誰にでも、死は訪れる。ただ、それは早いか遅いかの差だと、あれは誰の台詞だっただろうか。
 桐条御用達の病院(?)辰己記念病院。病室のベッドで点滴に繋がれた夏帆は、うろ覚えの記憶を頭の中で反芻していた。
 初めてのタルタロス探索から何日過ぎたのか。壁に掛かった時計によれば、早朝5時30分。夏帆は意識を取り戻した。
 ベッドの傍では、店主が椅子に腰掛けて眠っている。普段は滅多に眼鏡を外さない店主は、ワイシャツの胸ポケットに眼鏡をしまって穏やかな寝息を立てていた。
 ……生きていた。自分は死んでいなかった。安堵もあるが、夏帆の胸の内を占めるのは、安堵感以上の疑問だった。
 あの時の痛みと諦めは、忘れようがない。この程度の力しか無かった、と諦めてしまったのだから、助かる要素は皆無の筈。

(――アストライア)

 店主を起こさないよう、意識だけで半身を呼ぶ。
 夏帆の意思を汲み取ったアストライアは、召喚時よりも静かにベッド脇へと姿を見せた。

(なんで、うちは……生きてる?)

 本来なら喜ぶべきこの問いも、今は夏帆の気分の問題であって意味は無い。半身は変わらず無言で、いつも通りスルーされて終わるのか、と特には気に留めない。
 しかし、今回は違った。アストライアは一度視界から消えたかと思えば、備え付けのチェストに置かれた夏帆の携帯電話を差し出してきた。

「携帯? てか、あんた物に触れたのか……」

 純粋に驚く。だが、刈り取る者との戦闘から桜達を逃がす際を思い出して納得がいった。
 オルフェウスやイオ、ヘルメスが自分達の主を連れて逃げたのだから、そう難しくないかも知れない。

「ま、こんな仮説は置いといて、だ。メール来てる?」

 頷いたアストライアから携帯を受け取り、待ち受け画面を開いた。メール5通、着信3件。

「桜に順平、ゆかりからか……。ん? 真田先輩からもだ」

 着信履歴は、桜達からだった。
 メールの内容は全て、刈り取る者との戦闘から逃げた事に対する謝罪と、怪我の心配。真田からは、無謀な行動を起こした事への叱責と心配。
 末尾には追伸があり、“退院したら美鶴と説教だ”と書かれていた。

「謝るのはお門違いだってーの……お馬鹿。後、説教はなるべく断りたいです」

 疑問についてははぐらかされた気がしたが、追及する気は失せていた。ここまで心配を掛けては、いよいよもって彼らに顔を合わせられない。
 最後に開いた5通目は、差出人が不明かつ件名も無いメールだった。

「差出人不明……? アドレスも無し、件名も無いって、不気味にもほど…が……」

 迷惑メールかと思い、内容を確認した夏帆は、文面に目を通した瞬間に携帯を取り落としかけた。
 そこに書かれていたのは、たった一言。

“ご無事でなによりでございます、高野夏帆様”

(……怪しい!!)

 布団に携帯を叩き付けたい衝動を抑えて、もう一度文面を読み直す。しかし、何度読み返しても内容はその一言のみ。

(何だコレ! 新手の嫌がらせか! 宗教勧誘かっ!)

 今度こそ我慢しきれずに、携帯を握ったまま拳を何度も布団へ叩き付ける。とはいえ、よほど長く眠っていたらしいこの体は、動かす度に鈍痛を訴えてくる。

「――ン、夏帆? 目が覚めたのかい」
「あ、姐さん。えーっと、その……」

 眼鏡を外した状態の店主と会話するのは、実はこれが初めてだった。
 普段とは違った雰囲気に若干戸惑いつつ、“お早うございます”とぎこちなく挨拶する。

「良かった。心配したんだよ、1ヶ月も昏睡状態だったんだからね」
「すみませ……って、1ヶ月!? そんなん長く倒れてたんですか、うちは!?」

 思わず跳ね起きれば、「ああ、長かったよ」とあっさり肯定された。

「タルタロスでの事は、あの子達から直接聞いた。随分無謀な事をしでかしたもんだね」
「ぅ……」
「その上、私があんたの事を聞いた時は、リーダーだって子が何度も謝罪してきた。ついでに、毎日見舞いに来ている」
「ぇ」
「で、こっからは私の勘だよ。あんた、何か隠してないかい?」
「――――」

 息のつく暇も無い、怒涛のラッシュ。最後の問いと共に、店主はス……と目を細めた。
 瞳にいつもの暖かさは微塵も無く、相手の嘘を見抜き、見定める為の眼差し。それは夏帆の知らない、店主の一面。
 ──ほんの少しだけ、怖い、と思ってしまった。
 どう答えれば最適なのか分からず、ただ俯く。そんな夏帆に、店主は何を思ったのか、眉間に指を当てて大きく息を吐いた。

「はぁー……。まさか、本当に隠し事があるなんてね……」
「なっ、姐さん、カマかけましたね!?」

 思わずベッドから身を乗り出してずり落ちかける。ここは“隠し事は無い”と答えるべきだったか、と夏帆は内心で頭を抱えた。

(けど……姐さんは、結構勘が鋭い。隠し通すのも、ここいらが限界なのか?)

 これまで生活してきた中での経験が、そう物語っている。物語の核心は省きつつ、話すしかなさそうだ。
 そう結論づけた夏帆は口を開こうとしたが、

「――っ?」
「構わないさ、話したくないなら。私も無理に聞き出すつもりはなかったしね」

 開きかけた口が、中途半端に止まる。店主の指が、そっと唇に触れていたからだ。目だけを動かして店主を見れば、彼女は小さく首を振った。
 桐条に関わった者として気になっただけだから、と。そう話を締めくくり、店主は家族をベッドに横たわらせる。
 その気遣いに何も言う事が出来ず、夏帆は気まずさを感じながらも口を閉ざしてしまう。

「さて、と。そろそろ、朝ご飯が来るね。私は、店に戻るよ」
「あっ、姐さん。……ありがとうです」

 腰を上げた店主は、眼鏡を掛けて病室の扉前で立ち止まった。てっきり、そのまま出て行くかと思っていた夏帆は、疑問符を浮かべる。

「……本来なら、私は夏帆を止めるべき側だったのにね」
「姐さん、なんか言いました?」
「いいや。ちゃんと養生するんだよ」

 呟かれた言葉の内容を聞き取れなかったらしい夏帆に釘を差し、店主は振り向く事なく病室を後にした。

 *

 桐条グループ。それが、かって店主の所属していた組織名だ。今や世界にその名を知られる大企業ではある。しかし、実態はかなり複雑だ。
 はっきり明暗のついた事業内容。表向きは比較的安全な国際事業を展開しているが、裏向きはそうとは言えなかった。
 その代表的な事業が“表層人格抽出計画”。いわゆる、ペルソナ研究の最初期段階の計画名。

(まだ私のIDが使えたとはね……。にしても、出てくる出てくる。前総帥は、相当未知の力にご熱心だったみたいじゃないか)

 家族である異世界の少女が病院に搬送されたと聞いた時、店主は朝一番で病院へ車を走らせた。
 彼女に目立った外傷は無い、昏睡状態にあるだけ。仲間の少女達から事情を聞いた店主は、ひとまず安堵した。
 その日は1日夏帆に付き添い、そして帰宅と同時にある作業に取り掛かった。
 ペルソナに関してなら、店主は研究の第一人者と言っても過言ではない。そもそも桐条グループにおいて、ペルソナを発見したのは彼女なのだ。

(美鶴お嬢様の『ペンテシレア』……幼年期より成長していた。ペルソナは、宿主の身体的成長に合わせて成長する……?)

 開店準備の整っていない店内のカウンターで、一心不乱にノートパソコンのキーを打ち続ける。
 桐条の研究員にしか分からない暗号化されたファイルのロックを難なく解く店主の表情は、いつになく険しい。

「……あった」

 店主は、出来るなら夏帆を元の故郷に返してやりたいと思っていた。少女を保護して事情を聞いた時から、自分の中にはある仮説が誕生している。
 キーを叩く速度が、一気に倍になる。このデータは早急に写さなければならなかった。
 そして数分後、データを写し終えたUSBメモリをパソコンから引き抜き、ポケットにしまう。

「恐らく、手はある。安心しなよ、夏帆」

 時刻は23時55分。影時間までに済ませたかった事を終わらせて、店主は寝室へと向かっていった。

 *

「あんたってバカじゃないの、バカじゃないの、バカじゃないの、て言うかバッカじゃないの!?」
「ゆ、ゆかり落ち着いて……」
「神路、岳羽の好きにさせてやれ。こいつにはちょうどいいだろうさ」
「さ、真田サン、割とドライっすね」

 1ヶ月振りに目を覚ました夏帆を待っていたのは、ゆかりのマシンガン説教だった。
 ベッドに正座させられ、止める気のなさそうな順平を恨めしく思う。桜を見習えと言いたいが、口に出せば間違いなく説教が3倍の長さになる。
 桜には、ゆかりが“バカじゃないの”と発言する度に、夏帆の頭に金盥(かなだらい)が落下しているように見えて仕方なかった。
 ついでに、ダメージも数字になっている気がしたのは内緒だ。
 桜が1人明後日の方を向きながらそう考える間も、ゆかりのマシンガン説教は止まらない。
 なにせ、アストライアが夏帆を抱えて戻って来るまで、順平がゆかりを落ち着かせようと奮闘していたほどだ。ちなみに、桜は呆然とエントランスに座り込んでいた。
 今になって思い出すと、未熟さが目立つ行動だったと猛省する。穴があったら、入りたい。

「ゆかり、もうマジ勘弁して……」
「私はいいけど、先輩達のが残ってるよ」
「ゲッ、ジョーダンだろ……」
「夏帆ッチ、こーゆーのは自業じと……」
「黙れチョビ髭。タルタロスでゆかりを宥めてくれたのは嬉しいが、それとこれは別件だ」
「だから、なんでいちいちオレは厳しいんだよ!?」
「脊髄反射。気にするな」
「ヒデー! 余計気にするっての!」

 ゆかりの言葉には、未だに抜けきらない棘があった。棘と言っても、外皮だけだが。
 今日の昼休み中、美鶴から夏帆の意識覚醒を聞いた時はあれだけ喜んでいたのに、いざ夏帆の顔を見ると心配が有り余って全て説教に変わったらしい。
 順平とはコント紛いのやり取りをして、ゆかりに2人揃って追加の説教をされている。それにすら、微笑ましいものを感じる桜だった。
 それともう一つ、桜は嬉しく思う事があった。出会ってからずっと距離を置かれている、と感じていた夏帆の雰囲気が、目覚めてから幾分か砕けたものになっていたのだ。
 本人曰わく「あの時に怒鳴ったのが素です、それまでキャラ作ってました、すいません」との談。

「でも良かった。ひと月も昏睡してたら、もうずっと……このままなのかな…って……おも、って…」

 語尾が言葉にならない。両手で顔を覆って泣き出した桜に、夏帆はぎょっとして大袈裟に身を引いた。その後に続く、ばさばさと何かを引っくり返す音。

「と、とりあえずティッシュ、ほら鼻かんで。って、あぁあ、頼む泣くなリーダー! うちが全面的に悪かった!」
「ぅっ、ふぇっく、ごめん…」

 桜の手に、乱暴にポケットティッシュが押し付けられる。桜が涙で潤んだ瞳で夏帆を見ると、ベッド上の友人はなんとも見事な姿勢で土下座していた。
 ちーん、と桜が鼻をかむ音だけが響く。どっちも子供だ、と窓枠に背を預けた真田は彼女達を観察する。
 それから少しして桜が落ち着いた頃合いを見計らい、未だに土下座を続ける後輩へ声を掛けた。

「高野。この際、俺と美鶴からの説教は後回しだ。先に聞きだい事がある」

 「説教あるんですかーっ!?」そうジェスチャーで体現する夏帆の抗議を黙殺し、真田は備え付けのテーブルにアルミ製のトランクを置いた。
 トランクを置かれた瞬間、それまでの表情から一転、夏帆の目つきが真剣なものに変わる。

「美鶴や理事長も含めて、この1ヶ月、俺達全員が問いたかった事だ。“お前はこれからどうする”」
「……うちの答えは、変わりません。S.E.E.Sには、所属出来ない」

 それだけを言って、夏帆はトランクを中身も真田に押し返した。
 真田は答えを分かっていたのか、そうか、とだけ頷いてトランクを置いて病室を出て行った。
 その赤い背中を、夏帆は黙って見送る。廊下から足音が聞こえなくなると、布団の上で胡座をかき、事を静観していた同級生達を見上げた。
 誰も言葉を発しようとしない病室で、時間だけが過ぎていく。沈黙を破ったのは、順平だった。

「あー、その、夏帆ッチ。……ありがとな」
「……なんだって?」

(まさか、囮になった事か?)

 夏帆の頭の中を、順平の礼だけが意味なく回る。そもそも助かったのは結果論であって、礼を言われる事ではない。

「何か妙なモンでも食べたか? 内科行く? もしくは精神科」
「今、割とマジメに話してるんだけどなー……」
「すまん、冗談だっての。そんで?」

 気まずそうな表情で先を促された順平は、桜に話を譲る。それに頷いた桜は、一度深呼吸をしてから話を切り出した。

「1人だけ残って、私達を逃がしてくれてありがとう。夏帆がいなかったら、私達逃げられなかったと思う」
「ちょっと待った、リーダー」

 更に話を続けようとした桜は、眼前に手を突き出されて目を白黒させる。
 手の向こうに見える夏帆の表情は、ただ渋いだけだった。礼を言われた事に、まるで納得出来ていないような渋面。

「違う。何が違うとか分かんないけど、これだけは言える。あんたらの礼は、うちに向けるものじゃない。うちは、何もしてないんだ」

 桜達を優先したのは、彼らがこの場所になくてはならないから。確かにあの時、夏帆は彼らの帰還を最優先とした。
 あの時、胸の内にあった感情は決して友愛ではなかったのだ。情けないが、刈り取る者に殺されかけるまで、“これが夢なら覚めてほしい”と願っていた。

 つまり夏帆は、未だにこの同級生達を“自分とは関係ない”と思っている節がある。身勝手な自己満足だ。

「……悪い。今日はもう、帰ってほしい。頭ン中ごちゃごちゃで、ホント……ごめん」

 額に手をやる。いつまでも現実逃避している場合ではないというのに、どうしても元の世界の事が離れない。
 自分はこの世界で知り合った人を全て騙している。S.E.E.Sも、眞宵堂の店主も、アパートの大家も。それを自覚しているからこそ、罪悪感が酷い。
 感情を抑えようと、破れそうなほど強く下唇を噛んだ。このままでは、言ってはいけない事まで口走ってしまう。

「あんなの相手にしてたもんね。長々とごめん、ゆっくり休んでね」
「明日も来るぜ、飯は食っとけよ?」
「ノートは手分けしてとってあるから」
「……ありがと」

 去り際にかけられた温かな言葉に曖昧な笑みを返し、3人を見送る。それぞれが手を振って病室から出て行く。
 気配を感じなくなってから、夏帆は膝の上で拳を強く握った。

「あぁあくそっ、やっぱ無理、もう我慢の限界だ! なんだってこんな目に遭わなきゃなんないんだッ!?」

 力の限り右手を振り抜く。体温計やプラスチック製の空のコップ、置かれたままだったトランクがなぎ払われて、テーブルから落下し、けたたましい音を立てた。
 落下の衝撃でトランクの留め具が外れ、召喚器と腕章が転がり出てくる。
 夏帆は一瞬だけ召喚器を一瞥し、俯き、強く奥歯を噛み締める。堰を切ったように溢れ出る感情は、既に夏帆自身では止めようがなかった。
 どれもこれも、全て“不満”でしかない。何故、何のために。どうして自分が。他の人間では駄目だったのか、と。
 嫌気が差す。ここまで幼稚な事を考えている脆弱な自分も、あの平穏な日常から引き離されたことも。

「いやだ、もう嫌だ……! 帰りたいっ……母さん、父さん、凪……!!」

 夏帆の心は、完全に混乱していた。シーツに染みが出来ていく。次第に数は増え、同時に、少女の口からは嗚咽が洩れる。

「っ…ぅぁあ、あぁああああ……っ!」

 枕に顔をうずめ、声を殺して泣き続ける。窓の外では夕焼けが街全体を朱く染めていく。夕焼けが薄闇に変わりきった頃、漸く夏帆は落ち着きを取り戻した。
 まだ体は完全に言うことを聞くわけではなく、感情が一気に高ぶったせいか、急に目の前が暗くなった。
 ぼふり、と力なくベッドに倒れこむ。意識は徐々に朦朧としていき、涙の跡を隠さないまま眠りについた。
 なんか何もかも馬鹿馬鹿しいな、と誰に言うでもなく1人で愚痴を零して。

 *

 月光館学園高等部では、最近ある噂が広まっている。簡潔に済ませると“怪奇現象”だ。
 寮に帰ってきた桜は、順平とゆかりがラウンジのテーブルに本を広げて準備している場面に遭遇した。
 てきぱきと参考書を並べるゆかりに対して、順平は亀並みの遅さで作業している。数々の参考書を見るだけでも嫌だ、と顔に書いてあるようだった。

「参考書ばっかりだね。2人で勉強会でもしてるの?」
「ううん、夏帆に休んでた分を教えてあげれないか話してたの」
「オレ、ちょっと用事が……」

 桜が帰宅したのを好機に、これ幸い、とラウンジを出て行こうとする順平。その無防備な背中に、ゆかりが声音を低くして詰問する。

「順平、あんたドコ行くの?」
「え。や、だって、オレじゃまともに解説なんか出来ねーし」
「それなら、気分転換に、私の話に付き合ってくれる? 最近校内で持ちきりの怪談話」
「おっ、いいな!」

 話が逸れた事が余程嬉しいのか、順平はソファーに移動する。ゆかりも、これでは授業のまとめどころではないと判断したらしく、参考書を整理してキッチンに向かう。

「手伝うよ」
「ありがと、桜」

 ついでに、と桜は冷蔵庫の奥から作っておいたゼリーを取り出す。澄んだ黒色をしたそれは、貰い物のインスタントコーヒーを使用したコーヒーゼリーだ。
 本当はトッピングにホイップクリームを使用する予定だったが、急遽コンデンスミルクになった。理由は単純、ホイップクリームを買い忘れた為である。

「わー……おいしそう……」
「昨日、カレー作ったでしょ? 片手間にちょちょいとね」

 各々が自由にソファーに座り、よく冷えたコーヒーゼリーを一口頬張る。コーヒーの苦味を包むように広がるミルクの甘味に、ゆかりと順平の頬が緩んだ。

「どうかな?」
「美味しいよ。他にも作れるの?」
「レシピがあれば、大体は」

 向かいのソファーでは、スプーンを止める事なく動かした順平があっという間に容器を空にしていた。30秒も掛かっていない早食いである。

「桜ッチ、余りとかねえ?」
「1個で十分でしょ……」

 ゼリーが気に入ったのか、期待を込めた目で桜を見る順平。ゆかりは食いしん坊、と目だけで呆れている。桜は首を左右に振り、余りは存在しないと言外にアピールした。

「それじゃ、本題ね。今日学校で、用事があって職員室に行ったの。そうしたら桐条先輩が江古田に詰め寄ってた」

 そこで一拍間を開けて、桜は続ける。
 美鶴は、E組の女生徒――山岸風花が行方不明という事を独自に調べ、突き止めた。
 しかし、書類上では“病欠”になっているらしく、おまけに何日も自宅に帰っていないらしかった。
 これに不信感を抱いた美鶴は、早急に事態を解決すべきと判断。事の経緯を知る為にE組の担任である江古田を訪ねたが、あろうことか、江古田は風花の失踪を承知の上で隠匿していた。
 激昂した美鶴は、江古田からの事情聴取を放棄する。代わりに経緯を説明したのは、その時、場に同席していた加害者の女生徒――森山夏希だった。
 夏希は数人のグループを組み、風花をいじめのターゲットとしていた。行方不明となる前日は体育館に風花を閉じ込めた。
 本来なら翌日の早朝に出す予定だったが、早急になって体育館に向かった彼女達は騒然となった。風花が体育館のどこにもいなかったのだ。

「ん? じゃあ、オレッチの聞いた“幽霊”って」
「ストップ、確証はないでしょ。とにかく、桐条はしばらく帰りが遅くなるみたいだし、出来たら何か手掛かりでも掴みたいなって」
「……私達も調べてみる? 幽霊なんて、まずいる筈ないし!」
「あれぇ? ゆかりッチ、実は幽霊がこわ――」
「何 か 言 っ た?」
「……イエ、ナニも」

(ゆかり、わざわざ一語ずつ区切らなくても……)

 鬼もかくやと言わんばかりの眼光で、ゆかりは順平を睨み付ける。身の危険を感じた順平は、身を竦ませて口を噤んだ。
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