荒船と出水の師匠シリーズ
企画もの
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荒船くんが弟子入りする
じゅうじゅうと良い音が辺り一面から聞こえてくる中、目の前に座って黙々とお好み焼きのタネを混ぜる荒船くんを見ていた。
任務終わりで帰るところの荒船くんを見つけたので晩御飯に誘ったら、彼おすすめのお店でお好み焼きを食べる事になったのだ。ちなみに作る時に下手に手を出すと鍋奉行ならぬお好み焼き奉行の彼に怒られるので、お好み焼きを食べるときは大体荒船くんにお任せしている。
「なんすか、俺の顔じっと見て」
「ん?初めて会った時の荒船くんを思い出してる」
「なんでまた…モールモッドとの仮想戦闘訓練の時ですよね、C級が入って1番最初にやるやつ」
「そうそう」
荒船くんがタネを熱い鉄板に広げていきながら言う言葉に頷く。
今となっては良かったと思うけれど、あの時は弟子なんてとる予定ではなかったなと店の喧噪を聞きながら目を閉じた。
◆
ガガッ、ガキンッ!
「さーん、よーん、ごー…」
弧月を片手に仮想戦闘場の中をひょいひょい動きまわる。モールモッドが振り下ろす斬撃を、厚さ5㎝に張ったシールドの真ん中で受ける。6回目の攻撃を受けると、流石に罅の入っていたシールドにモールモッドの刃が深く突き刺さって割れた。
「5回以上6回未満と」
5㎝の厚さじゃ6回は耐えられないかと考えながら突進してくるモールモッドの斬撃を回避して懐に潜り込み、弱点の目に弧月を叩き込んだ。
しゅう、と消えて行くモールモッドを一瞥してからポケットに入れていた携帯を取り出し、今の結果を記録していく。
「次は10㎝か」
誰もいない仮想訓練場の真ん中のブースで、シールドの耐久力テストをしていた。シールドの性能を向上してみたから実戦的なデータが欲しいけど、面倒でみんな逃げるからと悲しそうな冬島さんに頼まれたのだ。絆されたのもあるけれど、逃げ切れなかったともいう。
「えーと、10cm…」
「蒼!」
「はーい?」
定規を持ってシールドの厚み調整をしていたら、後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返る。
「あ、春秋さん」
入口の方からやってきたのは春秋さん。その後ろにはC級の子たちがわらわらと続いて入ってくる。もの珍しそうに訓練室を見回す彼らの表情からして、今日訓練生になったばかりの子達だろう。午前中に入隊式があった筈だ。
「蒼、悪いがC級の訓練を手伝ってくれないか。諏訪隊が緊急の呼び出しを受けて人手が足りないんだ」
「わかりました。諏訪隊が来るまで見てればいいんですね?」
「ああ」
春秋さんはスナイパー組を見ないといけないし、これは手伝った方が良さそうだ。冬島さんごめん、ちょっと遅れますと胸中で謝って春秋さんの元へ向かう。
「モールモッドの仮想訓練で間違ってないですか?」
「そうだ、1回見本を見せてからやらせてくれ」
「了解」
私が頷くと、春秋さんはC級の子達を振り返って私を紹介した。
「聞いてくれ。攻撃手、銃手、射手希望の隊員達はここで訓練をしてもらう。彼女、七草隊員の指導の元訓練をしてくれ」
『はい!』
C級の子達の返事を聞いて頷いた春秋さんは、頼んだぞ、とスナイパー組の子達を引き連れて出て行った。残っている白い隊服に身を包んだ彼らの前に立ち、すっと息を吸った。
「ボーダー正式入隊おめでとう。一時的に皆さんの指導をさせてもらいます、七草蒼です。簡単にこの訓練の説明をさせてもらいますと、今から順番に1人ずつ、後ろに見えるブースでモールモッドと戦ってもらいます。相手は仮想だから怯えなくて大丈夫、怪我はしません。それと、この訓練はA級B級の人達も閲覧するから、いい成績だと声を掛けて貰えたりスカウトされたりします」
強くなりたいなら頑張ってね、と声を掛ければC級の子達は緊張感に身を包みながら頷いた。
とりあえず一通りの武器で軽く見本を見せちゃおうと真ん中のブースまでC級たちを移動させて、1人ブースの中に入る。
「じゃ、今から一通りの武器で見本を見せるから参考にしてください。知ってる人も居ると思うけど、武器の特徴なんかも軽く説明しますよ」
耐久テスト用に一通りのトリガーを持ってきていたから、入れ替えに行く必要はない。まずは弧月からね、と出現したモールモッドに弧月の切っ先を向けた。
◆
「蒼!」
「あ、諏訪さんと堤さん。お疲れ様ですー」
高台になっている場所に座ってモールモッドと戦っているC級達を見ていたら後ろから声を掛けられた。
振り返れば、呼び出しを受けていた諏訪隊の2人が近づいてくる。
「遅くなって悪かったな」
「はいこれお詫び」
「わ!ありがとうございます」
堤さんが私にいくつかのお菓子の入ったビニール袋を差し出したので、ありがたく受け取ると続いて諏訪さんが飲み物のカップを差し出す。
「カフェオレ買ってきたけど、これでよかったろ?」
「嬉しいです、ご馳走様です」
カフェオレ好きなの知ってるからわざわざ買ってきてくれたのか。ほくほくでお礼を言った私の頭を撫でて、諏訪さんが言う。
「よっし、交代するわ。一通りの説明は済んでるんだろ?」
「はい。スナイパー以外の武器は一通り見本して見せて、いま各自でやってもらってます。今のところ20秒切る子は出てないです」
「了解、さんきゅ」
悪かったなーなんて言いながら2人が階段を降りていく。
とりあえず私の仕事はこれで終わりだな、もらったカフェオレを1口飲み込んで携帯を開く。ブース空いたらシールドの耐久テストの続きをしなきゃいけないし、とりあえず冬島さんに送るデータを纏めておくか、と携帯を弄っていればふっと影が落ちた。
「七草さん」
「ん?…荒船くんか」
見上げれば、C級の白い隊服。つんつんした髪の青年がこちらを見下ろしていた。ひとつ年下の、弧月使う荒船くんだよなと声を掛ければ彼は少しだけ目を見開いた。
「名乗ってないのに」
「ああ、新しく入ってくる子はリスト見て覚えるからね」
警察・政府関係からのスパイとか、多い人数にかこつけて侵入した不審者が居ないかの判断にもなるしと言えば納得したように頷いた。
「それで、何の用かな?訓練とかの細かいことはあっちの諏訪隊に訊くといいよ。見た目はとっつきにくそうだけど良い人達だから」
「あ。いえ、七草さんに聞きたいことがあって」
「私に?」
「さっき、手っ取り早く強くなるなら師匠を探したほうが良いって言ってましたよね」
「言ったね」
荒船くんの言葉に頷く。
A級B級の先輩方が見初めてくれるなら簡単だけど、駄目なら自分の足で探しに行くといいよと言ったことを思い出す。
「単刀直入に言います。七草さん、俺を弟子にして下さい」
「え、無理」
「なんでですか」
無理と言い切った私を見下ろす荒船くんの視線が僅かに鋭くなった。う、この子怒らせると怖そうだなと思いながら断った理由を口にする。
「こう見えて結構忙しいから、教えられる時間が少ないし」
「それでもいいです」
「私が嫌なの。教えるなら強くなって欲しいから」
「強くなります」
強い瞳でこちらを見る荒船くんは、1歩も引きそうにない。困ったなと眉を下げれば、こちらの様子を見ていた諏訪さんが階段の下から声を掛けた。
「オイそこのC級、あんま蒼を困らせんなよー」
「、はい」
荒船くんの視線が諏訪さんに移った瞬間、これは好機とカメレオンを発動して空間に溶け込んだ。諏訪さんに返事をした荒船くんがこちらを振り向くが、既に其処には私の姿は無い。
「…あれ?」
『諏訪さん助かりました、私は逃亡します』
『はいよ』
困惑する荒船くんは、まだカメレオンの存在など知らないはずだから私が一瞬で消えたように感じるだろう。
あながち間違ってはいないんだけど、と秘匿通信で諏訪さんにお礼を言って訓練室から逃げ出す。しかたない、先に対武器のシールド強度確認をしてしまおうと個人戦ブースへと足を向けた。
◆
「なあ蒼、弟子が出来たんだって?」
「悠一までそんな話を持ってくるのか」
次の日の昼、ボーダー本部内にある食堂の片隅に設置された四人掛けテーブルで悠一とご飯を食べながら話をしていた。話の内容はもっぱら例の荒船くんだけど、その話題は断ったのだと一蹴する。
「弟子なんていないよ、断ったし」
「ほほう?」
「あ、なんか視えてるでしょ」
「いや、現実に見えてる。あの子だろ?おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
愉しそうな顔をした悠一が箸で差した方向を見れば、荒船くんがこちらへ向かって歩いてくるところだった。しまった目が合った。
「あー…山菜うどんまだ半分も食べてない…」
「なに、逃げる前提?」
ひどいねと目の前で悠一がからからと笑う。じっと食べかけのうどんを見るけれど、これは久しぶりに食べる大好物のひとつなのだ。残していくなんて以ての外。諦めた私はうどんの続きを食べるべく箸を持ち直した。
「七草さん、隣良いですか」
「それの隣ならいいよ」
それと指したのは目の前に座る悠一の事だ。荒船くんの不審げな視線を受けて、悠一が笑って自己紹介をする。
「や、はじめまして。おれは玉狛支部所属の実力派エリート、迅悠一。よろしく頼むよ」
「…荒船哲次です」
悠一の隣の席にお昼ご飯のカレーを置き、椅子を引きながら怪訝な顔をしている荒船くんに、笑いながらラーメンを食べる悠一、そして無表情かつ無言でうどんを食べすすめる私。
傍から見ればなんともいえない組み合わせに、他のテーブルに居る隊員からは好奇の視線が飛んできている。
「七草さん、弟子にして下さい」
「他をあたって下さい」
「なら、俺がB級に上がったら隊に入れてください」
「あ、そりゃ無理だ」
「なんでですか」
必ず貴女の役に立ちます、と言い切った荒船くんに良い度胸だなあと思っていれば悠一が口を開き、その言葉に反応した荒船くんが悠一に疑問の声を掛ける。
「こいつS級だから隊は組めないよ」
「…は?S級?」
目を見開いてこちらを見る荒船くんに、言ってなかったっけかと思いながら頷いた。
S級は単独行動が主流、合同で任務をすることは有るけれど基本的に隊を組むことは無い。
「じゃあ、尚更弟子にしてください」
「しつこいな君…」
「蒼、弟子にしてやったら?」
げんなりしながら零す私に、悠一が笑いながら言う。悠一には何か見えてるって事か。仕方ない、このまま何処にでも現れて弟子にしてくれとせがまれるのは辛いからなあ…条件、出すか。
「七草さん、お願いします」
「…………荒船くん、ポイントいくつ?」
「あ、…1800です」
悠一の言葉に続いて頭を下げた荒船くんに、今現在のポイントを聞けばC級2日目にしてはいい点数だった。仮入隊の時点で良い功績を残したんだろうか。
「2500。そこまで上げたら模擬戦しよう」
「!じゃあ」
「それで弟子にするか決める。気に入らなかったら弟子にはしない。それでもいい?」
「はい」
上等、と低く呟いた荒船くんがぎらついた目を見せる。
怖いなあと静かに溜息をついた私を見ながら、全てを知ってるような顔で悠一が笑みを零した。
◆
「出来ましたよ」
「お、ありがと」
声に目を開くと、荒船くんが目の前で綺麗な丸い形をしたお好み焼きに仕上げのマヨネーズを掛けていた。鉄板にこぼれたマヨネーズがじゅわっと良い音を立てて食欲をそそる。
「いただきまーす」
「いただきます」
軽く手を合わせてから、荒船くんの作ってくれたお好み焼きを1口サイズに切り分けて口元へ運ぶ。ふうふうと息を吹きかけて少し冷ましてから、あつあつのそれに齧りついた。
「んー、おいしー」
もぐもぐ食べる私を見ながら、自分の分のお好み焼きを食べ始めた荒船くんがぽつりと言う。
「さんざん追い掛け回してやっと模擬戦の約束してもらって、2500まで必死にポイント上げたんですよね」
「1日で上げてくるとは思わなかったわ」
模擬戦の約束をしたら、これ以上ないってくらいの速さでご飯を食べ終えた荒船くんはさっさと個人ランク戦ブースに駆けて行ったのだ。そして次の日の朝の防衛任務帰りにラウンジで捕まって、得意げに2500ポイントを越えた表示を見せられ、そのまま引き摺られるように模擬戦のブースまで行って10本勝負をした。
「見事なまでに全敗でしたけど」
「そりゃね」
ちゃんと弟子入りさせて教え込むなら全敗くらいで凹まないで、対策対応しっかりして向上心がなければ嫌だと力の差なんて考えずに全力で潰しにかかったのを思い出す。
「それでも、弟子入りさせてくれて嬉しかったです」
「私も、荒船くん弟子にして良かったと思ってるよ」
全敗して、それでも食らいつくように「もう1回お願いします」と挑んできた荒船くんの向上心やらに興味を引かれて結局弟子にしたけれど、その判断は間違ってはいなかったと思う。気はきくし、ちゃんと強くなったし、私が間違っていればそれを正しに来てくれる。
「荒船くん、これからもよろしくお願いします」
「なんすか改まって」
箸を皿に置いてから、頭を下げてそう言えば荒船くんは笑いながらも私と同じように箸を置いて姿勢を正した。
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします。蒼師匠」
そのまま2人でへらっと笑って、箸を持ち直した。
お好み焼きを食べながら、今度は出水くんも連れてきて3人で思い出話に花を咲かせようと心に決めた。
荒船くんが弟子入りする
1万hit御礼企画!
(ご馳走様でした)
(今度は出水も連れてきましょうか)
(ふふ、そうだね)
1万hit御礼企画、悠さんリクエストでした!
ありがとうございました!
じゅうじゅうと良い音が辺り一面から聞こえてくる中、目の前に座って黙々とお好み焼きのタネを混ぜる荒船くんを見ていた。
任務終わりで帰るところの荒船くんを見つけたので晩御飯に誘ったら、彼おすすめのお店でお好み焼きを食べる事になったのだ。ちなみに作る時に下手に手を出すと鍋奉行ならぬお好み焼き奉行の彼に怒られるので、お好み焼きを食べるときは大体荒船くんにお任せしている。
「なんすか、俺の顔じっと見て」
「ん?初めて会った時の荒船くんを思い出してる」
「なんでまた…モールモッドとの仮想戦闘訓練の時ですよね、C級が入って1番最初にやるやつ」
「そうそう」
荒船くんがタネを熱い鉄板に広げていきながら言う言葉に頷く。
今となっては良かったと思うけれど、あの時は弟子なんてとる予定ではなかったなと店の喧噪を聞きながら目を閉じた。
◆
ガガッ、ガキンッ!
「さーん、よーん、ごー…」
弧月を片手に仮想戦闘場の中をひょいひょい動きまわる。モールモッドが振り下ろす斬撃を、厚さ5㎝に張ったシールドの真ん中で受ける。6回目の攻撃を受けると、流石に罅の入っていたシールドにモールモッドの刃が深く突き刺さって割れた。
「5回以上6回未満と」
5㎝の厚さじゃ6回は耐えられないかと考えながら突進してくるモールモッドの斬撃を回避して懐に潜り込み、弱点の目に弧月を叩き込んだ。
しゅう、と消えて行くモールモッドを一瞥してからポケットに入れていた携帯を取り出し、今の結果を記録していく。
「次は10㎝か」
誰もいない仮想訓練場の真ん中のブースで、シールドの耐久力テストをしていた。シールドの性能を向上してみたから実戦的なデータが欲しいけど、面倒でみんな逃げるからと悲しそうな冬島さんに頼まれたのだ。絆されたのもあるけれど、逃げ切れなかったともいう。
「えーと、10cm…」
「蒼!」
「はーい?」
定規を持ってシールドの厚み調整をしていたら、後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返る。
「あ、春秋さん」
入口の方からやってきたのは春秋さん。その後ろにはC級の子たちがわらわらと続いて入ってくる。もの珍しそうに訓練室を見回す彼らの表情からして、今日訓練生になったばかりの子達だろう。午前中に入隊式があった筈だ。
「蒼、悪いがC級の訓練を手伝ってくれないか。諏訪隊が緊急の呼び出しを受けて人手が足りないんだ」
「わかりました。諏訪隊が来るまで見てればいいんですね?」
「ああ」
春秋さんはスナイパー組を見ないといけないし、これは手伝った方が良さそうだ。冬島さんごめん、ちょっと遅れますと胸中で謝って春秋さんの元へ向かう。
「モールモッドの仮想訓練で間違ってないですか?」
「そうだ、1回見本を見せてからやらせてくれ」
「了解」
私が頷くと、春秋さんはC級の子達を振り返って私を紹介した。
「聞いてくれ。攻撃手、銃手、射手希望の隊員達はここで訓練をしてもらう。彼女、七草隊員の指導の元訓練をしてくれ」
『はい!』
C級の子達の返事を聞いて頷いた春秋さんは、頼んだぞ、とスナイパー組の子達を引き連れて出て行った。残っている白い隊服に身を包んだ彼らの前に立ち、すっと息を吸った。
「ボーダー正式入隊おめでとう。一時的に皆さんの指導をさせてもらいます、七草蒼です。簡単にこの訓練の説明をさせてもらいますと、今から順番に1人ずつ、後ろに見えるブースでモールモッドと戦ってもらいます。相手は仮想だから怯えなくて大丈夫、怪我はしません。それと、この訓練はA級B級の人達も閲覧するから、いい成績だと声を掛けて貰えたりスカウトされたりします」
強くなりたいなら頑張ってね、と声を掛ければC級の子達は緊張感に身を包みながら頷いた。
とりあえず一通りの武器で軽く見本を見せちゃおうと真ん中のブースまでC級たちを移動させて、1人ブースの中に入る。
「じゃ、今から一通りの武器で見本を見せるから参考にしてください。知ってる人も居ると思うけど、武器の特徴なんかも軽く説明しますよ」
耐久テスト用に一通りのトリガーを持ってきていたから、入れ替えに行く必要はない。まずは弧月からね、と出現したモールモッドに弧月の切っ先を向けた。
◆
「蒼!」
「あ、諏訪さんと堤さん。お疲れ様ですー」
高台になっている場所に座ってモールモッドと戦っているC級達を見ていたら後ろから声を掛けられた。
振り返れば、呼び出しを受けていた諏訪隊の2人が近づいてくる。
「遅くなって悪かったな」
「はいこれお詫び」
「わ!ありがとうございます」
堤さんが私にいくつかのお菓子の入ったビニール袋を差し出したので、ありがたく受け取ると続いて諏訪さんが飲み物のカップを差し出す。
「カフェオレ買ってきたけど、これでよかったろ?」
「嬉しいです、ご馳走様です」
カフェオレ好きなの知ってるからわざわざ買ってきてくれたのか。ほくほくでお礼を言った私の頭を撫でて、諏訪さんが言う。
「よっし、交代するわ。一通りの説明は済んでるんだろ?」
「はい。スナイパー以外の武器は一通り見本して見せて、いま各自でやってもらってます。今のところ20秒切る子は出てないです」
「了解、さんきゅ」
悪かったなーなんて言いながら2人が階段を降りていく。
とりあえず私の仕事はこれで終わりだな、もらったカフェオレを1口飲み込んで携帯を開く。ブース空いたらシールドの耐久テストの続きをしなきゃいけないし、とりあえず冬島さんに送るデータを纏めておくか、と携帯を弄っていればふっと影が落ちた。
「七草さん」
「ん?…荒船くんか」
見上げれば、C級の白い隊服。つんつんした髪の青年がこちらを見下ろしていた。ひとつ年下の、弧月使う荒船くんだよなと声を掛ければ彼は少しだけ目を見開いた。
「名乗ってないのに」
「ああ、新しく入ってくる子はリスト見て覚えるからね」
警察・政府関係からのスパイとか、多い人数にかこつけて侵入した不審者が居ないかの判断にもなるしと言えば納得したように頷いた。
「それで、何の用かな?訓練とかの細かいことはあっちの諏訪隊に訊くといいよ。見た目はとっつきにくそうだけど良い人達だから」
「あ。いえ、七草さんに聞きたいことがあって」
「私に?」
「さっき、手っ取り早く強くなるなら師匠を探したほうが良いって言ってましたよね」
「言ったね」
荒船くんの言葉に頷く。
A級B級の先輩方が見初めてくれるなら簡単だけど、駄目なら自分の足で探しに行くといいよと言ったことを思い出す。
「単刀直入に言います。七草さん、俺を弟子にして下さい」
「え、無理」
「なんでですか」
無理と言い切った私を見下ろす荒船くんの視線が僅かに鋭くなった。う、この子怒らせると怖そうだなと思いながら断った理由を口にする。
「こう見えて結構忙しいから、教えられる時間が少ないし」
「それでもいいです」
「私が嫌なの。教えるなら強くなって欲しいから」
「強くなります」
強い瞳でこちらを見る荒船くんは、1歩も引きそうにない。困ったなと眉を下げれば、こちらの様子を見ていた諏訪さんが階段の下から声を掛けた。
「オイそこのC級、あんま蒼を困らせんなよー」
「、はい」
荒船くんの視線が諏訪さんに移った瞬間、これは好機とカメレオンを発動して空間に溶け込んだ。諏訪さんに返事をした荒船くんがこちらを振り向くが、既に其処には私の姿は無い。
「…あれ?」
『諏訪さん助かりました、私は逃亡します』
『はいよ』
困惑する荒船くんは、まだカメレオンの存在など知らないはずだから私が一瞬で消えたように感じるだろう。
あながち間違ってはいないんだけど、と秘匿通信で諏訪さんにお礼を言って訓練室から逃げ出す。しかたない、先に対武器のシールド強度確認をしてしまおうと個人戦ブースへと足を向けた。
◆
「なあ蒼、弟子が出来たんだって?」
「悠一までそんな話を持ってくるのか」
次の日の昼、ボーダー本部内にある食堂の片隅に設置された四人掛けテーブルで悠一とご飯を食べながら話をしていた。話の内容はもっぱら例の荒船くんだけど、その話題は断ったのだと一蹴する。
「弟子なんていないよ、断ったし」
「ほほう?」
「あ、なんか視えてるでしょ」
「いや、現実に見えてる。あの子だろ?おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
愉しそうな顔をした悠一が箸で差した方向を見れば、荒船くんがこちらへ向かって歩いてくるところだった。しまった目が合った。
「あー…山菜うどんまだ半分も食べてない…」
「なに、逃げる前提?」
ひどいねと目の前で悠一がからからと笑う。じっと食べかけのうどんを見るけれど、これは久しぶりに食べる大好物のひとつなのだ。残していくなんて以ての外。諦めた私はうどんの続きを食べるべく箸を持ち直した。
「七草さん、隣良いですか」
「それの隣ならいいよ」
それと指したのは目の前に座る悠一の事だ。荒船くんの不審げな視線を受けて、悠一が笑って自己紹介をする。
「や、はじめまして。おれは玉狛支部所属の実力派エリート、迅悠一。よろしく頼むよ」
「…荒船哲次です」
悠一の隣の席にお昼ご飯のカレーを置き、椅子を引きながら怪訝な顔をしている荒船くんに、笑いながらラーメンを食べる悠一、そして無表情かつ無言でうどんを食べすすめる私。
傍から見ればなんともいえない組み合わせに、他のテーブルに居る隊員からは好奇の視線が飛んできている。
「七草さん、弟子にして下さい」
「他をあたって下さい」
「なら、俺がB級に上がったら隊に入れてください」
「あ、そりゃ無理だ」
「なんでですか」
必ず貴女の役に立ちます、と言い切った荒船くんに良い度胸だなあと思っていれば悠一が口を開き、その言葉に反応した荒船くんが悠一に疑問の声を掛ける。
「こいつS級だから隊は組めないよ」
「…は?S級?」
目を見開いてこちらを見る荒船くんに、言ってなかったっけかと思いながら頷いた。
S級は単独行動が主流、合同で任務をすることは有るけれど基本的に隊を組むことは無い。
「じゃあ、尚更弟子にしてください」
「しつこいな君…」
「蒼、弟子にしてやったら?」
げんなりしながら零す私に、悠一が笑いながら言う。悠一には何か見えてるって事か。仕方ない、このまま何処にでも現れて弟子にしてくれとせがまれるのは辛いからなあ…条件、出すか。
「七草さん、お願いします」
「…………荒船くん、ポイントいくつ?」
「あ、…1800です」
悠一の言葉に続いて頭を下げた荒船くんに、今現在のポイントを聞けばC級2日目にしてはいい点数だった。仮入隊の時点で良い功績を残したんだろうか。
「2500。そこまで上げたら模擬戦しよう」
「!じゃあ」
「それで弟子にするか決める。気に入らなかったら弟子にはしない。それでもいい?」
「はい」
上等、と低く呟いた荒船くんがぎらついた目を見せる。
怖いなあと静かに溜息をついた私を見ながら、全てを知ってるような顔で悠一が笑みを零した。
◆
「出来ましたよ」
「お、ありがと」
声に目を開くと、荒船くんが目の前で綺麗な丸い形をしたお好み焼きに仕上げのマヨネーズを掛けていた。鉄板にこぼれたマヨネーズがじゅわっと良い音を立てて食欲をそそる。
「いただきまーす」
「いただきます」
軽く手を合わせてから、荒船くんの作ってくれたお好み焼きを1口サイズに切り分けて口元へ運ぶ。ふうふうと息を吹きかけて少し冷ましてから、あつあつのそれに齧りついた。
「んー、おいしー」
もぐもぐ食べる私を見ながら、自分の分のお好み焼きを食べ始めた荒船くんがぽつりと言う。
「さんざん追い掛け回してやっと模擬戦の約束してもらって、2500まで必死にポイント上げたんですよね」
「1日で上げてくるとは思わなかったわ」
模擬戦の約束をしたら、これ以上ないってくらいの速さでご飯を食べ終えた荒船くんはさっさと個人ランク戦ブースに駆けて行ったのだ。そして次の日の朝の防衛任務帰りにラウンジで捕まって、得意げに2500ポイントを越えた表示を見せられ、そのまま引き摺られるように模擬戦のブースまで行って10本勝負をした。
「見事なまでに全敗でしたけど」
「そりゃね」
ちゃんと弟子入りさせて教え込むなら全敗くらいで凹まないで、対策対応しっかりして向上心がなければ嫌だと力の差なんて考えずに全力で潰しにかかったのを思い出す。
「それでも、弟子入りさせてくれて嬉しかったです」
「私も、荒船くん弟子にして良かったと思ってるよ」
全敗して、それでも食らいつくように「もう1回お願いします」と挑んできた荒船くんの向上心やらに興味を引かれて結局弟子にしたけれど、その判断は間違ってはいなかったと思う。気はきくし、ちゃんと強くなったし、私が間違っていればそれを正しに来てくれる。
「荒船くん、これからもよろしくお願いします」
「なんすか改まって」
箸を皿に置いてから、頭を下げてそう言えば荒船くんは笑いながらも私と同じように箸を置いて姿勢を正した。
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします。蒼師匠」
そのまま2人でへらっと笑って、箸を持ち直した。
お好み焼きを食べながら、今度は出水くんも連れてきて3人で思い出話に花を咲かせようと心に決めた。
荒船くんが弟子入りする
1万hit御礼企画!
(ご馳走様でした)
(今度は出水も連れてきましょうか)
(ふふ、そうだね)
1万hit御礼企画、悠さんリクエストでした!
ありがとうございました!