ハイキュー‼/黒尾夢
「はぁ~、今日も黒尾さんかっこいい」
そう呟くのは今年入社してきた新卒の可愛子ちゃん。私と一緒に受付をしており、仕事をしながら恋人も同時に探しているらしい。そして、いまその子が狙いを定めているのが黒尾さんだ。
「かっこいいよね、優しいし人当たりもいいし。でも、なんか信用できなさそうというか……私はあまり関わりたくないかな。あっ! 一応言っておくけど、黒尾さん結婚してるからね」
「そんなことは知ってます! でも、そんなの恋に落ちたら関係ないですよね?」
「いや、関係あるでしょ」
「先輩、真面目~。私、いままで男の子に振られたことないんですよ。でも、黒尾さんにけっこうアピールしてるのに、なかなかなびいてくれないんですよね……まぁ、そこが余計に燃えるんですけど」
「そりゃあ、奥さんを溺愛しているって聞くからね」
「え~、奥さんどんな人なんだろう。先輩、どんな人か知ってます?」
「いや、知らないかな。高校の同級生だったとは聞いた頃はあるけど」
「じゃあ、おばさんですね! 私若いし、チャンスあるかも!」
「だから、本当にやめときなって……」
周りに聞こえないように後輩とそんな会話をしていると、一人の綺麗な女性が受付にやってきた。
「あの……」
「はい。どうされました」
「黒尾の妻なんですが、忘れ物を届けにきて……」
「え!?」
まさにタイムリーなタイミングで、後輩が驚いている。私も驚いたが、さすがに態度に出すわけにはいかず「そうなんですね。いま確認いたしますので、少々お待ちください」と対応する。そして、黒尾さんの部署に連絡を取ると、「いま黒尾がこちらにくるそうなので、そちらのベンチでお待ちください」と黒尾さんの奥さんに声をかける。
「ありがとうございます」
そう言って一礼すると、ベンチに座った。私と後輩がさりげなく観察していると、ほどなくして黒尾さんがやってきた。
「ごめん!」
「もうっ! こんな大事なもの忘れちゃダメでしょ。私がいたからよかったものの……」
「本当に助かった。ありがとう」
「どういたしまして。でも、間に合って良かった」
「お礼といっちゃなんだけど、今日は定時で帰れそうだから、晩御飯は俺が作るよ」
「本当!? だったら、ハンバーグが食べたいな」
「了解。ここまではタクシーできたの?」
「ううん、電車だけど……」
「はぁ!? もう一人だけの体だけじゃないんだから、俺がいる時以外はタクシー使ってくれよ」
「え~」
「え~じゃない」
「……分かった。もう心配性なんだから」
「そりゃあ、心配にもなるでしょ。タクシー呼ぶから待ってて」
そう言って、黒尾さんは携帯を操作する。
「えっ、別にいいよ。そこらへんですぐにつかまえられるでしょ」
「もう呼んだから」
「はやっ! じゃあ、あとはタクシー待つだけだからもう行っていいよ」
「いや、心配で仕事が手につかなさそうだから、最後まで見送る」
「はぁ~、本当に心配性なんだから……」
そんな会話をしているうちにタクシーがきたようで、黒尾さんは寄り添いながら奥さんをタクシーに乗せる。そして、タクシーが見えなくなるまで見送ると、足早に自分の部署へと戻っていく。その一部始終を見ていた私達は顔を見合わせる。
「どこぞの恋愛映画みたいだったね」
「ですね。しかも、奥さん妊娠してたんですね」
「そうみたい。……まだ、黒尾さんにアピールする?」
「いや、なんかもういいです……」
「そっか。まぁ、そうなるよね……」
あんないちゃつきを見せつけられたら、アピールする気もなくなるに決まってる。まぁ、とりあえず一件落着で良かった良かった。
終業後。黒尾さんと同じ部署の同期と飲みに行くことになり、今日の出来事を話す。
「そういえば、今日黒尾さんの忘れ物を奥さんが届けにきてたよ。黒尾さんってしっかりしてるように見えたけど、案外うっかりしてるんだね」
「あ~、あれわざとっすよ」
「え?」
「受付に黒尾さんにアピールしている子いるでしょ? その子を牽制するために、わざと奥さんと仲のいいところをみせつけたらしいです」
「まじか……まぁ、確かにその子は諦めたけど」
「でしょ。他の黒尾さんを狙っている子にも奥さんを自慢しまくって諦めさせてたし。やることがえげつないっすよね~」
「そうなんだ…・・」
あの出来事が全て計算されていたことだと知って、私はより一層黒尾さんとはあまり関わらないようにしようと誓ったのだった。