過去編【 子供時代~ / 黒の組織,警察学校組 】
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5年前のあの頃, with 捜査一課強行犯捜査三係
「では諸君、紹介しよう。彼女が本日付で捜査一課強行犯に配属になった、宮野黒凪君だ。彼女は去年まで警備部機動隊に所属していたんだ。恐らく…そうだな、佐藤君に伊達君。君達なら聞いたことがあるんじゃないかな? ミス・パーフェクト…それが彼女だよ。」
「え…ええっ⁉」
捜査一課強行犯捜査三係、巡査部長である佐藤美和子。
彼女の声がオフィス内に反響する。
その隣に立っていた、同じく捜査一課強行犯捜査三係所属の警部補、伊達航はその大声に苦笑いを零した。
しかし彼ら以外の刑事たちはそのあだ名を知らないためか、互いに顔を見合わせていた。
「なんだ佐藤…知ってるのか?」
「あ、は、はい…あの最悪の世代と言われた私の1代上の…それこそ伊達さんと同じ代の…!」
「…ああ、確か歴代でもトップの成績を収めたが、問題が絶えなかったあの…」
「あの、って止めてくださいよ先輩…。」
ははは…と困ったように笑顔を見せる伊達さん。
しかしまさにその、”あの” 世代の…!
「ミス・パーフェクトと言えば私の代では有名どころじゃなくて…もはや、伝説…」
そこで初めて彼女と宮野黒凪の視線が交わった。
途端に、その背中に悪寒が走り抜けた。
「(な、何? この人…なんて冷たい目…)」
『…早速悪い印象を与えてしまいましたね。』
その目と同じぐらい、冷たく静かな声。
そして張り付けられたような感情のない、しかしどこか美しいと言わざる得ないような…そんな笑顔を見せて、彼女は言った。
『宮野黒凪と申します。これからどうぞ、よろしくお願いいたします。』
ぱちぱち、とまばらに拍手が上がる。
普段は新しい人間が来ると気さくに対応する先輩たちも、彼女のどこか掴めぬ雰囲気になんといっていいか分からない様子だった。
そんな空気を察してか、目暮警部が私の元へと歩いてきて、背中を叩く。
「で、では宮野君! 君の教育係はこの佐藤巡査部長だ。」
『はい。』
「ええっ⁉」
「宮野君、佐藤君は警部補への昇級試験を目指している優秀な刑事なんだ。では佐藤君、よろしく頼むよ。」
あ、あのでも、私の方が後輩なんですけど⁉ なんで伊達さんじゃないんですか⁉
なんてことを大きな声で言えるはずもなく、ぎぎぎ、と改めてミス・パーフェクト…いや、宮野さんへと目を向ける。
「じゃあえっと…」
「――宮野さん。」
とりあえずと声をかけようとしたとき、私の隣に立っていた伊達さんが宮野さんにそう話しかけた。
その声を受けて顔を上げた宮野さんが微かに、ほんの少しだけその表情を和らげて、答える。
『…伊達君』
「まさか宮野さんがうちに来るなんてな…どういう風の吹き回しだ? 異動を志願したらしいじゃないか。」
『まあね…色々あって。』
そうとだけ答えた宮野さんに眉を下げる伊達さん。
やはり同期だし、私が知らないことも沢山あるのだろう。
と、宮野さんと再び視線が交わる。しまった、見つめすぎた…?
『…。また仕事終わりに話しましょう。私の教育係さんが困っているわ。』
「ん、ああ…。そうだな。悪いな佐藤。」
「あ、い、いえ! …じゃあえっと…早速ですが、今追っている事件の聞き込みに行きましょう…」
『はい。』
車に乗り込み、助手席に座りシートベルトを締めた宮野さんを見て車を発進させる。
実は現在東京都、神奈川県、そして埼玉県で同一犯と見られる爆発事件が3件起こっており、捜査一課はその捜査に乗り出していた。
「これが事件の概要です。」
『ありがとうございます。』
資料を手渡し、しんと静まりかえる車内で紙をめくる音だけが響く。
ああ、話題とか何も浮かばない…。っていうか、ミス・パーフェクトって意外と無口なのね…。
『…爆発物はすべてプラスチック爆弾ですか。』
「え? ああ…ええ。どれも子供が集まりそうな遊具や店頭の人形などに仕掛けられていて…」
『なるほど…。』
被害者の写真と、その子供の写真で宮野さんの手が止まる。
ちらりと資料を見ると、中学生ぐらいの女の子が映っていた。
たしか、5歳の妹を護って負傷した女の子だったかしら。
「…その子が何か?」
『…いえ。(13歳か…志保と同じぐらいね。…妹を護って負傷、か。)』
≪ガガ、東京都と神奈川県の県境付近のサービスエリアで爆発を確認! 現場へ急行せよ! 繰り返す、≫
すぐにシフトレバーを掴み、勢いよく方向を変えて今しがた連絡が入った現場へと向かう。
「――でェ? まだ警視庁から来る刑事サマ方は来ねえのかよ? お偉いさんは違うんだなあ待遇が。」
「よ、横溝さん…またそんなことを言っていると怒られますよ…?」
「んだよ事実だろうがよォ。」
神奈川県警警部補、横溝重悟。
彼は先ほど起こったばかりの爆発現場に一足早く到着し、現場の状況を確認していた。
ここに向かうまでの間に、無線で警視庁から2名ほど現場へ駆けつけてくることは聞いている。
その2名が来てからでないと現場検証が行えないとのことで、彼は苛立ちを募らせていた。
「落ち着けよ重悟。このサービスエリアは東京から向かうなら時間がかかる。私が乗る白バイの様に渋滞の間を縫って行けたら早いがな。」
「っつーか、お前はいつまで現場にいるつもりだ千速…。東京に向かう途中にたまたまここに寄っただけだろ? 東京での用事はどうした。」
「事件に巻き込まれたことを伝えたら、解決の手助けになるかもしれんから残れと言われた。」
「誰に。」
「会う予定だった弟だよ。東京で入院中なんだ。」
彼女は神奈川県警交通部、第三交通機動隊所属の萩原千速。
横溝重吾が話していた通り、偶然事件現場に居合わせた警部補である。
「あー、機動隊に所属してたっていう例の弟か。確か左半身はもう…」
「ああ…あの爆発の影響でもう使い物にならんらしい。…ま、命があるだけマシだがな。」
千速の視線が先ほどの爆発で命を落とした遺体へと向く。
少し離れた場所には遺族となった家族が顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
県境にある影響でまだ救急車も何も到着できていない。
「…爆弾ってのは、随分と簡単に人の命を奪えるんだな…」
「…そうだな。」
「――横溝さん、警視庁からお二方がご到着されました!」
「やあっと来たか…」
腰をあげ、パーキングに赤いマツダ RX-7が止まり、2人の女性警察官がこちらへやってくる様を眺める。
やれやれ。やっと現場検証ができるぜ…。
「すみません…遅れました。警視庁捜査一課強行犯所属の佐藤です。それからこっちが…」
『同じく、宮野です。本日はよろしくお願いします。』
「ああ。俺は神奈川県警の横溝だ。こっちは偶然現場に居合わせた交通部の萩原。」
「萩原だ。よろしく。」
そうして現場検証のため、爆発が起こったサービスエリアの入口付近へ。
爆弾は例に倣い子供が集まりやすいご当地キャラクターの人形の背中に仕掛けられていたらしい。
「うわーん!」
「ママー!」
泣き叫ぶ遺族の声に気持ちを持っていかれないようにと、そちらへ目を向けずに現場をまっすぐに見つめて手袋をはめる。
「爆発物は今までの犯行に使われたものと同じく、プラスチック爆弾だ。今回この爆弾のせいで1名が死亡しちまった。」
「そう、ですか…」
警視庁から来た、佐藤だったか。
若い刑事だ。まだ人が亡くなった現場の場数は少ないのかもしれない。
感情を押し殺すように話す彼女を見て、それから周辺を確認するもう1人の刑事…宮野へと目を向ける。
「何か気になるものでもあるか?」
『…いえ、爆発物は1つだけなのかと思いまして。確認はされたんですか?』
「軽く確認はしてある。ま、今までの事件では現場に爆発物は1つだけ。連続で爆発したことはないから大丈夫だとは思う、が…。」
宮野とかいう警視庁の刑事と視線が交わる。
こいつ…
「(この宮野って奴ぁ…、泣き叫ぶご遺族を前になんて冷え切った目をしてやがる…)」
『…佐藤さん、一応の為周辺の確認をしてもよろしいでしょうか。』
「え?」
『爆発物がないか自分の目で確認したいんです。』
小さく頷いた佐藤を見て1人歩き出した宮野。
その背中を見送り、徐に佐藤へと目を向ける。
「いつもあんな風に単独行動を好むのか? あの刑事は。」
「あ…いえ。というか、今日から配属されたもので、私もまだよく…」
「今日からぁ? ったく…」
『――――…。(微かに電子音がする。)』
呆れて宮野へと目を向ければ、その宮野は突然立ち上がり、パーキングへと走っていくと車から何やら黒い鞄を持って戻ってきた。
そして徐にトイレの傍にある置物の傍でしゃがみ込んだ様子を見て千速がそちらへと歩いていった。
それに続いてそちらへ向かえば、丁度置物の背中の部分を開けた宮野が中を確認し、こちらへと目を向ける。
『爆発物です。下がってください。』
「ばっ、爆発物だと⁉」
「っ、人を非難させてくる!」
「私も…!」
千速と佐藤がサービスエリアの表側へ走っていき、残った俺はどくどくと鼓動を早める心臓を抑えつつも、宮野の傍にしゃがみ込んだ。
「か、解体できるのかあんた…?」
『問題ありません。もともと爆発物処理班所属でしたので。』
「っ、ま、まじかよ…」
『不安であれば離れていただいて大丈夫です。』
表情1つ崩さず爆弾に手を伸ばす宮野にごくりと生唾を飲む。
ど、どうなってんだこいつの心臓は…? 怖くねーのか…⁉
『…このタイプは時限爆弾ではなく、スイッチを起動させて爆発するタイプ…こういったタイプは複数用意している場合が多い。機動隊の爆発物処理班の出動要請を。爆発物探知機が必要です。』
「わ、わかった…」
すぐに警察車両へと戻り、宮野が言った通り機動隊の出動を要請する。
数十分後にはこちらへ到着するとのことだ。
「おい、出動は要請出来たぞ。」
『ありがとうございます。こちらも解体できました。』
「お、おお…」
『他にもないか確認してきます。』
そう言って宮野が立ち上がると、佐藤や宮野と同じように東京からこちらに向かっていたらしい1台の警察車両が止まり、中からガタイの良い男が1人降りてくる。
「警視庁捜査一課強行犯、警部補の伊達です。お久しぶりですね、横溝さん。」
「おお、伊達か…。」
やはり隣の県ということや同じ役職ということもあり時折顔を合わせることもある、警視庁の伊達。
「爆弾が新しく見つかったらしいですね?」
「ああ。ま、とりあえず見つかった分はお前んとこの宮野が解体したよ。…何者だあいつは?」
「ああ…、宮野さんは俺の同期なんです。成績優秀で、今回の移動前にも爆発物処理班として常に前線を走ってた実力者ですよ。」
「ほー…」
「――じゃあ、やっぱり…」
伊達と俺との会話を聞いていたのだろう、人をあらかた避難させたらしい千速が唖然と言った。
そしてその背後に機動隊の緊急車両が止まり、バンッと扉が閉まる音がする。
「お? 班長じゃねーか。」
「ん、おお…お前が出動したんだな。松田。」
千速がゆっくりと振り返り、防護服を着て立つ男――松田と呼ばれたその男へと目を向ける。
そして視線が交わると、松田が「お?」と目を見開く。
「千速じゃねーの。そっか、ここ神奈川だもんな…」
「陣平…」
「ま、話はあとだ。まずは爆発物の処理な。」
「あ、あの…避難完了――…」
そしてすう、と息を吸った松田が声を張り上げる。
「宮野ー! どこだー⁉」
「「「「⁉」」」」
俺、伊達、千速、そして避難完了を伝えにきた佐藤が松田の大声に肩を跳ねさせる。
そして、
『――相変わらず騒がしいわね。松田君。』
そう静かに応えて両手に1つずつ爆発物だったものを持った宮野が姿を見せた。
まさか、この数分の間にもう1つ爆発物を見つけだして解体したのか…?
「てめー急に異動届出しやがってよ…ビビったじゃねーかよ、ああ?」
『それより爆発物よ。この様子じゃまだまだあるような気がするわ。』
そう言って両手にあるプラスチック爆弾の残骸を持ち上げ、それを見た松田が舌を撃ってずんずんとサービスエリアの店の方へと歩いていく。
その後を続く機動隊員たちはまあ見事に宮野の前を通るたびに頭を下げて走っていった。
その様子を見ていても、かなり宮野が尊敬されていた機動隊員だったということが分かる。
伊達が言う “成績優秀” ってのも事実なんだろう。
「…宮野…黒凪か…?」
『?』
千速のその言葉に宮野が振り返り、互いの視線が交わった。
「…私は萩原…萩原千速だ。研二は弟でな…。」
『…え、』
宮野が微かに目を見開き、千速の顔を見つめて――眉を下げた。
『なるほど。だから似ていらっしゃるんですね。』
その言葉を聞いて千速はぐっと口をつぐみ、ずんずんと宮野へと近付いていき…その両手をがっと掴んだ。
そして頭を下げ、
「研二を助けてくれて…ありがとう…!!」
『――…』
そう、言った。
そしてその言葉を受けた宮野は目を伏せ「いえ…本来なら、五体満足で彼を帰還させられるはずでした。」そう、応えた。
その様を見て――俺は柄にもなくこんなことを考えていた。
こいつは本物なのかもしれない。と。ここまで冷静沈着に動けた警察官を俺は今まで何人見ただろうか。
これほど若く優秀な警察官を今まで何人見ただろうか。――と。
数時間後、爆発物処理班がサービスエリアのパーキングへと戻ってきた。
その手には約5つほどの爆発物が握られている。
「合計で5つ爆発物が見つかった。どれもスイッチを起動するタイプのもんだ。…今までこの爆発事件は何件発生したんだった? 班長。」
班長? 松田が言ったその呼び名に困惑していると、伊達が応えるように手帳を開いた。
「今日の分を合わせると合計4件だ。東京都、埼玉県でそれぞれ1件ずつ、神奈川県で今日の分を合わせて合計2件。」
「…その現場すべてで爆発物の検知はやったのか?」
「ああ。爆発物は見つからなかった。だから今回も爆弾は最初の一発だけだと踏んでたんだがな…」
そこで伊達の携帯と俺の携帯がほぼ同時に着信を知らせた。
「はい、伊達です。」
「横溝だ。」
≪先ほど埼玉県内で今回の連続爆発事件の被疑者と見られる男を逮捕したそうです。至急埼玉県警へ向かってください。≫
「了解した。」
通話を切り、伊達へと目を向けると伊達も小さく頷いた。
どうやら同じ内容の電話だったらしい。
「よし、埼玉県警へ向かうぞ。」
「はいっ!」
「千速はここまでだ。東京に行って弟に会ってこい。」
「…分かった。」
そう千速に指示を出し、車に乗り込んでエンジンをかける。
ちらりと窓から外を見ると、千速と松田とかいう機動隊の男が何やら会話をしている。
それを横目に車を発進させ、サービスエリアを後にした。
「ハギの見舞いか?」
「ああ。その途中で事件に巻き込まれてな。」
「そっか。気を付けて行けよ、千速。」
「…待て。」
「あ?」
陣平の手を掴み、引き留めて警視庁の面々と話している宮野へと目を向ける。
「あの捜査官が研二を救った…?」
「ん、…ああ。宮野か。そうだよ。あいつがハギと同じ現場にいて、あいつを爆弾から遠ざけたんだ。」
「…そう、か。…研二が話していた通り、随分と優秀なようだな。」
「まあな。何考えってっか分かんねー奴だけど。」
そう、だな。
そう言って手を放し、ざあ、と吹いた風になびく髪を抑える。
そして研二の言葉を今一度思いだしていた。
《マジであの子がいなかったら俺死んでたと思うわ。完全に油断してたし。…だからさ、姉ちゃん。俺はもう多分無理だろうけど…どこかしらで宮野ちゃんと会うことがあれば、守ってやってくんね? 俺に免じてさ。》
「(…何から守れというのか正直分からんが――…お前を助けてくれたんだ。守ってやるさ。)」
「――じゃあ佐藤、埼玉県警で落ち合うぞ。宮野さんは爆弾について詳しく聞きたい…俺と来てくれるか?」
「分かりました!」
『ええ。』
宮野さんが助手席に乗ったのを確認して、エンジンをかけ車を発進させる。
さて、このまま静岡県警までまっすぐ向かっても少し時間はかかる。
ここで抱えていた疑問でもぶつけるとするか。
そう伊達航は考え、徐に口を開いた。
「…宮野さん、色々と大丈夫か?」
『…。』
視界の端で小さく微笑んだ宮野さんを見て、正面に集中する。
『伊達君、ご心配どうも。でも本当に何でもないの。』
「…そっか。…萩原の見舞いは行った? 宮野さんが来ないって寂しそうにしてたけど。」
『…ああ、それがね。もし伊達君がまた萩原君のお見舞いに行くなら彼に伝えてほしいことがあるの。』
ふたたびちらりと宮野さんへと目を向ける。
彼女は窓から外を眺めていた。
『――警察官を辞めてしまった萩原君とはもう会えないって。』
「! …それは、なんで?」
『なんでも。』
「なんでもって、」
サイドミラー越しに見えた彼女の表情に思わず口をつぐんだ。
――それは、彼女の意志ではない。そう思った。
降谷が言っていた…とある犯罪組織から萩原を護るため、か?
同僚としてならば構わないが…その域を出てしまうと、奴等に目を付けられるのか…?
「…分かった。言っておく。」
『ありがとう。…伊達君は話が早くて助かるわ。』
松田君だとこうは行かないだろうから。
そう言った宮野さんに眉を下げる。
いや、きっと松田でも俺と同じ対応を取っていたはずだ。
萩原、松田、降谷、諸伏…そして俺の5人なら、きっと同じ対応を取っていた。
君の事情を秘密裏に共有し、共に見守っていくことを約束したから。
「宮野さん、これだけ言っておく。」
『?』
「君は一人じゃない。それだけ、分かっていてほしい。」
そんな伊達からの言葉を受けて、宮野黒凪は顔を伏せ、膝の上にある自分の両手へと目を落とした。
ああ、この人は…。この人たちは。
警察学校で同期だった5人の顔が脳裏に浮かぶ。
『(ありがとう。本当に。…だからこそ、)』
だからこそ貴方たちを巻き込みたくはないのよ。伊達君。
分かっているわ、貴方たちなら助けを求めれば確実に私のもとへやってきてくれること。
貴方たちなら、全力で私を助けてくれること。…でもね、
貴方たちだけでは勝てないの――。
「おお! 来たか!」
「っ…、声でけーよ兄貴…」
埼玉県警本部。
神奈川と東京の県境からやってきた面々を迎えたのは埼玉県警の警部補である横溝参悟。神奈川県警警部補の横溝重悟の双子の兄である。
「初めまして、警視庁の佐藤です。」
『宮野です。』
「伊達です。」
「おー! 遠路はるばるどうも! ささっ、中へ!」
むすっとした顔をして廊下を進む重悟さんの隣に並び「顔は似てますね。」と声をかけると、「よく言われる…」と返答が返ってくる。
そんな重悟さんを横目に見つつ、その奥を歩く宮野さんへと目を向ける。
これから何年彼女がうちの一課に留まってくれるか分からんが…ここからは俺が彼女を見守っていかないといけない。
そう今一度心に決めたところで取り調べ室が見えるマジックミラーがある部屋へと入り、取調室へと目を向ける。
「ーいつまで黙っているつもりだ? いい加減に爆弾の場所を吐け。」
「…。」
「…あんな風にずっと黙ってるのか?」
「ああ…身分証も何も持っていなくてな。うちの警察官が不審な動きを繰り返す被疑者を確保し、カバンの中のプラスチック爆弾を確認して突きつけてもあの通りだんまりなんだ。」
そう話す横溝さんたちの会話を聞きつつも取調室を見ていると、くく、と犯人の笑い声がかすかに聞こえた。
途端にその発言を聞き逃さぬようにと部屋がしんと静まりかえる。
そして、
「…On the first floor of the biggest shopping mall in this town. It’ll explode in 30min. Just one bom in there…so hurry up. (この町で最も大きなショッピングセンターの1階だよ。爆発まで30分…爆弾は1つだけだ。急ぐんだな。)」
「…あぁ⁉︎ 日本人だろあいつ⁉︎」
「くっ、まずい、誰か英語が分かる捜査官を…」
「それより日本語でさっきの言葉を言わせりゃあ…」
いえ、中国訛りの英語でした。おそらく日本語は話せないはず。
そう冷静に言った宮野さんにはっとする。
そうだ、昔コンビニで強盗に襲われた時も確か宮野さん、英語話してた…!
『爆弾はこの町で最も大きなショッピングセンターの1階にあるそうです。心当たりは?』
「最も大きなショッピングセンター…埼玉モールだ! 急ごう!」
『爆発まで30分です。解体するしかない。私を連れて行ってください。』
そうして埼玉県警の横溝参悟さんの運転でショッピングセンターへ向かい、同じくしてやってきた捜査員たち全員で1階を捜索する。
そんな中、宮野さんが足を止めて非常階段へと目を向けた。
「宮野さん?」
『…。一応2階にも何人か人員を割けるかしら。』
「え? でも犯人は1階だって…」
『彼の英語は中国訛りでどこで英語を覚えたのかまでは分からなかったわ。でも万が一彼が話す英語がイギリス英語なら、first floor は2階と言う意味になる。』
突然ことで一瞬頭が真っ白になったが、時間がない。
宮野さんの手を掴んで非常階段の扉を開いた。
「とりあえず俺たちだけで2階を捜索しよう! 1階で爆弾が見つからなければ2階に来て貰えばいい!」
階段を上がり、2階へと足を踏み入れる。
途端に視界に入ったのは、
《お菓子〜美味しいお菓子〜》
「ねえ、あれ何のイベントの?」
「さあ…知らない…」
子供に人気なキャラクターの等身大パネル。
その足元にはお菓子が入った箱が置かれている。
しかも従業員たちはなぜあるのか分からないときた。
「まさか…」
『…伊達君、皆を避難させて。あのパネルの後ろ、何かある。』
「っ! …皆さん、警察です! 不審物を確認しました、直ちに離れてください!」
悲鳴を上げながらこちらへ傾れ込んでくる人々の間を1人反対方向へ進み、爆発物へ手を伸ばす宮野さん。
「大丈夫かい⁉︎」
「爆弾は1階にあるんじゃなかったのか⁉︎」
騒ぎを聞きつけた横溝さんたちがやってくる。
その後ろに続いてやってきた佐藤は、爆弾の解体に取り掛かる宮野さんを見ると「…そうか!」と大きく目を見開いた。
「イギリス英語では1階は ground floor …2階が、first floor!」
「はぁっ⁉︎ ファーストって1つ目って意味じゃないのかよ⁉」
「とにかく、イギリス英語では違うんです!」
「んなの、分かるかよ…⁉」
「この数分でそこまで考慮したって言うのか、彼女は…⁉︎」
そして参悟警部補が時計を確認して「おおお…」と顔を青くさせる。
「爆発まであと5分…彼女がいなければ今頃…うう、想像するだけで…!」
『――終わりました。』
そう言って片手を上げた彼女に「おおお…!」と捜査官たちの中で拍手が上がる。
後の犯人の供述によると、自白することで罪を軽くすると共に、わざとわかりにくく爆弾の位置を伝えて捜査を撹乱してやろうと目論んでいたということだった。
アジア人の見た目、かつ自白まで無言を貫いた上身分証を持たないと言う徹底ぶりで、まさに宮野さんがいなければ大惨事は免れなかっただろう…と言うことだ。
「…早速功績を上げたらしいな。」
『まあ、運良くね…。』
その煙草の香りに思わず顔をしかめたくなるのを必死に耐える。
そして中学校から出てきた志保がジンのポルシェの助手席に乗る私を見つけてぱあっと顔を明るくさせた。
「お姉ちゃん、珍しいわねジンとお迎えなんて…!」
ポルシェの後部座席に乗り込み、そう話しかけてきた志保へと精一杯の笑顔を向ける。
『今日は早く仕事が終わったの。志保は学校どうだった?』
「楽しかったわ。…でも私の髪を見ていじめてくる人が何人かいるの。それぐらい…。」
『…。そう…』
志保の言葉を聞いて、レイ君を思い返す。
彼も同じ理由でよく同級生と喧嘩していたっけ。
「でもいいの。お姉ちゃんと同じ茶髪だもん。」
『…もし持ち物を隠されたり、壊されたりしたら言ってね。お姉ちゃんが対処してあげるから。』
「うん!」
そしてポルシェの中から流れゆく東京の景色を見つめる。
「黒凪」
振り返らずとも用事は大体決まっている。
吸っている煙草の処理だろう。
ジンの口元にある煙草を取り上げて火元を灰皿に押し付け、グローブボックスから新しい煙草を取り出す。
――この時、私もジンも気づいていなかった。
志保の通っていた中学校からアジトまでいつも通るこの道の端の歩道でこちらを見ている人物がいたことなど。
赤井秀一
(とある犯罪組織に囚われているという、哀れな親戚を見ておこうと思っただけだった。)
(その姿を初めて見た時、なるほど。やはりよく似ている。)
(そう、自身の母とその妹が映る写真を見て…率直に思った。)
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