NARUTO/カカサク 短編①

My Heart Will Go On /Céline Dion
※歳を重ねた2人の話。死ネタ注意です。

先生が危篤に陥ったと聞いて、私は深夜にもかかわらず家を飛び出す。全速力で病院に向かい、勢いよく病室の扉を開けた。

「先生!」
「サクラ、そんなに慌ててどうしたの」

先生は病室のベッドで寝ていて、顔だけを私の方へ向け、力なく問いかける。

「先生が危篤だって聞いて……それで……」

私は息を整え、先生に近づき、ベッドの傍にある椅子に腰を掛ける。

「あ~、確かにそろそろかもね」
「何のんきなこと言ってるのよ。まだ逝っちゃだめだからね」
「うーん、それは無理なお願いかな」
「そんなこと言わないでよ……」

私は先生の手を握る。先生も握り返してくれるが、そこに力強さはない。

「俺、充分長生きしたと思うんだけどなー。戦場じゃなくベッドの上で逝けるなんて昔は想像もしなかったし」
「それだけ木ノ葉が平和になったってことよ。それも先生を含めたみんなのおかげ」
「サクラもね」
「うふふ、ありがと」
「ねぇ、サクラ。最期の瞬間まで俺といてくれる?」
「だから、まだ逝っちゃダメだって」
「サクラも医療忍者なら、俺の状態分かってるでしょ?」
「それは……」
「サクラにいてほしいんだ。ナルトはうるさそうだし、サスケは想像できないから……サクラしかいないんだよ」
「消去法なのね」
「あはは」
「まぁ、いいわ。先生が眠くなるまで一緒にいてあげる。そうね……昔話でもしましょうか。先生、覚えてる? 私が生きるのを諦めようとした時の事……」

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サスケくんが里を抜け、ナルトは修行に出ていた頃。私は里を見渡せる展望台にきていた。昼はそれなりに人はいるが、真夜中とだけあってまわりには誰一人いない。私は展望台の柵に足をかけ、その向こう側に移動する。下を見ると遠くに地面が見える。落ちたらひとたまりもないだろう。

私は目を閉じ、いままでの人生を振り返る。それなりにいい人生だったと思う。辛いこともあったけど、楽しいこともあった。親友や好きな人、仲間や恩師もできて、本当に恵まれていたと思う。でも、もう疲れてしまったのだ。生きることに。私は目を開け、地面のない場所へ一歩踏み出そうとした瞬間。

「サクラ!! 早まるな!!」

私を呼び止める声に驚き、後ろを振り向くと、そこには真っ青な顔をしたカカシ先生がいた。

「先生、どうして……」
「任務帰りに人影を見つけて、まさかと思ってきてみたら……」

先生は息を切らしている。よほど急いできたのだろう。

「いいか、俺が行くまでそこから動くな」
「お願い、私の事はほっといて」
「見てしまったからにはそうはいかない。一体どうしてこんなこと」
「それは……」
「サスケのことか?」
「……」
「サスケなら俺が連れ戻す。だから、こんなバカなことはやめろ」
「嘘、そんなのできっこない」
「サクラ……」
「お願い、先生。私、もう疲れちゃったの。楽にさせて」
「それは無理なお願いだな。もしサクラがここから落ちるなら俺も一緒に落ちるよ」
「そんなことしたら死ぬわよ」
「そうかもしれないな」
「バカじゃないの。こんな女のために命を投げ出すなんて」
「お前が助かるならバカな男でいい。でも落ちたらきっと痛いだろうな」
「痛いと感じる前にあの世行きよ」
「それもそうだな……でも、死んだらイチャイチャパラダイスも読めなくなるのか」
「そうなるわね。だから、先生は一緒に落ちなくていいのよ」
「さっきも言ったろ、見て見ぬふりはできないって。でも、サクラこそいいのか。お前の好きな少女漫画、まだ完結してないだろ」
「!?」
「それにいのとどちらが早く結婚するか勝負してるんだろう。ここで死んだらサクラの負けだよ」
「……」

どうしてそれを知ってるのか。私の動揺も知らずに先生は淡々と言葉を続ける。

「それにサクラがいなくなったら、サクラの両親やナルト、他の仲間たちもすっごく悲しむと思うよ。ナルトやいのなんかはきっと大騒ぎだろうね」
「……」
「しかも、俺も一緒に飛び降りるから、きっと心中だと思われるだろうね」
「!?」
「まぁ、俺はそれでもいいんだけど……。で、いま俺が言ったことを踏まえてサクラはどうしたい?」

先生に言われたことを想像してみる。そうしたら、なんだかこうしていることがバカらしく思えてきた。

「……やめるわ」
「そう、それが正解。さぁ、オレの手を取って」

伸ばされた先生の手を取ろうとした瞬間、足がすべり落っこちそうになる。先生はとっさに片腕で柵をつかみ、もう片方の手で私の腕を掴む。私は宙ぶらりんになり、先生の腕を両手で掴んだ。

「先生……」
「サクラ、絶対に俺の手を離すなよ」
「でも……」
「いいから、俺を信じろ」

先生の言葉を信じ、私は必死に先生の腕を掴み続ける。先生はゆっくりと私の体を腕の力で持ち上げ、ようやく私は柵の内側に戻ることができた。

「はぁはぁ……」
「先生、ごめんなさい」
「本当だよ、もうこんなバカなことはしないで」
「うん……」

私が素直に頷くと、先生は私の頭を撫でた。

――――――――――――――――

「こんなことがあったわよね」
「あったね~。あの時はもうどうなるかと思ったよ」
「ごめんなさい」
「もういいよ。こうして生きててくれるんだから」
「先生、優しすぎよ」
「サクラにだけね」
「もうっ! 先生ったら……。でも、先生がいてくれなかったら、私は私を諦めていた。助けてくれて本当にありがとう」
「どういたしまして」

それから私は昔の思い出話だったり、最近の出来事を話す。先生はそれを静かに、時々相槌を打ちながら聞いてくれた。ふとずっと気になっていたことを聞いてみることにした。

「ねぇ、先生。どうして結婚しなかったの。先生、結構モテてたでしょ?」
「うーん、なんでだろうね」
「私が聞いてるのよ。はぐらかさないで」
「……まぁ、もう最後だからいいかな。俺ね、好きな子がいるの。その子としか結婚を考えられなかったんだよね。でもその子にはもう相手がいたからねー」
「そんなの初耳」
「そりゃあ、バレないように隠していたから」
「先生らしいわ。その子の相手より幸せにしてやるとか思わなかったの?」
「そう思うこともあったよ。でも、その子もその子の好きな人も俺の大事な人だったから、2人に幸せになってほしかったんだ」
「……じゃあ、先生は誰が幸せにするの?」
「幸せだったよ。大好きな2人が結ばれて、その子供にも出会えた。そして、その好きな子とはこうして最期まで一緒にいられるんだから」
「えっ。先生、もしかして……」
「ねぇ、サクラ。そこの引き出しに入っているものを取ってくれない?」

私は先生に言われた通りに引き出しを開け、先生に言われたものを取り出す。それは私も見覚えのあるものだった。

「これって……」

私が驚いて先生の方へ顔を向けると、先生が優しく微笑む。その時、ある記憶が蘇ってきた。

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サスケくんもナルトもまだ里にいた頃。2人が任務に励む間、私は自分のノルマをこなし、先生とともに木陰で休んでいた。

「そういえば、この前親戚の結婚式に参加してきたんだけど、花嫁さんがすっごく綺麗だったのよ。それにすごく幸せそうで。やっぱり女の子は一度は憧れるわよね~」
「へぇ~」
「何、その興味なさそうな返事は」
「だって俺とは無縁の話だな~と思って」
「そんなことないと思うけど。だって私とサスケくんが結婚したら、先生も式に呼ぶ予定だから」
「あはは、期待しないで待ってるよ」
「何よ、その返答は……。いまは確かにサスケくんは冷たいけど、未来では分からないじゃない」
「はいはい」
「もうっ! まぁ、でも……もしサスケくんと結婚できなかったら、先生が私と結婚してくれる?」
「えー、何で俺が」
「可愛い教え子のためにそれぐらいしなさいよ」
「そう言われてもなー」
「先生が私とサスケくんが上手くいくように協力してくれればいいのよ」
「はいはい、結局それが目的ね」
「えへへ。じゃあ、これ」

私は持っていた小さな紙に“春野サクラと結婚できる券”と書いて、それを先生に渡す。

「これなに?」
「約束の券。先生、すぐに忘れそうだから形に残しておかないと。なくしたらダメだからね」

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「こんなのまだ持っていたのね。とっくに捨てたのかと思った」
「ひどいなー、サクラが捨てないでって言ったから、ちゃんといままで持ってたんだよ」
「……そうだったわね。先生はなんだかんだ言いつつも、約束をきちんと守る人だった」
「まぁ、その券の出番はなかったけどね」
「……ごめんなさい」
「謝らないでよ。俺は一時でもサクラが俺と結婚してもいいって思ってくれたことが嬉しかったんだから。その券は、俺の人生にとって最高の送りものだった」
「先生……」
「サクラに会えて良かったよ」
「それはこっちの台詞よ。先生に何度助けられたことか……あのね、先生……実は私も……」

私はずっと心の中にしまっていた言葉を言おうとしたが、先生がそれを制す。

「ダメだよ、サクラ。その言葉を出してはいけない」
「どうして」
「お前だって分かってるだろう」
「でも……」
「サクラ」

先生のはっきりとした拒絶に私の瞳からは涙が溢れてくる。

「泣かないで、サクラ。俺はお前の笑顔が好きなんだけど」

先生は困ったように笑いながら、私の涙を頼りない手つきで拭う。私は涙を拭っている先生の手に自分の手を重ね、精いっぱい微笑む。涙でぐちゃぐちゃの笑顔だったと思うけど、先生は嬉しそうに笑った。

「ありがとう、サクラ。俺はいつでもお前の幸せを願ってるよ」

そう言って先生はゆっくりと目を閉じる。

「先生……カカシ先生……いや……まだ逝かないでよ」

私はだんだんと冷たくなっていく先生の体を必死にゆさぶる。しかし、先生の目は閉じたままだった。

「先生! お願いだから、目を開けて……」

私は他の人がくるまで、泣きながら必死に先生の体をゆさぶっていた。









先生がいなくなってどれぐらいの季節が巡っただろう。私は先生が眠るお墓の目の前にしゃがみこんだ。そして、それに話しかけるように話し出す。

「先生がいなくなって、もうどのぐらいの月日がたったのかな。先生がいなくなった時はすごく悲しくて……何をするにもやる気がおきなくて大変だったのよ。その時に先生の存在にどれだけ助けられていたのか実感したの。でも、サスケくんやサラダ、いのやナルト達が支えてくれて……こうして先生のお墓参りできるまでになった。みんなには感謝してもしきれないわ。それにね、私気づいたのよ。先生は私の心の中でいまも生き続けてるって。不思議よね、そう思うだけでもう寂しくないの」

私は持ってきた花をお墓に添える。

「あの時には言わせてもらえなかったけど、もういいよね。私、先生のこと好きだったんだよ。先生は私のそんな気持ちに気づいてたよね。でも知らないふりをしてた。だから私サスケくんと……。先生が最期の時に先生の気持ちを聞いて、驚いたわ。まさか私と同じ気持ちだったなんて。まぁ、でも私はサスケくんと一緒になれて幸せだし、2人の大切な宝ものもできた。いま、とても幸せよ」

ポケットから券を取り出し、誰にも見えない場所にそれを置いた。

「この券はここに置いていくね。私と先生だけの秘密だよ。今回はこの券の出番はなかったけれど、もし……。もし、またこの世界じゃないどこかで先生と出会うことができたとしたら……その時はこの券を使ってもいいからね」

そう話し終えた瞬間、まるで先生のような優しい風が吹き抜けた。それに驚いていると、遠くから「ママー! 早くー!」とサラダの呼ぶ声が聞こえる。

「はーい! いま行く!」

大きな声で返事をした私は立ち上がり、「それじゃあ、またね。先生」と別れを告げると、大好きな2人が待つ場所へ走り出した。
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