過去編【 子供時代~ / 黒の組織,警察学校組 】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
7年前のあの頃 with 萩原研二
「なー、この前バイク屋に行っただろ?」
「ん? おう。」
「そこでさー」
「(…どうすれば、いいのだろう。)」
まるでBGMのように遠くで聞こえる、松田と萩原の会話。
それほどまでに自分が考えに耽っていたと気付いたのは、ヒロの怒鳴り声が俺の心臓を大きく跳ねさせたから。
「どこでっ⁉︎ どこで見たって⁉︎」
振り返ると、松田の胸ぐらをものすごい形相で掴んでいるヒロが。
「だ、誰をだよ⁉︎」
「君が話してた…肩にゴブレット型のタトゥーを持つ男だよ…!」
「あ、あぁ…ここから歩いて15分ぐれーの、俺とハギの行きつけのバイク屋だけど…」
「…住所を、あとで教えてくれるか」
驚いで若干しどろもどろになる松田を見て少し落ち着いたのか、尻すぼみに言ったヒロの肩を掴む。
「ヒロ…大丈夫か?」
「あ、あぁ。すまない…取り乱した。」
「ねえ! お願い! どうしてもダメー⁉︎」
またしても続いて聞こえた大声にその場にいた全員…班長、俺、ヒロ、松田そして萩原が振り返る。
「あ…」
と、情けなくも声を出してしまったのは、俺。
『合コンはこの前のもので最後だと…』
「そこをなんとかっ! 数合わせはご飯奢ってもらえるんだよ! 良くない⁉︎」
『…あまり興味はそそられませんね。』
「ええー…」
そこをなんとか…! と手を合わせる同級生にもどこ吹く風。
彼女…宮野黒凪さんは相変わらずだ。
『自動二輪技能訓練に遅れますよ。』
「あっ、ちょ、待って〜!」
「相変わらずだなあ、ミス・パーフェクト。」
「揺るがないよね〜」
松田の言葉に萩原がうんうんと頷く。
「でもあのミステリアスな感じがやっぱこう、そそられるよね。何考えてんのかな〜って気になんね?」
「そうかぁ〜? なあゼ…」
「ほんとそうだよな…」
え。と俺以外の声が重なる。
そんなみんなの反応に「え?」とこちらこそ返せば、班長が少し神妙な顔を浮かべて言った。
「降谷…悩みがあるなら聞くぞ?」
「え? 俺?」
「気づいてないのか? お前この前の週末からずっと変だぞ。ずっと上の空で…」
「え、あ…(みんなに気づかれるほどぼうっとしてたのか、俺…)」
ミス・パーフェクトのことだろ?
と、確信を突く言葉に足を止めてしまう。
途端に背中が冷えた。あの男の雰囲気を思い出す。あの言葉を、あの目を…あのプレッシャーを。
「…ま、無理に言う必要もないんじゃね?」
「!」
顔を上げる。
今の言葉を放ったのは、萩原だった。
「無理に他人のブレーキを外す必要もない…」
何事も慎重にいかねーと。なんてな。
そう軽く言って笑った萩原を見て、目を伏せる。
確かにそうだ。慎重になれ、俺…。
まさにそうあの男に忠告されたじゃないか。
「俺には分かんねーなあ、ソレ。俺にはアクセルしか基本的にねえからよ。」
「ハハハ。陣平ちゃんらしいね。」
確かに松田の様に思いきって進むことができたならどんなにいいだろう。
だけど彼女の…宮野さんの問題には、慎重にいかなければならないと、俺の勘が警告をし続けていた。
容易に踏み込んではいけないのだと…。
ぼーっと華麗にバイクを乗り回す彼女、宮野ちゃんをみるしかない降谷ちゃんの隣で、徐に宮野ちゃんが乗るバイクへと目を向ける。
微かに聞こえる、エンジン音に混じったこの音は…。
陣平ちゃんを見れば、俺を見てニヤリと笑った。
この場で彼女のバイクの不調に気づいているのは俺たちだけ、か。
『(…今日はハンドルがどうも重いなぁ…。ま、毎回別のバイクを使ってるし、調子が悪いのに当たっただけ…)』
「宮野ちゃーん。」
不機嫌そうにバイクを眺めていた宮野ちゃんがこちらに顔を向ける。
そんな彼女に笑顔を向けて近付けば、相も変わらず無表情で見上げてくるだけ。
「バイクちょっち重いっしょ? ちゃちゃっと直すからちょっと降りてよ。」
『…直せるんですか?』
「うん。これでも俺、元車の修理工場の息子なんで♪」
『(元…)』
素直にバイクを降りて俺がバイクの調節をする様子をじいっと見つめる宮野ちゃん。
ちら、と顔を上げてまた彼女の顔を見れば、宮野ちゃんの目が少しだけ揺れた。
「意外? 俺がこういうの得意なの。」
『…ええ。こういった類のことは松田君のイメージの方が強いですし。』
「もちろん俺も分かってるぜ? キャブレターの燃料調節が悪いってことぐらい、触らなくてもな。」
『(キャブレター?)』
宮野ちゃんの言葉を受けて言った陣平ちゃん。
さすがはメカオタク。黙って見てらんねーよなあ。
「――噂通り、知識と手際は十分だな。」
俺の傍で立っていた宮野ちゃんと陣平ちゃんが振り返る。
俺も一歩遅れて同じようにすると、サングラスをかけた…職員だろうか。がこちらに近付いてきたのが分かった。
「松田陣平に萩原研二。君たちは機動隊に興味ないかね? 詳しく言えば爆発物処理班にスカウトしたいのだが。」
『(爆発物処理班…。…爆発…)』
「?」
言ってはなんだが、俺はたまに洞察力の面で褒められることがある。
他人の感情の変化に敏感だからだ。だからこそ、今…宮野ちゃんの感情が大きく揺れ動いたのが分かった。
『…』
宮野ちゃんが右手を自身の額に持っていき、前髪を軽く掴む。
午前中は重装備での長距離走だったし、体調を崩した…?
「爆発物処理班だと⁉ …興味あるに決まってるじゃねえか!」
「ええっ? あ、あぁ…。…萩原君はどうかね?」
「え、あ…。そっすね、ちょっと考えます…。」
「で? なんか志願書とか出した方が良いんすか?」
陣平ちゃんが詳しく爆発物処理班に関して質問を繰り返している間に、徐に宮野ちゃんの元へと近付いていく。
「宮野ちゃん大丈夫? 体調崩した?」
『!』
「ぼうっとしてたみたい…だし…」
え? 何? なんで俺の顔をそんなに凝視する?
宮野ちゃんが俺の顔をまっすぐに見て、固まったのだ。
『…萩原君、爆発物処理班に行くの?』
「え…、ま、まあ興味はあるけど…。正直、順調に行き過ぎて怖いとか…思っちゃったり…」
柄にも無くドギマギしてしまって、逆にそれが俺をさらに焦らせる。
言っちゃなんだけど、やっぱこの子人気が出るぐらいには美人だし、なんつーか…全部見透かされているようで、怖い。
『…そう。…確かに体調を崩したかもしれないから、医務室に向かうことにするわ…』
「あ、じゃあ俺がバイクを直しておこうか…?」
『…じゃあ、お言葉に甘えて。』
「い、いってらっしゃーい…」
手を振って振り返ると、陣平ちゃんが俺の顔を穴が開くほどに見ていた。
さっきの職員…というかスカウトマンか? が周囲にいないことを見ても随分と俺はぼーっとしていたらしい。
「うお、な、何?」
「オメー何びくびくしてんだよ。宮野と何かあったか?」
「…いや、なんていうか…あの子、読めないよなって思って。」
陣平ちゃんが俺の言葉を聞いて独り医務室へと歩いていく宮野ちゃんの背中へと目を向けた。
「…例えばどんなとこが?」
「…陣平ちゃんも知ってるようにさ、俺わりと人の心とか心理読むの得意じゃん?」
「おう。」
「けどあの子はマジで読めない。さっき一瞬爆発物処理班の話が出た時、珍しくあの子が焦ったっていうか…驚いたのが分かったけど。その後はもーさっぱり。急に俺の顔を凝視するし、なんか…怖いっていうか。」
怖い、か。と陣平ちゃんが呟いた。
まさかそこで意見が合致するとは思っておらず、思わず「え?」と陣平ちゃんを振り返った。
「…ハギさ、鬼塚教場が射撃訓練場で宙づりになった時のこと覚えてるか?」
「うん…」
「あの時の宮野の様子知らねえだろ。」
陣平ちゃんと目が合う。
「アイツ、酷く冷静だったんだよ。目の前で失いかけている命に、なんの感情も抱いてなかった。…ハギの言う通り怖い女だよ、アイツは…。」
それこそ、今まで出会った誰よりも。
そう言った陣平ちゃんに、心臓の動きが早まったのが分かった。
「けど、前のコンビニでの強盗事件の時の宮野は…」
「ああ。…強盗犯を拘束した途端に走ってった降谷ちゃんを見てた時の宮野ちゃんだろ?」
「あんだけ心配そうにゼロを見てたってことは、案外ゼロが言ってることもマジかもしれねーぜ?」
「本当に降谷ちゃんの言う、昔出会った女の子で…何か事情があってそれを隠してる、ってやつ?」
ああ。そう深く頷いて陣平ちゃんが言う。
「それも、多分とんでもねえ事情を抱えてな…」
「…。」
どんな事情だろう。ふと、そう思う。
俺たちよりもいくつか年下の、線の細い…普通よりも随分と美人な女の子。
そんな子が自分を偽り…人の命に無頓着になるような事情とは、一体。
「…順調か?」
『…ええ』
ああ、随分と久々にこの車に乗り、この男の隣に座った。
ジンの口から吐き出された煙草の煙を視界に映して目を伏せる。
『…珍しいわね、1人で東京に来るなんて。』
「殺しの場面を目撃されてな…今しがた居場所を突き止めて手を打ったところだ。」
『そのついでに私の様子を見に来たってわけね…』
「…で? そろそろ卒業後の配属先の話は出たか」
そんなジンの言葉にちらりと彼へと目を向ける。
開いた窓に腕を乗せ、煙草を口にくわえたまま前を見据えるその冷たい瞳に嘘は通じない…そう、今まで何度思い知らされてきたことか。
『…特には。でもちらほらスカウトはされているみたい。』
脳裏に萩原君と松田君を思い浮かべる。
爆発物処理班。この言葉と…彼らの顔を思い浮かべたあの時、記憶のようななにかが頭を駆け巡ったのが分かった。
なんの記憶かなんてわからない。けど、生まれた時からどこか前世の記憶はあったし、その頃の何かなのかもしれない。けれどそれはすごく鮮明で。
萩原君と松田君が、爆発に巻き込まれて死んでしまう。そんな記憶のような何かが、流れた。
『…機動隊はどう?』
「あ?」
冷たいその緑色の瞳が私を映す。
この目に無条件に恐怖を覚えることがなくなって、どれぐらい経つのだろう。
『機動隊は時折VIPの警備やテロ組織の対応に回ることもある…組織のスパイとしては、悪くないと思うけど。』
「…。」
無言は肯定。
ジンがこちらから目を逸らし、煙草の煙を吐いた。
途端にガシャン、と大きな音が大通りの方から聞こえて、そちらへと目を向ける。
『?』
ジンも私と同じく音がした方向へと目を向けたのが気配で分かった。
視界に入ったのは、大通りを進んでいく1台のトラックと、その後ろに半分乗り上げる形で引きずられていく乗用車。
そして…手前のバイク屋から飛び出した、顔見知り2人。
『(え、諸伏君と伊達君?)』
「くく、やっと薬が効いたか…」
『え?』
「あのトラックの運転手だよ…殺しの場面を目撃した男ってのがな…」
え。と出かかった言葉を飲み込んで、トラックを止めようと模索している様子の諸伏君と伊達君を目で追っていく。
日本での殺しでは極力拳銃などを使わず自殺、または事故に見せかけることが多いからそれに習って男に毒薬を飲ませて遠くから見守るに留めているんでしょうけど…。
あれでは諸伏君と伊達君が巻き込まれるかもしれない。
『…追うの?』
車のエンジンをかけたジンへと目を向けずそう問いかける。
予想の範囲内だ。ジンは慎重で、確実に標的が死んだ場面をその目で確認してから現場を離れる。
『…。いいわ、貴方の代わりに私が行く。』
「あ?」
『見て…トラックを追うあのバイク。』
ジンが視線を上げ、2人乗りでバイクに乗りトラックを追う諸伏君と伊達君の背中を見た。
『あの2人、警察学校の同期なの。警察官の卵に貴方も姿を見られたくはないはず。』
「チッ。…行け。」
『了解…』
「黒凪」
車のドアに手をかけたところで名前を呼ばれて振り返る。
ジンが煙草の煙を吐いた。
「自分の立場を忘れるなよ…」
『…言われなくとも。』
ドアを閉じ、小走りでトラックの方向へと向かう。
そしてトラックとは反対方向へと走っていったポルシェを横目に確認して、周囲に目を走らせた。
『(さて、タクシーでも捕まえて後を…)』
「――宮野!」
『(松田君?)』
声を聴いただけ反射的に頭に浮かんだその名前に自分自身で少し驚きつつも振り返ると、ものすごい勢いで隣に止まった白いRX-7FD3Sの後部座席の扉が開き、
「乗って!」
と、レイ君が叫んだ。
反射的に車に飛び乗り扉を閉めると同時に運転席にいた萩原君がアクセルを踏み込んだ。
『(反射的に乗り込んでしまった…)』
ちらりと隣に座るレイ君へと目を向ければ、レイ君は「ご、ごめん」と両手を前に出して言った。
「松田が君を呼び止めたから、乗せないといけないって思って…巻き込むつもりは、」
「巻き込むつもりは大有りだぜ、宮野!」
「そうそう。ミス・パーフェクトがいれば心強いし?」
レイ君に続いてそう言った松田君、萩原君に呆れて一瞬だけ目を向け、一旦車を横につけたバイクに乗る諸伏君と伊達君へ目を向ける。
「よう大将!」
「待たせたな!」
そう松田君、萩原君が2人に声をかけ、諸伏君と伊達君がその強張った顔に笑顔を浮かべた。
バイクではあまり役に立たないことを分かっているのだろう、バイクの運転をする伊達君が私たちの登場を見て速度を緩めたのが分かった。
そんな伊達君に親指を立て、松田君が車の運転をする萩原君へ目を向けた。
「さて…どうやって止める?」
「車で体当たりすりゃあ…」
「いや、重量が違いすぎる…!」
松田君、萩原君、レイ君がそんな会話を繰り広げる中、窓を開いてトラックのタイヤを凝視する。
『…この車は誰のもの?』
「鬼塚教場のだけど…」
『日本の警察官は、拳銃を車に忍ばせていたりしないのかしら。』
身体を乗り出してグローブボックスへ手を伸ばす。
中を確認するが、期待はしていなかったものの…やはりない。
『(無いか…)』
「流石にねーよな…。ん?」
松田君がグローブボックスから赤色灯を取り出し、ちらりと萩原君へと目を向ける。
「ハギ、”あれ” 出来るか?」
「?」
萩原君がその言葉に松田君へと目を向け、その手にある赤色灯を見た。
「…上等。」
「宮野、ゼロと席変われ。…アンタたちはサンルーフを開けてくれ!」
松田君がそう私とレイ君、そしてトラックの後方にくっついている乗用車の運転手にそう指示を飛ばす。
それに素直に従うや否や、松田君がレイ君の胸元を掴み…言った。
「2人とも舌噛むんじゃねーぞ。」
「な、何を…」
『…』
いやな予感がしてグリップを掴む。
途端に萩原君が車のスピードをあげ、どういうテクニックか、車を右の車輪のみで走行…つまりは車体を横に持ち上げた。
そして松田君から受け取っていた赤色灯を前方に投げ、それに乗り上げ…車を宙に浮かせる。
「うわぁっ⁉」
「よっ…こいせっと!」
松田君がドアを開き、あろうことかレイ君を引きずって外に出て、トラックの後方にある乗用車の屋根に乗り込んだ。
私と萩原君が乗る車が重力に沿って地面に落ち、何度かバウンドして道路に戻る。
ここまでにかかった時間は恐らく数秒だろう…その間に何度身体を打ち付けたことか。
「宮野ちゃん大丈夫だった⁉」
『え、えぇ…』
「これ以上無茶はしないから安心してよ…! これで向こうに飛び乗った陣平ちゃんが乗用車を離脱させて、降谷ちゃんがトラックを止めるはずだからさ!」
『…え、レイ君がトラックを?』
思わず口をついて出た言葉に口をつぐむ。
そして萩原君へと目を向ければ…彼もミラー越しにこちらを見ていた。
「宮野ちゃん今…」
『そ、それよりトラックを止めるつもり…? この高速は建設途中で、確か道路が途切れているはず…』
「…えそうなの⁉」
『トラックは諦めるべきだわ。…降谷君!』
私の声に肩を跳ねさせてトラックをよじ登るレイ君が振り返った。
『この高速は建設途中で、約500メートル先で道路が途切れているわ!』
「⁉」
『松田君と一緒に乗用車に戻って離脱して…!』
じゃないと死ぬわよ!
レイ君と視線が交わる。
お願い。貴方が死ぬ必要はない…その男はもう、ジンに仕組まれた毒で死んでるの! 巻き添えになる必要はない…!
「…っ、それでも、見殺しにはできない…!」
『っ…! でも、10トントラックは今から急ブレーキをかけても絶対に間に合わない…! 停止するまでかかる距離は乗用車の2倍なのよ! ちょっと、聞いてる⁉』
「(正直、宮野さんの言う通りだ…どうする? どうすれば…!)」
この間、わずか数秒だろう…。
萩原研二は必死に解決策を模索していた。急ブレーキは使えない。どうする。どうする。
そして彼の脳裏に、松田の言葉がよぎった。
≪俺には分かんねーなあ、ソレ。俺にはアクセルしか基本的にねえからよ。≫
「――! アクセルだ! それしかねえ…!」
「!」
降谷と萩原の視線が交わる。
「踏め! ゼロー!」
『(って、貴方もアクセルを踏むの⁉ 萩原君⁉)』
ぐんっと重力がかかり、軽く背もたれに叩きつけられる。
途端に襲う、浮遊感。畳みかけるように襲うその感覚に、黒凪は思わず「ひっ」と息を飲んだ。
様々なことを経験している彼女だが…空を飛ぶ車に乗ったことは、流石に初めてだった――。
流石はRX-7FD3Sと言うべきか、ぶつりと途切れた道路を全速力で飛び上がり、離れた道路へと何ら問題なく着地。
その際に軽く尻もちをつき、黒凪は一瞬だけ呆然とすると、すぐに振り返って降谷が乗るトラックへと目を向けた。
トラックは運転席を着地点に、一回転してものすごい音を立て道路の上に着地した。
『っ…!』
「あ、ちょ、宮野ちゃん!」
レイ君…! 頭の中に浮かぶのは彼の顔ばかりだった。
こんな状況で生きているなんて奇跡に近い。また私は大切な人を失うの…? 間接的にでも、組織の所為で…!
『降谷君! 降谷君!!』
「こ、ここ…ここに…」
背もたれが崩れ、運転手とともに後部座席の方へと転がりこむ形になっていたが、レイ君は無事だった。
レイ君と目が合い、どっと身体の力が抜けたのが分かった。
地面に転がるガラスの上に崩れ落ちてしまうほどには、その一瞬でどっと疲れた。
「よ、よかった…降谷ちゃん無事だったか…」
『っ、』
「…え⁉ 宮野ちゃん⁉」
まずい、感情的になりすぎた。涙が止まらない。悪い癖なのだ。
普段感情を抑えている代わりに、溢れると止まらなくなる。ああ、本当にレイ君が無事でよかった。
両手で顔を覆って肩を震わせる宮野ちゃんをなんと慰めていいか分からず、とりあえずトラックから這い出てきた降谷ちゃんの手助けをして…呆然と自分のために涙を流す宮野ちゃんを見つめる降谷ちゃんに続いて、トラックの運転手へと手を伸ばす。
そこで運転手の男性がすでに息を引き取っていることに気付き、思わず宮野ちゃんを見た。
「(まさか、この人がすでに亡くなってることを分かっていたから…トラックを見捨てろって言ったんじゃないよな?)」
「み、宮野さん、あの…」
「(考えすぎ…だよな…?)」
ざあ、と風が吹く。
途端に…宮野ちゃんのその長い髪から香った煙草の香りに、理由もなく胸がざわついた。
萩原研二
(アクセルを踏み込むことも悪くはない。)
(だから降谷ちゃんも、安否を受けて泣いてくれる宮野ちゃんに対してブレーキをかけることはないんじゃないか。)
(そう、思ったんだ。だけど…)
(一瞬でトラックを見捨てる決断を下した彼女がやはり怖いと…)
(深く彼女に関わるべきではないと、そう…ブレーキが、かかるんだ。)
.