過去編【 子供時代~ / 黒の組織,警察学校組 】
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18年前のあの頃 with VERMOUTH
「それで…今日の黒凪ちゃんはどうだったんだい?」
「何もなかったかのように振る舞ってるが…あれはかなりまいってるな。集中が切れると脇ががら空きになってさっきも俺のストレートをもろに受けてぶっ倒れやがったし。」
「ふむ。やはり早い段階でご両親が亡くなったことは伝えておくべきだったかな。」
「ま、アイツはそこまで感情的な女でもない…その内自分で立ち直るだろ。」
――ただの興味本位だった。
「…聞いたわよ?」
「!」
「ん?」
私の声にアイリッシュが足を止め、ピスコが煙草に火をつけようとしていた手を止める。
「貴方…随分とその宮野黒凪っていう子に入れ込んでいるのねえ? ピスコ…」
そうピスコへと声を掛ければ、ピスコは声をかけたのが私だと気づいてか…人のよさそうな笑みをその顔に浮かべて煙草に火をつけた。
「これはこれは…ベルモット。日本にはいつから?」
「つい1週間前よ。研究資料がほとんど焼失したって聞いたから。」
そう。我々が時間をかけて研究を重ねていたあの薬の研究所が不慮の事故…火事で資料もろとも焼失したのが2週間前。
腕の立つ科学者を従わせたと聞いていたのに、まさかここで計画が白紙に戻ることになるとは。
「元々ヘルエンジェルを従わせるための人質だったんでしょう? それなのに生かしたままにしている上に訓練まで受けさせるなんて、どういうつもり?」
「…あの方からは何も聞いていないのかな?」
「貴方に聞いた方が早いと思ってね。」
私たち幹部の間でも噂になってるわよ…。
特に…ジン、それからアイリッシュが彼女の訓練に参加したあたりからね。
「でもさっきの会話を聞く限り、彼女は今訓練場で伸びてるのかしら?」
「いや…俺の一撃でぶっ飛びはしたが意識はあるはずだ。気になるなら自分の目で確かめればいい…。」
口をはさんできたアイリッシュへと目を向ければ、その挑戦的な目に微かに目を見開く。
「あの女は面白いぞ。会えばわかる。」
「…さっきから女、女って。まだ8つの子供でしょう?」
「…会えばわかる。」
…そこまで言うとは、正直予想していなかった。
すでにジンにも宮野黒凪についてはそれとなく聞いていたが、彼は何も言わなかったから。
考え込む私を見てか、アイリッシュがピスコへと目を向ければ煙草の煙を吐き出してピスコがまた私に笑顔を向けた。
「では我々はこの後任務があるのでね。また。」
そうして歩き去っていった2人の気配が十分に遠く離れたのを確認して、ゆっくりと訓練場へと足を進める。
全く想像がつかない。どんな天才児がいればあれほど目をかけられるのか。
噂では、年齢にそぐわぬ天才的な頭脳を持ち…また大人に従順で。だからこそあのジンでも訓練に付き合い続けることが出来ているとか…。
とにかく、それらの噂はとても現実的なものでは無くて、実際のところ、信じている人間は何人いるか…。
『――!』
扉を開けた先にぽつんと座っていた少女と視線が交わる。
赤みがかった茶髪に、同じような色をした瞳。
目の下や頬、腕、肩…様々なところが青く変色していて、こんな状況でただただ無表情にこちらを見る少女の姿はとても不気味だった。
「…あ、なた…」
『?』
「どうやってその姿を…手に入れたの?」
確かにこれは…組織の研究をある程度把握している人間だけが感じることが出来るものだ。
この少女は明らかにこちら側…。だけど、何故? どうやって?
『…貴方が何を言っているのか皆目見当もつきませんが。』
そのはっきりとした物言いに、背中が冷える。
ありえない。この子供が我々の様にしてその姿を手に入れたのではないとしたなら。
『…私はただの子供です。』
確かにこれは、どう育つのか興味がある。
この頭の良さが彼女が裏切るかもしれないという疑念を払拭させるのも頷ける。
彼女の妹を我々が手中に入れている限り…彼女は自分の身の振り方をわきまえて行動するだろう。
だってこの子供は…いや、女は。そんな馬鹿な決断を下すほど決して馬鹿ではない――。
「…ただの子供? あなたが?」
『……。』
「…ありえない。絶対に。」
「――前にベルモットが来ただろ?」
『ベルモット?』
アイリッシュの言葉に小首を傾げれば、白人の女だよ。との事。
…ああ、前に訓練場に来たあの人か…。
「表じゃシャロン・ヴィンヤードって名前で米国の大女優をやってるって話だ。」
『大女優…確かにキレイだったものね。』
「ま、確かにお前とベルモットじゃ顔は天と地の差があるが…」
その余計な前置きに若干ムッとしていると、アイリッシュの手がぽんと頭に乗る。
「実年齢に比例しねえその口調と経験値は似た部分がある。」
『…あぁ、あの人…私にどうやってこの姿を手に入れたのかと聞いてきたわ。』
「そういやあ、親父もお前の出生については随分と熱心に調べてたみたいだな。結局なんも出てこなかったらしいが?」
『そりゃあ何も出てこないわよ。普通の子供だもの。』
アイリッシュの言う親父、とはピスコのこと。
これまでの生活の中でピスコが、ジンたち幹部が “ あの方 ” と呼ぶ人物の側近であることは分かっている。
自分が普通の子供とは一線を画すしていることは承知の上だけど…出生を調べるまでに至るその根拠は何なのか。大人が若返るなんて、ありえないはずなのに。
『…でも、ベルモットと会った日は貴方のせいで顔中青あざばかりだったから、向こうもきっと驚いたはずよ。』
「俺のせいとは語弊があるな。ありゃあ集中しきれてなかったお前のせいだろうが。」
そんな返答に加えてゴッと指の関節で頭をこつかれる。
ちなみに効果音で分かっただろうが、その一撃だけでも十分痛いのがこの男の嫌なところだ。
『っ、った…』
「今日は何度ひっくり返る羽目になるだろうな? 黒凪。」
『…5回までには抑えたいところ…。』
そうしてまた訓練が始まったが、今回も毎度のごとく20回はアイリッシュにぶっ飛ばされた。
いつになればこの男に一泡吹かせることが出来るのか…なんて、訓練場の天井を見つめながら現実逃避する。
というか、私の2倍以上も大きなこの男に何をどうやって向かっていけばいいというのか。
「ほれ、もう一発。」
『…ちょっと休憩…』
「ああ? そんなんでお前…」
ガチャ、と訓練場の扉が開く。
その先に見えた人物にアイリッシュが時計を見上げた。
「…もう時間か? ジン。」
「…。」
ジンがアイリッシュに何も答えずこちらに目を向ける。
…来い、ってことですね。ハイハイ…。
と痛む体に鞭打ってジンの前に立てば、これまた何も言わず訓練場の扉から手を放して射撃場へと歩いていく。
「相変わらずいけ好かねえ野郎だな…。」
『アイリッシュ、じゃあ…』
「ん? あぁ」
ぱたぱたとジンの後に続き、彼の少し手前で速度を落としてジンと同じ速度をキープする。
とはいっても相手の足は私の足の何倍もあるから、結局少し小走りにはなるのだが。
こうして1年ほどこの男といれば色々なことが分かった。
この男ジンは、私に自身の前を歩かれることを嫌う。
それからこの男が何も言わずとも私が色々と察して動くと、若干…若干だけ機嫌がよくなる。
「…」
射撃場の扉を開いて一瞬だけジンが動きを止める。
あの動きは、何か予想外のものがそこにあったということだろう。
そう考えて何も聞かずに沈黙していると、ジンは何事もなかったかのように入っていったため同じようにして私も中に入った。
「あら…挨拶も無しかしら。ジン…。」
『(ベルモット…)』
「…まだ日本にいたのか」
「ええ。時間があったからその子について調べていたのよ。」
ジンが興味無さげに煙草をつける中で、ベルモットが身体をかがめて私の顔を覗き込んでくる。
その顔を見返せば、ベルモットが小さく微笑んだ。
「結果はオールクリア。ヘルエンジェルが貴方を生んだ病院も確認したし、出生届もしっかり確認した。貴方は確実にヘルエンジェルの長女として8年前に生まれている。」
『…だから、私はただの子供だと…』
「経歴詐称なんて…出来ないわよね。」
彼女のブルーの瞳が私を射抜く。
だから、無理だって…。なんて考えながらげんなりとしているとジンが煙草の煙を吐いて気だるげに言った。
「探偵ごっこは終わりだベルモット。いい加減に失せろ…時間がない。」
「はいはい。じゃあね、ベレッタ…」
『ベレッタ?』
「あら、自分の師が愛用している銃の名前も知らないの?」
…きっと私は露骨に嫌な顔をしたことだろう。
ジンが愛用している銃の名前で私を呼んだの? この人。
「…失せろ。」
ジンがもう一度その言葉を言ったところでベルモットが射撃場の扉に手をかけた。
この時私は――というより、ベルモットが後にも先にも一度だけ私の前で口にした名前をロクに覚えることもなく、その意味を調べる気もなく、すぐに忘れた。
その名前にもう1つの意味があることを知らずに。
Beretta
(ベレッタ…確かにそれはジンが愛用する銃の名前。)
(でもね…全く同じ名前を持つワインベースのカクテルも存在するのよ。)
(貴方がそのコードネームを受け取るのはいつになるかしらね、ベレッタ…)
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