NARUTO/カカサク 短編①

桜日和/星村麻衣

先生といつも通りにご飯を食べていると、急に握っていた箸が落ちた。

「あれ?」
「大丈夫か、サクラ?」
「うん……」
「最近、ものを落とすことが多いよな」
「あ~、疲れているかしら」

落ちた箸を拾い、新しい箸で再び食べ始める。実は先生の言う通り、最近ものを落とすことが多くなった。落とすというより手からすり抜けるというか……ありえないとは思いつつも、本当にそんな感じなのだ。それからもそういうことが度々起こったが、原因が分からないまま過ごしていた。

そして、この日もいつものように先生とそれぞれ本を読んでいた。私がいま読んでいるのは、死んだ恋人が会いに来るという内容の恋愛小説。

「まるで先生と私みたい。恋人ではないけどね」
「ん?」
「何でもないわ」

小声でつぶやいたはずなのに先生は聞きとれたみたいだ。さすがに正確な内容までは聞き取れなかったみたいだけど。そんな感じで小説を読み進めていくと、実は恋人は死んでおらず、死んでいたのは自分だったという衝撃の展開で私は思わず声を出す。

「うそ!?」
「どうしたの?」
「これなんだけど……」

私は小説の内容を先生に話す。てっきり「はいはい。そうなのね~」と流されると思っていたが、先生の顔は予想とは裏腹に強張っていた。

「先生……?」

私の問いかけに気づいたのか、先生がハッとする。

「サクラ。この小説を読んで、なんか気づいたことは? 思い出したこととか?」
「えっ……とくにないけど」
「本当に?」
「えぇ……」
「そうか……ならいい。これはもう読み終わっただろう」
「ちょっ! 何するのよ」
「もう十分読んだでしょ。俺も読みたいの」

そう言って先生は私から読んでいた本を取り上げる。ほとんど読んでいたけれどまだ全部ではなかったため取り返そうとしたが、私が先生に敵うはずはなかった。それでもどうしても最後まで読みたかった私は、なんとか先生の目を盗み小説を手に入れた。そして、読み終わった瞬間、身に覚えのない記憶が頭に流れてきた。だけど、それはすごくリアルで……私はいてもたってもいられず家を飛び出し、ある場所へ急いで向かった。

「サクラ!?」

それに気づいた先生が驚き私の名を呼ぶが、私はそれを無視して走り続ける。そして、目的地にくると、そこに刻まれているはずの名前がなく、代わりにあるはずのない名前を見つけた。

〝春野サクラ”

「私の名前……」

先ほどとは比べものにもならない記憶が流れ込んでくる。それは私が任務で敵と相討ちになるというものだった。

「サクラ……!!」

先生が息を切らしながら、私がいる場所……慰霊碑の前へやってくる。

「先生……」
「お前……まさか慰霊碑の名前を見たのか……?」
「うん」
「そうか……知ってしまったんだな」

先生は悲痛な面持ちで私を見る。私は全てを思い出していた。

「……死んでいたのは私の方だったんだね」
「……」
「先生は知っていたんでしょ。まぁ、当たり前か」
「……」
「そんな顔しないでよ。先生は仲間の死なんて慣れっこでしょ」
「そんなことはない! 仲間が死んでいく度に、どうして俺じゃなかったのかと……!」
「ごめん、そうだよね。悲しくないはずないよね。少し意地悪しちゃった」
「サクラ……」

幽霊なのは私で、生きているのはカカシ先生。私は自分が死んだことに気づいておらず、代わりに先生が死んでいるものだと思い込んでいた。

「びっくりしたんじゃない? 死んだ私が急に現れて」
「まぁ、そりゃあ……。俺にしか見えなかったし」
「でも、知っていたなら教えてくれれば良かったのに。私、先生の方が死んでいると思ってたのよ」
「気づいていないお前にわざわざ言う必要はないと思って」
「優しいのね、先生は」
「サクラ……」
「そんな優しい先生に私からの最後のお願い。全て思い出したからかな……私、もうすぐこの世からいなくなるみたい」

なぜだか分からないが、本能がそう伝えている。思い出さなくても、いずれは消えていた。ものをよく落としていたのも、その影響だったのだろう。

「先生、寂しい?」
「寂しいに決まってるだろう」
「私も寂しい。先生と過ごした時間、すごく幸せだった。それがなくなるのはすごく悲しい。だから……お願い」
「俺にできることなら」
「……私と一緒に終わってくれない?」

その言葉に先生が息を呑むのが分かった。

「それは……」
「できないよね。先生は私一人だけのものじゃないもの。私だけの先生でいてくれたらよかったのに……!」

私の目からは涙が零れ落ちる。そんな私を先生は優しく抱き締める。

「俺は……お前にもう一度会えて良かったと思う」
「……私と一緒に終わってくれるの?」
「サクラが俺だけに見える理由をずっと考えてた。それがようやく分かったよ。サクラと一緒に終わるために、俺にだけ姿が見えたんだと思う」
「それって……」
「好きだ。ずっと好きだった」
「先生……」

私は先生の背中に手をまわす。

「……私、知ってたよ」
「えっ……」
「何年一緒に過ごしてきたと思ってるのよ」
「それじゃあ……いままで気づかないふりを……」
「先生、なかなか言ってくれないんだもん。私もずっと言いたかったのに……。でも、先生から言わせたいと思って意地を張っちゃった」
「お前はサスケのことがずっと好きだと思ってたから」
「何年も前の話よ、それ。先生はそういうところは鈍いわよね」
「さっきから気になっていたんだが、まさかサクラも……」

ようやく先生は気付いたようだ。

「うん。私もね、先生の事が好き。先生に自分の気持ちを伝えられなかったのが心残りだったから、きっとこうして先生の前に現れたんだと思う」
「俺達、両想いだったんだな」
「うん。だから、私が幽霊として先生と一緒に過ごした日々はすごく幸せだった」
「俺も幸せだった。だからこれからも……」
「それはできないわ」
「どうして! お前も一緒に終わってほしいって……」
「確かにさっきまではそう思ってた。でも、先生はやっと気持ちを言ってくれたし、私の気持ちも伝えることができた。これでもう……」

私は自分の体がだんだんと透けていくのを感じ、終わりが近いのだと悟る。

「だめだ、いくな! いくなら俺も……」

先生は消えゆく私を繋ぎとめようとするが、透けていく私をとめることはできない。

「先生はゆっくり死ぬのがお似合いよ」
「サクラ……」

私は最後に先生の頬を消えかける手で撫でた。

―――――――――――

数十年後。俺はサクラと最後に散歩した桜並木にきていた。その中の他より大きい桜の木の下に腰を下ろす。桜の木を見上げ、サクラと過ごした日々を思い返す。

「この場所は変わらないな……」

サクラが消えた後、俺は誰とも一緒にならなかった。どうしてもサクラと比べてしまうのだ。

「サクラ……俺もう70歳。おじいちゃんだよ。もう十分だよね」

俺は目を閉じる。瞼の向こうには、最後に別れた時と同じ姿のサクラがいて俺を待っていた。

「先生、もう来たの? 前は遅刻ばっかりだったのに」
「あのね~、俺だって大事な時には遅刻はしないの」
「まだ時間はあるはずなのに」
「あと少しでしょ。それにもう十分。今度こそ一緒だ」
「うん。これからもよろしくね」

俺はサクラの手を取り、サクラはその手を嬉しそうに握り返した。
6/100ページ