過去編【 子供時代~ / 黒の組織,警察学校組 】
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5年前のあの頃, with 諸星大
「(――宮野黒凪、か。)」
シボレーC1500の運転席で煙草を口に咥えたまま、口の端から煙を吐く。
とある日の昼下がり、FBI捜査官赤井秀一は愛車の中でじっと1人、自身の母メアリー世良の妹である宮野エレーナ、その夫、宮野厚司、そして2人の長女、宮野黒凪…この3人が映る写真をしばし見つめ、その下にあるもう1枚へと目を向ける。
そこには成長した宮野黒凪が機動隊の制服を着て仕事に従事する様子が映し出されていた。
「…。 (例の組織に両親とともに連れていかれたのは、約14年前。その頃黒凪はわずか7歳。)」
そのまま中学生になるまでは消息不明。
中学、高校は恐らく組織の指示で理数系の私立学校へ通い、卒業後警察学校へ入学。
抜群の成績を収め、機動隊へ。そして今年から捜査一課へと異動した――。
「(まだ若い警察官ながらも、捜査官たちの間では一目置かれる程の実力者。故にあだ名は――ミス・パーフェクト。)」
がさ、と写真が擦れて微かに音が立つ。
――哀れな親戚を、従妹を助けてやろうか。そう思っていただけだった。
組織に囚われる直前に、エレーナが母へ妊娠の報告をしたらしいことは聴いている。
恐らく妹を人質にされて逃げられずにいるのだろう。
助けてやらなければ。…そう思っていた。
「――。」
彼女が、宮野黒凪が車に乗ってよく通るルートは確認済みだ。
ちらりと背後に目を向け、こちらに向かってくる彼女の車を確認して…ギリギリで道路を横切った。
『⁉』
この距離で俺を避けることは難しいだろう。
車が俺の背中に接触し、車に乗り上げて傍に転がって見せる。
『――大丈夫ですか⁉』
予想通り、黒凪はすぐに車から降りてこちらへ駆け寄ってきた。
「すみません、よそ見をしていて…」
『いえ、こちらこそ…立てますか? 救急車を、』
そう言って携帯を取り出した彼女の手を掴む。
途端に彼女の、黒凪の瞳がこちらを映した。
なるほど、底の見えない暗い瞳をしている。
「いや、事情があって救急車は…良ければ病院まで乗せていってはもらえないかな?」
『(事情?)』
黒凪の目がこちらを観察するように俺の全身へと向かう。
そして最後に再びこちらを、俺の目を見て…「分かりました」と言った。
「無理を言って申し訳ない。」
『いえ…良ければ事情というのを聞いても?』
「…見てわかる通り、俺は準日本人ではない。日本に来たのも今回が初めてで…救急車の代金なんてとても、」
『なるほど…もしかして救急車が有料な国の方ですか? 日本では無料なんですよ、救急車。』
それは知らなかったな…。と驚いて見せると黒凪は運転中であることもあり正面を見たまま頷いた。
しかしすでに俺を車に乗せて発進しているわけだし、今更車を止めて救急車を呼ぶことはないだろう。
「…君はハーフか?」
『…いえ、私はクオーターです。』
「そうか。俺も実はクオーターなんだ。イギリス人と日本人の血が混ざっている…。君は?」
『…私も、そうです。』
へえ、偶然だな。そんな俺の言葉に小さく頷くだけの黒凪。
やはり自分の立場もあるし、まだまだこちらを警戒しているのだろう。
病院に着くなり、受付と一言二言話してこちらに戻ってきて手を差し出した。
『保険証はありますか? 日本に旅行にきたのなら、旅行保険だとか…』
「ああ。これが保険証。」
『渡してきますね。』
さりげなく黒凪が俺の保険証を確認する。
その様子を見て目を細めた。
《――赤井君。これが君の新しい身分証明書だ。》
《…名前は…諸星大、ですか。》
《ああ。くれぐれも奴らに本名を知られないように――。》
数か月前に上司であるFBI捜査官、ジェイムズ・ブラックとかわした会話を思い返す。
もちろん先ほど黒凪に渡したものも諸星大のものだ。
『少し待つ必要があるそうです。』
「そうか。…俺の身分証は見たかな?」
『はい?』
「俺の名前さ。」
そうとだけ言って微笑めば、それを見て黒凪が目を逸らし、応える。
『…諸星大さん?』
「そう。…君は?」
『…。私は、宮野黒凪…』
「黒凪か。…いい名前だ。」
よろしく。そう言って手を差し出せば、ゆっくりと彼女の手が俺の手を掴んだ。
冷え切ったその手に目を細め、黒凪の目をまっすぐと見て微笑めば、彼女の瞳がかすかに揺れ動いた。
「――黒凪さん。」
『!』
そして数日後、俺と黒凪は東京駅の前で待ち合わせをしていた。
真面目なのだろう、5分前に到着したにも関わらず彼女はすでにそこにいた。
「来てくれてありがとう。正直来てくれないかと思っていたよ。」
『来ますよ。あの事故の影響で痛む身体に使えるような湿布や痛み止めを探したい、なんて言われてしまったら。』
「はは、それはすまなかった。どうしても君ともう一度会いたかったものでな。」
『…。とりあえず、行きましょう。』
そうして近場のショッピングモールへ入り、中をゆっくりと歩く。
「ところで、黒凪さんは仕事は何を? 俺は個人的に探偵じゃないかと思っているんだが…違ったかな。」
『探偵? どうしてそう思うんです?』
「そうだな…なんとなく自分の情報を明かさないようにしている様に感じるが、そのわりにこちらの情報には興味津々だからかな。」
彼女の目と視線が交わる。
随分と警戒している。さて、本当のことを話すか?
『…。残念。警察官です。』
「おっと、これはこれは…予想外だったな。」
『そうですか? …貴方ならなんとなく気付いているのではと思っていたんですが。』
「それは買いかぶりすぎだな。正直驚いてるよ…君のような綺麗な女性が警察官だなんて。」
恐らくこちらも黒凪の出方を探っていることに感づいたのだろう、下手に嘘をつかずに出たか。
ここまで読めない相手は初めてだ…。こんな形で接触しているばかりでは組織に食い込めそうにないな。
『…貴方のご職業は?』
「生憎今は無職だ。アメリカでの仕事を辞めて日本に来たものでね…。」
『へえ…』
なんとなくわかる。これ以上彼女は自身の間合いに俺に立ち入らせるつもりはないだろう。
このままなんとなく会話を続けても無駄、か。
『…。はい、ありましたよ、湿布。それから痛み止め。』
「ん、ああ。ありがとう。」
『他に買うものはありますか?』
「そうだな…今のところは何も。何か思いだしたらまた君に連絡を取るとするかな。」
そうして彼女に手を振り、あっさりと別れる。
恐らくこれで彼女のこちらへの警戒心も若干薄れればいいのだが。
『(…随分とあっさり引き下がったわね。本当に偶然私の車に接触しただけの一般人? …それとも。)』
調べるべきか? あの男を…。
ざあ、と風が髪を吹き上げる。
そして目を伏せ、踵を返した。
『(いや、やめておこう。本当にアメリカから日本に来たばかりなら、情報を手に入れるための手順を踏むだけでもかなり面倒くさい。)』
まだ2回しか会っていない。労力を割くにはとっかかりが小さすぎる。
ピリリリ、と携帯が着信を知らせ、小さく肩が跳ねた。
『…。(ジン…?)』
建物の陰に移動し、通話ボタンを押す。
≪…俺だ≫
『どうしたの、急ぎ?』
≪ああ。アメリカで仕留める予定だった標的が秘密裏に日本に入国しやがったんでな。急遽お前に白羽の矢が立った。≫
『入国って…いつ?』
今日だ。その言葉にげんなりとする。
まあ、わざわざ電話をかけてくるぐらいだから急なのは分かるが…急すぎる。
≪羽田に夜9時着。空港から出てきたところを殺せ。≫
『でも、秘密裏に日本へ逃げてくるぐらいでしょう。護衛がいるはずよ。』
≪ああ。FBIの連中が張り付いてるだろうな。≫
『それを相手に私1人で行けと?』
≪アイリッシュが中国にいる。お前のサポート役に日本へ向かわせた。2人で殺れ。≫
2人でも厳しいと思うけど…。
そんな言葉は飲み込んで、代わりにため息を一つ。
そして「了解」と伝えればブツッと通話が切られた。相変わらず勝手なことばかりで嫌になる。
とりあえず準備をすべく自宅へ急ぐために東京駅へと戻ることにした。
…その姿を遠目に諸星大が観察していたとも知らずに。
「――よう黒凪。」
『!』
ぽん、というよりはどん、といった具合にアイリッシュの大きな手のひらが宮野黒凪の頭に乗る。
日本時間夜8時30分。羽田空港の近場で標的を待っていた私の元へやってきたアイリッシュを見上げて、視線が交わると肩をすくませて見せた。
そんな私のげんなりとした様子を見て色々と察したのだろう。というか、きっと今回に限っては彼も私と同じ立場なはず。
アイリッシュは笑って言った。
「はっ。相変わらずジンに振り回されてるらしいな。」
『まあね…。慣れたけど。』
「話によると、FBIの連中は5人態勢で標的の警護に当たってるらしい。…日本で銃撃は難しいからな、俺が標的を窒息させる。お前はFBIを標的から引きはがせ。」
『了解…』
マスクをつけて髪を縛り、目深にフードをかぶる。
そんな私に若干目をぱちくりさせて「なんだその重装備?」と問いかけてきたアイリッシュを見上げた。
『あのねえ、これでも私はこの国の警察官なのよ。顔が割れるといけないでしょ。』
「…。それもそうか。ま、上手くやれや。」
また頭に手が乗せられ、重みで若干頭がぐんっと下がる。
相変わらず力加減がおかしいのよ…。
――そうして標的が空港から出てきたところを確認し、秘密裏にどこかへ逃げるつもりであろう彼らが路地に入ったところで…足元に閃光弾を投げた。
「うわあっ⁉」
標的がすっとんきょうな悲鳴を上げ、FBIの面々が拳銃を構える。
そして周辺を見渡す彼らの視線を縫って近付き、手前の男のこめかみを殴り、ノックダウン。
「っ! いたぞ!」
「待て、日本で発砲は出来ない!」
「くっ…」
FBIの面々と視線を合わせ、じりじりと後ろに下がって…一気に走り出す。
それを見て2人のFBI捜査官が私の追跡に名乗りを上げ、こちらに向かってきた。
『(2人標的と残ったわね…。ま、アイリッシュならどうにかするか。)』
「恐らく組織の人間だ、生け捕りにするぞ!」
「ああ!」
そう英語で会話をかわす彼らを振り返り、入り組んだ路地の間を進んでいく。
このまま一目につかないところまで引っ張って、そこで――。
『…⁉』
はっと視線を上げる。
何か事件があったのだろうか、赤いサイレンが微かに見える。
なんでこの先に警察車両があるの…? まずい、FBIに追われているところを見つかったら…
「こっちだ!」
『っ、』
ああもう、どっちに行けば――
途端にバンッと扉が開いたような音がして、手首を掴まれぐんっと引っ張られた。
突然のことで体勢を崩し、されるがままに引き寄せられ…抱きすくめられるような体勢で固定される。
突然のことで一瞬頭が真っ白になった。
『(――え、何? 車に引き込まれた――?) …っ!』
「おっと。」
すぐに自由がきいた左手に拳をつくり、背後にいる何者かへ振り上げた。
しかしその左手も軽く捕まれ、目を見開いてもがく。
それでもがっしりと固定された腕になすすべがなく必死に思考を巡らせていると、車の外でFBI捜査官2名の声が聞こえてきた。
「どこに行った⁉」
「こっちに行ったはずだが…」
「探せ!」
『っ、』
「Shhh…」
耳元でそう囁かれ、肩が跳ねる。
誰? この体格差、確実に男なのは分かるけど――…。
煙草の臭い、…っていうか、この車左ハンドル? 外車?
FBI捜査官が離れていく。その頃にはもがくこともやめて、いつの間にか背後にいる男とともに息をひそめていた。
『(…さて、どうしようか。拳銃は持ってきていないし、最悪このまま殺されても仕方が――)』
「…驚いたよ。追われていたのか?」
『! (この声…)』
ゆっくりと振り返る。
それと同時に雲に隠れていた月がゆっくりとその姿をのぞかせて…背後の男の顔を照らした。
「君が何者か分からんが、顔見知りだったもので思わず助けてしまった。犯罪の片棒を担いでいないことを祈るが…。」
『(諸星、大――…)』
「…うん? 大丈夫か?」
『…貴方、どうして…』
かろうじてそう言った私に微笑み、諸星大が応える。
「車中泊をしていた。宿をとる金がないものでね。…君は?」
『…私、は…』
身に着けていたマスクとフードを下ろされ、ぱさ、と落ちた私の前髪をかき分ける、この男。諸星大。
この人…本当に何者?
彼が腕を緩めなければ、確実に私は動けず…最悪この男に今殺されても仕方がなかった。
「…まあ、応えることはできないだろうな。」
『…、』
「では別の質問だ。…君の職場は、人は雇っているか?」
『…は?』
言っただろう? 金がないんだ。
君がやっていることはどこか危険で…そうだな。犯罪の臭いがする。
つまり金になる、というのがセオリーじゃないか?
まっすぐにこちらの目を見つめる彼女の瞳が、俺の真意を測ろうと必死なのが分かる。
「金になるなら、是非とも一枚かませてくれないか? 君を助けたよしみで。」
『…貴方、何者?』
「…何、アメリカにいたころはギャングに所属していた、ただの男だよ。」
『……。』
――これが、俺と宮野黒凪との出会いだった。
宮野黒凪
(随分と久しぶりに、誰かに死を覚悟させられたように感じた。)
(この人には敵わない。そう思ったのは、今までジンだけだったのに。)
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