過去編【 子供時代~ / 黒の組織,警察学校組 】
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18年前のあの頃 with IRISH
いつものようにジンに決められた時間に訓練場へと足を踏み入れた。
そして見えたその背中に一瞬だけ動きを止めて、訓練場の扉を閉める。
防音加工がされた重いドアが閉まる音でこちらへと目を向けた枡山…いや、すでにジンから彼のコードネームは聞いている。
ピスコ…。そのコードネームを口には出さず彼を見上げれば、相変わらずその人の良さそうな笑みを浮かべた。
「やあ黒凪ちゃん。急なことで悪いね、ジンに急ぎの任務が入ったんだ。」
じゃあ…ジンに今日の分の訓練メニューは聞いてあるから、早速やっていこうか。
相変わらず、その顔に似合わず容赦ない。
胡散臭い男。そんな風に心の中でだけで毒付いて素直にトレーニングに取り掛かる。
それをまるで孫のお遊戯会でも見るような顔で見つめるピスコ。本当、反吐が出る…。
「ーーお。いたいた。オヤジ。」
「ん? おお、アイリッシュ。」
振り返ればそこにはガタイの良い白人が1人。
嬉しそうな笑みを浮かべてまっすぐピスコへと歩いていく。
コードネームはアイリッシュらしいその男は私などには視線もくれず嬉しそうにピスコへと話しかけ始めた。
「聞いてくれよ。CIAのスパイを見つけたんだ。」
「ほう? 幹部か?」
「いや、下っ端の1人だが…CIAの連絡役ごとあの世に葬ってやったさ。」
「そうか、よくやったなあ。あの方もさぞ嬉しいだろう。」
誰かの命を奪ったことを嬉々として話すような人間しかいないのか、この組織は。
イライラを隠さずトレーニングを続けていると、やっとアイリッシュの目がこちらに向いた。
「…で? このガキが例の?」
「ああ。なかなか良い素質を持っている…お前に比べるとまだまだひよっこだが磨けば必ず輝く。」
「ふーん…。ジンにボクシングをこのガキに教えるように言われてるんだが…素質あると思うか? オヤジ。」
俺ぁ素質のない木偶の坊に教えるほど暇じゃないんだがな。
そんな風に嫌味に言ったアイリッシュを睨めば、それをみたピスコが笑い始める。
「良い目だろう? 人を殺した事のある我々を睨むこの度胸があの方も気に入っているようでね。是非とも育ててやってくれ…アイリッシュ。」
「…わかったよ。おい黒凪。」
『…』
「こっちに目を向けるだけじゃなく返事もしろ。」
はい。と渋々返事を返せば、アイリッシュが私の目の前まで歩いてきた。
この距離で見ればよくわかる。その体格の良さが…。
「まずはスパークリングからだ。見せてやるからやってみろ。」
それから30分間ほどスパークリングをやって、すぐに実践で覚える方が早いとすぐに実際の試合のように試合をアイリッシュとやらされた。
この人、スパルタとかいう次元じゃない。やり方が無茶苦茶だ。
「ふむ…お前もう少し飯を食え飯を。」
『っ…』
びたんっと床に落とされて見上げた先で汗すらかかず私を見下ろしてそう言ったアイリッシュに拳を振り上げたが、ひょいと避けられ目がぴくっと動く。
こいつ…む か つ く …!
「ははは。お前見た目に反してキレやすいたちか?」
何度か拳を振り上げるも全て避けられ、アイリッシュの後ろの方でニコニコと私たちを眺めるピスコが視界にちらりと入る。
そちらに一瞬意識がそれた途端…ぽんと頭に大きな手が乗っかり、一瞬今までの怒りを忘れて見上げれば、アイリッシュがこちらに笑顔を見せていた。
「よし。とりあえずお前…その激情を取り込む術を身につけろ。怒りの感情は悪いものじゃない…むしろお前の集中力を高める。」
ただ、その感情に飲まれると逆に周りが見えなくなっちまう。
くしゃ、と髪をかき混ぜるようにアイリッシュの手が動く。
「認めてやるよ。お前素質はある…。」
今の無様な試合から何を見たのだと言うのか、この男は。
私が何をしたと言うのか。そんなに嬉しそうな顔をして…。
「お前のゴールは、その体格で俺のような大男をダウンさせる事だ。良いな? それまでは死ぬ気でトレーニングしてもらう。」
これが、アイリッシュというコードネームを与えられた男との初めての出会いだった。
「バカお前吐くな。食わしてやった昼飯が無駄になるだろう。」
『んぐ、』
「情けないな…。飯食った後の筋トレ程度でそんなになっててどうする。」
あんたがこなすような筋トレを子供にさせるなよ、しかも食後に…!
そんな文句はアイリッシュに強く防がれた口が動かせず彼に届きはしない。
「ほれ、飲み込め。水いるか? ったく…。」
ここ数ヶ月アイリッシュの空き時間にボクシングの指南を受けるようになって分かったことがある。
この男はジンほど冷徹ではない事。むしろ面倒見は割といい。
ただ、自分基準で色々と私にやらせるため結局無茶苦茶だった。
「アイリッシュ。」
「ん、オヤジ。どうした?」
「あの方が進捗を知りたいようでね。どうだい? 彼女は。」
「あぁ…見てる限り体力もついてきたしこのままいけば良いと思うぜ。」
それにしてもあの方も考えたな。
警察組織に組織の人間を送り込むなんてことを。
ちらりとアイリッシュを見上げれば「なんだ聞いてなかったのかお前?」と笑みを見せる。
「お前を日本警察へと送り込むんだよ。そのための訓練だ。ジンの野郎本当に何も教えてねえんだな。」
『(組織はそんな事を…)』
ぽんとアイリッシュの手が頭に乗る。
彼を見上げれば、アイリッシュは私の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら言う。
「お前みたいなちんちくりんがどこまで出来るか見ものだな。」
『…貴方はいつも一言余計なのよ。』
「ふは。師匠ってのはそんなもんだ。」
時には弟子を鼓舞してそのやる気を引き出してやるんだよ。
ぽんぽんとアイリッシュの大きな手が私の頭の上で上下する。
そんな手の感触を感じながらふと思う。
父や母と会えなくなってもうどれぐらい経ったのだろうかと…。
『…ピスコさん』
「うん? 何かな黒凪ちゃん。」
優しげな笑みを浮かべて腰をかがめるピスコ
を見上げる。
『父と母は元気ですか?』
「ああ…今は研究に集中しているよ。君にも会わせてあげたいんだがね…難しいようだ。」
『そうですか…』
目を伏せる。今となっては私の方が忙しくて両親に随分と会えていない。
志保の面倒は毎日のように見ているけれど、両親とは話すらもできていない状態だった。
この時私は気づいていなかった。何も言わずピスコに目を向けたアイリッシュのその表情に。
そんなアイリッシュにウィンクを返してその口元に人差し指を持っていった、ピスコに…。
They're slowly killing my emotions
(ねえ、どうして教えてくれなかったの? アイリッシュ。)
(私の両親がもう、この世にいないことを。)
(どうして…。)
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