プロローグ
――カチ、とパソコンのマウスが音を立てる。
画面に表示されたメールアドレスの受信ボックスには数十件のメッセージが溜まっていて、頬杖をつきながらスクロールしていった。
「 “ plc.miyano ” 、か。」
『ええ…。私が警察官時代に使ってたメールアドレスよ。長らく開いてなかったから…。』
「組織には?」
『これとは別のメールアドレスを教えてあったから大丈夫。』
秀一が机に片手をついて、ギシ、と木がきしむ音が響く。
そして彼の緑色の瞳が、私のスクロールに合わせてかすかに上下した。
「…。サトウ…。」
『ほら、見たことない? 東京での事件の時にたまにいるショートヘアの女性刑事。』
「…あぁ」
『ふふ、その顔はピンと来てないんでしょう。』
何も言わず肩をすくめるだけの秀一に眉を下げて、またスクロールしていく。
新しいメールから徐々に過去のものへと遡っている。
『佐藤さんはね、捜査一課に移動になってからの先輩なの。あの人にはお世話になったなあ…。短い間だけだったけれど。』
「…このマツダは?」
『ああ…彼とは爆弾処理班の時からの同期なの。捜査一課に移動になったのは私の方が少し先だけど、ほとんどそっちでも同期みたいなものね。』
「メールは読まなくていいのか?」
そんな秀一の問いにもスクロールの手は止めない。
『うん。どうせ業務連絡ばかりだし。』
「…このハギワラは?」
『彼も爆弾処理班で一緒だったの。』
「写真が添付されているようだが?」
『なあに? 見たいの?』
小さく頷いた秀一にスクロールの手を止め、彼のためにとメールを開く。
メールには「おかげさまで。」の一言と、添付された写真が1枚。
写真をクリックして開けば…包帯でぐるぐる巻きの左足と左腕を持ち上げて笑顔を見せる萩原君の写真が画面いっぱいに広がった。
『これはねえ…彼、爆発に巻き込まれちゃって。そのせいで結局仕事を辞めざる得ないぐらいのケガを負っちゃって。』
「…おかげさまで、ということはお前もその場に居合わせたのか?」
『ええ。…貴方と出会う前のことだから、知らないのも仕方がないわ。』
あの時は私もただでは済まなくて、火傷と捻挫と打撲を負って…。
結局仕事復帰まで2週間かかったわ。
「ほう…。」
『…あ、懐かしい。このメールは私が警察学校に行ってた時のだわ。』
「…ダテ、か。」
『ええ。これはきっと合コンの後の社交辞令のメールね。』
合コン。その言葉にぴくりと秀一の眉が上がった。
それを横目に「付き合いで行っただけよ。」と言葉を添えておいて、メールを開く。
タイトルは「今日はどうもありがとう。男連中も楽しんでました。」それだけ。
内容もタイトル通り当たり障りのないもの。ただ…
「 “ P.S…降谷と何かあった? 諸伏も気になってるみたいなので、また時間があったら降谷と話してやってくださいね。 ” 」
『…懐かしい。この降谷っていう人はね…。』
言いよどむ。なんといえば良いか。
秀一の目がつい、とこちらに向いた。
その目を見返して…いい機会だと彼に向き直った。
そんな私を見て秀一は少しだけ目を細めると、空いている方の手を背後に伸ばして椅子を引き寄せ、私の前で椅子に腰かける。
「言いづらいことか?」
『少しね…。…というのも、これは私だけの問題じゃなくて…相手の人達のことも危険に晒すことになるから…。』
「…無理に話す必要はない。」
『うん。でも、いつかは話さなきゃいけないって思ってたから。』
すう、と息を吐いて秀一の顔を見上げる。
彼はそんな私を見て小さく微笑んでくれた。
大丈夫。ゆっくりでいい。そう言っているようで肩の力が抜ける。
『…この降谷君と出会ったのは、私がまだ組織に来る前のことなの。』
「…。」
『小学生の頃に出会って…結構仲のいい友達だったの。ハーフとクオーターで似たような境遇だったのもあって。』
でもすぐに組織に両親がヘッドハンティングされて…会えなくなって。
再会したのは貴方も察している通り…警察学校で。
このメールで伊達さんが言っているのは、降谷君がこの合コンに参加してまで私と接触を図っていたにも関わらず結局私がそれを拒否して…彼にはかなりショックを与えちゃったみたいだから。
『この諸伏っていう人は降谷君と随分と仲が良い友達だったから、心配してたんでしょうね。』
「…” 相手を危険に晒す ”、というのは?」
目を伏せる。
ごめんね…レイ君、諸星君。
でも貴方たちが志保の捜索に乗り出すことになった以上…志保の為にも、もう隠し通せない。
『…バーボンなのよ。その降谷君が。』
秀一の目が微かに見開かれた。
『そして諸伏君がスコッチ…』
「…なるほどな。」
そう秀一がため息交じりに言う。
きっと彼が思い浮かべているのは…あの事件。
「…確かお前とスコッチは過去に “裏切り者” を組織に差し出し…ジンの目の前で射殺したことがあったな。」
『ええ。あれは諸伏君の正体を密告しようとした輩を見つけたから上手く話をでっちあげてやったのよ。』
後から分かった話だけど、その射殺した男もどこかの諜報機関からのスパイだったみたいで。
結果オーライってところだけど…随分と危ない橋を渡ったわ。
「…。話は分かった。確かに彼らが志保の確保に動いている今…お前としてもこの事実をこれ以上俺に隠し通すわけにもいかんだろうからな…。」
『…ええ』
「お前の立場を悪くさせないよう、細心の注意を払うことは約束しよう。…ただ、相手の出方次第では…」
『分かってるわ。』
それでもじいっとこちらを見つめてくる秀一に眉を下げて、彼に向かって言う。
『秀一、私は…今となっては貴方が何をしても、絶対に貴方の味方。だから心配しないで。』
「…分かった。」
途端に、ぽんっとメールの受信をパソコンが知らせた。
警察をやめて数年は経っている。一体誰から…?
『…え、伊達さんから…?』
「…。」
メールを開く。
書いてある内容はこうだ。
「宮野さん。このメールを見てもらえることを願って、送らせてもらうよ。
実は1年前…俺は結婚を控えていて、
それに関するメールも宮野さんに送ってあるけど…
連絡がないところをみても、きっとメールは見てもらってないのかな。
実はそのメールを送った数日後、
俺は居眠り運転の車に跳ねられて重傷を負い、
結局結婚の日取りは未定になってしまった。
その後、傷も癒えてからは彼女の意向もあって
今は警察官をやめて一企業の社員として働いている。
今回このメールを送ったのは…
そんな俺が改めて結婚することになったから。
時間があれば、そしてこのメールを見ていれば…ぜひ参加してほしい。
場所や詳しい日取りなどは添付したファイルに書いてあります。
きっと宮野さんなら
俺の結婚なんて関係のないことだってバッサリ言いそうだけど…
実はそうでもないんだ。
あの事故が遭った日…俺は道端に大事なノートを落としてしまって
それを取るために道路に出た。
だけど途端に警察をやめたばかりの宮野さんを偶然見かけて
屈めようとした身体を止めて、そっちに見入った。
そのあとに居眠り運転の車にはねられたんだが…
もしも宮野さんに気づかず身体を屈めていたらモロに
頭に車が接触していて、もしかするとそのまま命を落としていたかもしれない。
だから俺はお門違いかもしれないけど、宮野さんに礼を言いたい。
頼む。もしこのメールを見たなら…
少しでもいいから俺の結婚式に顔を出してくれ!
待ってる! 伊達 」
全文を読み終わってから、私は椅子の背もたれに背中を預けて息を吐く。
熱いメッセージを受けて結婚式会場に顔を出したいのはやまやまだけど…。
組織も私が警察官時代にこの伊達さんと接触があったことは知っているし、彼と再会することで発生するリスクは0ではない。
「…どうするつもりだ?」
『無理、よねえ。』
そう呟いてパソコンを閉じてため息を吐く。
伊達さん。直接貴方を祝福することはできないけど…幸せになってね。
メールをどうもありがとう…。
「…。(返事はナシ。出席者の中にも姿はナシ…か。)」
「貴方が言っていた宮野さん…来ていないの?」
「ん? あぁ…」
携帯を閉じて彼女…今日、この日に正式に自分の妻となるナタリーへと苦笑いを向けた。
まあ、元々ダメもとで送ったメールだ。正直期待はそれほどしていなかった。
松田も萩原も連絡は長らく取れてないって言ってたメールアドレスだったしな…。
「――よう、班長。」
「おぉ~、格好いいじゃん。」
「おっ、松田! それに萩原!」
ひっさしぶりだなお前ら!
なんて声をかければ、車いすに乗った松田と杖を突いた萩原が笑顔を見せる。
ここにいる俺たち3人がすでに警察官をやめて数年…。
やはり別々の職についたりしていたせいで暫く会うことはなかったが、変わらない2人に俺も思わず顔が緩むのが分かった。
「ゼロはまだか?」
「そういや、諸伏ちゃんもまだ見てねーぜ?」
「ああ…あいつらなァ。もしかすると連絡届いてねーかも。」
ええー⁉ と2人が表情を一変させる。
ああ。その気持ちは同感だ。俺だってあの2人は絶対に来てくれるもんだと思ってたし…。
正直ショックはでかい。けどま…。
「し、失礼します…」
「ん? …おおー! 高木!」
「あ、伊達さん…」
照れたようにおずおずと控室へと入ってきた高木。
高木は松田と萩原を見ると「あ゛、すみません! お取込み中…」と言い終わらぬうちに後ずさり、今しがた高木に続いて入ってこようとした佐藤が「ぶっ」とカエルをつぶしたような声を発した。
「ちょっと高木君! 何よ急に⁉」
「わわっ、ス、スミマセン佐藤さん!」
「…ああ? サトウ?」
松田の声に「え?」と佐藤が高木を押しのけて控室を覗き込む。
そして怪訝な顔をして自身を見る車いすに乗る松田を見て…その目を大きく見開いた。
「ま、松田君⁉」
「んだよやっぱり俺の知ってる佐藤か。久々だな。」
「なになに? こんな美人さんが知り合いとかずるいじゃん、陣平ちゃん。」
「うっせ。捜査一課にいた時の同僚だよ。」
そんな風に会話を交わす松田と萩原を交互に見て目を白黒させる佐藤と、佐藤以上に混乱している様子の高木。
警察官の間に出会った縁が交わる様子を前に俺は久々に顔のゆるみを抑えきれなかった。
「…。皆楽しそうだな。ゼロ。」
「あぁ…」
ヒロの言葉に頷いて、もう一度微かに開いている控室の扉の隙間へと目を凝らす。
それでもやはり中の様子は見えないが、中にいる人たちの笑い声でこちらも思わず口元が緩んだ。
「松田も萩原も元気そうだし。」
「ああ。変わってないよな、あいつらも…。」
俺たちは公安部に所属している上、今は組織に潜入している身分…。
非常に残念だが、班長の結婚式にはヒロを含め参加はできない。
「…そろそろ行くぞ、ヒロ。ベルモットに怪しまれる。」
「そうだな…。残念だけど。」
そうして踵を返し、ともに裏口へと向かい、地下に止めてある車の元へと向かう。
その途中で俺の目が…本当に偶然、1台のレンタカーへと向かった。
恐らく警察官としての職業病だろう。この場所へ来た時にはなかった何かや変化にすぐに気づいてしまう。
それはヒロも同じようで…同じようにレンタカーへと目を向けて、そのレンタカーが出口へと向かっていくのを見送って…そして、息を呑んだ。
「…え、ゼロ…今の…」
「ヒロ! 車に乗れ!」
「あ、ああ…!」
車に飛び乗って今しがた出て行ったレンタカーを追う。
一瞬だけ地下駐車場のライトが運転手を照らして、その横顔が見えた。
あれは…。あれは間違いなく。
「(黒凪…!)」
そうして駐車場を急いで出るも、すでにあのレンタカーは視界に入る範囲には居なくて。
やみくもに車を探し始めた俺を隣に乗っているヒロが静かに制止した。
「ダメだ。熱くなるのは分かるけど…やみくもに探しても見つかる可能性は低い。それはゼロも分かってるだろ?」
「…っ。ああ。…悪い。頭に血が上った…。」
ハンドルにうなだれる。
ああ。くそ。どうして俺はいつも惜しいんだ。
どうしていつも…ギリギリで届かない…。
『…危なかった…。すぐに家に戻るから、もう少しそのままでね。秀一。』
「…あぁ」
不機嫌な低い声に思わず眉を下げてちらりと、助手席で身体を屈める秀一へと目を向ける。
『怒らないの。元々私が1人で行くって言っていたのについてきたのは貴方でしょ?』
「…。」
もしものことを考えて素顔でレンタカーを借り、結婚式場へと足を運んでいた私。
ある程度覚悟はしていたけど、ばっちりレイ君と諸伏君と鉢合わせるとは、つくづく私も運がない。
最悪の事態に備えてナンバープレートを偽造していたのが良かった。これでナンバープレートを控えられていてもあの2人は私にはたどり着けない…。
「…それで、気は済んだか?」
『…ええ。さっきはああ言ったけど…ついてきてくれてありがとう。秀一。』
「…ん? んだよゼロのやつ…班長の連絡は無視しやがったくせに俺に連絡してきやがった。」
「え、マジ? …おお、すごいじゃん。今からでもいいからここに呼んでやれば?」
「そうだな…。ん?」
メールを開き、その内容に目を通す俺とハギ。
そして徐にこれから披露宴へと移ろうとしている班長へと目を向ける。
ちょうど班長も俺たちの視線を受けてこちらへ向かってきてくれた。
「どうした? 降谷か諸伏から連絡でも来たか?」
「さすが班長…正解だよ。ただ…」
「ただ?」
「参加希望じゃなく、ゼロが知りたいのはまたしても宮野のことらしい。」
そうして俺の携帯を見せれば、班長がメールに目を通した後に呆れたようにため息を吐いて笑顔を見せた。
「あいつ、本当に変わらねえなあ…。」
「ま、今回はちゃんと結婚式に関する祝いの文も添えてあるし、許してやってくださいよ。班長。」
ハギがいう通り、確かにメールの最初の部分では今日の結婚式に参加したくともできない旨…それから班長の門出を祝う文がある。
…まあ、そのあとの文は俺の言う通り宮野のことについて。だが。
「つっても、どうやって宮野と連絡をとったのかを聞かれてもなあ。俺は彼女が警察官時代に使っていたメールアドレスに連絡しただけだし。」
「ま、そう返しておきますよ。」
「でも急になんでそんな連絡入れてきたんすかね? 降谷ちゃん。」
ゼロに向けてメールを送り、携帯を閉じてハギに目を向ける。
「案外、宮野もゼロもこの場に来てたのかもしれねえぜ?」
「ふむ。お互いお忍びでここに来ていたら、鉢合わせて…まーたあの時みたいに宮野さんが降谷から逃げたのかもな!」
「ははは、笑えねーっすよ班長…。あの合コンの後のゼロなんて、マジで見てらんねーぐらい落ち込んでたし…。」
「ハハハ…あれは忘れられねーよなあ…」
なんて、しばらく会っていないゼロへと思いをはせる俺たち。
何が起こっているか知らねーけど、がんばれよ。ゼロ…。
「…松田曰く、彼女が警察官時代に使っていたメールアドレスに班長が数週間前に結婚の報告を送っていたらしい。ただ、返事はなかったから届いていないものだと思っていた。と。」
「なるほど…そのメールアドレスなら俺とゼロも持ってるけど…確かに彼女が警察官をやめて組織に戻ってからはあのメールアドレスで彼女と連絡を取れた試しがないな。」
「ああ。」
松田からのメールを閉じて携帯をポケットへとしまい込む。
そしてぎし、と運転席の背もたれに体重を預け、息を吐いた。
助手席に乗るヒロはそんな俺を横目で見つつ、考え込むように目を伏せる。
「けど、これで少なくとも彼女がまだ国内にいること…。それから東京にいることはわかったようなものだ。」
「ああ…班長が結婚式を行っていたあのチャペルは東京の一等地で…駐車場付近の道路も入り組んでいるうえ、車線も多く…すぐに駐車場を出て追いかけた俺たちの車を撒くには、この周辺の道路を熟知している必要がある。」
「組織の本部からは遠く、彼女が働いていた警察庁からも少し離れているからここら辺を仕事で使っていた可能性は低いしね…。」
彼女がまだ東京周辺を拠点としているということは…毛利探偵がジンに目をつけられたにも関わらず、何らかの理由でまだ彼の傍にいるということだ。
毛利探偵の元をシェリーとともに離れていたなら…東京にこだわる理由なんてないはずだから。
そんなヒロの言葉に「ああ…」と俺も目を伏せる。
「その上で同じく東京周辺を拠点としている俺たちの包囲網に今まで全くかからずいたことを考えると…やはり黒凪は姿を変えて潜伏している可能性が高い。」
「…。このまま毛利探偵の周辺の人間に当たるのが正解だろうね。ゼロ。」
「ああ。すでに人数は随分と絞られている。赤井がキールに殺されてから毛利探偵に近づいた女は…あの女子高生探偵と毛利探偵のファンだと言っていた…」
「神崎遥…」
俺とヒロの視線が交わった。
きっと俺たち2人が考えていることは同じ。
「…ゼロ。徹底的に彼女を…神崎遥をマークしよう。」
「ああ。…悪いな、ヒロ。俺のわがままに付き合ってもらって。」
「いや、いいんだ。…俺だってゼロの提案に賛成してるし…宮野さんには俺も随分と助けられてるからね…。」
「…ていうか、本当にいいのか~? 勝手に彼…工藤新一君の家に入って。」
「さっきメールしておいたから大丈夫だと思うよ?」
「っていうか、蘭ならメールなんてしなくても入っていーのよ。なんたって未来の嫁なんだから!」
「ちょ、ちょっと園子!」
なんて会話をしながら蘭君、園子君と工藤新一君の家へと向かう。
くくく、今頃彼、焦ってるだろうな~。
なんて考えながらコナン君の顔を思い浮かべる。
それでも言ってみるものだなあ~。工藤新一君のお父さん…工藤優作さんの未解決事件の資料を拝見したいって言ったらこうして学校帰りに連れて行ってくれるんだから。
本当に蘭君はいい子だなあ…。
「…あ、新一からメールだ! …って、なになに…。資料の場所をコナン君に教えて持ってこさせるから、事務所に帰っておけよ…って。」
なんで私にはその資料の場所を教えらんないのよ…。
なんて不機嫌にいう蘭君に苦笑いをこぼす。そう来たか~コナン君。
でも家にはコナン君が以前誘拐された際に、彼の捜索を手伝ってくれたっていう大学院生の沖矢昴さんと、その恋人の神崎遥さんが住んでるんだろ?
だったら別に家の中が汚いってことでもないだろうし…。何か隠してるな?
「じゃあどうするの? 帰る?」
「う、うーん…」
「でも着いちゃったし…どうせなら入ろうぜ?」
と、2人を工藤新一君の家へと誘導する。
「これもいい機会だし、ここに住んでる沖矢昴さんと神崎遥さんに会ってみたいんだ~。ボク。」
「そ、そういうことなら…良いかな?」
「う、うん…。」
そうして扉を開けてみると、玄関にはしっかりとコナン君の靴が。
ただし急いでいたせいか靴は乱雑。ははーん…学校終わりにダッシュで帰ってくるほど隠したい何かがあるのか~?
「…っていうか、沖矢昴さんと言えば、よ!」
「ん?」
「あの人、いつも首を隠すような服ばかり着てるでしょ? あたし、首に何か恥ずかしいタトゥーでも入ってるんじゃないかってニラんでるのよね~。」
「ええ~? …たしかに、昴さんいつもタートルネックかも…?」
ふーん。首を見せたことがない、か。
まさかそのタトゥーを隠してあげるためにコナン君が急いでるとか?
…ないない。
「…そういえば、遥さんもずっとタートルネックかも?」
「ああ、昴さんの彼女でしょ? あたしがここで蘭と一緒に昴さんに初めて会った時は出かけてたのよね~。」
「うん。私はそのあとデパートで会ったのと…コナン君が誘拐された時に会っただけなんだけどね。その時だけ偶然タートルネックだけだったかもなんだけど…。」
うん? 恋人もずっとタートルネック? となると俄然怪しいなあ…。
なんて考えていると、ちょうど傍にある扉の奥からガタ、と音がした。
なーんだ、こんなところにいたのか、コナン君。
扉に手をかけ、開いた。
「コナン君、こんなところにいたのかー…、あ?」
コナン君の目線のあたりに向けていた視線を持ち上げる。
自分よりもずっと大きな背丈で、眼鏡の優しい人だと聞いていた沖矢昴さんは思っていたよりも長身でがっしりしていた。
けど、それだけで驚いたわけじゃない。…この人、ボク知ってる…?
「…あ、昴さん! すみませんお取込み中に…コナン君来てませんか?」
「ん。」
昴さんが加えていた歯ブラシをそのままに自身の左側を指さす。
そちら側にコナン君がいるということだろうけど…なんだ? その仕草も知ってるような…。
「あ、もしかして書斎の方に…?」
こくこくと頷く昴さん。
その仕草を見て、顔から徐に首元へと目を向ける。
「ほら、園子…って、世良さんも行くよー?」
「う、うん…。分かった…。」
タトゥー、ないな…。てか、右利き…。
右手で歯ブラシを持ち、歯磨きを再開させた昴さんを見て扉を閉める。
そうして3人で書斎へと向かえば、図書館みたいな巨大な書斎にこれまた巨大な梯子をひっかけて、その上に立つコナン君と、梯子を支える女の人を見つけた。
「(あ…コナン君を誘拐から助けたあの日、蘭君たちが乗ってた車を運転していた金髪の男と一緒にいた人だ…。)」
「コナン君、遥さーん!」
「(そっか、あの人が沖矢昴さんの彼女の神崎遥さん…。)」
『あ、蘭ちゃん! 結局来たのー? 新一君からメール受け取らなかったー?』
梯子からコナン君を下ろしてこちらに目を向けた遥さんは、黒髪に吊り目の美人だった。
なるほど、あの沖矢昴さんの彼女はこんな人なんだ…。
「メールは受け取ったんですけど、近くまで来たので…!」
「じゃあキッチンの方でお茶でも飲んで待ってたらー? もう資料見つかりそうだしー!」
「そ、そうー? じゃあそうしようかなー?」
『うんうん! っていうか、蘭ちゃんのお友達⁉ 初めましてだねー!』
ぶんぶんと手を振ってこちらに笑顔を向けた遥さんに「初めまして、鈴木園子です!」と頭を下げる園子君。
ボクも「世良真純です…」と名乗って頭を下げれば、遥さんも律儀に頭を下げた。
『初めまして、神崎遥です! 昴ともども、仲良くどーぞ!』
「あ、遥おねーさん、これ持ってくれないー?」
『あ、はいはいー。』
目をかすかに見開く。
あれ? コナン君に呼ばれて、少し右上を見上げたあの感じ…どこかで。
《――あら? 大君。》
一瞬だけフラッシュバックした声に、横顔に。目をまた大きく見開く。
あれ、なんで今あんな昔のことを思い出したんだ…?
「世良さん? 行くよー?」
「! あ、ごめんごめん…」
世良真純
(あの時、兄を偶然見かけたあの日。)
(ギターを教えてくれたお兄さんと、金髪のお兄さんと、そして…)
(兄を、兄の名前ではなく、大、と呼んで…それはそれは嬉しそうに笑っていたお姉さんと。)
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