幸村 精市
My name is …
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【その後、お昼のお弁当について】
昨日の昼過ぎの授業中、いつものように幸村から暇つぶしだとトークが飛んできた。いつものくだらない内容だった。
自分勝手で、相手の話を全く聞かない彼奴。
話の流れに身を任せれば、気付いた頃には…あたしは幸村にお弁当を作る羽目になっていた。
「ボコボコのボコになる覚悟はいい?」
「昼休みの出会い頭でそれ言うのやめて」
笑顔で右手に拳を作って、胸の前に上げる幸村。の手をやんわり手で制するあたし。
「あー、なんで昨日軽い口調で幸村にお弁当作るなんて言っちゃったのかなー…」
極力、人に聞かれないように小声で喋る。どこの誰が幸村のファンかも分からないし、警戒しておくことに越したことは無いと思う。
万が一にもあたしが幸村にお弁当を作って来てあげている、なんてことが噂で広まって仕舞えば…その後の事は容易に想像が出来るであろう。
「声が小さくて何言ってるか分からないよ、もっと声は大きくハキハキ喋りな」
あたしの心情を汲み取ろうともしない幸村は、自分だけさっさと階段を上がって屋上に向かう。途中の踊り場で立ち止まるから、ほんの少し待つ気はあるみたいだけど。
「足早い、もっとゆっくり歩いてよ」
「これが俺の一番遅いスピードだよ」
そう言って長くすらっと伸びた脚を少し浮かせ、ひらひらと軽く足先を振る。
幸村とは結構長く友達をやっているが、本当に性格は悪いと思う。が、顔良しスタイル良しときたら文句の付け所もない。そして毎度あたしは少しの嫌味も言い返せないのである。
ぶつくさと愚痴を零しながら、自分なりの早足で幸村を追う。
先に屋上に着いていた幸村は、紳士的にも扉を押さえてあたしを屋上へ迎え入れてくれた。
「そんな紳士っぽいことできたんだ」
御礼を言いつつも、思った事をぽろっと告げる。
「俺を誰だと思ってるの?」
なるべく小さな声で、聞こえるか聞こえないかの大きさで言ったにも関わらず幸村にはきちんと聞こえていた。恐るべし。
「そうでしたね、ハイ…」
「なんでもいいけど、早くこっち座ってよ」
あたしが返事をしている間にも、スタスタと歩いて日の当たる場所に腰をかける幸村。
ムスッとしながらゆっくり近づいて彼の目の前まで来ると、自分の横に座れとばかりに隣りの地面をポンポンと叩いている。
なんとなく嫌だなあと思ったけど、ジトッとした目で見据えられてしまう。仕方なくそれに従うことにした。
座った後、軽く一息吐く。
「溜息なんか吐いてないでそれ開けて」
「急がなくてもお弁当は逃げないでしょうが」
「早くお前のクソまずいお弁当見たいんだよ」
「ねえ、ほんと口悪い」
あたしじゃない女子だったら、幸村にこんな事を言われてしまっては寝込むレベルなのでは?とさえ思う。
そんな事を頭の中で考えながら、お弁当箱をケースから引っ張り出して蓋を開けた。
「はい、どうぞ召し上がれ」
「………」
幸村が目の前に差し出されたお弁当をガン見している。昨日トークでも言っていた中身と、まったく同じものを作ってやった。卵焼き、ウインナー、ブロッコリーに白いご飯。ウインナーはもちろんタコさんだ。
「あのさ」
「何ですか幸村くん」
「昨日言ってたまんまの中身なんだけど」
「だって昨日のお弁当の中身聞いてきて、それからの食わせろだったから」
「だから中身同じってこと?」
「そうそう」
「単純過ぎるなあ、お前」
文句言うなよなあ、幸村が食べたいって言ったんじゃないか〜。と心で思ったけど、余計なことは言わないに限る。
幸村が卵焼きを一つ摘んで、パクッと丸ごと口に放り込む。本当に嫌になるくらい動作が綺麗だなあ。
モグモグと口を忙しなく動かした後に小さく「ふーん…」と漏らした。
「お味はいかがでしょうかー?」
「まあ、思ったよりクソまずくはないかな」
「褒めはしてくれないと思ったけど、やっぱり君はそういう奴だよ」
「名前のくせによくわかってんじゃん」
可愛くない返事をしながらも食べる手は止めていないところを見ると、ほんとに不味くはないみたい。だから言ったじゃんって感じだけど。
ふと、座っている幸村の横にミントグリーンの布切れが置いてあるのを見つけた。
「あれ、それって…」
覗き込んでみると、それはミントグリーンの巾着袋のようだ。
「あぁ」と漏らす幸村は次に「これ俺の母親が作ったお弁当」とあっけらかんと告げる。
「は、え…?」
「なにそれめっちゃアホ面なんだけど」
「え、待って幸村お弁当持ってきてたの?」
「持ってきてるよ」
「じゃあ、あたしが作る意味なくない?」
「あるから持って来いって言ったんでしょ」
「どう言うこと…」
最後まで言い終わる前に、幸村が徐ろにあたしの手を掴んだ。そしてそのままあたしの手の上にミントグリーンの巾着袋を置く。
「え…?」
「名前が俺のお弁当を食べて、俺が名前のクソまずいお弁当を食べるんだよ」
何を言っているんだこの人は。意味がわからない。
息子のために朝早くから起きて作っているであろうお母さん。のお弁当をあたしが食べて、幸村があたしのお弁当を食べる?復唱してみても理解できないぞ。
「いや、それ幸村のお母さんにすごく失礼なことあたしがしてるんだけど」
「まあ、そうなるね」
「そうなるね、じゃなくて」
「俺が言わなきゃバレないでしょ」
「素行悪いよこの息子」
「普段の行いは良いから素行が悪いとまではいかないかな」
「自分で言うなよ…」
やり取りをしている間にも、幸村が勝手に巾着袋を開けてお弁当箱をあたしに差し出す。渋々ながらもお弁当箱を受け取り、蓋を開ける。
パカっと小さく音を立てた。
「あたしのと比にならないくらい美味しそうなお弁当なんですが…」
「そりゃそうでしょ」
「こんなに愛のこもったお弁当を息子じゃない他所の家の子供が食べてたらお母さん悲しむぞ…」
「だから俺が言わなきゃバレないって」
「………」
これはもう、何を言ってもだめだ。
できればどうにかしてあたしが食べることは避けたかったけど、これ以上抗うことは出来まい。幸村怖いもん、幸村のお母さんごめんなさい。あたしが美味しくいただきますね…。
なんだかよくわからないけど幸村がまじまじと見てくるので、恐る恐るひとくち口に運ぶ。
「う、美味い…」
「ふふ、そうだろう」
ニコッと効果音が付きそうなくらいの少し得意げな笑顔でそう言われる。
幸村が作ったわけじゃないじゃん、と思ったけど、これを告げるとまたああでもないこうでもないと始まりそうなので心に留めておこう。
「ご馳走様?でした」
「ねえそこ疑問系で言うのやめてよ」
「じゃあ、お粗末様でしたかな」
「それはあたしが言うセリフだから」
あたしが幸村のお弁当を美味しく頂いている間に、幸村はなんだかんだお弁当を全て平らげいた。
それにしても幸村のお母さんが作ったお弁当、めちゃくちゃ美味しいなあ。
あたしもこんなご飯作れるようになりたいなあ。美味しい美味しいと思いながら食べていれば、お弁当箱の中身はあっという間に空になった。
「幸村ママのご飯まじで美味しい!ご馳走様でした!」
「クソまずいお弁当の改良参考に役立ったかい?」
「何回クソまずいってくだりやるつもりなの」
「いつまでも」
「ほんといい性格してるよ幸村」
「名前が嫌がってる顔が好きなんだよ」
どきん。
全文読めばときめく要素なんて皆無なのに、何故ときめいているのだあたし。
文章の一部分、“好き”という言葉だけにときめいてしまうとはこれいかに。
いや、あたしは悪くない。これは幸村がすごくいい顔で、いい笑顔で言ったからで。
ただの、仲の良い友達なのに。
「なに顔赤くしてんのお前」
「は!?」
「名前の顔、真っ赤なんだけど」
「あ、赤くなんてないし…」
「……ふーん?」
意味有りげにそう呟いて、幸村はあたしを穴が開きそうなほどに見つめてくる。
「なに…あたしの顔なんか付いてますか…」
「別に?ようやく俺のこと意識しだしたのかと思っただけだよ」
「は…」
「さてお弁当も食べたし、そろそろ教室戻るとするか」
あたしの頭はほんの少しフリーズしていた。
幸村が言ったことがいまいち理解できていない。ようやく俺のことを意識しだしたって何。
言葉が出ずに未だ座ったままのあたしは、その場で立ち上がった幸村を下から見つめていた。
ふと、幸村と視線がぶつかる。
「ふふ、アホ面」
幸村はそう言って、先程より数倍良い顔で笑う。
「うるさいよ…てか、さっきのどういう意味なの…」
「さっきのって何?」
「ようやく俺のこと意識しだした、ってやつ」
「ああ、それか」
幸村は軽く服に付いた埃を払いながら「俺、お前のこと好きだからさ。ようやくかって思っただけ」とさらりと告げる。
「え、今なんて言ったの」
「は?もう一回言わせる気なのお前」
「悪いけど、もう一回お願いします幸村くん」
「良い度胸してるね」
「ねえいいから、もう一回」
はぁ…と大きな溜息を吐かれた。
「俺が、名前のこと、恋愛的な意味で好きなんだよ」
自分を指差して、あたしを指差して、わかりやすく指差し確認でそう告げられた。
差された指でそのままトンッと胸元を突かれる、おまけ付き。
「…冗談?」
「俺の告白冗談にしたら、さすがにお前でもぶっ飛ばすよ」
「すいませんでした」
「ていうかクソまずいお弁当なんて普通、強請って作らせて食べると思う?いくら仲良くても食べないだろ」
「ハイ…」
「それにトークであんなめんどくさい絡み方、普通しないだろ」
「ハイ…」
「普通しないそんなこと、何でするかわかったわけ?」
「……あたしのこと好きだからですか」
「そうに決まってんだろ」
「なんか告白されてるのに喧嘩腰なんですけど…」
ほんとにこの人あたしのこと好きなの?
ていうか仲の良いただの友達だったはず、の幸村に告白されてるこの状況についていけない。
いつも悪態つかれて、それでも何だかんだ仲良くて、とても居心地が良い。
思い返せば何だか不思議な感じだ。
「さて、と」
幸村が座っているあたしに一歩近付く。
そしてそのまま屈んだかと思うと。
ちゅ。
頬に一瞬、軽い感触。
「な…!?」
「ふふ、やっぱりお前のアホ面いいね」
数センチのところに、幸村の綺麗な顔。
あたしの目線の先には、幸村の形の良い唇。
「か、勝手にほっぺにキス…!!」
「あれ、駄目だった?告白断られてないし、良いかと思ったんだけど」
「自己解釈、すんな…!」
「次からは許可取るって」
「つ、次って…」
あたしが喋り終わる前に幸村はスタスタと扉付近まで歩いて行くと、クルッと振り向いて。
「クソまずいお弁当も楽しみにしてるよ、これから毎日ね」
そう言って、扉の向こうに姿を消した。
「これから、毎日…」
お弁当を作るってことですか。幸村に。
というか…
「あたし、まだオッケーしてないんですけど…」
そう呟いてみたけど、あたしの独り言はスッと空気に溶け込んでしまったのであった。
きっと、なんだかんだ言いながらこれからもあたしはお弁当を作り続けてしまうのだろう。
仲の良いただの友達から特別な人になるのだと感じながら、あたしは暫くその場から動けないのであった。
- end -
昨日の昼過ぎの授業中、いつものように幸村から暇つぶしだとトークが飛んできた。いつものくだらない内容だった。
自分勝手で、相手の話を全く聞かない彼奴。
話の流れに身を任せれば、気付いた頃には…あたしは幸村にお弁当を作る羽目になっていた。
「ボコボコのボコになる覚悟はいい?」
「昼休みの出会い頭でそれ言うのやめて」
笑顔で右手に拳を作って、胸の前に上げる幸村。の手をやんわり手で制するあたし。
「あー、なんで昨日軽い口調で幸村にお弁当作るなんて言っちゃったのかなー…」
極力、人に聞かれないように小声で喋る。どこの誰が幸村のファンかも分からないし、警戒しておくことに越したことは無いと思う。
万が一にもあたしが幸村にお弁当を作って来てあげている、なんてことが噂で広まって仕舞えば…その後の事は容易に想像が出来るであろう。
「声が小さくて何言ってるか分からないよ、もっと声は大きくハキハキ喋りな」
あたしの心情を汲み取ろうともしない幸村は、自分だけさっさと階段を上がって屋上に向かう。途中の踊り場で立ち止まるから、ほんの少し待つ気はあるみたいだけど。
「足早い、もっとゆっくり歩いてよ」
「これが俺の一番遅いスピードだよ」
そう言って長くすらっと伸びた脚を少し浮かせ、ひらひらと軽く足先を振る。
幸村とは結構長く友達をやっているが、本当に性格は悪いと思う。が、顔良しスタイル良しときたら文句の付け所もない。そして毎度あたしは少しの嫌味も言い返せないのである。
ぶつくさと愚痴を零しながら、自分なりの早足で幸村を追う。
先に屋上に着いていた幸村は、紳士的にも扉を押さえてあたしを屋上へ迎え入れてくれた。
「そんな紳士っぽいことできたんだ」
御礼を言いつつも、思った事をぽろっと告げる。
「俺を誰だと思ってるの?」
なるべく小さな声で、聞こえるか聞こえないかの大きさで言ったにも関わらず幸村にはきちんと聞こえていた。恐るべし。
「そうでしたね、ハイ…」
「なんでもいいけど、早くこっち座ってよ」
あたしが返事をしている間にも、スタスタと歩いて日の当たる場所に腰をかける幸村。
ムスッとしながらゆっくり近づいて彼の目の前まで来ると、自分の横に座れとばかりに隣りの地面をポンポンと叩いている。
なんとなく嫌だなあと思ったけど、ジトッとした目で見据えられてしまう。仕方なくそれに従うことにした。
座った後、軽く一息吐く。
「溜息なんか吐いてないでそれ開けて」
「急がなくてもお弁当は逃げないでしょうが」
「早くお前のクソまずいお弁当見たいんだよ」
「ねえ、ほんと口悪い」
あたしじゃない女子だったら、幸村にこんな事を言われてしまっては寝込むレベルなのでは?とさえ思う。
そんな事を頭の中で考えながら、お弁当箱をケースから引っ張り出して蓋を開けた。
「はい、どうぞ召し上がれ」
「………」
幸村が目の前に差し出されたお弁当をガン見している。昨日トークでも言っていた中身と、まったく同じものを作ってやった。卵焼き、ウインナー、ブロッコリーに白いご飯。ウインナーはもちろんタコさんだ。
「あのさ」
「何ですか幸村くん」
「昨日言ってたまんまの中身なんだけど」
「だって昨日のお弁当の中身聞いてきて、それからの食わせろだったから」
「だから中身同じってこと?」
「そうそう」
「単純過ぎるなあ、お前」
文句言うなよなあ、幸村が食べたいって言ったんじゃないか〜。と心で思ったけど、余計なことは言わないに限る。
幸村が卵焼きを一つ摘んで、パクッと丸ごと口に放り込む。本当に嫌になるくらい動作が綺麗だなあ。
モグモグと口を忙しなく動かした後に小さく「ふーん…」と漏らした。
「お味はいかがでしょうかー?」
「まあ、思ったよりクソまずくはないかな」
「褒めはしてくれないと思ったけど、やっぱり君はそういう奴だよ」
「名前のくせによくわかってんじゃん」
可愛くない返事をしながらも食べる手は止めていないところを見ると、ほんとに不味くはないみたい。だから言ったじゃんって感じだけど。
ふと、座っている幸村の横にミントグリーンの布切れが置いてあるのを見つけた。
「あれ、それって…」
覗き込んでみると、それはミントグリーンの巾着袋のようだ。
「あぁ」と漏らす幸村は次に「これ俺の母親が作ったお弁当」とあっけらかんと告げる。
「は、え…?」
「なにそれめっちゃアホ面なんだけど」
「え、待って幸村お弁当持ってきてたの?」
「持ってきてるよ」
「じゃあ、あたしが作る意味なくない?」
「あるから持って来いって言ったんでしょ」
「どう言うこと…」
最後まで言い終わる前に、幸村が徐ろにあたしの手を掴んだ。そしてそのままあたしの手の上にミントグリーンの巾着袋を置く。
「え…?」
「名前が俺のお弁当を食べて、俺が名前のクソまずいお弁当を食べるんだよ」
何を言っているんだこの人は。意味がわからない。
息子のために朝早くから起きて作っているであろうお母さん。のお弁当をあたしが食べて、幸村があたしのお弁当を食べる?復唱してみても理解できないぞ。
「いや、それ幸村のお母さんにすごく失礼なことあたしがしてるんだけど」
「まあ、そうなるね」
「そうなるね、じゃなくて」
「俺が言わなきゃバレないでしょ」
「素行悪いよこの息子」
「普段の行いは良いから素行が悪いとまではいかないかな」
「自分で言うなよ…」
やり取りをしている間にも、幸村が勝手に巾着袋を開けてお弁当箱をあたしに差し出す。渋々ながらもお弁当箱を受け取り、蓋を開ける。
パカっと小さく音を立てた。
「あたしのと比にならないくらい美味しそうなお弁当なんですが…」
「そりゃそうでしょ」
「こんなに愛のこもったお弁当を息子じゃない他所の家の子供が食べてたらお母さん悲しむぞ…」
「だから俺が言わなきゃバレないって」
「………」
これはもう、何を言ってもだめだ。
できればどうにかしてあたしが食べることは避けたかったけど、これ以上抗うことは出来まい。幸村怖いもん、幸村のお母さんごめんなさい。あたしが美味しくいただきますね…。
なんだかよくわからないけど幸村がまじまじと見てくるので、恐る恐るひとくち口に運ぶ。
「う、美味い…」
「ふふ、そうだろう」
ニコッと効果音が付きそうなくらいの少し得意げな笑顔でそう言われる。
幸村が作ったわけじゃないじゃん、と思ったけど、これを告げるとまたああでもないこうでもないと始まりそうなので心に留めておこう。
「ご馳走様?でした」
「ねえそこ疑問系で言うのやめてよ」
「じゃあ、お粗末様でしたかな」
「それはあたしが言うセリフだから」
あたしが幸村のお弁当を美味しく頂いている間に、幸村はなんだかんだお弁当を全て平らげいた。
それにしても幸村のお母さんが作ったお弁当、めちゃくちゃ美味しいなあ。
あたしもこんなご飯作れるようになりたいなあ。美味しい美味しいと思いながら食べていれば、お弁当箱の中身はあっという間に空になった。
「幸村ママのご飯まじで美味しい!ご馳走様でした!」
「クソまずいお弁当の改良参考に役立ったかい?」
「何回クソまずいってくだりやるつもりなの」
「いつまでも」
「ほんといい性格してるよ幸村」
「名前が嫌がってる顔が好きなんだよ」
どきん。
全文読めばときめく要素なんて皆無なのに、何故ときめいているのだあたし。
文章の一部分、“好き”という言葉だけにときめいてしまうとはこれいかに。
いや、あたしは悪くない。これは幸村がすごくいい顔で、いい笑顔で言ったからで。
ただの、仲の良い友達なのに。
「なに顔赤くしてんのお前」
「は!?」
「名前の顔、真っ赤なんだけど」
「あ、赤くなんてないし…」
「……ふーん?」
意味有りげにそう呟いて、幸村はあたしを穴が開きそうなほどに見つめてくる。
「なに…あたしの顔なんか付いてますか…」
「別に?ようやく俺のこと意識しだしたのかと思っただけだよ」
「は…」
「さてお弁当も食べたし、そろそろ教室戻るとするか」
あたしの頭はほんの少しフリーズしていた。
幸村が言ったことがいまいち理解できていない。ようやく俺のことを意識しだしたって何。
言葉が出ずに未だ座ったままのあたしは、その場で立ち上がった幸村を下から見つめていた。
ふと、幸村と視線がぶつかる。
「ふふ、アホ面」
幸村はそう言って、先程より数倍良い顔で笑う。
「うるさいよ…てか、さっきのどういう意味なの…」
「さっきのって何?」
「ようやく俺のこと意識しだした、ってやつ」
「ああ、それか」
幸村は軽く服に付いた埃を払いながら「俺、お前のこと好きだからさ。ようやくかって思っただけ」とさらりと告げる。
「え、今なんて言ったの」
「は?もう一回言わせる気なのお前」
「悪いけど、もう一回お願いします幸村くん」
「良い度胸してるね」
「ねえいいから、もう一回」
はぁ…と大きな溜息を吐かれた。
「俺が、名前のこと、恋愛的な意味で好きなんだよ」
自分を指差して、あたしを指差して、わかりやすく指差し確認でそう告げられた。
差された指でそのままトンッと胸元を突かれる、おまけ付き。
「…冗談?」
「俺の告白冗談にしたら、さすがにお前でもぶっ飛ばすよ」
「すいませんでした」
「ていうかクソまずいお弁当なんて普通、強請って作らせて食べると思う?いくら仲良くても食べないだろ」
「ハイ…」
「それにトークであんなめんどくさい絡み方、普通しないだろ」
「ハイ…」
「普通しないそんなこと、何でするかわかったわけ?」
「……あたしのこと好きだからですか」
「そうに決まってんだろ」
「なんか告白されてるのに喧嘩腰なんですけど…」
ほんとにこの人あたしのこと好きなの?
ていうか仲の良いただの友達だったはず、の幸村に告白されてるこの状況についていけない。
いつも悪態つかれて、それでも何だかんだ仲良くて、とても居心地が良い。
思い返せば何だか不思議な感じだ。
「さて、と」
幸村が座っているあたしに一歩近付く。
そしてそのまま屈んだかと思うと。
ちゅ。
頬に一瞬、軽い感触。
「な…!?」
「ふふ、やっぱりお前のアホ面いいね」
数センチのところに、幸村の綺麗な顔。
あたしの目線の先には、幸村の形の良い唇。
「か、勝手にほっぺにキス…!!」
「あれ、駄目だった?告白断られてないし、良いかと思ったんだけど」
「自己解釈、すんな…!」
「次からは許可取るって」
「つ、次って…」
あたしが喋り終わる前に幸村はスタスタと扉付近まで歩いて行くと、クルッと振り向いて。
「クソまずいお弁当も楽しみにしてるよ、これから毎日ね」
そう言って、扉の向こうに姿を消した。
「これから、毎日…」
お弁当を作るってことですか。幸村に。
というか…
「あたし、まだオッケーしてないんですけど…」
そう呟いてみたけど、あたしの独り言はスッと空気に溶け込んでしまったのであった。
きっと、なんだかんだ言いながらこれからもあたしはお弁当を作り続けてしまうのだろう。
仲の良いただの友達から特別な人になるのだと感じながら、あたしは暫くその場から動けないのであった。
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