本編【 原作開始時~ / 映画作品 】
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黒の組織と真っ向勝負 満月の夜の二元ミステリー
「ごっ、ごめんなさいっ」
と、目の前で…とはいっても暗い視界の中だが。で必死に謝る女子高生…そしてこの世界のヒロイン、毛利蘭ちゃんに目を向ける。
焦って引き込んじゃって…どうしよう…!
そんな風に話す蘭ちゃんに頭を抱えたくなった。途端に私の携帯がメールの受信を知らせ、そのメッセージを開く。…ジョディさんからだった。
「ベルモットが灰原哀という子を連れ出そうとしていることがわかったから、すぐに私が彼女を先に保護しに向かうわ。合流出来そうなら途中で落ち合いましょう。」
そんなメッセージに「はい、待ち合わせの時間に間に合わなくてすみません。」と返しておく。
『さて…。』
「う、は、はい…」
『道を歩いていた私をこんなところ…”トランク” に引き込むなんて、どうしたの? あなたコナン君と歩いていた子よね?』
少し説教じみた口調でそう問いかけると、蘭ちゃんが本当に申し訳なさそうにおずおずとわけを話しはじめた。
「じ、実は今日この車の持ち主の人の送別会だったんです…。そうしたらその人の家でコナン君の写真や、コナン君の友達の写真を見つけてしまって…。」
『うんうん…』
「私、実は探偵の娘なんです。…放っておけなくて…」
『そこでその人物を問い詰めようと探していたら、偶然トランクが開いていたから咄嗟に乗り込もうとした、と。』
そうしたらそんな怪しい現場を私に見られたから、思わず引き込んだと。
そう言えば、「ハイ…」と蘭ちゃんがさらに縮こまった。
「本当にごめんなさい…なんの関係もない人を巻き込んじゃって…。私、警察にちゃんとわけを話しますから! お姉さんは何も悪くないって…!」
『いいのよ、それに…あながち無関係でもないの。』
「えっ…?」
と、言いつつ私の頭はものすごい勢いでフル回転していた。
どう説明をすれば今後動きやすくなるだろうか。今後物語がどのように動くのか…私は知らない。
『まずね、この車の主…ジョディは私の同僚なの。』
「えっ…、ええ⁉ そうなんですか⁉ じゃあ私もしかしてっ…」
『ええ…今日はこの車の傍で待ち合わせをしていたのよ。』
蘭ちゃんが顔を青ざめる。
彼女からすれば、私とジョディさんの仕事の邪魔をした、と理解したためだろう。
「ご、ごごごごめんなさい…私もしかしてお仕事の邪魔を…? あれ、でもジョディ先生は英語教師を辞めてアメリカに帰るって…」
『うん、その仕事なんだけどね…。彼女はFBI捜査官で、今は日本で巻き込まれたとある事件を自主的に追っているの。そのために貴方の学校にも潜入していたのよ。』
「えええっ⁉」
『…あの、もう少し声を抑えて。ジョディも驚いてしまうから…』
「あ、はっ、はいっ」
声を潜めた蘭ちゃんに笑顔を見せて続ける。
『とにかく、今ジョディは仕事中なの。この車が止まれば、私は外に出るけれど…貴方はトランクの中でおとなしくしていること。いいわね?』
「わ、わかりました…」
『…。ちなみに、貴方名前は?』
「あ、も、毛利蘭です…」
蘭ちゃん…。そう。かわいい名前ね。
そう言って微笑めば、やっと彼女の緊張が少し解けたらしい。その表情が少し和らいだ。
「お姉さんは…?」
『私は…黒凪。フルネームはまたこの事件が終わった後に教えるから。』
「はっ、そうですよね…! 今はお仕事中ですしね…!」
と、そんなことを真剣に言う純粋な蘭ちゃんに思わず笑みがこぼれる。
なるほど、コナン君が好きになるのもわかる…この子、すごくいい子だわ。
「…それにしても、ずっと走ってますね…。」
『そうね。きっと事件の犯人を追いかけてるんだと思うわ。』
そんな風に言いながらどうにかポケットからイヤホンを取り出し、耳にはめる。
一応のため、ジョディさん、秀一、そして私が持つこの小型トランシーバーは今もつながっていて、お互いの状況が分かるようになっている。
とはいっても現在ジョディさんのマイクのみがオンになっている状態ではあるのだが。
また携帯が少し光り、メールの受信を知らせる。
≪ “ ジョディと合流したか? ” ≫
『 “ 合流は出来なかったけど、独自のルートで合流中。 ” 』
あながち間違いではないし、今の状況を事細かく説明して混乱させるよりはいい…。
メールを送信して、FBIから支給された拳銃の位置を確認する。
途端に車がぐるんっと回転して急ブレーキをかけた。
「きゃっ…」
『っと、』
転がってきた蘭ちゃんを受け止めてどうにか衝撃に耐える。
目的に着いたらしい…。念のためいつでも飛び出せるようにパーカーのフードをかぶっておこう。
≪ まず私たちFBIは米国の大女優である貴方が素顔で新出医院に通う姿を見つけた。
そうしてすぐに貴方の目的をあぶり出そうとした。…案外すぐにその目的に目星はついたわ。
貴方が新出医師を殺して彼に成り代わろうとしている――とね。
そうしたら案の定。貴方は彼を殺そうとした。
…気づいた? 私たちFBIが彼の死を偽装して彼を貴方から秘密裏に助け出していたことに。≫
≪…あぁ、あの事故はFBIの仕業だったの。≫
ジョディさんのマイクからかすかに聞こえた声に背中がすうっと冷えた。
彼女の声を直接聞くのはいつぶりだろうか…随分と前になる。
秀一が組織を抜けてからはほとんど幹部と会うことはなくなったし…何より彼女は私を随分と嫌っていたから…。
≪ 新出医院にある貴方の部屋を調べたら一目瞭然だったわ。
ダーツの矢で串刺しされた上に顔に大きなバツ印を書かれた、赤み掛かった茶髪の女性の写真…。
あれは貴方たちが数か月前に始末した――…宮野黒凪の親族ね? ≫
≪…そうね、ライの情報からその結論には容易にFBIならたどりつけるでしょう。≫
焦った様子なんて微塵も感じない。
イヤホンから聞こえてくるのは…ただ、すべてを見越していたように落ち着き払った、抑揚のないベルモットの声。
そして緊張した、ジョディさんの声。
≪ …さて、此処から先は貴方への質問になる。その写真の女性と瓜二つのこの子…。貴方が殺そうとしているという事は同一人物なのかしら…?≫
ジョディさんの言い草から、ベルモットよりも先に志保を連れ出すことには成功したらしい。
ということは今車を止めているこの場所はジョディさんが彼女を誘き出した場所ということになるし、恐らくFBIの捜査員たちが待機しているはず。
…ということは、ジンが現れようとそうでなかろうと…FBIはここでベルモットを確実に確保するつもりなのね。
≪ そしてもう1つ――。標的の下に貼られていた2つの写真。そして “Cool guy” と “Angel” の意味――。
Cool guy と書かれた少年に関しては、バスジャック事件の際にも貴方…身を挺して守っていたわよね。
…どうしてそこまであのボウヤを気にするのか。…理由を教えてくれる? ≫
クツクツと笑うベルモットの声が微かにイヤホンから聞こえた。
そして程なくして響いた銃声に蘭がビクッと肩を跳ねさせ、私に怯えた視線を送ってくる。
『大丈夫よ、蘭ちゃん。大丈夫…。』
≪…あら、物騒なもの持ってるのね。日本警察の許可は取ってるの?≫
≪勿論処分は受けるつもりよ。…でもね、その前に貴方に聞きたい事がある。…貴方、どうして年を取らないの。≫
その言葉に目を細めた。
ジョディさんから既にベルモットについてのこれまでの捜査の結果は聞いている。
ベルモットは現在クリス・ヴィンヤードとして米国で女優業を行っているが、彼女はその母であるシャロン・ヴィンヤードと同一人物だと、その指紋検証の結果から結論付けられている。
謎なのは、どうやって彼女がその若さを保持しているのか…。
『(…どうやらベルモットはそれに関しては応えるつもりはないようね…。)』
隣で怯える蘭ちゃんの肩を抱いたまま目を伏せる。
お父さん、お母さん。貴方たちは組織で一体何を研究させられていたの…?
どうして私たちはあの組織と関係を持たなければならなかったの?
ねえ、教えて。お父さん、お母さん…。
≪…まあ良いわ。全ての謎は貴方を確保してからじっくりと解き明かしていく。…You guys! Come out and hold this woman! …既に此処はFBIの捜査官によって包囲されてるわ。逃げ場は――…≫
ドンッとまた一層大きな銃声が響き渡り、車が揺れる。
あの、黒凪さん…!
そう言って腕を掴んでくる蘭に「危ないわ、相手は銃を持ってる」そう言って動こうとする彼女を抑えた。
≪Thank you, Calvados. まだ撃っちゃ駄目よ。≫
カルバドス…名前だけなら聞いたことがある。
直接会ったことはないけど…。
≪…っ、≫
≪…私を罠に嵌めたつもりかもしれないけど…残念だったわね。実際は私が貴方を罠に嵌めたのよ。
勿論私の部屋に貴方達が侵入してた事も知ってるわ。あの写真を見せればそっちが勝手に彼女を見つけてくれると思ったの。≫
ジョディさんの呼吸が荒い…カルバドスに撃たれた?
外に出た方がいいかもしれない。そうして手を伸ばした時、窓ガラスが割れる様な音が響いて私の肩が跳ねた。
そして続けざまに聞こえたベルモットの驚いた様な声に無線に耳を傾ける。
≪…貴方まさか…≫
≪あぁ。そのまさかだよ。≫
Cool kid、とジョディの唖然とした声が聞こえて、続けざまに「動くなよ」とベルモットに向けたコナン君の声が聞こえてくる。
≪……。ん?≫
しかし突然聞こえたその、ベルモットの怪訝な声。
無線からは微かに車のエンジン音の様な物も聞こえた。…まさか。
≪…まさか貴方が自分から来るとは思わなかったわ。≫
志保――。
私があからさまに動揺したからだろう、蘭ちゃんが私の顔を覗き込んでくる。
≪――ふふ。…貴方…姉のようにろくに訓練も受けていないくせに、私相手に身一つでどうしようと言うのかしら?≫
≪馬鹿野郎! 逃げろ灰原!≫
コナン君の怒鳴り声は私のイヤホンから音漏れし、蘭が「え」と私を見た。
「コナン君が居るの…?」そんな彼女の言葉に思わず振り返るも、何も言えずに沈黙するしかない。
≪早く…! 早く逃げねえとお前――…≫
≪good night.≫
ベルモットの一言の後、必死に志保を説得していたコナン君の声が途切れた。
もうこれ以上待てなかった。トランクを蹴り開けて飛び出した私に蘭ちゃんも弾かれたようについてくる。
きっともう、この極限状態ではトランクの中にいるようにと再三言っていた私の言葉なんて蘭ちゃんの頭からすっぽり抜け落ちていることだろう。
「――⁉︎」
『(――ベルモットの位置からして、まっすぐ彼女に走れば多分カルバドスは狙いを定められない。はず。)』
気をつけるべきは、ベルモット。
スローモーションのようにベルモットが持つ拳銃がこちらに向くのが見える。
それより早く撃ってやればいいだけ。
一寸の迷いなく、本当にほんの少しの躊躇もなく拳銃を撃った。
「っ…!」
「哀ちゃん…!!」
私の撃った弾がベルモットの頬を掠め、顔を歪めたその顔を睨みながら、志保の元へと走っていく蘭ちゃんをカバーするように走る。
そして蘭ちゃんが志保を抱えた途端にベルモットが息を吸った。
「カルバドス、撃たないで!!」
ベルモットの指示に従う気がないのか、何度かこちらを撃ち続けるカルバドス。
何度か見ればカルバドスの大体の位置は分かる。…見えた。
かすかに見えた人影に向かって撃てば、銃撃が止んだ。
途端にベルモットの方向に拳銃を向ければ、彼女もすでにこちらに銃口を向けている。
『(…なんで撃たない?)』
「っ、退きなさい! Angel…!!」
『(蘭ちゃんを撃てないの…?)』
ならば、と蘭ちゃんの右耳を左手で塞ぎ、右腕を蘭ちゃんの肩に乗せてベルモットに向けて拳銃を撃った。
「きゃあっ!」
『ごめんね、蘭ちゃん…!』
耳元から聞こえた狙撃音に思わず悲鳴を上げる蘭ちゃん。
それでも志保だけは離さなくて、志保が涙目になりながら蘭ちゃんを見上げているのが視界の端に映った。
「っ、退いて…Angel..!!」
先程撃った弾はベルモットの右上腕部に当たっていて、彼女ももう悠長に構えてはいられないのだろう、今までに見たことがないほど感情的なベルモットがそこには居た。
ーーカツ、と途端に足音が響く。
その音にちらりと自身の背後に意識を向けたベルモットが短く息を吐いて、少し落ち着いたように見えた。
「…OK, カルバドス。こっちに来て」
『蘭ちゃん、私が前に出るわよ。いいわね?』
「で、でも…」
『彼女が言うカルバドスは女子供だからって容赦してくれない。…その子を護って。』
そう言うと蘭ちゃんは志保を覗き込んでその不安げな顔を見ると私の背後に回った。
前に出て拳銃に弾を装填し、ベルモットを睨むと彼女のエメラルドの瞳と私の瞳がかち合う。
「…。なるほど…」
ベルモットがため息混じりに言った。
「生きているとは思っていたわ――宮野黒凪。でも残念。ここでシェリーと一緒に殺してあげる。」
『…訓練を受けた私を殺せるの? それも…“貴方1人”で。』
先ほどベルモットが志保に言った言葉を引用して言ってやれば、ベルモットが少し癪に障ったような、そんな顔をした。
そしてそんなベルモットの背後で複数の銃火器を背負った秀一が徐に口を開く。
「…これほどまでの武器を日本に持ち込んで…どこぞの武器商人かと思ったぞ。」
「――! …赤井秀一…!?」
反射的に拳銃を背後へと向けたベルモットの腹部を容赦なく散弾銃で撃った秀一。
あんな威力の銃は本来人に向けるようなものではない…受けたベルモットは一瞬宙に浮いて尻餅をついたぐらいだ。
痛みに顔を歪めたベルモットがカルバドスがいるであろうあたりに目を向ける。
「あんたの相棒の両足を折っておいた…助けは期待しない方が良い。」
「…シュウ、殺しちゃ駄目…!」
「心配するな。あの女が腹に防弾チョッキを数枚重ねてるぐらい動きを見れば分かる。」
ベルモットにとって秀一の登場は完全に予想外だったのだろう、眉を寄せた彼女はジョディさんの車へと弾かれるように走り出した。
そんなベルモットに秀一も反射的に銃を向けたが、生憎私もすぐ傍にいた為彼の指先が引き金を引くことを躊躇したのが見えた。
すぐに秀一のために体を伏せたが、ベルモットにとっては一瞬でも隙ができれば十分で。
瞬く間にコナン君を抱えてジョディさんの車に乗り込み、車を発進させた。
それを見てまた体が反射的に動き、銃の標準を車のタイヤに合わせる。
『秀一、右のタイヤは私が』
「わかっーー…」
秀一がサイドミラー越しに銃を構えたベルモットを見て銃を下ろし、新出智明の車にもたれかかるようにして腹部の傷を押さえているジョディを抱えて飛び退いだ。
ベルモットがミラー越しに車のガソリンタンクを正確に打ち抜いたためだ。
途端に車が爆発を起こし、熱気が私たちを包む。
秀一がベルモットを感心した様子で見送る中、私自身も爆発の衝撃で途切れた集中に無意識のうちに止めていた息を吐いて、銃を下ろした。
「ほう、中々やる…。あの状態でミラー越しにガソリンタンクを打ち抜くとは。」
『…今気づいたけれど、あの車のタイヤを撃てばコナン君も危ないわよね。』
秀一がジョディさんから離れて地面に伏せたままの私に手を伸ばしてくる。
その手を取って秀一を見ずに立ち上がり、ベルモットが乗るジョディさんの車を睨む。
『確かジョディさんの車にはGPSも仕掛けてあるし、貴方の車で追いましょう。どこに…』
はた、とこちらを覗き込んでくる秀一に動きと言葉を同時に止める。
彼は私の目をじっと見て、徐に言った。
「瞳孔が開いてるぞ。大丈夫か?」
『え?』
そこで言われて気づいた。
なんだか頭の裏の方がじんわりしている。
多分アドレナリンがものすごく出ているのだろう。
今なら躊躇なく人だって殺せてしまうような、そんな気がした。
「…ベルモットに啖呵を切るなんてお前らしくないと思ったんだ。」
『…?』
「自分がいる場所を思い出せ。お前はもう…組織の一員じゃない。」
そこまで秀一が言ったところで、彼の言わんとしていることが分かったような気がした。
そっか、私…ジンたちと同じような目をしていたのかしら。
「シュウ、黒凪さん…今すぐあの車を追って…! 人質を取り返さないと…!」
「あぁ…。…次からはテメェの車のキーぐらいは抜いておけよ、ジョディ。」
「え、ええ…これは完全に、私のミスね…」
『傷口に塩を塗るようなことは言わないの。…じゃあジョディさん、ここまでやっておいて日本の警察を欺くなんて出来ないし…警察を呼んでうまくごまかしておいてくださいね…。』
腹部を押さえながら浅く息を繰り返し、それでもかすかに笑みを浮かべてジョディさんが頷く。
そして気絶している蘭ちゃんと志保に目を向けた。
「この子たちも、私がどうにかしておくわ…」
「…見たところケガは無いようで何よりだ。」
「ええ…」
『その女子高生…蘭ちゃんには、貴方がFBI捜査官で、日本で巻き込まれた事件の犯人を自主的に追っている最中だったって言ってあるから。話を合わせておいてください。』
「わか、ったわ。さあ、行って…。」
後ろ髪を引かれる思いで秀一とともに歩き始め、彼の車へと乗り込む。
そして拳銃を手元で一回転させるて弾の残数を確認する。
『…秀一、弾倉いくつある?』
「2。」
そうぶっきらぼうに言って1つを手渡され、それを掴み取り慣れた様に装填して、苦笑いをこぼす。
『…こんなこと、誰も望んでなかったのに。』
「ん?」
『志保は命を狙われて…私は組織から教わった、こんな悍ましいことを当たり前のようにやって…。』
誰1人…こんなこと、望んでいなかった。
…誰1人。
「――赤井秀一にやられただと?」
≪え、ええ…≫
地を這うような低い声が助手席に座る男…ウォッカの鼓膜を揺らす。
ハンドルを握りながら組織の幹部であるベルモットからの着信を受けた男…ジンが言った言葉に、ウォッカも思わずジンとベルモットの会話に意識を向けた。
≪日本に潜伏していた彼に偶然見つかって…あばら3本は持っていかれたわ…。≫
「あァ…1年前、お前がニューヨークでばらし損ねたあのFBIか…」
≪や、やっぱりあのニューヨークで相打ち覚悟で殺しておけばよかった…。あの方が我々のシルバーブレットになりうるかもしれないと恐れた、あの男を…。≫
ベルモットの言葉をジンが鼻で笑い、言った。
「俺たちを一撃で壊滅させられるシルバーブレットなんて存在しねえよ…。」
≪…どうかしら、ね…≫
「あ?」
≪あの男…赤井秀一…宮野黒凪を連れてたわ…≫
ジンの眉がぴくりと揺れる。
≪あなたが彼女を1から育てたのは有名な話だけど…あれじゃあまるで…≫
「…なんだ」
≪あれじゃあまるで、貴方を相手にしているようだったわ…。ジン…。≫
ふう、とジンの口から吐き出された煙草の煙が車に充満する。
ウォッカは1人、ジンの隣で息を潜めていた。
ジンの直属の部下として動く彼にとって、それはとても分かりやすいほどに…ジンはキレていた。
それは電話越しにいるベルモットも感じたようで「と、とにかく…」と話をすり替える。
≪今25線沿いの電話ボックスだから…拾ってくれる? トラブルがあって動けないの…≫
「…その前にお前に聞きたいことが2つある…」
≪な、何?≫
「黒凪が日本にいるのなら…お前シェリーをあいつの傍で見なかったか?」
1つ目の質問に帰ってきたベルモットの答えは「いいえ」。
そして2つ目の質問は…
「なら2つ目だ…。…お前、工藤新一っていうガキ…知ってるか。」
≪…さあ。知らないわ…。≫
ジンの質問に答え、もう一度自分の居場所を伝えてベルモットが受話器を下ろす。
そして空を見上げ、深く深く息を吐いた。
「(あの子ならなれるかもしれない…本物のシルバーブレットに…)」
それまでは、貴方に免じてシェリーを狙うことは諦めてあげるわ…。
工藤、新一…。
『改めまして…蘭ちゃん。貴方を結果的に巻き込む形になってしまってごめんなさい。』
「い、いえいえっ! 本当にもう謝らないでください…!」
むしろ今回は私の方から巻き込まれに行っちゃったっていうか、むしろ黒凪さんとジョディさんのFBI捜査官としての仕事を邪魔しちゃって…!
そう言って必死に謝ってくれる蘭ちゃんに「いえ、でも私たちはあなたと違って大人だから…子供を守るべき立場なのに…」といつの間にか私たちは暫く平行線を辿っていた。
「ほんっとうにごめんなさい…! 私、てっきりジョディ先生が新一が抱えてる事件の犯人か誰かに脅されて、新一の弱みを掴もうとしてるんじゃないかと思っちゃって…」
でも実際は、独自に誘拐事件を追っていたところ、偶然にもコナン君と哀ちゃんが巻き込まれて…それを助けようとしていただなんて…!
…そう。ここまでがジョディさんが蘭ちゃんたちに説明した今回の事件の内容となっている。
この件については既にFBI捜査官の中ではしっかりシェアされているし、私も秀一から説明を受けているため、完璧に話を合わせられるようにしておいた。
ちなみに、混乱を避けるために蘭ちゃん達には私もFBI捜査官ということに。
…そうこうしていると、事務所の外に出ていた名探偵…と巷では通っている毛利小五郎さんが戻ってきた。
「連絡取れたぞ。彼氏さんと。」
『ありがとうございます。本当にすみません、今回はお詫びに来たのに迷惑をかけてしまって…。』
「本当に災難だったよね、空き巣と遭遇して怪我しちゃうし…携帯も壊れちゃって…」
眉を下げてそう言ったコナン君に「お恥ずかしい限りで…」としか言葉が出ない。
実は今日この毛利探偵事務所に来る際、偶然にも探偵事務所に真昼間から忍び込もうとしていた空き巣と遭遇し、階段から突き落とされた挙句携帯をお釈迦にされてしまったのだ。
もちろんこの空き巣はコナン君が華麗に捕まえてくれた。
「――あ! 彼氏ってあの人ですよね⁉ ニット帽の…FBI捜査官の!」
そう、空気を変えるように言ってくれた蘭ちゃん。
しかし次はコナン君の空気が少しぴり、と緊張した。
秀一がベルモットとの一件で助けに入ってくれた時にはコナン君は気絶してしまっていたし、実際まだ彼のことは信用しきれていないのだろう。
「どんな人なんですか? 彼氏さん…」
『彼は…優しい人よ。もう随分と長い付き合いになるの。』
「へえ…! じゃあ結婚とか⁉」
『うふふ、そのうちね。』
きゃ~、なんて1人で照れている蘭ちゃん。
そして何やら妄想に浸った様子の彼女の隙を見て(多分工藤新一君のことを考えてるんでしょうけど)
コナン君が私の服の袖をくいと引っ張った。
「あの、黒凪さん…本当にあの人は信用できるんですか? 灰原を追いまわしてたし…」
『うーん…。…あのねコナン君…』
「はい…」
『あの人が志保を追っているのは、実は私の頼みを聞いてくれているからであって、彼個人がそうしているわけではないのよ。』
しばしの沈黙。
そして「ええっー⁉」と思わず叫んだコナン君に妄想に浸っていた蘭ちゃんと、座っていた小五郎さんが一斉にびくっとその肩を跳ねさせた。
「わっ、ど、どうしたのコナン君」
「なんだぁ?急に叫んで…」
う、ううん。何でもない…。
しどろもどろに言ったコナン君に怪訝な目を向けて「あ、そうだお父さん…」と蘭ちゃんが小五郎さんに何やら話かけはじめた。
それを見たコナン君は今一度自身を落ち着けるように息を吐いて、私を見上げた。
「そ、それってつまり灰原の事を…」
『私も彼の前で幼児化しているし…組織のこともあるから、ね。伝えてあるわ。』
「…ちなみに俺のことは…」
コナン君の言葉に首を横に振ると、彼は少し安心したようだった。
そんなコナン君に心の中で「ごめんね」と手を合わせる。
秀一も貴方の演技に付き合うつもりではあるようだから…それにもし原作で正体をばらすことになるなら、いつかはそうなる。ただ私は自分の独断で未来をいたずらに変えたくはないだけ…。
「――あ、はーい。」
事務所のインターホンが鳴り、蘭が扉を開く。
「あっ…こんにちは!」
「どうも、この度はご迷惑をおかけしました。」
やってきたのは秀一で、自分よりも頭1つ分以上小さな蘭ちゃんに何やらお土産を手渡して丁寧に少し頭を下げた。
そして中に入って私に近付くと、小五郎さんに気づいて再び「ご迷惑をおかけしました。」と頭を下げる。
「…立てるか?」
『肩を貸してくれたら…』
「分かった。」
そうして秀一に肩を貸してもらって事務所を出て階段を下りていく。
そして車に乗ると、車の外で運転席に回った秀一がもう一度だけ窓越しに蘭ちゃんや小五郎さんに小さく頭を下げたのが見えた。
『ごめんなさいね。仕事抜けてきたの?』
「いや、もう今日は上がった。」
『そう…ごめんなさいね。』
「いいさ。カルバドスにあれだけ銃を連射されてほとんど無傷だったんだから、運を使い切ったんだろうさ。」
そんな風に言って笑った秀一に眉を下げて私も思わず笑みをこぼす。
Vermouth.
(彼女は私の言葉にかすかにその両目を見開いて、そして言った。)
( “ 貴方が何を言っているのか、皆目見当もつきませんが。…私はただの子供です。”と。 )
(思わず笑みをこぼす。)
(ただの子供? あなたが?)
(…ありえない。絶対に。)
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