荒船と出水の師匠シリーズ
企画もの
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鈴鳴支部の洗礼
「あ、オレコーヒー淹れてきます!」
「オレがやるから動かないでそこ座ってていいぞ」
「今ちゃんお菓子どこにあったかな?」
「確かそこの棚の上にあったと思いますけど…」
「来馬先輩、オレがとりますよ!」
がっしゃあん!がらんがらんっ
「ああっお菓子がバラバラにっ!」
「太一!」
「ひいっすみませんっ!」
「どうぞ、蒼さん」
「あ、村上くんありがとう」
ソファに座っている私の前に、村上くんがコーヒーを持ってきてくれた。がしゃんどたんと騒がしいここは、鈴鳴支部のリビング。
鈴鳴支部と合同で任務を行った後、一緒におやつでもどうかと誘われて二つ返事でついてきたのだ。
「騒がしいねえ」
「いつもの事ですけどね」
私のつぶやきに村上くんが笑う。鈴鳴支部には滅多に来ないけれど、ここにいる時の村上くんは本部に居る時よりも笑顔を見せてくれることが多いなと思う。やっぱりここの人達に心を許しているからなんだろうなと思いながらコーヒーを一口含んで、固まった。ちょっと待てなにこれなんだこの味!?
「……」
「蒼さん、どうしました?」
カップに口を付けたまま固まった私を村上くんが心配そうに見るが、それに構わずテーブルの上に置かれた物に目をはしらせる。淡いピンクの綺麗な小瓶に入った角砂糖、籠に入った市販で売ってるガムシロップ、そして花の模様があしらわれた白いミルクポット。前者ふたつに異常は見られない、つまり原因はミルクポットだろうか。
「っ、これミルクじゃない物が入ってない、かな?」
「え?」
「まさか!」
変に甘いコーヒーを無理やり飲み干して村上くんにミルクポットを示せば、私の言葉を拾った今ちゃんがばっとミルクポットを取り上げ、蓋を開けて匂いを嗅ぐと後ろでお菓子を拾っている太一くんを振り返った。
「太一、これに何を入れたのかな?」
「えー?ああそれ!カルピスの原液入れましたよ」
後で飲もうと思ったんですけど、そのポットの方がお洒落でしょ!と元気に告げた太一くんに今ちゃんが拳を振り下ろす。ゴッと良い音が響いたけど太一くんはトリオン体だから問題ないだろう。それにしても容赦ないな。
「カルピスはコーヒーに入れちゃいけないね…」
「すみません、淹れ直します」
「うん、ありがと」
村上くんがカップを持ってキッチンへ戻って行った。それと入れ替わりに来馬さんが近づいてきてソファへ座る。
「蒼ちゃんごめんね、うちの太一が」
「いえ、確かめなかった私もいけないので」
それに『本物の悪』と呼ばれる太一くんがここまで高頻度にやらかすとは思っていなかったのもいけない。反省しよう、ここは下手すると警戒区域よりも危険だ。
「来馬さんは熱帯魚茹でられたんでしたっけ」
「ああ…白茹でにされたよ…」
その出来事を思い出す様に遠い目をした来馬さんを見ていれば、お菓子がたくさん乗ったお盆を持って今ちゃんがやってきた。
「お隣良いですか?」
「もちろん」
可愛い子は大歓迎と呟けば今ちゃんが笑う。可愛い、癒される。鈴鳴支部は誰も彼も可愛い。だけど一部の見た目に騙されちゃいけない。ここは危険だ。
そう自分に暗示をかけていれば、今ちゃんがお盆の上からクッキーの乗った可愛らしいお皿を差し出してくる。
「私が作ったので味の保証は出来ませんが…」
「え、今ちゃんの手作り?」
「はい」
「今ちゃんのお菓子は美味しいよ」
「ああ、それはオレも保証します」
おずおずと差し出されたクッキーに対し、来馬さんとコーヒーを淹れ直してくれた村上くんが言う。
「いただきます!」
ココア色のクッキーをひとつ摘んでかじりつけば、さくりといい音を立ててクッキーが崩れる。ココアの風味が効くように甘さが控えめになっていて、とても美味しい。
「美味しい!」
「ほんとですか、良かった」
私の言葉を聞いてにこりと笑う今ちゃんは、お皿をテーブルの上に置いた。村上くんと来馬さんが置かれた皿からクッキーを摘んでにこにこしながら口に入れる。
「ん、美味しい」
「これはいつも食べられる鈴鳴が羨ましいなー」
「でしょう」
クッキーを齧りながらしみじみ呟けば、村上くんが自慢げに笑う。へこたれていた太一くんもクッキーを齧りつつ、あっと思いついたように笑った。
「七草さん、いっそのこと鈴鳴に転属しちゃえばいいじゃないですか!」
「ふふふ、それも良いかもねー」
「なんなら鈴鳴第一に入るかい?」
「まだ余裕はありますしね」
「オペレーションは任せて下さい」
「お、じゃあ来馬隊長よろしくお願いします」
にこにこ冗談を言って笑いながら、お菓子を食べ進める。
今ちゃんのクッキーに、ふわふわのマフィン、キャンディやチョコレートなど、さまざまなお菓子がゆっくりと消費されていく。
「ここは居心地良くて好きだなあ」
「蒼ちゃんならいつでも大歓迎だよ」
「ですね」
「ふふふ、そんなこと言うと入り浸っちゃいますよ」
ほんとうにここは居心地が良いから、と言えば今ちゃんが言った。
「今度来たら、一緒にお菓子作りませんか?」
「それいいね!作ろう!」
今ちゃんと一緒にお菓子が作れるなんて!と頷けば、不意に玄関の方からどたんばたんと音が聞こえてきた。
「なにかな?」
「オレが見てきます」
首を傾げた来馬さんに村上くんが制するように言って立ち上がる。続いて辺りを見回していた今ちゃんが口を開いた。
「あれ?太一どこ行ったかしら」
「そういえばさっきから見ないね」
確かコーヒーのお替りを淹れに行ってから姿を見ていないはずだ。そう考えた瞬間、玄関の方から太一くんがにこやかにやってきた。
じゃあ、音の原因は太一くんだったのかなと思案すれば、その後ろから足音が近づいてきた。
「七草!」
「あれ、忍田さんどうしたんですか?」
ばたばたと駆け込んできたのは忍田本部長だった。珍しい顔に鈴鳴のメンバーも顔を見合わせている。トリオン体に換装しているなんて緊急の用事かな、と思っていれば忍田さんはとんでもないことを口にした。
「どうしたじゃない、鈴鳴に転属するとはどういう訳なんだ」
「は?」
説明して貰おう、と真剣な目をして言う忍田本部長に対し、なんでそんな話になっているのか皆目見当がつかない私は間抜けな声を上げてしまった。
「え、なんですかその話。転属なんてしませんよ?」
「は?」
私の言葉に、今度は忍田さんがぽかんと口を開ける。なんでそんな話に?と首を傾げた瞬間、私の背後で来馬さんと村上くん、そして今ちゃんが太一くんをばっと振り返った。
「ねえ太一、何かした?」
「え?」
来馬さんの声に振り返れば、太一くんはとても楽しそうにお菓子を口にほおばっていた。
「蒼さんが鈴鳴に転属するって連絡しましたけど?」
本部に連絡したらちょうど城戸指令が出たのでそのまま伝えました!と語尾に☆でも付きそうな感じで太一くんが言う。
「…あれは冗談だったろう」
「えっ!?そうなんですか!?」
「本部長、ご迷惑をおかけしました…!」
「うちの太一がすみません…」
村上くんの言葉に驚く太一くん、その横で今ちゃんと来馬さんが深々と忍田さんに頭を下げる。
「そういうことか…」
「ならば、本当に転属はないんだな?」
これもあの本物の悪の仕業かと納得した私に忍田さんが念を押す様に聞いてくる。
「ないですないです」
「そうか」
ふう、と息を吐いた忍田さんが乱れた髪をぐいと掻き上げて言う。
「城戸指令から『七草が鈴鳴に転属するという一報が来たから理由を聞いて来い今すぐに。場合によっては連れ戻せ』と言われてきたが…転属じゃなくて良かった」
「城戸さん過保護…」
「仕方ないだろう、旧友の娘なのだから」
私が零した言葉に苦笑する忍田さんが言う。
城戸指令は今は亡き私の両親と第一次侵攻前からの付き合いだった。その忘れ形見の私を大切にしてくれているのはわかるし、私も第二の父のように親しくさせてもらっているけれど、時たま過保護だなと思う所もある。
「では、転属しないと連絡しないとな。あの人も顔には出さないが心配しているだろう」
「ですね」
笑う忍田さんが邪魔したな、と部屋を出て行くと、とりあえず今ちゃんがべしりと太一くんの頭をひっぱたいた。トリオン体だから以下略。
「太一、あんたって子は…!」
「気をきかせたのに…」
「あれは冗談だったからね…」
「すみません蒼さん」
「ううん、びっくりしたけど大丈夫だよ」
もはやここまでくれば笑えてくるから、と言えば鈴鳴メンバーも安心したようにへらっと笑った。が、それも長くは続かなかった。
「すまない、別役隊員はこのあと時間はあるか?」
部屋に戻って来た忍田さんが、太一くんを呼んだ。スケジュールを管理しているらしい今ちゃんがその言葉に応える。
「今日はこの後任務もないので空いています」
「えっ、オレなにかしました!?」
太一くんの言葉に忍田さんは苦笑しながら口を開く。多分、言わなくても太一くん以外の人は呼ばれた原因を察したはずだ。
「城戸指令がお呼びだ」
「えっ!」
さっとこちらを振り向く太一くん。振り返った先には、状況を察した心配そうな来馬さん、諦めろと言いたげな村上くん、全ては己の責任だろうと言うような表情の今ちゃん。
「謝れば許してくれると思うから、精一杯謝ってくるんだよ?」
「城戸指令もそこまで鬼じゃないだろう」
「これ以上余計な事をしなければね」
「えっ…!蒼さん!」
見事に助けてくれる人がいない状況で、太一くんが最後に救いを求めるように私を見た。
「頑張れ」
そう言って親指を立てた私に絶望の表情の太一くんが項垂れる。それを見て笑った忍田さんが、太一くんの頭に手を乗せた。
「さあ、行こうか」
「行きたくないっす…」
「遅くなるほどにあの人の怒りは溜まっていくぞ」
「すぐ行きます!」
来馬先輩、行ってきます!と早口に言った太一くんが忍田さんを置いて走り出した。
「邪魔したな」
「いえ…本当、すみませんでした」
「帰ってきたら、私たちからもよく言っておきます」
その後を忍田さんが続き、部屋には静寂が戻ってきた。若干疲れた顔をしている鈴鳴のメンバーを見て、やはりこういうのは慣れないよなあと思案する。
「いやー、嵐のようだった」
「だね…」
「コーヒー淹れ直しましょうか」
「あ、そうしようか」
太一くんは暫く帰ってこないだろうし、とりあえずはまったりしようと今ちゃんがコーヒーを淹れ直してくれた。
それにミルクと砂糖をたっぷりいれて、ひとくち口に含んで固まった。
「っ!?ごほっ」
「あっま…なんだこれ…」
「これ、コーラですね…」
「太一だ…」
せき込む来馬さんに、口に広がる甘ったるさにげんなりする私、なにも淹れずに啜った村上くんが呟き、今ちゃんが項垂れた。
置き土産に今度はコーヒーポットにコーラか、と鈴鳴支部には乾いた笑いが響いた。
1万hit御礼企画
鈴鳴支部の洗礼
(ドジってなんだっけ)
(騙されないで下さい、あれは本物の悪です)
1万hit御礼企画、名もなきファンさんからのリクエストでした!
ありがとうございました!ドジってなんだ!
「あ、オレコーヒー淹れてきます!」
「オレがやるから動かないでそこ座ってていいぞ」
「今ちゃんお菓子どこにあったかな?」
「確かそこの棚の上にあったと思いますけど…」
「来馬先輩、オレがとりますよ!」
がっしゃあん!がらんがらんっ
「ああっお菓子がバラバラにっ!」
「太一!」
「ひいっすみませんっ!」
「どうぞ、蒼さん」
「あ、村上くんありがとう」
ソファに座っている私の前に、村上くんがコーヒーを持ってきてくれた。がしゃんどたんと騒がしいここは、鈴鳴支部のリビング。
鈴鳴支部と合同で任務を行った後、一緒におやつでもどうかと誘われて二つ返事でついてきたのだ。
「騒がしいねえ」
「いつもの事ですけどね」
私のつぶやきに村上くんが笑う。鈴鳴支部には滅多に来ないけれど、ここにいる時の村上くんは本部に居る時よりも笑顔を見せてくれることが多いなと思う。やっぱりここの人達に心を許しているからなんだろうなと思いながらコーヒーを一口含んで、固まった。ちょっと待てなにこれなんだこの味!?
「……」
「蒼さん、どうしました?」
カップに口を付けたまま固まった私を村上くんが心配そうに見るが、それに構わずテーブルの上に置かれた物に目をはしらせる。淡いピンクの綺麗な小瓶に入った角砂糖、籠に入った市販で売ってるガムシロップ、そして花の模様があしらわれた白いミルクポット。前者ふたつに異常は見られない、つまり原因はミルクポットだろうか。
「っ、これミルクじゃない物が入ってない、かな?」
「え?」
「まさか!」
変に甘いコーヒーを無理やり飲み干して村上くんにミルクポットを示せば、私の言葉を拾った今ちゃんがばっとミルクポットを取り上げ、蓋を開けて匂いを嗅ぐと後ろでお菓子を拾っている太一くんを振り返った。
「太一、これに何を入れたのかな?」
「えー?ああそれ!カルピスの原液入れましたよ」
後で飲もうと思ったんですけど、そのポットの方がお洒落でしょ!と元気に告げた太一くんに今ちゃんが拳を振り下ろす。ゴッと良い音が響いたけど太一くんはトリオン体だから問題ないだろう。それにしても容赦ないな。
「カルピスはコーヒーに入れちゃいけないね…」
「すみません、淹れ直します」
「うん、ありがと」
村上くんがカップを持ってキッチンへ戻って行った。それと入れ替わりに来馬さんが近づいてきてソファへ座る。
「蒼ちゃんごめんね、うちの太一が」
「いえ、確かめなかった私もいけないので」
それに『本物の悪』と呼ばれる太一くんがここまで高頻度にやらかすとは思っていなかったのもいけない。反省しよう、ここは下手すると警戒区域よりも危険だ。
「来馬さんは熱帯魚茹でられたんでしたっけ」
「ああ…白茹でにされたよ…」
その出来事を思い出す様に遠い目をした来馬さんを見ていれば、お菓子がたくさん乗ったお盆を持って今ちゃんがやってきた。
「お隣良いですか?」
「もちろん」
可愛い子は大歓迎と呟けば今ちゃんが笑う。可愛い、癒される。鈴鳴支部は誰も彼も可愛い。だけど一部の見た目に騙されちゃいけない。ここは危険だ。
そう自分に暗示をかけていれば、今ちゃんがお盆の上からクッキーの乗った可愛らしいお皿を差し出してくる。
「私が作ったので味の保証は出来ませんが…」
「え、今ちゃんの手作り?」
「はい」
「今ちゃんのお菓子は美味しいよ」
「ああ、それはオレも保証します」
おずおずと差し出されたクッキーに対し、来馬さんとコーヒーを淹れ直してくれた村上くんが言う。
「いただきます!」
ココア色のクッキーをひとつ摘んでかじりつけば、さくりといい音を立ててクッキーが崩れる。ココアの風味が効くように甘さが控えめになっていて、とても美味しい。
「美味しい!」
「ほんとですか、良かった」
私の言葉を聞いてにこりと笑う今ちゃんは、お皿をテーブルの上に置いた。村上くんと来馬さんが置かれた皿からクッキーを摘んでにこにこしながら口に入れる。
「ん、美味しい」
「これはいつも食べられる鈴鳴が羨ましいなー」
「でしょう」
クッキーを齧りながらしみじみ呟けば、村上くんが自慢げに笑う。へこたれていた太一くんもクッキーを齧りつつ、あっと思いついたように笑った。
「七草さん、いっそのこと鈴鳴に転属しちゃえばいいじゃないですか!」
「ふふふ、それも良いかもねー」
「なんなら鈴鳴第一に入るかい?」
「まだ余裕はありますしね」
「オペレーションは任せて下さい」
「お、じゃあ来馬隊長よろしくお願いします」
にこにこ冗談を言って笑いながら、お菓子を食べ進める。
今ちゃんのクッキーに、ふわふわのマフィン、キャンディやチョコレートなど、さまざまなお菓子がゆっくりと消費されていく。
「ここは居心地良くて好きだなあ」
「蒼ちゃんならいつでも大歓迎だよ」
「ですね」
「ふふふ、そんなこと言うと入り浸っちゃいますよ」
ほんとうにここは居心地が良いから、と言えば今ちゃんが言った。
「今度来たら、一緒にお菓子作りませんか?」
「それいいね!作ろう!」
今ちゃんと一緒にお菓子が作れるなんて!と頷けば、不意に玄関の方からどたんばたんと音が聞こえてきた。
「なにかな?」
「オレが見てきます」
首を傾げた来馬さんに村上くんが制するように言って立ち上がる。続いて辺りを見回していた今ちゃんが口を開いた。
「あれ?太一どこ行ったかしら」
「そういえばさっきから見ないね」
確かコーヒーのお替りを淹れに行ってから姿を見ていないはずだ。そう考えた瞬間、玄関の方から太一くんがにこやかにやってきた。
じゃあ、音の原因は太一くんだったのかなと思案すれば、その後ろから足音が近づいてきた。
「七草!」
「あれ、忍田さんどうしたんですか?」
ばたばたと駆け込んできたのは忍田本部長だった。珍しい顔に鈴鳴のメンバーも顔を見合わせている。トリオン体に換装しているなんて緊急の用事かな、と思っていれば忍田さんはとんでもないことを口にした。
「どうしたじゃない、鈴鳴に転属するとはどういう訳なんだ」
「は?」
説明して貰おう、と真剣な目をして言う忍田本部長に対し、なんでそんな話になっているのか皆目見当がつかない私は間抜けな声を上げてしまった。
「え、なんですかその話。転属なんてしませんよ?」
「は?」
私の言葉に、今度は忍田さんがぽかんと口を開ける。なんでそんな話に?と首を傾げた瞬間、私の背後で来馬さんと村上くん、そして今ちゃんが太一くんをばっと振り返った。
「ねえ太一、何かした?」
「え?」
来馬さんの声に振り返れば、太一くんはとても楽しそうにお菓子を口にほおばっていた。
「蒼さんが鈴鳴に転属するって連絡しましたけど?」
本部に連絡したらちょうど城戸指令が出たのでそのまま伝えました!と語尾に☆でも付きそうな感じで太一くんが言う。
「…あれは冗談だったろう」
「えっ!?そうなんですか!?」
「本部長、ご迷惑をおかけしました…!」
「うちの太一がすみません…」
村上くんの言葉に驚く太一くん、その横で今ちゃんと来馬さんが深々と忍田さんに頭を下げる。
「そういうことか…」
「ならば、本当に転属はないんだな?」
これもあの本物の悪の仕業かと納得した私に忍田さんが念を押す様に聞いてくる。
「ないですないです」
「そうか」
ふう、と息を吐いた忍田さんが乱れた髪をぐいと掻き上げて言う。
「城戸指令から『七草が鈴鳴に転属するという一報が来たから理由を聞いて来い今すぐに。場合によっては連れ戻せ』と言われてきたが…転属じゃなくて良かった」
「城戸さん過保護…」
「仕方ないだろう、旧友の娘なのだから」
私が零した言葉に苦笑する忍田さんが言う。
城戸指令は今は亡き私の両親と第一次侵攻前からの付き合いだった。その忘れ形見の私を大切にしてくれているのはわかるし、私も第二の父のように親しくさせてもらっているけれど、時たま過保護だなと思う所もある。
「では、転属しないと連絡しないとな。あの人も顔には出さないが心配しているだろう」
「ですね」
笑う忍田さんが邪魔したな、と部屋を出て行くと、とりあえず今ちゃんがべしりと太一くんの頭をひっぱたいた。トリオン体だから以下略。
「太一、あんたって子は…!」
「気をきかせたのに…」
「あれは冗談だったからね…」
「すみません蒼さん」
「ううん、びっくりしたけど大丈夫だよ」
もはやここまでくれば笑えてくるから、と言えば鈴鳴メンバーも安心したようにへらっと笑った。が、それも長くは続かなかった。
「すまない、別役隊員はこのあと時間はあるか?」
部屋に戻って来た忍田さんが、太一くんを呼んだ。スケジュールを管理しているらしい今ちゃんがその言葉に応える。
「今日はこの後任務もないので空いています」
「えっ、オレなにかしました!?」
太一くんの言葉に忍田さんは苦笑しながら口を開く。多分、言わなくても太一くん以外の人は呼ばれた原因を察したはずだ。
「城戸指令がお呼びだ」
「えっ!」
さっとこちらを振り向く太一くん。振り返った先には、状況を察した心配そうな来馬さん、諦めろと言いたげな村上くん、全ては己の責任だろうと言うような表情の今ちゃん。
「謝れば許してくれると思うから、精一杯謝ってくるんだよ?」
「城戸指令もそこまで鬼じゃないだろう」
「これ以上余計な事をしなければね」
「えっ…!蒼さん!」
見事に助けてくれる人がいない状況で、太一くんが最後に救いを求めるように私を見た。
「頑張れ」
そう言って親指を立てた私に絶望の表情の太一くんが項垂れる。それを見て笑った忍田さんが、太一くんの頭に手を乗せた。
「さあ、行こうか」
「行きたくないっす…」
「遅くなるほどにあの人の怒りは溜まっていくぞ」
「すぐ行きます!」
来馬先輩、行ってきます!と早口に言った太一くんが忍田さんを置いて走り出した。
「邪魔したな」
「いえ…本当、すみませんでした」
「帰ってきたら、私たちからもよく言っておきます」
その後を忍田さんが続き、部屋には静寂が戻ってきた。若干疲れた顔をしている鈴鳴のメンバーを見て、やはりこういうのは慣れないよなあと思案する。
「いやー、嵐のようだった」
「だね…」
「コーヒー淹れ直しましょうか」
「あ、そうしようか」
太一くんは暫く帰ってこないだろうし、とりあえずはまったりしようと今ちゃんがコーヒーを淹れ直してくれた。
それにミルクと砂糖をたっぷりいれて、ひとくち口に含んで固まった。
「っ!?ごほっ」
「あっま…なんだこれ…」
「これ、コーラですね…」
「太一だ…」
せき込む来馬さんに、口に広がる甘ったるさにげんなりする私、なにも淹れずに啜った村上くんが呟き、今ちゃんが項垂れた。
置き土産に今度はコーヒーポットにコーラか、と鈴鳴支部には乾いた笑いが響いた。
1万hit御礼企画
鈴鳴支部の洗礼
(ドジってなんだっけ)
(騙されないで下さい、あれは本物の悪です)
1万hit御礼企画、名もなきファンさんからのリクエストでした!
ありがとうございました!ドジってなんだ!