過去編【 子供時代~ / 黒の組織,警察学校組 】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
5年前のあの頃, with 諸星大
「…おい。」
ダンッと鋭い音を立てて傍の壁へそのヒールを突き刺すばかりの勢いでハイヒールが壁を踏みつける。
もちろんそんなことをされては前に進めなくなるため、私の前へと足を伸ばしたその人物…キャンティへと静かに目を向けた。
『…キャンティ、機嫌が悪いようね。何が原因かしら。』
「あぁ? 喧嘩売ってんのかいアンタ…昨日の任務のことに決まってるだろ。」
その言葉に目を細め、ため息を吐いて腕を組んだ。
『私が連れてきていた新参者に獲物を横取りされたことかしら。ごめんなさいね、彼早撃ちが得意で…つい貴方の獲物まで奪ってしまって。』
チッと舌を撃ち、足を下ろして腕を組み、壁へともたれかかるようにしてキャンティが小さく笑みを浮かべる。
「あんた、あんな男どこで見つけたんだい? …まさかどこぞのスパイを招き入れたんじゃないだろうね。」
『企業秘密よ。』
「あぁ⁉」
『前に使ってた武器商人と同じ。横取りされたくないから。』
そう言ってキャンティの前を通り抜け、振り向かずまっすぐに歩いていく。
背中に突き刺さる彼女からの殺気には気付かぬふりをして。
「(…チッ…! ジンさえいなけりゃ今すぐにでも殺してやるのに…!)」
キャンティは自身の殺気に怯える様子もたじろぐ様子も微塵も見せなかった彼女、宮野黒凪を睨みつけながら、そう内心で毒づいた。
そうだ。ジンが彼女を弟子として、直属の部下として扱っていなければ。
宮野黒凪がジンのものだという組織内での暗黙の了解さえ、なければ――。
「――相手にさえされていないわね。キャンティ。」
「ああ⁉」
その言葉に、声に振り返る。
そしてそこにいた人物にさらに自身の眉間のしわを深め…そのコードネームを呼んだ。
「ベルモット…!」
「Hi.」
「(また嫌な奴に会った…あの方のお気に入り、こいつも宮野黒凪に負けず劣らず気に食わないんだよ…!)」
ベルモットのエメラルドグリーンの瞳が先ほど宮野黒凪が歩いていった方向を映し、その場で煙草に火をつけて口を開いた。
「ねえ知ってる? あの方、ジンにだけすでに宮野黒凪のコードネームを伝えてあるそうよ。」
「はあ? じゃあなんであの女はまだ…」
「ふふ。そんなの決まってるじゃない?」
ふ――…とベルモットが煙草の煙を吐き、にやりと笑った。
「ジンが宮野黒凪を自分のものに留めておきたいからよ。」
幹部は皆、一応立場は同列…もちろんその中でもジンは別格で、われわれに指示を出すことも出来る。
けどね、恐らくジンは彼女を自分だけの腹心として傍に置いておきたがっている。
それをあの方も理解しているから、ジンにだけ彼女のコードネームを伝え、昇給の権限を一任させている…。
「(――ベレッタ。暗にジンのものだと主張しているようなそのコードネームでさえ、ジンは宮野黒凪に与えることを躊躇しているいうことは…)」
またベルモットが煙草の煙を吐く。
「(ジンの手にも負えない程に実力をつけてきている、ということかしら。)」
以前の腕のいい武器商人に続いてキャンティやコルンをしのぐほどのスナイパーを独自のルートで見つけたようだしねえ。
「――!」
車の運転席で煙草をくわえてぼうっとラジオを聞いていたらしいその男は、助手席へと近付いてきた私を見て身を乗り出し、助手席のドアを内側から開いた。
「遅かったじゃないか。何かトラブルか?」
『いいえ。貴方が昨日に横取りした獲物について文句を言われていただけよ。』
「あぁ…」
そう、眉を下げて応えた男…諸星大が煙草を消し、肩の前に落ちていた自身の長髪を背中の方へと流した。
「それはすまなかったな。あまりに時間がかかっていたから何かトラブルかと思っただけだ。」
『…アメリカのギャングでどんな立場だったか知らないけれど、我々組織のスナイパーより腕が上だなんて驚いたわ。昨日の一件できっと貴方の存在は組織に広く知られることになる。』
シートベルトを締め、車内にカチャ、と装着音が響く。
私の言葉に諸星大は何も言わず、その車を発進させた。
…この男と出会って数か月が経った。
警察官でありながら犯罪組織の一員であるということを知られてしまったこともあり、この男の言う通りに組織の仕事を一部斡旋していた。
そしてついに昨晩、私や他の幹部が参加する任務にも連れて行ったところ…標的2人を完璧なタイミングで即死させるという離れ業を披露した。
『…。』
携帯が着信を知らせ、その人物を確認して耳へと押し当てる。
『もしもし?』
≪…俺だ≫
『ええ。どうしたのかしら。』
ジン。組織の幹部であり、私に暗殺術を教え込んだ人。
≪明後日に標的が日本に入国する。…お前が昨晩連れてきた男を貸せ≫
『貸すって、貴方に?』
≪いや…カルバドスだ≫
『(カルバドス…初めて聞く幹部名…。)』
携帯を一旦耳から離し、声を潜めて諸星大へと話しかける。
『ねえ、明後日に仕事が入りそうなんだけれどいいかしら。』
「もちろん。どんな仕事でも金になるならやるさ。」
『OK…。…もしもし、いいって。そのカルバドスの連絡先を寄こしておいて。』
そうして通話を終えると運転しているため前方から目を離さず、諸星大が徐に口を開いた。
「そのカルバドスっていうのはコードネームか?」
『ん?』
「昨日キャンティと呼ばれる人物もいたな。酒の名前で呼び合っているのか?」
『…ええ、そうよ。幹部にだけ与えられるものだから、貴方はコードネームを名乗らなくていいけれどね。』
君のコードネームは?
そう問いかけてきた諸星大へと目を向け、肩をすくめて見せる。
『コードネームがあるように見える? ないわよ。下っ端だから。』
「君が下っ端? それは驚いたな。それこそキャンティと対等に話していたじゃないか。」
『きっと組織にいる年数が私の方が上だからよ。』
この時、諸星大…いや、本名を赤井秀一。
彼は内心、本当に驚いていた。
これほど実力も、実績もある彼女が幹部ではないだと? コードネームも与えられていない…?
その時、彼の脳裏に銀髪の長髪を持つ、以前宮野黒凪と共に車に乗っていたあの男を思い出した。
「…そういえば、君がいつも任務についての連絡を受け取る人物は誰だ? 君に指示を出せるということは、幹部なんだろ?」
『さあね。貴方が我々組織の中枢に入り込みたいというのなら教えてあげてもいいけれど…きっと後悔するわよ。』
彼女の瞳と、視線が交わる。
その、とても静かで闇の深い目に何も言えずにいると、先に目を逸らしたのは彼女の方だった。
『まあ、止めはしないわ。貴方本当に行くところがないようだし…組織に入らなければ生きていけないのなら、それも仕方がないことよね。』
「…、」
結局この時、この話題をこれ以上話すことはなかった。
話す前に先に彼女の住居に到着したためだ。
宮野黒凪を車から降ろし、また明後日の任務に備えるために早急にその場を離れ…そして2日後、指示通りにカルバドスという組織の幹部との任務に向かった。
3日後の朝、ピンポーン、とアパートのチャイムが鳴る。
仕事へ向かう準備をしていたその部屋の主…宮野黒凪は顔をあげ、小首をかしげた。
『(このアパートは同僚にも知らせていないのに…こんな朝から誰? 部屋を間違えた?)』
気配を消して扉へ近づき、ドアスコープを覗き、そこに立っていた人物に目を見開き扉を開いた。
『…どうしたの?』
「本当にすまない、君は今日は仕事だと知ってはいたが…この通りで、」
そう言って彼、諸星大が横腹を抑えていた左手をどけると、そこには銃創がくっきりと見えた。
『とりあえず入って、』
「ああ、」
諸星大を引っ張りこんで中に入れ、玄関に座らせて傷口を改めて覗き込む。
微かに横腹がえぐれている。出血はあるが、それほど深い傷ではないようだった。
『撃たれたの?』
「いや、掠っただけだ。あのカルバドスとかいう男、随分と周到だな。俺以外に数人スナイパーを用意してたよ…」
『…大方、初対面同士での仕事で誰かが貴方を間違えて撃ったと?』
「ああ。マフィア同士の抗争の手助けで、相手にもスナイパーが多くいたからな…。」
それにしたって、こんな状況で放り出すなんて…まあ、組織内では下っ端は使い走りみたいなものだし仕方がないのかもしれないけれど…。
腕時計で時間を確認する。出勤までまだ少し時間がある。
『ここにいて。応急処置をするわ。』
「出来るのか?」
『一応ね。』
この時、玄関に1人残された赤井秀一は目を伏せ、じくじくと痛む横腹へとあまり意識を向けないようにと部屋の中を見渡した。
随分と殺風景で、いつ出て行くことになっても良いようにだろう、大きなボストンバッグが玄関に置かれ、見える範囲内にも最低限のものしか置かれていない。
『このタオルで傷口の血をぬぐえる?』
「分かった」
血をぬぐい、傷口を見せると軽く消毒をして大きなバンドエイドを傷口を張り付ける宮野黒凪。
正直消毒時には思わずうめき声が出るほどの激痛が走ったが、その手際の良さのおかげでそれも数分間の間だけだった。
『これ痛み止め。強い薬だから6時間ごとに飲んで。』
「…、」
『裏ルートで入手したのだから効くわよ。大丈夫、私もよく飲むものだから。』
はい、と水を差しだされとりあえず薬を飲んだ。
そして息を吐くと、宮野黒凪が立ち上がり、リビングへの扉を開く。
リビングとは言ってもこのアパートはワンルームで、それ以外に部屋はないのだが。
『私が帰ってくるまで居て。ここにあるものは好きに使っていいから。…クローゼットの中にある重火器以外は、ね。』
「いいのか? 車に戻って待機でも構わないが…」
『私のものはほとんど組織の本部にあるから問題ないわ。ただ、クローゼットの中身に触ったり少しでも変なことをした跡があれば、対応は変わってくるけどね。』
「…はは、了解。」
そして黒凪はクローゼットを開き、引き出しから大きめのTシャツを取り出してこちらへ持ってきた。
『…うん、サイズは大丈夫そうね。』
「…男物だな」
『ええ。組織の幹部たちはたまにここを拠点にすることもあるから。(アイリッシュが置いていった服を一応洗濯しておいてよかった。)』
早速来ていた服を脱ぎ、タオルで軽く血を拭いて渡されたTシャツを着る。
その間にも黒凪はジャケットを羽織り、鏡で自身の容姿を確認してこちらへ目を向けた。
『じゃあ、大人しくしていてね。諸星君。』
「ああ、恩に着る。」
そうしてバタバタと出て言った黒凪を見送り、ソファに座って改めて部屋を見渡した。
本当に殺風景で、最低限のものしか見当たらない。
部屋の中の捜索をしたいところだが、あれだけすんなり俺を部屋に通したんだ…カメラで様子は筒抜けかもしれない。
何より、あれほど慎重な彼女を前にリスクを負うような行動はとてもできなかった。
そして彼女は、
(アパートに戻ってきた彼女は、特に何を疑うでもなくこちらを見て…)
(薄く笑顔を見せて、こう言った。)
(言いつけを護って大人しくしていたようね。…と。)
.