ハイキュー‼/黒尾夢
黒尾鉄朗はとても素敵な彼氏だと思う。優しくて頼りになるし、気遣いもできる。女の子への接し方もよく分かっていた。付き合う前はもちろん、付き合ってからはそれをより感じるようになり、とにかく毎日が幸せだった。でも、ふとした瞬間に違和感を感じることがある。
カフェで鉄朗が注文してくれるというのでお言葉に甘えたら、「女の子は甘いものが好きでしょ」とココアを買ってきてくれた。
文房具を買おうとすると、「俺が買ってあげる。ピンクだろ?」と選んでくれた。
てんとう虫が私の頭についていたら、「いま取ってあげるから、動かないで。虫、苦手でしょ」と取ってくれた。
鉄朗はこんな風によく決めつけで話すことが多い。最初の頃はそれでも嬉しかったが、回数を重ねるとともにそれはだんだんと不安に代わる。鉄朗のこの基準はどこからきているのか。さりげなく鉄朗に聞くと、それは幼馴染からだと分かった。鉄朗の話によると、その幼馴染は典型的な女の子らしい。
好き:ピンク、甘いもの、かわいいもの
嫌い:虫、辛いもの、幽霊
だけど、私は甘いものより辛いものの方が好きだし、ピンクよりもブルーが良い。虫は触れるし、幽霊も全然平気。『幼馴染はそうかもしれないけど、私は違うよ』と言えば、鉄朗はやめてくれるだろう。でも、私はその一言が言えずにいた。それはきっと付き合う前の会話のせい。
「黒尾ってどんな女の子がタイプなの?」
「えー、とくに考えたことはないけど……」
「なにかしらあるでしょ」
「うーん。まぁ、強いて言うなら女の子らしい人がいいかな」
もし、私が鉄朗の思う女の子像と正反対と知ったらどう思うだろう。鉄朗がそんなことで別れを選ぶはずはない思っていても、万が一の可能性もある。それが怖い。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
今日は鉄朗と遊園地にきている。
「何に乗ろっか?」
「うーん、コーヒーカップとか観覧車は?」
「いいけど、鉄朗って絶叫系好きじゃなかった?」
「好きだよ。でも、女子ってそういうの苦手そうだなって」
「……そうかもね」
私は絶叫系好きなんだけどね、その一言を飲み込んだ。こうして、私はいつもと同じように肯定も否定もせず、過ごすのだった。
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ある日の放課後。
「あれ? 鉄朗は?」
「クロならもうすぐで来ると思うよ」
「そっか、私も一緒に待っていていい?」
「うん」
研磨くんはゲームをしており、私は邪魔をしないようにと携帯を取り出す。携帯をいじっていると、研磨くんの視線を感じた。
「どうしたの?」
「なんか、変わったよね」
「えっ?」
「携帯ケース、前はもっとシンプルなものだっだでしょ。最近は身に着けるものや持ち物がピンクや可愛らしいものばっかりだなって思って。まぁ、クロが原因だと思うけど」
「あ~。まぁ、うん。そうかな。でも、こっちも似合うでしょ?」
「……自分でそう思うんならいいんじゃない。でも、もしそうじゃないならはっきり言わないとクロは分からないよ」
そんなこと分かってる。私は前の私の方が好き。でも、鉄朗が選んでくれたり、プレゼントしてくれたりしたものだから嬉しいのは事実で。
「……私はこれでいいの」
「ふぅん」
もう興味はなくなったみたいで、研磨くんの視線はゲームに戻っている。
「『……』」
沈黙が流れる。鉄朗のくる様子はまだない。私はこの際だからと、気になっていることを聞いてみることにした。それは鉄朗の幼馴染のこと。私が現時点で知ってるのは、いまは違う学校に通っていることと、典型的な女の子らしい人だということだけ。
「あのさ……鉄朗の幼馴染のことなんだけど……THE女の子って感じらしいね」
「? まぁ、そうかもね。ほっとけないタイプというか、クロもよく世話やいてたし。……そういえば、君と似てるかも」
「私と?」
「うん。性格は違うけど、見た目とか似てるかも」
「そうなんだ……そういえば、クロの好きなタイプって女の子らしい人なんだって。もしかしたら、その子の影響かな~って思ったり」
「そりゃあ、2人は付き合っていたからね」
「え?」
私の言葉に研磨くんが振り向き、私の表情を見て「しまった」という顔をする。
「ごめん、もう知ってるかと思って。でも、昔の話だし、クロも吹っ切れてると思うよ」
研磨くんが必死にフォローしてくれるけど、私はその言葉が入ってこなかった。鉄朗と幼馴染が付き合っていた。しかも、その幼馴染と私は見た目が似ている。鉄朗が可愛いものとか勧めてくるのはもしかして……私をその子と重ねているの?
「悪い! 待たせたな」
なんていうタイミングだろう。鉄朗がこっちに向かってくる。
「ごめん! 私、用事思い出したから先に帰るね!」
「えっ! ちょっと……」
鉄朗と研磨くんの戸惑う声を無視し、急いでその場から離れる。全速力で走り、学校近くの公園で息を整えた。そして、先ほどの会話を振り返る。
「バカみたい。私がいままでしてたことって……全部幼馴染に近づくためだったんだ」
私はその場で蹲って、人目も憚らず泣いた。
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「ここにいた!」
鉄朗の声がしたと思ったら、腕を引っ張られ抱き締められる。
「ごめん! 全部研磨から聞いた。確かに幼馴染と付き合ってたのは本当だけど、本当にいまは何でもないんだ。それに俺が良かれと思ってしてたことが全部裏目に出てたなんて……」
「……鉄朗は悪くないよ。言えなかった私が悪い。それに鉄朗がしてくれたこと全部が嫌だったわけじゃないし」
「いいや、俺が悪い。だから……」
「別れよう」
「え?」
鉄朗の腕から少し距離を取ると、鉄朗が信じられないというような表情をしている。
「私は鉄朗が思ってるような女の子じゃないよ。甘いものはそんなに好きじゃないし、ピンクよりもブルーがいい。幽霊や虫も平気だし、女の子っぽさゼロだもん。鉄朗は女の子らしい人が好きなんでしょ?」
しばらくの沈黙の後、「……嫌だ」との返答に、今度は私が「え?」と驚く番だった。
「確かに幼馴染のことは女の子らしいと思ってたし、初めて付き合ったのが幼馴染だからそれが基準になってしまったのは本当のこと。でも、俺は別れたくない」
「付き合う前、好きなタイプは女の子らしい人って話してたじゃん」
「お前も女の子らしいでしょうが」
「鉄朗……目でも悪くなった?」
「お前こそ自覚ないのかよ? 周りに気遣いできて仕草も丁寧で、食べ方も綺麗。俺の制服のボタンが取れたときはすぐにつけてくれたし、家庭科の手作りクッキーも上手かった。いい匂いもするし、触り心地もいいし、ほかにも……」
「あ~、もういいです」
突然の惚気に耐えきれなくなった私は鉄朗の話を遮る。
「もう充分分かりました。でも、私の見た目が幼馴染に似てるっていうのは?」
「はぁ? 似てないだろ」
「でも、研磨くんが似てるって……」
「あ~、それはたぶん髪形が同じってことだと思う。ちょっと、待ってろ」
そう言うと鉄朗はスマホを操作し、「これが幼馴染」とSNSのアカウントを見せてくる。そこには自撮りもあって、確かに髪形は同じだが、それ以外に似ているところはないように思える。
「……似てないね」
「研磨は幼馴染とあまり関わりがなかったから、容姿も曖昧に覚えてただけだったんでしょ」
「じゃあ、鉄朗は私を幼馴染の代わりにしようとしてないってこと?」
「さっきからそう言ってるでしょ。お前と幼馴染を重ねたことは一度もないよ。まぁ、幼馴染の趣味嗜好を女子はみんなそうだと思ってお前に接してたのは本当に悪かった。だから、これからはきちんと教えてほしいし、違うときははっきり言ってほしい」
「もし鉄朗の思っていることと違くても嫌いにならない?」
「なるわけないでしょ。俺の愛をなめないでちょうだい」
「なにそれ」
その言動に笑うと、鉄朗は「やっと笑ってくれた」と安心したように笑う。
「心配かけてごめんね」
「俺も不安にさせてごめん。明日は部活休みだし、お前の好きなもの買いに行くか」
「いいの?」
「あぁ、早くちゃんとお前の好きなものが知りたいし」
「うふふ、ありがとう!」
こうして私たちは手を繋いで仲良く家路につくのだった。