NARUTO/カカサク 中編 K 

ノイズ/ミオヤマザキ


私とカカシ先生は恋人同士。まさか付き合えるとは思っていなかったため、告白して了承してくれた時はすごく嬉しかった。先生はとにかく優しかったから、私は気づかずにいた。先生の本当の気持ちを。その違和感に気づくようになったのはいつごろだっただろうか。

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里を歩いているとアスマ先生に声を掛けられる。

「よぉ、サクラ。久しぶりだな」
「アスマ先生! お久しぶりです」
「医療忍者として毎日頑張ってるらしいな」
「はい! でも、まだまだですけどね」
「カカシとも上手くやっているみたいじゃないか」
「えへへ、そうですかね」
「医療忍者でカカシと仲が良い……まるでリンみたいだな」
「えっ?」
「!?……いや、何でもない。いまのは忘れてくれ。それじゃあ、カカシによろしくな」
「……はい」

そう言ってアスマ先生は足早に去っていく。リンさんって確かカカシ先生と同じ班で、医療忍者だった人よね。私はあまり詳しくはないけど、既にこの世にいないことだけは知っている。実は、前にも似たようなことを別の人に言われた事があった。気にはなったけど、なんとなくこれ以上知らない方がいいような気がしてその疑問は心の奥にしまった。

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先生と休みが重なった日。私達は湖のほとりで散歩をしていた。そこには色んな花が咲いていた。

「うわぁ~、綺麗! やっぱり春は色んなお花が咲くからいいわよね~」
「そうだな」
「先生はどの花が好き?」
「うーん、俺はどの花も好きだよ」
「え~、つまんないの」
「男はそういうのよく分からないんだよ。女の子は本当に花が好きだよね」
「そりゃあ、そうよ! 見ているだけで癒されるもの」
「あはは。そういえば、前にも似たようなことを言ってたね」

あれ、そうだっけ? まぁ、いいや。

「菜の花にスイセン、チューリップ……本当に色んなお花が咲いてるわね」
「さすが詳しいね。サクラは確かこの花が一番好きだったよね?」
「えっ?」

カカシ先生が指差した花は確かに好きだけど一番ではない。それに、そんなことを言った覚えもない。

私が戸惑っているのを感じたのか、「あれ? 違ったか、すまない……」と先生が気まずそうな顔をする。

“ねぇ、誰と間違えたの?”

そう聞きたい衝動を抑え、私は明るく「先生! もうボケたの? これだからおじさんはー」と笑いながら、先生の背中を叩く。先生はほっとしたように笑った。私はこの頃から先生の中にいる別の女性……おそらくリンさんの存在に気づき始めていた。

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ある晩、ふと目が覚めた。窓の外を見ると、まだだいぶ暗い。横を向くと、先生は気持ち良さそうに寝ている。私はそんな先生に寄り添うと、先生が私を抱き締める。“起こしたかな?”って心配してるとまた寝息を立て始めたため、大丈夫なようだ。私も目を閉じてもうひと眠りしようとした瞬間、「リン……」と僅かに先生の声が聞こえた。

「えっ!」

思わず飛び起きるが、相変わらずカカシ先生は寝ている。どうやら寝言のようだ。私は一気に眠気が覚め、先生を起こさないようにベッドから出る。そして、寝室を出ると静かに泣いた。

それから私は先生の過去……リンさんについて調べている。知らない方がいいのは分かっているけれど、寝言にまで出るほどに先生の心の中に強く残っているリンさんが気になって居ても立っても居られなかった。

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そのまたある日。

先生の医療用具パックがボロボロになっているので、新しい医療用具パックを日頃の感謝としてプレゼントした。でも先生は、なかなか使ってくれる気配がない。

「……先生、もしかして気に入らなかった?」
「そんなことないよ。もったいなくて使えないんだ」
「でも使わないと意味がないわよ」
「あともう少ししたら、使うよ」

そうは言うけど、違う理由で使わないのは分かってる。先生がいま使っているものはリンさんがプレゼントしたもの。きっとそれを捨てたくないのだろう。

“うそつき”

またもや、私はその言葉を飲み込んだ。

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それからしばらく経った日。先生が珍しく酔って帰ってきた。

「ただいま~、サクラ~」
「おかえり……って! 帰りが遅いと思ったら、飲んでたのね。連絡ぐらいしてよ!」
「ごめんごめん」

先生の顔は真っ赤で、目は今にも閉じそうだ。よくこの状態で無事に帰ってこれたと思う。こんなに飲むなんて珍しいと思いながら、先生をベッドまで運ぶ。ふと傍にあったカレンダーを見ると、今日はリンさんの命日だった。“なるほどね……だからこんなに……”。私は、酔っているいまなら聞けるかも知れないと口を開く。

「ねぇ、先生」
「うん?」
「先生はいま会いたい人いる?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「好きな人のことは何でも知りたいのよ」

私はドキドキしながら、先生に問いかける。

「……いるよ。でももう会えないんだ」
「どうして?」
「俺が殺したから」

リンさんのことだろう。

「そっか……。もしその人に会えたらどうする?」
「会えるわけないだろう」
「もしもの話よ」
「……まずは会って抱きしめたい。そして色んな話がしたいかな」
「そうなんだ。その人って先生の大事な人?」
「……あぁ、そうだよ」

そして、私は意を決して先生に問いかける。

「先生は……その人のこと、愛してる?」
「うーん、その時は分からなかったけど。いま思うと、たぶん……愛してたかもね」

その後の言葉が出なかった。私の返答がないため、先生はついに本格的に眠りに入ったようだ。私は先生の寝顔を見ながら、過去を振り返っていた。


先生に告白した日。

「私、カカシ先生のことが好きなの」

先生が私のことをそういう目で見ていないのは分かってる。でも、とにかく自分の気持ちを伝えたかった。先生は私の告白に驚くと、少し考え込む。そして「……分かった。じゃあ、付き合おっか」とまさかのOKの返事をくれた。

「えっ! いいの!?」
「うん」
「本当に? 後で嘘だったとか言わない?」
「言わないよ~」

私は嬉しさのあまりその時は気づかなかったが、先生から“好き”という一言をもらっていなかった。だから、私は先生からのその一言が聞きたくて、何度か誘導尋問をした。

例えば、先生とのんびりしている時。

「先生、大好き」
「急にどうしたの?」
「なんか急に言いたくなっちゃって……」
「そっか、ありがとうね」
「先生は私のこと好き?」
「言わなくても分かるだろ?」
「え~、言ってくれないと分からないよ」
「……また今度ね」

こんな風に上手くかわされる日々が続き、私はいのに相談した。

「先生からまだ好きって言ってもらえてないのよね~」
「でも付き合ってるんでしょ?」
「うん」
「だったら、いいじゃない。あの先生が愛の言葉を吐くところなんて想像できないわ」
「そうかもしれないけど……やっぱり一度は言ってほしいわよ」
「まぁ、少しくらいは欲しいわよね~。もしかしたら照れてるだけじゃない?」
「そうかな?」
「きっとそうよ。それにあまりにしつこいと嫌われるわよ」
「それは嫌!」

私は“先生は照れてるだけ”と無理やり自分を納得させ、その日から愛の言葉を強請るのはやめた。だけど、今回の事でようやく気づいた。先生は言わなかったんじゃない、言えなかったんだ。私のことを好きじゃないから。だって、リンさんに対してはこんな風に“愛してる”って言えるんだもの。

思えばデートのお誘いはいつも私から、キスだっていつも私からねだっていた。先生は必ず私のお願いを聞いてくれたけれど、先生から私を求めたことはなかった。

先生に大切にされていることはすごく感じていた。だけど、それは愛情ではなく、きっと教え子だからという理由だけ。私の告白を受けたのも、私を悲しませたくないという先生の優しさから。

それに、先生は私を見ているようで見ていなかった。その先にはきっとリンさんがいたんだと思う。それぐらい分かるほど私は先生を愛していた。

私は寝室から出ると、リビングのソファで一晩を過ごした。
翌朝、先生はいつもと変わらずに起きてきた。

「おはよ~、サクラ」
「おはよう、先生」
「あの~、俺なんか変なこと言ってなかった?」
「変なこと?」
「ほら、昨晩酔ってたでしょ?」
「あ~、確かに。綱手様のこと愚痴ってたわね~」
「うそ!?」
「どうでしょう?」
「えっ、どっち!?」

先生は昨日の事を覚えていなかった。すごく酔っていたので、当たり前だろう。私は、ほっとした。

「……」
「サクラ? ……やっぱり俺なんか言ってた?」
「大丈夫よ!」

無理やり笑顔をはりつけた。先生はそれ以上何にも言わなかった。私は一晩中考えた結果、リンさんの存在に気づかないふりをすることにした。ただカカシ先生といたいがために、私は先生の優しさに甘えることに決めたのだ。

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そう決めてから数週間。先生が普段使用している医療用具パックが机に置いてあるのが目に入った。やはり私のあげたものはまだ使っていないらしい。でも、本当にボロボロなので、私は直してあげることにした。少しの間だけ預かるために、代わりに私がプレゼントした医療用具パックを置いた。

先生が帰ってきて、それに気づく。

「サクラ? ここにあった俺の医療用具パックは?」
「あぁ、それはね……」
「もしかして捨てたのか?」
「えっ……いや、あの……」

あまりにも先生が鋭い瞳で問い詰めてくるため、言葉が続かない。

「何で勝手なことするんだ」
「だから、違くて……」
「もういい」

先生は私の返答も聞かずに出て行った。それから、先生は家に帰ってきたとしても夜遅く、ご飯を作っても“食べてきたから”と言って食べなかった。ちゃんと話をしようにも話を聞いてくれない。直し終わった医療用具パックを渡そうとしても、先生はその前にどこかに行ってしまう日々が続く。

明日はカカシ先生の誕生日。祝ってあげたいけど、この状態ではそれも難しいだろう。まさかあんなに怒るなんて……そんなにリンさんのことを……。ふと目に入ったのは四代目とオビトさんとリンさんと先生の集合写真。私はあることを思いついた。


置き手紙と直した医療用具パックを机の上に置くと、私は家を出る。向かった先は、カブトさんのところ。

「……珍しい客人だね」
「お久しぶりです。さっそくなんですが、カブトさんにお願いがあるんです」
「お願い?」
「えぇ、私に穢土転生の術を教えてほしいんです」
「!? ……君は何を言ってるのか分かってるのか?」
「分かっています」
「なぜ?」
「会わせたい人がいるんです」
「でも、その術には生贄が必要だよ。君に用意できるの?」
「えぇ、あてはあります」
「まさか君がそんなことを言うなんてね。それで生贄は誰なの?」
「生贄は……私自身です」

私は覚悟を決めた瞳でカブトさんを見る。

「……どうやら本気のようだね。でも、生贄が君自身ってことは僕が術者になるってことだよね」
「そういえばそうなりますね。そこまで考えてなかったわ」
「はぁ……そんなんで大丈夫?」
「……大丈夫です。それに覚悟はできてます」
「分かったよ。それより蘇らせるにはその人の一定量の個人情報物質が必要だけど……」
「それならここに」

私はどうにかして手に入れたリンさんの髪の毛を差し出す。「用意周到だね」と、カブトさんは呆れつつも準備を始める。

「……本当にいいんだね?」
「はい」

私は目を瞑る。

先生の事は本当に愛していた。同じぶんの愛を返してくれなくてもいい、ただ一緒に入れるだけで幸せだった。好きでもない私と一緒にいてくれた先生は、なんて優しい人なんだろう。でも欲をいえば、ほんの少しでいいからリンさんじゃなく“私”を見てほしかったな。結局それは叶わなかったけど。

今度は私が先生に幸せをあげる番。私にはこれぐらいしかできないけど。
先生、次こそは本当に愛している人と幸せになってね。

私の意識は次第に遠くなっていった。
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