過去編【 子供時代~ / 黒の組織,警察学校組 】
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5年前のあの頃, with SHERRY
「――やあ、志保ちゃん。」
「!」
学校へといく為に乗り込んだ車の運転席に座っていた男のその言葉に宮野志保は微かに目を見開き、顔を上げた。
彼女にとってその男は初めて見る男だった。しかしその男はとても親し気に、私の名前を呼んで、そう声をかけてきた。
「…えっと…?」
「ああ、これは失敬。私はそうだな…ピスコと名乗っておこうか。」
「! (酒の名前…ということは、コードネーム)」
自身よりも随分と長く組織にいる姉、宮野黒凪から組織のことはある程度聞いてある。
幹部たちは酒の名前のコードネームを名乗ることも、そのうちの1つだ。
「こう見えても君のことは子供のころから知っているんだよ。ま、君の物心がついたころから急に忙しくなり中々会いに来れなかったわけだがね。」
「…。」
車が発進し、地下の駐車場から地上へと出る。
バックミラー越しに見えたその優し気な顔に目を細めた。
随分と身なりもいいし、さっき言っていた仕事…表の職業はどこかの重役といったところかしら。
「黒凪ちゃんから話は聞かなかったかな? 彼女とも良く顔を合わせていたんだ。」
「…特には、聞きませんでした。」
「ははは、そうかそうか。ま、今となっては黒凪ちゃんはジンのものだからね…私も迂闊に会えなかったし、仕方がないかな。」
警戒心Maxの私とは裏腹ににこやかにそう続けるピスコという男。
この男、何ていうか、読めなくて気持ち悪い感じ…。
「おっと、いけない。今日は世間話をしに来たわけじゃないんだよ、志保ちゃん…。」
「…え」
「実は君にお願いしたいことがあってね。」
「…お願いしたいこと?」
信号で車が止まり、ぎし、とピスコが助手席の背もたれに腕を乗せ…こちらを振りかえった。
「志保ちゃん、お姉ちゃんの手助けをしたくはないかな?」
「! お姉ちゃんの…?」
「ああ。これはね、お姉ちゃんもできなかったことなんだ。だがIQの高い君ならきっと…彼女が出来なかったことを、成し遂げられる。」
これは君のご両親の悲願でもあったんだよ。
その言葉に微かに肩が跳ねる。
「(両親…)」
両親の記憶は、正直言って皆無に等しい。
顔も声も、どんな人たちだったのかも全く知らない。
お姉ちゃんも、自分から両親のことを私に話そうとしなかった。
「何、とある薬を作ってもらうだけさ。」
「…」
「どうだい志保ちゃん。やってみないかい?」
「(この男が言う “薬” をつくれば…私はお姉ちゃんの元へ行ける?)」
お姉ちゃんの隣に並んで、お姉ちゃんの手助けを出来るのかな。
1人で私のためにと頑張るお姉ちゃんの負担を、少しでも取り除けるのかな――。
小さく頷いて見せれば、ピスコは気持ちが悪いほど優しく穏やかな笑顔をこちらに向けた。
「ありがとう。きっとあの方も喜ぶよ。」
『…志保っ⁉︎』
それは、薬の研究に携わって1ヶ月経った頃だった。
1ヶ月以上お姉ちゃんと会えないことなんてほとんどだったから、急にでも訪ねてきてくれたお姉ちゃんに思わず顔が綻んだ。
「お姉ちゃん…!」
ぱたぱたと共に薬を作っているチームから離れてお姉ちゃんの元へ向かいその顔を見上げれば、お姉ちゃんは顔を青くさせてこちらを見ている。
あれ、どうしてお姉ちゃんこんなに焦ってるのかしら。喜んでくれると思ったのに。
『…これは、どう言うことなの?』
「ああ、これ?」
そういって着ている白衣を見せてみせる。
お母さんとお父さんの研究を受け継ぐことになったの。
そう言えば、お姉ちゃんの顔が酷く歪んだ。
『どうして…』
「あ、それにコードネームも貰ったのよ。」
『…え』
「シェリー、って。」
この時、宮野黒凪は目の前が真っ黒になったのを感じた。
コードネームを与えられたと言うことはつまり、それはつまり…。
この子はもうとっくに、私と同じぐらい…ううん、もしかするとそれ以上に深く、組織に関わってしまった。
「…シェリー」
『!』
その声に、肩が跳ねる。
ジンさえももう、志保をコードネームで…。
振り返り、その深く静かな緑色の瞳を見て…心がぽっきりと折れてしまったのが分かった。
ああ、ダメだ。もう無理かもしれない。
…志保だけは護ろうと、今までやってきたのに。
『(志保の元から離れすぎた…)』
「…。」
「お姉ちゃん…?」
「…シェリー、研究に戻れ。」
ジンが私の腕を掴み、放心する私をラボから引きずるようにして連れ出した。
そして重く厳重なその扉を閉じ、志保の視界から消えたころ、ジンが静かに腕を離す。
『…私、貴方に言ったじゃない。』
「あ?」
『志保さえ絶対に守ってくれるなら、私はなんでもするって。…やってきたじゃない。』
「…」
随分と久しぶりだった。
この組織の中で、ジンの目の前で涙を流すのは。
『やってきたじゃない!! 貴方の言う通りに、人の命を奪って…人を騙して! やってきたじゃない…!!』
「…あの方の命令だ。テメェの事情なんざ考慮に入ってねェよ。」
『っ…!』
睨みつけても、ピクリとも動かないジンの表情に吐き出しようのない感情が、怒りが、行き場を失っていくことが分かった。
頭では分かっている。どんなに文句を言おうと、どんなに泣こうと…志保が組織を楽に抜けられる道は絶たれた。
あの子はすでに組織の中枢に関わってしまった。私ができることといえば、今まで通り…あの子を護ることだけ。
あの子の傍にいるために、組織の人間として生きていくことだけ――。
「…くく」
『?』
ジンの微かな笑い声に再び彼を睨めば、ジンの冷たく暗い瞳がこちらを映す。
「俺は昔からお前の物分かりの良さだけは気に入ってる…」
その大きな手のひらが迫り、頭に乗せられる。
それさえも、拒めない。志保を護るためには。
「せいぜい足掻け。黒凪…」
『っ…』
この時ジンは1人、黒凪と別れたのちに自分の愛車の元へと歩く道すがら…あの方との会話を思い返していた。
――コードネームはベレッタ。与えるタイミングは、任せる。
「(後少しだ…)」
あの女の心を折り、他人の命を奪う罪悪感を失くし…俺の命令を聞くだけの殺戮マシンになるまで。
コードネームを与えるのは、そうなった時だ。
うまくいっていた。何もかもが。
――あの男が、現れるまでは。
『…』
「…大丈夫か?」
宮野黒凪と出会って半年ほど経った頃。
諸星大と名乗り、彼女のビジネスパートナーとして組織に潜入している赤井秀一は、今までで最も機嫌が悪い彼女の様子を見てそう問いかけた。
『貴方には関係のないことだから、大丈夫。…態度に出ていたならごめんなさい。』
「いや、君が感情的なのを見るのは初めてだったから気になっただけさ。君は何も謝ることはない。」
『そう…。ならいいけれど。』
…赤井秀一はこの日を境に変わってしまった彼女から目が離せなくなることを、まだ知らない。
赤井秀一..
(この日を境に、彼女は自身を顧みなくなった。)
(ひどく不安定で、感情を殺して動く彼女から目が離せなくなったのは、いつからだろう。)
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