本編【 原作開始時~ / 映画作品 】
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赤と黒のクラッシュ
「…水無怜奈の身柄は?」
「ここよ。」
FBIによって秘密裏に運び込まれた水無怜奈。
彼女の病室に入った私はベッドの上で目を閉じている彼女の顔を見て懐かしさから目を細めた。
「災難だったな…折角組織の人間を1人捕まえたかと思えば、事故で昏睡状態か。」
先ほどまでジョディさんが持つトランシーバーから音声のみを聞いていた私と秀一でも、彼女とコナン君との会話である程度何があったかは理解している。
完全にこれはアクシデントだが、コナン君の発信機から組織が暗殺計画を企てていることを知り…そのターゲットを追跡していた組織の一人、水無怜奈の捕捉に乗り出したがその最中に事故で彼女は頭を強く打ち、昏睡状態となってしまった。
そのためすぐにFBIが組織の人間から彼女を隠すため、ここ杯戸中央病院へと彼女を移送したのだ。
すでに彼女を移送してから、数日経っている。
「宮野君、この水無怜奈は組織の幹部…キールで間違いないかな?」
そう問いかけてきたのは、ジョディさんや秀一と同じく日本で組織を追っているFBI捜査官、ジェイムズ・ブラックさん。
秀一が私をFBIへ連れて帰ったあの日に私を保護対象として申請し、また組織を追う際の協力者としてくれたのがこの人で、私も感謝している。
『はい。彼女がキールです。会ったのは数回だけど、比較的表に出て活動する幹部なのでよく覚えています。』
「そうか…。」
『彼女の身元は今調べているんでしたか…?』
「ああ。ジョディ君とコナン君がね…。彼女の弟だと言う青年もいるようだし。」
ジョディさんに目を向ければ、彼女がぱち、と片目を閉じてウィンクを見せてくれる。
…そういえば、彼女が幹部になった時のことは何か覚えているかね?
続けて放たれたそんなジェイムズさんの言葉に再び彼女…キールの顔に目を向ける。
『いえ…私が彼女と出会ったのは彼女がコードネームを貰ってからですから…。』
あれは確か私が爆弾処理班から捜査一課に異動したあと…組織が起こした殺害事件の件でその地域一帯に警察が検問を設置した時。
その時にジンの指示でそれらを突破するために私が管轄する検問へやってきたのが、彼女。
「ああそうだ…確か彼女がコードネームを受け取った時は4年前ぐらいだって言っていたわよね? 黒凪さん。」
『え? ええ…』
「秀一が水無怜奈について調べてくれてね…。特に4年ほど前の出来事を。…ね? シュウ」
「あぁ」
短く返答を返した秀一に「ああ、だから最近よく出かけていたんだ…」なんて考える。
ジンに顔を見られ、確実に私の生存がばれたタイミングでもあるのに外に出て何やら調べているから、何を調べているのか疑問ではあったのだ。
「あるホームレスに話を聞いてな…話によると、4年前とある廃ビルで水無怜奈が男を射殺する現場を見たそうだ。」
拳銃の発砲音に音がした方を覗き込んでみれば、血を流して倒れている男と、蹲っている水無怜奈。
そして銃声を聞きつけて駆け付けた銀髪長髪の大柄の男…それからサングラスをした同じく大柄の男が彼女に話を聞くと彼女はこう言った。
「” 男の手首を噛み…銃を奪って射殺した。と。私は何もしゃべっていない。死んだ男のMDを聞けば分かる。”」
『…その死んだ男は?』
「CIAの諜報員…イーサン本堂。この水無怜奈を自身の姉だと言い張る少年の実の父親だ…。」
秀一が1枚の写真を胸ポケットから取り出して、この場にいる全員に見せた。
黒人と日系人のハーフを思わせる、その風貌。
その写真を見た私は微かに目を見開いて、そして水無怜奈…キールへと目を向ける。
『…確かジンは、彼女が組織に潜入していたスパイを見つけ…そのスパイを殺害したから昇格されたと言っていたような気がします。』
ジョディさんとジェイムズさんの視線がぱっと私に向いた。
だけどあの時…あの日、私が管轄していた検問所へやってきた彼女はとても…
《トランクを見せてください。》
《ええ…》
形式上、キールへ私の正体を明かした状態でトランクの中身を確認する。
そこにはばっちりと凶器であるライフルがギターケースに入って乗せられていたが、気に留めるそぶりを見せず彼女に形式上の質問をいくつかしてそのまま解放した。
だけど私を見つめるその両目はどこか怯えていて、でも強い意志のようなものを感じた。
「まあ、これでその水無怜奈を姉だと言い張る彼と彼女は無関係だと証明されたってわけ。だってもしも彼女が本当に彼の姉だというのなら…」
『…彼女は自身の父親を射殺したことになる』
「ええ。あらかた、イーサン本堂に娘のふりをして近付き…殺害した。そんなところかしら。血液型もその彼とは違うものだと判明したようだしね。」
本当に? キール。
あなたは本当にそんなに残酷な人なの?
あの時貴方に初めて会った時、私…。
「――では赤井君、宮野君。しばらく水無怜奈の監視を頼むよ。」
「ええ…」
『分かりました。』
ジェイムズさんが部屋を出るのを見送って椅子に座った秀一を見届け扉へと私も歩いていく。
『自販機で何か買ってくるわ。貴方はコーヒーでいい?』
「あぁ。…黒凪。」
振り返れば、銃創を片手でぷらぷらと振る秀一。
手を伸ばせばその銃創がぽいと投げられ掴み取る。
その一連を見ていた秀一が浮かべた不適な笑みに肩をすくめて病室を出た。
『――何を考えてるところ?』
そんな黒凪の声に意識を現実に戻す。
そして差し出された缶コーヒーを受け取って、目の前で眠る水無怜奈から黒凪へと目を向ける。
組織の人間を見てから彼女を見ると、なんだか昔に戻ったような不思議な感覚になった。
『…なあに、私の顔に何かついてる?』
それでも目の前で微笑む彼女のその表情の優しさに安堵する。
よかった。彼女が組織から抜け出したのは夢ではないらしい…。
「いや…悪い、色々と考えていたものでな…。」
『だから、何を考えてたのよ?』
「…お前と初めて会った時の事を」
初めて俺が彼女に出会ったのは、黒凪が捜査一課に異動したばかりの頃だった。
接触する前に彼女のことを事細かに調べたことも懐かしい。
彼女は俺の言葉に眉を下げて「そうねえ…」と小さく笑みを浮かべた。
『…今でも思うわ。貴方と出会えなかったらどうなっていたのかなって…』
たとえそれが、貴方に仕組まれていただけの出会いだとしても…この出会いはかけがえのないものだった。
そう目を伏せて言う黒凪に目を向ける。
彼女の言うことは最もかもしれない。あの頃の彼女はまさに壊れかけていた。
「お前のことを調べていた時――その経歴に酷く驚いたことを覚えている。」
警察学校の女性の部では主席。
全体の成績を見ても、全体での主席は逃したもののその成績は2番手と言うことで抜群だった。
拳銃の腕、格闘術、学術に至ってもまさにパーフェクト。
それでも主席になれなかったのは、その彼女の同期が類まれなるほどに天才だったと言わざるおえない。
「警察学校を卒業後は爆弾処理班に所属し…人々の命を瀬戸際で守ってきた。」
『…やめてよ。爆弾処理班の仕事は配属されて仕方なく。ただ仕事をしてただけだし…。』
「俺が調べた限り、勤務態度は実に良かったが?」
だから余計に理解できなかった。
お前が組織の人間で…警察官として働きながら、裏で組織を手助けしているスパイだとわかった時は…。
黒凪は何も言わない。言い訳をするつもりはない、と言うことだろう。
だがFBIの誰もが、もちろん俺自身もこれら全てを彼女が望んで行ったことではないと分かっている。
彼女はただ組織に子供の頃から洗脳されていた上…妹という人質を取られていただけ…。
「なあ、聞かせてくれ。」
『うん?』
「俺がお前に接触した時…俺がスパイだと既に勘づいていたのか?」
黒凪が思い返すように右上に視線を向けた。
『…正直、貴方が組織に入りたいと言った時は疑ったわ。でも…』
それでもいいと思ったの。貴方がスパイだったとしても…。
それで組織が壊滅するのなら…志保が解放されるなら。なんでも。
そんな黒凪の言葉に目を伏せる。
「…すまなかった。」
『何が?』
「結局絶好のチャンスをふいにした。…今でも不思議なくらいだ。そんな俺をお前が頼ってくるとは…」
お前なら…俺を頼る必要はなかったはずだ。
お前なら誰の助けも必要なく、志保を連れて逃げるぐらいはできたんじゃないのか。
俺が、FBIが余計なことをしなければ。
「…お前がジンに殺されかけることも」
『貴方のせいじゃない。』
黒凪に目を向ければ、彼女は俺を見て微笑んでいた。
それはそれは愛しいものを見るような、そんな目をして。
『秀一、貴方は私の世界を変えてくれたの。私をあの暗闇から救い上げてくれたのよ。』
「…。」
『私を助けてくれてありがとう。…私を、愛してくれて…』
ありがとう。
じんわりと胸が暖かくなった。そして自然と笑みがこぼれたのが分かる。
徐に黒凪の頭を引き寄せれば、彼女は抵抗することもなくそれを受け入れてくれる。
そんな小さな彼女の行動に、彼女が俺だけに唯一許してくれる、この距離感に…柄にもなく俺は幸せを感じていた。
「…仮眠は?」
『……眠れなくて。』
「はー…」
そんな俺の呆れたようなため息にも無反応で水無怜奈を見つめる黒凪。
この反応の鈍さからも彼女の体力が限界に近付いているのは見て取れる、キールがこの病院にやってきてから丸1日が経った朝。
「いい加減に眠ってこい。ベッドに入れば嫌でも眠れるさ…」
『うん…』
なぜ彼女が眠りたがらないのか、理由は分かっている。
志保がアガサさんと一緒に住んでいる家が米花町…ここ杯戸中央病院はそこから距離もあまりない。
目の前で眠る水無怜奈を探して周辺に潜んでいるであろう組織の人間がいつ現れてもいいように、常に気を張っている――といったところだろう。
とはいっても、こんな状態だと逆に何か起こった時に使い物にならない。
FBI捜査官の男が見張りの交代に、と病室に入ってきて目が合った俺に軽く会釈をした。
「見張りを変わります。どうぞ仮眠を取ってください。」
『…はい。ありがとうございます。』
そう言いつつも眠気覚ましのガムを取り出した黒凪を見て俺は静かに左腕を持ち上げ…そのまままっすぐ黒凪の頭に振り下ろした。
途端に衝撃で気を失った彼女を抱きかかえれば、青い顔をしてこちらを見るFBIの捜査官が「え…?」なんて情けない声を発する。
「悪いな、今日も眠らないつもりなら気絶させてでも眠らせるつもりだったんだ。」
「で、でも大丈夫なんですか、そんなことして…」
その「大丈夫なんですか」は恐らく彼女を眠らせた張本人である俺に向かっていることだろう。
そんな彼に軽く笑みを返しておいて、彼女を抱えて病室を出る。
するとちょうど水無怜奈の病室に向かっていたジョディ、ジェイムズ、そしてコナンが廊下に立っていた。
「あら、黒凪さん仮眠したの?」
「ん? あぁ…まあ、そんなところだ。」
「よかった、ずっと仮眠してないって聞いてて…やっと眠ったんだね。」
「いや?」
コナンにニヒルな笑みを向ければ、彼は「え゛」なんて表情を固めた。
「今眠らせたんだ。」
そしてコナンの首がぎぎぎ、と動いて眠っている黒凪に向かう。
「まさか、ね…ハハハ」なんて言う彼に何も返さず空いている病室へと向かった。
それを見て俺についてくるところを見て、3人が要があるのは俺と黒凪だったらしい。そう考えて個室の部屋を選択し、ベッドに黒凪を寝かせた。
「…で、どうした?」
「ああ、それが…コナン君がこの病院に組織の人間が潜入しているかもしれないって…」
「それは確かなのか?」
ちらりとコナンへと目を向ければ、彼は神妙な顔をして1つ頷いた。
「うん…僕が探している水無怜奈を姉だと言い張ってる…瑛祐兄ちゃんについてここで働くナースのお姉さんに聞いてたら、瑛祐兄ちゃん以外に水無怜奈のことを聞いてきた男がいたって…。」
「そうか…。」
その男の人は最近物販で販売された白いスリッパを使っていたらしいから、最近入院したばかりだっていうことは分かっているけど、それ以外は…。
そう言ったコナンに続けてジョディが徐に口を開いた。
「そこで、私は水無怜奈をほかの病院に移すべきだと思うんだけれど…」
「だが私はここでことを急いては逆に組織に水無怜奈の所在を明らかにするようなものだと考えていてね…。」
ジョディとジェイムズの意見を聞いた俺は暫く沈黙し、ベッドの上で眠る黒凪をちらりと見て口を開いた。
「いいんじゃないですか? このままで…」
「こ、このままで⁉ でも組織の人間が…!」
「わざわざこの病院に病人として潜入し、看護師にカマをかけるぐらいだ。奴らもまだ探りを入れている段階…先にこちらがその男を捉えればいい話です。」
「でもその男に我々がFBIだと気づかれずに調査できるかどうか…それにこの病院の入院患者は50人はいるのよ?」
そんなジョディと俺の会話を聞いていたコナンが「いや、50人よりもずっと少ない人数を調査するだけで大丈夫だと思うよ?」と我々を見上げて言う。
そちらに目を向ければ、
「僕が話を聞いた看護師さんは、瑛祐兄ちゃんが水無怜奈について調べるためにこの病院に来た時、すでにその男に会っていたらしいんだ。瑛祐兄ちゃんは冬休みに入る前にここに来たって蘭ねーちゃんたちに言ってたみたいだから…帝丹高校の冬休みは12月23日から。白いサンダルを新しく売店で販売し始めたのは12月18日だから…」
「…なら、まずは12月18日から12月21日までに入院した人間のみを調べるのが得策、ということか。」
「うん!」
「すぐに院長に該当する患者のリストを作成してもらってくるよ。」
そう言って病室を後にしたジェイムズを見送り「それから気がかりなのが…」と話し始めたジョディへと目を向ける。
「その行方不明の瑛祐って言う男の子よ…。」
「あぁ…」
本堂 瑛祐 (ほんどう えいすけ)、組織に潜入していたCIAの諜報員、イーサン本堂の息子…か。
「FBIとしては、姿をくらましていた方がありがたいがな…。NOCの息子は組織に顔が割れている可能性もある…そんな人間がここらをうろついていれば、組織にとっては重要な判断基準にもなりかねない。」
「ノック…ノン・オフィシャル・カバー…」
そう呟いたコナンにジョディがにこにこと笑顔を浮かべながら足を屈め「やっぱり物知りね。」とコナンに話しかけている。
そんなジョディの言葉に苦笑いを返しつつ、何かを考えているらしいコナンを見て再び黒凪へと目を向けた。
「もしもその瑛祐とかいう、NOCの息子の身を案じているなら諦めた方が良い…。我々も出来る限りのことはするが、どこまで出来るか。」
「とりあえず、組織の人間をあぶり出すための作戦を練りましょう。」
「ああ。」
「…あ、でも黒凪さんは…? 起こさなくていいの?」
そんなコナンの言葉に「ああ、」と頷いて席に座り「折角眠らせたんだからな…」と呟けば、また露骨にコナンの顔がひきつった。
そして彼が憐みの目を向ける黒凪に小さく笑って、彼女の顔にかかった髪をどかしてやる。
「…おはよう。」
そんな赤井さんの声に顔を上げる。
そしてベッドの上で眠っていた黒凪さんが静かに身じろいだのが見えた。
『…どれぐらい私眠っていたの…?』
「丸1日と言ったところだ。無茶をしすぎたらしいな…黒凪。」
起きてすぐに不機嫌な様子を見せず、赤井さんに微笑む黒凪さんを見て意外だと思った。
灰原ならきっと同じことを俺がすれば怒るだろうから…黒凪さんも同じような反応をすると思ったのだ。
『…あら、コナン君。』
「あ…おはよー、黒凪さん。」
こちらに向いた彼女の目にはっと意識を戻して挨拶を返せば、黒凪さんはまだ疲れた様子で小さく微笑んだ。
この様子を見ただけでも彼女がどれだけ気を張っていたのか分かる…赤井さんが無理に眠らせた理由も十分理解できた。
「シュウ、コナン君…、あ、黒凪さん…」
水無怜奈の様子を見に行っていたジョディさんと、坏戸中央病院の院長と話をしていたジェイムズさんが病室へと入ってくる。
最初に入ってきたジョディさんが起き上がった黒凪さんに少し驚いたような顔をする中、ジェイムズさんは「よかった、ちょうど君に聞きたいことがあったんだよ…宮野君。」と笑顔を見せた。
「コナン君と赤井君が、水無怜奈を探してこの病院に潜入しているであろう組織の人間を見つけてくれてね…。君の記憶にある男かどうか、確認したかったんだ。」
『あぁ、そうなんですか…。確認します。』
そうしてジェイムズさんは俺が先ほど特定した組織の人間…楠田陸道の写真を胸ポケットから取り出して黒凪さんへと手渡した。
写真を片手に首を傾けて肩を鳴らした彼女が徐に写真へと目を向ける。
『…いえ、この男…全く覚えがありません。』
「そうか…宮野君が知る人物なら、すぐにでも抑えようかと思っていたんだがね…」
『何か彼をすぐに捕まえられない理由でも?』
「いや、そういうこともないが…まだ数パーセントでも、彼がただの入院患者だという可能性が残っているものだからね。」
捕まえて尋問でもすればいいのでは?
そう言った黒凪さんにジョディさんとジェイムズさんが苦笑いを浮かべたのが分かった。
かくいう俺も、同じような表情を浮かべたと思うが。
「ハハハ…赤井さんと同じこと言うんだね、黒凪さん。」
『え?』
俺の言葉にきょとんとして赤井さんに目を向ける黒凪さん。
赤井さんはそんな視線を受けて肩をすくめて見せた。でもどこか嬉しそうで、彼がどれだけ黒凪さんを好いているのかが分かる。
「では、楠田陸道が尻尾を出すまで彼の監視をする方向で…」
「あぁ。」
ジョディさんの言葉に頷いたジェイムズさん。
ちらりと黒凪さんを見れば、彼女はまだじっと楠田陸道の写真を見ていた。
『…良ければ、私が彼の前に姿を見せましょうか?』
「うん?」
「え?」
「…」
ジェイムズさん、ジョディさん…そして赤井さんが一斉に黒凪さんへとその目を向ける。
黒凪さんは以前として楠田陸道の写真に目を移したまま、続けた。
『必要であれば看護師のふりをしても構いません。ただ…彼が怪しい行動をとった上に私の顔を知っていれば完全な黒だと言えますし…』
そちらの方が組織の人間を見つけるには確実ではありませんか?
そう言った黒凪さんから、俺はゆっくりと赤井さんに目を向けた。
それはジェイムズさんとジョディさんも同じで。
黒凪さんも徐に顔を上げ、赤井さんへとその目を向ける。まるで赤井さんの意見を仰ぐように。
「…個人的にはそんなことをお前にはさせたくないんだがな…」
『それでも貴方も分かってるでしょう? この作戦の確実性が。』
「…。あぁ。」
そんな赤井さんの短い返答を聞いた黒凪さんは小さくため息を吐いて目を閉じ…再びその瞼を持ち上げる。
その瞬間、俺は自分の背中がすうっと冷えたのを感じた。
正直言うと、感じたんだ。俺は…黒凪さんから、ジンと同じ気配を。
きっとこの人は今すぐにでも、今回のこととケリをつけてしまいたいんだ。それはもちろん、灰原の為だけに…。
ことが起こったのはその日の夜のことだった。
私が看護師の服装を着てナースステーションに入れば、すぐに名簿の写真を撮っていた楠田陸道を発見した。
『――ここは患者さんが入っていい場所ではありませんよ。』
「…い、いやあスミマセン…。トイレどこかなって…思っ、て」
不自然に楠田陸道の言葉が止まる。
そして私の顔を凝視するこの男の目がぐらりと揺れ、
「…宮野、黒凪」
そう呟いた瞬間、私はすっと右手を挙げた。
途端にジョディさんが複数のFBI捜査官を引きつれ、拳銃を片手に私の隣に並ぶようにする。
「…FBIよ。両手を頭につけて跪きなさい。早く。」
「…は、はは…。宮野黒凪にFBI…ってことは、ここが水無怜奈の眠る病院ってことか…!」
「早く両手を頭に…!」
「まあそう焦るなよ…。」
ジョディさんが構える銃を前に全く動揺する様子を見せない楠田陸道はゆっくりと自身の両手を首の後ろに持っていき、首のコルセットを取り外した。
途端に首に巻かれているプラスチック爆弾にジョディさんたちが息を飲む中、私はすぐに爆弾につながる導線、そして楠田陸道の手に握られている爆弾のスイッチを交互に見る。
その視線を受けて楠田陸道が一歩大きく私から遠ざかり、片手で爆弾を隠すようにした。
『…その爆弾…偽物でしょう。』
「さて、どうだろうな?」
そんな言葉に構わず私がじりじりと足を伸ばせば、楠田陸道がぐいとこちらにスイッチを向けてくる。
それを見たジョディさんが私の動きを封じるように腕を伸ばし、その腕を見て下がる。
それを見てにやりと笑った楠田陸道が爆弾のスイッチを片手に走り出した。
それを一旦見送り、秀一を探す。こういう時に頼りになるのは彼と…恐らくコナン君だろうから。
やはり姿の見えない2人に目を細め、秀一のシボレーの元へと走っていけば、シボレーに乗って駐車場を出ていこうとする秀一を見つけた。
秀一も私に気づくと助手席の扉を開き「早く来い。」と声をかけてくる。
『…ごめんなさいね、拾って貰って。』
「いや、良い。」
そう短く会話をして乗り込んだ途端に、助手席の足元の気配に「きゃ、」と足を引っ込めれば「ご、ごめんなさい…」とコナン君がひょっこりと顔を出した。
『あらコナン君…。驚いたじゃない。』
そんな風に真顔で言ったであろう私だが、心臓はしっかりとドキドキしている。
ただ今は表情筋に意識を向けられるほど余裕がある状態ではない。
病院から車に乗って逃げ出した楠田陸道を見た秀一が一気にアクセルを踏み、上半身を助手席の足元から出していたコナン君が「わっ」と私のお腹のあたりに勢いのあまり顔を埋める形になった。
「おいボウヤ…人の女に手を出すとはいい度胸だ。」
「ご、ごめんなさーい…」
余談だが、私はナース服を着ているし多分ばっちりコナン君に下着を見られていたことだろう。
この時コナン君は心なしか凄みが増した秀一の表情にわりと本気で怯えていたそうだが、私はそんなことには気づかず前の車に乗る楠田陸道を睨んだ。
「…それにしても、俺達を信用してるんじゃなかったか? ボウヤ。」
「信用してるよ。ただ、念のため携帯を水に沈めておいた…。それだけ。」
そんな風に会話をするコナン君と秀一を横目に慣れた様にシボレーのグローブボックスを開き、中に入っている拳銃を持ち上げ弾倉が装てんされているか確認する。
その様子をちらりと見た秀一の視線を受けつつ拳銃を膝に置いて徐に髪を1つにまとめながら「ごめんね」と助手席の足元から立ち上がることができないらしいコナン君に謝ってから秀一に目を向けた。
『運転代わりましょうか? 別に良いわよそれでも。』
「いや、お前に任せる。その為にお前を乗せたんだ。」
『あら。運転要員じゃなかったのね。』
そんな風に会話を交わしながらもシボレーはどんどん楠田陸道の車へと近づき、ついには横に並んだ。
真夜中だということもあり車が少ないのが幸いしているらしい。
『…コナン君もうしばらくそこに居てね。』
カチャ、と拳銃のスライドを引いて運転手側、秀一の方向に体を向けて左手で体を支え右手の拳銃を運転手側の窓から楠田陸道へと向ければ秀一が窓を開けた。
秀一は自身の前で拳銃を構える私を全く気にする事無く撃ちやすいように同じ速度で走り続けてくれている。
銃を構える私に気が付いた楠田陸道も窓を開き拳銃を持ち上げた。
『(数発で仕留める…)』
目を見開き、楠田陸道が拳銃を撃つ前に発砲すれば、彼の手に命中し「ぐあっ」という声と同時に車が大きく揺れる。
危うくシボレーへと衝突しかけたそれを秀一がハンドルを切って回避すると一旦後ろに距離を取る形で回った。
『…しくじった。』
「手に当てただけ上出来だ。」
『何よ、偉そうに。』
もう1度秀一がシボレーを楠田陸道の車へと接近させ、横に並んだと同時に大きく目を見開き、楠田陸道の肩を目掛ける。
『(利き手は潰した、もう拳銃は撃てな――)』
途端に向けられた銃口に体が膠着する。
楠田陸道の指先がトリガーに回り、それを見ていた秀一が私の頭をぐっと下に押し込んだ。
そのすぐ後に響いた発砲音に振り返れば、シボレーの窓の下あたりに弾丸がめり込んでいた。
『(危ない、油断した…。)』
「…っな、赤井秀一…⁉︎」
どうやら今ので運転席にいるのが秀一だと気づいたらしい楠田陸道の顔色が変わった。
そしてその顔色が苦渋のものに変わると、私に向けられていた拳銃が楠田陸道本人の頭へと向かう。
それを見ていたコナン君も秀一も目を見開き、私も楠田陸道の自害を止めようとその拳銃を構える手を狙った。
…しかし先に鳴り響いた銃声は楠田陸道のもので。
『…チッ』
「え」
拳銃を構えるために伸ばしていた右手を戻し、ちらりとコナン君を見れば…まあ怯えた表情で私を見ていること。
その表情にはっとして楠田陸道の自害を受けて思わず漏れた苛立ちを隠すように拳銃をグローブボックスへと放り入れ、河川敷へと落下していった楠田陸道の車の元へと向かうためひと足先に車を出た秀一の後をコナン君と追う。
「ふむ。見事にこめかみを撃ち抜いてるな。」
楠田陸道の遺体を確認してそう言った秀一に思わず短いため息が出た。
『…困ったわ。…明日にでも来ちゃうわね、彼等。』
「あぁ…。恐らくこの男の連絡が途切れた事に奴等が勘付くと同時にな…。」
私の隣で黙りこくって楠田陸道を眺めるコナン君の頭に手を乗せれば、びくっとその肩を跳ねさせたのが見える。
そしてこちらに向いたコナン君の目を見て眉を下げると秀一が小さく笑みを浮かべて言う。
「くく、さっきのお前を見ていると思い出すぜ…お前に初めて近づいたあの日を。」
そんな秀一の言葉に「ハハハ…」なんて乾いた笑いを漏らすコナン君。
そんな彼が密かにさっきの私を口説きに行ったであろう秀一の度胸に敬意さえ払っていたことは知る由もない。
≪――じゃあ、楠田陸道が組織に連絡を取る前に止めたられたのね? ならよかった…≫
「そういうわけにもいかんぞ、ジョディ。」
ジョディさんに自身の声を届けるために私の携帯へと口元を近づけて秀一が言う。
「もしも楠田陸道が毎日何らかの方法で組織に報告を飛ばしていたらどうなる?」
ジョディさんの息を飲む声が聞こえた。
そう…組織は恐らく楠田陸道からの報告が途切れた途端に坏戸中央病院へと狙いを絞ってやってくるだろう。
まだ正直、心臓は大きく鼓動を繰り返していた。
楠田陸道を仕留め損なう…というと聞こえが物騒だが、まさにそんな感じだった黒凪さんの見せたあの目。
ギラギラと殺気を漏らしたあの目はまさにジンのもので…正直未だあれほど近くであの殺気を感じたことは無かったせいか、まだ心臓が大きく揺れ動いているのが分かる。
「水無怜奈を移動させるべきです! この病院には、組織とは何の関係もない人たちがいるんですよ⁉ こんな危ない目に合わせるわけには…!」
「しかし彼女の移動先も決まっていない中、昏睡状態の人間を連れ動くわけにも…。」
「じゃあ、せめて病院の人間にこのことを言って…」
「いや…、組織の目が光る中、逆に病院になんの動きもなければ病院の人間は我々とは無関係だとアピールできるかもしれません。このことは内密にしておいた方が良いのでは?」
そんな風に議論を重ねるFBIの面々を横目に、椅子に座って考えに耽っている様子の黒凪さん。
黒凪さんの右手はまるで拳銃を扱うように動いていて…そしてその冷たい表情に思わず目を逸らす。
楠田陸道との一件で彼女の何かにスイッチが入ったような、そんな気がしていた。
そしてそれはきっと赤井さんも同じで…。
「…こうなれば奴等を正面から迎え撃つ他ないでしょう。その良い方法を考えなければなりませんがね…。」
そう静かに言った赤井さんがちらりと黒凪さんへと視線を投げた。
そしてそのとめどなく動いている右手をぱし、と掴みとってぐいと引き寄せる。
そこでやっと顔を上げた黒凪さんがはたと赤井さんを見上げて、ジョディさんやジェイムズさんへと視線を向けた。
『あ…ごめんなさい。私何か…?』
「ん、あぁいや…」
「…。少しこいつを連れて屋上に行ってきます。疲れているようなんでね…。」
『え? ちょ、秀一…』
休憩がてら、こいつとも案を練っておきますよ…。組織を迎え撃つ、いい案をね。
そう言って病室を出て行った赤井さんを見送れば、ジョディさんがジェイムズさんに目を向けて口を開いた。
「どう思います、あの2人…」
「と言うと?」
「なんだか2人とも、組織と対峙することを喜んでいるような気がして…。」
「ん、ああ…。まあ、仕方ないだろう。彼らにとって組織はすぐにでも壊滅してしまいたい宿敵…」
赤井君も宮野君の境遇を考えると、早くその敵を討ってやりたいんだろう。
そんなジェイムズさんの言葉に小さく首を傾げて質問を投げかける。
「黒凪さんの…敵? それって、組織の悪い人に殺されかけたっていう?」
「ああ、その話は知ってるのね…。それもあるだろうけど…。」
そう言葉を濁したジョディさんを見てジェイムズさんを見上げれば、彼は神妙な顔でジョディさんの言葉を補足するように続けた。
「宮野君のご両親は元々町医者で、その傍らにとある研究をしていたそうだ。組織にかかわる前は仲の良い普通の家族だったらしい。」
そんな彼女の日常を突如壊したのは組織の人間たちだ。彼女のご両親をとある研究のために雇い、組織の本部へと連れて行ったのち…宮野家は組織にその身柄を拘束され彼女、黒凪さんは…。
「組織からの訓練を受けるようになった。」
「”訓練”?」
「ああ。彼女曰く、主に人を殺す方法を何通りも訓練させられたそうだ。その内容を聞いている限り、並みのスパイや軍人よりも随分とハードなことを熟していたようだ。」
ジェイムズさんの言葉になんとなく黒凪さんに感じた恐怖の正体を理解できたような気がした。
「彼女の境遇を想像するといたたまれないよ。自身の青春をすべて組織に捧げ、高校を卒業してからはすぐに警察学校へと入学させられた。」
「え、警察学校…⁉」
「ああ。彼女を日本警察とのパイプ…もといスパイにするためにね。」
その言葉にがくぜんとした。
もしも黒凪さんがまだ組織の手にいれば、今も日本警察の中に奴らのスパイがいたことになっていただなんて。
「警察学校を卒業後、彼女は爆弾処理班に配属され…その後捜査一課へと配属された。」
警察学校時代の同級生や同僚たちのことを欺きながら、人殺しを手助けしていた彼女の心情は…とても想像できない。
目を伏せて言ったジェイムズさんに俺自身もとても想像できそうにはなかった。どれだけの負荷が彼女1人にかかっていたことか…。
「その上、それだけのことを彼女にしていながらたった1つのミス…赤井君を組織へと招き入れた、たったそれだけのミスで殺されるかけるとは。彼女もやるせなかったことだろう。」
「…え、赤井さんを組織へと招き入れたって、」
「…5年前から2年前までの3年間だけだが、赤井君は組織にFBIのスパイとして潜入していたんだ。まずは警察官として働いている宮野君に接触するところから始め、徐々に頭角を現し…ライと言うコードネームを与えらえられるまでになってね…。」
しかし2年前…ついに幹部の1人、ジンという男との仕事にこぎつけた時だ。
その男さえ押さえればボスまでたどり着けると踏んで我々FBIもその集合場所で待ち伏せをしていたんだ。
しかしその男は姿を現さなかった…。ばれたんだよ。我々の存在が…ちょっとしたミスでね…。
「じゃあ、黒凪さんはその時に…?」
「ううん。黒凪さん曰く、シュウが抜けて2年間は暗殺を仕掛けられたこともあったようだけどうまくかわし続けていたみたい。」
最終的にそうなったように、ジンが出れば早かったんでしょうけど…組織も何故かそれまで手をこまねいていたようでね。
シュウが組織を離れてからは警察官の仕事も辞めていたそうだから、いつ本気で殺されても仕方ないって思っていたみたいだけど…タイミングよく重要な任務の手伝いをすることになったりと、運も味方したみたいだって。
「けど今年、ついにジンが直々に動いた…。」
結局彼女、自分の力だけでそのジンから逃げおおせてFBI…シュウの元まで逃げてきたんだけどね。
シュウ自身もジンが動けばもう駄目だと思ったみたいだけど、流石は組織が育て上げた逸材って言うところかしら。
特に酷い外傷もなく、ひょっこりシュウの元へやってきたみたいだから――。
Kir.
(彼女の形式上の検問を抜けて、最後にアイコンタクトをして別れた。)
(その時私は不思議と…そのジンと瓜二つな冷たく暗い眼差しの奥底に、彼女が誰かに助けを求めているような、そんな何かを感じた。)
(今でもそれは何故だかわからない。だけど…)
(きっと、大切な家族を理由に自分を殺すこととなった境遇を誰かに理解してほしかった…だからそんな妄想を抱いたのかもしれない、と。)
(組織の基地へと向かう道中、そんなことを考えながら運転したことを覚えている…。)