荒船と出水の師匠シリーズ
荒船と出水の師匠シリーズ・短編詰め
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
荒船くんとホタル
「蒼さん?」
「お、荒船くんお疲れさまー」
「お疲れ様です。こんなとこで何してるんですか」
玄関前でうろうろしていたら後ろから名前を呼ばれ、振り向くと荒船くんが居た。探していた人物が現れてくれてよかったと笑みを浮かべて荒船くんに近づいた。
「荒船くんを探してたんだ。今から帰る?」
「帰りますけど、用事があるなら聞きますよ」
私服姿の荒船くんの「座れる所に行きますか?」という言葉には横に首を振った。
「用事と言うか、お願いがあるんだけども」
「なんです?」
「一緒に帰ろ」
「は?帰るも何も、蒼さんここに住み込みでしょう」
「そうなんだけど、見せたいものがあるんだ」
ということで一緒にかえろ、ともう1度誘えばとりあえずは頷いてくれたので、荒船くんと一緒に本部から歩き出した。
◆
「で、見せたいものってなんですか」
「そこは普通に着いてからのお楽しみです」
夕闇に染まり始めた、放棄された住宅街を2人並んで歩く。人気のないここでは、私たちの声はよく響いた。
「あ、もしかしてこのあと用事とか入ってる?」
「いえ、特にありませんけど…遠いんですか?」
「ちょっとだけ」
時間があるなら良かったと思いながら、道路に落ちてる瓦礫なんかを避けつつ目的の場所を目指す。私の後を追うようにしながら、ちょっと遠い、という言葉を聞いた荒船くんが聞いてきた。
「警戒区域の外ですか?」
「ううん、中。だけどたぶんね、誰も知らないと思うんだ」
「向かってる場所ですか」
「うん。この前任務中に見つけたんだけど、誰かが立ち入った跡もないし、そういう噂とかも聞かないから」
「へえ…」
本部を出てから20分くらい。薄暗くなった足元を持ってきた懐中電灯で照らしながら歩いて、ようやく目的の場所に到着した。
「つきました」
「ここって…川、ですよね」
荒船くんの言葉に頷く。私が連れてきたのは、警戒区域の中でも田舎の方にある1つの川だった。そんなに川幅や水量が有る訳でもないけれど、増水に備えて小さ目の堤防が作られている。
「うん。でも、見せたいのはもうちょい先なんだ」
ついてきて、と目の前の草むらをかき分けて堤防の斜面を下りていく。人の手が掛からないそこは、ちょっとしたかくれんぼが出来そうなくらいには雑草が伸びている。
「どこまで行くんですか?」
「もう少し先ー。滑るから足元気を付けてね」
「はい」
ざざっと滑るように降りた斜面の下、そこにも生えている草をざくざく踏み分けて進んでいけば石橋が見える。
その下は草がほとんどなく、少しの空間が出来ている。一足早くそこで服に付いてしまった葉っぱなんかを落として、がさがさ音を立てながらやってくる荒船くんを迎えた。
「ここだよ」
「ん?ここだけ草がないんですね」
「この前来た時にスコーピオンでちょろっと」
「スコーピオンで草刈りなんて初めて聞きましたけど」
呆れたような声を出す荒船くんに丁度良かったんだよ、なんて苦笑しながらこちらに来るように手招きした。
「電気消すよー」
「あ、はい」
手元の懐中電灯のスイッチをオフにすれば、月明かりだけが少し差し込むだけで真っ暗に近くなった。ぎりぎり見える目の前には、流れのゆるやかな川が流れている。水の音を聞きながら川辺に立って、辺りを見回した。
「見せたいのって、これですか?」
「おおざっぱに言えばそうなんだけど、そうじゃないというか…」
「?」
ほぼ真っ暗だけど天気は良いし、気温は少し蒸し暑いくらい。春は過ぎたけれど、夏と言うにはほんの少し早いくらいの季節。条件はそろっているんだけどなあと静かに立っていたら、それはふわりと視界に飛び込んできた。
「あっいた!」
「え?」
「荒船くんあれ見て!」
荒船くんの左手の袖を引っ張って注意を引けば、私が指差す方向に視線を送った荒船くんが小さく声を上げた。
「あれって…」
暗がりの中にふわりと浮く緑色の光。ちかちかと点滅するように光りながら移動するそれは、私が荒船くんに見せたかったものだった。
「もしかして、ホタル?」
「そう!」
「すげ…」
1匹のホタルに見入っていれば、ふわふわ飛ぶホタルはだんだんとその姿を増やしてきた。それを河原の淵にある、大き目の石に座り込んで眺める。
「これが見せたかったんだ」
「初めて見ましたけど、こんなに綺麗なんですね」
荒船くんが喜んでくれたようでよかった、と笑みを浮かべる。三門市にホタルはいないと思っていたけれど、ここは立ち入り禁止区域内だから住民が避難して以降、人の手は入っていない。もしかしたら、それでホタルが住める環境になったのかもしれないなとぼんやり思った。
「綺麗だよね」
「はい」
ふわりと舞う優しい色を追いかけていれば、ふいに荒船くんと目があった。
「蒼さん、なんで俺にここを教えてくれたんですか?」
「ああ、私しか知らないのは勿体無いかなって」
こんなに綺麗なのにさ、と呟けば荒船くんはこくりと頷いたのが見えた。
「まあ、最初に教えたかったというか、一緒に見たかったのは荒船くんだなって思ってたんだけど…ちゃんと見れて良かった」
ホタルの光を見ながら呟けば、ふいに隣の荒船くんが腰を上げたのが視界の端に映った。動きに釣られてそちらを見れば、暗闇の中でも荒船くんが私を見ているのがわかった。
「…蒼さん」
「ん?」
「いつか言おうと思っていたんですけど」
「うん」
「今、言わなきゃいけない気がするんで聞いて下さい」
荒船くんが私の前にしゃがんで帽子を取り、真っ直ぐ視線を合わせてくる。ホタルがふわりと飛んで、その光で真剣な顔をした荒船くんが垣間見えた瞬間、ゆっくりと荒船くんが口を開いた。
「俺、蒼さんが好きです」
ホタルが飛び交う静かな空間でまっすぐ告げられた言葉は、しっかりと私の鼓膜を揺らした。
◆
「マジですか」
「まじです。他の人には内緒ね」
「了解」
振動と低い駆動音が身体に響く中、私の隣では出水くんが苦笑していた。私が荒船くんに告白されたのを伝えたのだ。
「で、その後どうしてきたんですか」
「少し時間を下さい、って言ってきた」
「…。蒼さんの気持ちは?」
「それ聞いちゃう?」
出水くんの言葉に苦笑いで首を傾げれば、出水くんは首と両手を横に振った。
「まさか。荒船さんに1番に聞かせてやってください」
そう笑って言う出水くんは、私の気持ちなんてわかってるんだろう。それでもちょっと寂しげな顔をして頭の後ろで手を組んだ。
「それにしても荒船さん、勘が良いっていうか、タイミングが悪いっていうか」
「だよねえ」
ふう、と深く息を吐いて前を見た。目の前に広がるのは、広い部屋に鎮座する黒く輝く遠征艇。今から2週間、この艇に乗って近界へと遠征に向かう。
艇の前には、城戸指令を筆頭に重役の面々、それから蒼也さんや慶など遠征へ向かうメンバーが揃っている。
「ちゃんと帰って来ないといけなくなった」
「荒船さんに、返事しなくちゃですしね」
「うん」
出水くんの言葉に頷いて、降り切ったエレベーターから遠征艇へと足を踏み出した。
ホタルの光の中で
想いを告げられる
◆
「ふ、ふふ」
「蒼さん、なに笑ってるんです?」
父さんの黒トリガー、「水冠」の液体状のトリオンを目の前に厚く張って正面から次々と飛んでくる弾幕を吸収していく。シールドの役目をするそれの位置を調整しながら笑みを零せば、隣に立つ出水くんが不思議そうな顔をした。
「帰ったら荒船くんに告白の返事するんだって、よく考えたらこれ死亡フラグだよなーと思って」
「うーわ、このタイミングでそれって洒落になんないっすよ」
出水くんと2人、最前線で弧月を振り回す慶の後ろから援護射撃を行っている。ざり、と足元で鳴るのは枯れて砂になりつつある大地。身を隠すものがないので、冬島さんは当真くんに援護されて先に遠征艇へと戻っている途中だ。
「大丈夫、無事に帰すよ」
途切れることなく飛んでくる相手の攻撃を吸収したり迎撃を入れながら、冬島隊からの通信を待つ。あの2人が先に逃げ切らないと、私たちも引けない。
『―…悪ィな、待たせた』
『俺が下で援護するんで、戻ってきてください』
ざざっとノイズが走った後に冬島隊の2人から通信が入る。それに短く返事をして、出水くんに声を掛けた。
「出水くん、お先にどーぞ」
「ほんとに死亡フラグにしないでくださいよ?」
「しないように頑張りますよ」
気を付けて下さい、と言い残して出水くんが後ろに下がっていく。下がりつつも援護射撃をしてくれるので、その間に前線に居る人達を呼んだ。
『蒼也さんたちも先に戻ってください』
『ああ』
『怪我しないでくださいよ』
『気を付けて』
『うん、ありがと』
通信のすぐ後に、透明なままの風間隊が踵を返してくる。びゅうと3人分の風が横を駆け抜けていけば、残りは私と慶だけ。
『慶、交代しよう』
『はいよ』
私の言葉に返事をした慶が、群がるトリオン兵に向かって横一線に旋空弧月を放って私の所まで下がって来た。前線を睨む慶の、頬についた軽い傷からしゅうとトリオンが漏れている。
「任せた」
「うん」
短く言った慶が私の後ろに下がった瞬間、道を塞ぐように液状トリオンを展開させる。全員が戻っても艇を傷つけられたら終わりだから、帰りの門が閉まるギリギリまで私が殿を務める。
「あんまり近づくと困るんだ」
近づくトリオン兵に液状トリオンをぶつけ、水の中にその身体を水没させる。ある程度のトリオン兵を水中に取り込んだらぐっと圧力を掛けて潰し、片っ端から屠っていく。
潰したトリオンは私が吸収して、展開させる液状トリオンの量を増やして、吸収しての繰り返し。
『よし蒼、全員戻った。戻ってこい、帰るぞ』
『了解』
『おれが援護します』
私以外は全員が無事に遠征艇へ戻り、帰還の準備が出来たようだ。通信に返事をして後ろを振り返れば、ぶわっと出水くんのメテオラが飛んでくる。
メテオラは着弾と共に派手に土煙を巻き上げ、それに隠れるようにして遠征艇へと帰還した。
◆
「お疲れ様でした」
「ああ、よく休んでくれ」
「蒼さん、頑張ってくださいねー」
「うん、ありがと」
玄界の本部に戻ってきて、1時間ほどが経過した。
遠征先のデータや入手したトリガーなんかを城戸指令に報告し、労いの言葉を受けて解散した。蒼也さんたちと別れ際に出水くんに手を振り、ラウンジへと足を向ける。
「流石にいないかな…」
遠征から帰ってきたのは平日の日中なので、任務が入っていない限りは本部に探す人影は見えないだろう。広いラウンジに足を踏み入れて見れば、いるのは見慣れたB級の隊長さんだけだった。
「すーわさん」
「んー?あれ、蒼じゃねえの」
声を掛ければ、諏訪さんは文庫本に落としていた視線を上げて私の姿を確認し「おかえり」と言って本を閉じた。そのまま対面する席を勧められたので、椅子を引いてお邪魔する事にした。
「ただいまです。諏訪さん、荒船くん見てませんか?」
「ああ、さっき任務交代したぜ。けど、荒船のヤツ最近すっげえ機嫌悪ィよ」
「だろうとは思ってました」
それくらいは予想してました、と笑って返せば諏訪さんがにやにや笑いながら聞いてくる。
「ははーん。なに、アイツやっと蒼に告ったか?」
「えっ」
なんでそれをと表情が引きつった私に、やっぱりかと諏訪さんが目を細めて続ける。
「じゃあ蒼お前、それの返事しなかったんだろ。だーから荒船はあんな機嫌悪ィんだな」
「うぐっ」
にやにや笑う諏訪さんにズバズバ言い当てられて、心に見えない矢が刺さっていくのを感じる。なんでそんなに的確なんだ…と項垂れていれば、心底楽しそうな笑みを浮かべる諏訪さんにぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。
「わ、ちょっと諏訪さん!」
「全くしょうがねえなァ、オニーサンが手伝ってやるよ」
「え?」
「荒船に返事すんじゃねーの?」
「そ、うですけど…」
もごもご言う私の言葉を聞いた諏訪さんが、にやにや笑いながらひょいと立ち上がって私の腕を引いた。それに促されて席を立てば、諏訪さんがポケットからトリガーを引っ張り出してトリオン体に換装する。
「なら、善は急げだ。俺が荒船と交代するから、部屋でも何処でも呼び出してやれ」
「う…わかりました」
ありがとうございます、ともごもご言えば諏訪さんは「そのかわり話は後で詳しく、な」なんてにやりと笑った。
◆
うろうろ、そわそわ。
トリオン体なのに心臓がばくばく言ってる気がして落ち着かない。緊張のあまりバッグワームを起動して、歩いたり座ったりと挙動不審の極みだった。
「どうしよう緊張する…」
ここは前回、荒船くんに告白された石橋の下。諏訪さんと別れた私は一足先にここへやってきた。スコーピオンで切った草はだいぶ伸びている。さすがにもう完全に夏に入ってしまい、ホタルは居なくなってしまっただろう。
諏訪さんは荒船くんと交代しに担当地区へ向かって、荒船くんをここに呼んでくれる役目を買ってくれた。
あとは、荒船くんに告白の返事をするだけ、なんだけど。
「しにそう…」
正直2週間も待たせてしまったし、来てくれなかったらどうしよう。ネガティブな方に考えながらうろうろしていれば、不意にガサッと草を揺らす音が聞こえてびくりと身体が震えた。
「!」
がさがさ鳴る音はどんどん近くなり、草を踏み分けてこちらに近づく人影が見えた。帽子の下から覗く、鋭い視線と目が合った。
「蒼さん」
「あ、らふねくん…」
がさり、と姿を現した荒船くんが私の前に立つ。
その突き刺さるような視線から目を逸らさずに、荒船くんと向き合ってから深く頭を下げて謝った。
「長く待たせて、ごめん」
「ああ、いえ…俺のタイミングが悪かったんで」
顔上げてください、と荒船くんに促されてそろっと顔を上げれば、荒船くんは呆れたような顔をして口を開いた。
「なんで蒼さんが泣きそうな顔してるんですか」
「え、荒船くんが来てくれてよかったと思って…」
「俺が蒼さんに呼ばれて来ない訳ないでしょう。それより怪我は?」
来てくれて良かったと安堵する私を一蹴して、荒船くんが私の身体を見回して聞いてくる。今はトリオン体だけど怪我はしてないから、横に首を振った。
「してないよ」
「トリオン体を解除したら足が無かったとかないですよね?」
「ないない。トリガー解除」
ほら、と換装を解いて生身に戻り、荒船くんの心配をなくすように彼の前でくるりと回って見せる。
「怪我してないでしょ?」
「…見えるところには傷はなさそうですね」
「見えないところも無傷です」
そんなに心配しなくても、かすり傷ひとつしてないよと告げる。それを聞いた荒船くんは深く息を吐いて呟いた。
「心配だったんですよ」
「ありがとう、…ちょっと聞いてくれるかな」
「はい」
頷いた荒船くんと視線を合わせて、息を吸う。荒船くんに、どうしても確認しなくてはいけないことがある。
「私は、誰かと付き合ったりしても遠征には行くよ」
「…」
攻撃から防御、回復までこなせる両親の黒トリガーのお蔭で、私は無条件で遠征メンバーに組み込まれている。正直言って、無事に帰ってくる確率を上げる為に私が遠征メンバーから外される事はそうそう無いだろう。
そう言った私の言葉に、荒船くんは静かに頷いた。
「今回みたいに遠征に行く時は言えない時もあるし、荒船くんが知らない内に出発してる事もある」
「…」
「お別れも言えないし、帰りを散々待たせることになる」
「…」
「遠征行ったら、無事に帰って来ないかもしれない。腕や足が無かったなんて良い方かもしれないし、最悪身体の欠片すら戻ってこないかもしれない」
「…」
「いついなくなるか、わからないよ」
それでもいいの、と確認するように聞けば、静かに聞いていた荒船くんがふっと笑った。
「蒼さん」
「うん、」
「俺が、その覚悟も無しに告白したと思うんですか。そりゃあ、あの後蒼さんが遠征行ったって聞いたときは焦ったし、心配しましたけど…ちゃんと帰ってくるって信じてましたし」
「帰って来ないとは思わなかった?」
「いつも言ってるじゃないですか、俺達が待ってる限りはちゃんと帰ってくるって」
「、そうでした」
そんな事言ってましたと呟けば、そうでしょうと柔らかく笑った荒船くんが私の目をしっかりと見据えてくる。
「俺は、何があっても蒼さんが好きです。その気持ちは変わる予定はありません。…返事、聞かせてもらって良いですか」
じっとこちらを見てくる荒船くんにしっかり目を合わせて、ゆっくりと息を吸った。私の気持ちなんて、告白を受ける前からとっくに決まっていた。
「…私も、荒船くんが好き、です」
よろしくおねがいします、と下げた頭を上げた瞬間、思ったより近くにいた荒船くんにぎゅうと抱きしめられた。
「わ」
「、良かった」
心底安心した声で呟かれる言葉に、私も荒船くんを好きになって良かったとその背中に腕を回して目を閉じる。
そんな私達の後ろを、季節外れのホタルがふわりと飛んでいった。
ホタルのいた橋の下で
荒船くんと恋人になる
やっとくっつけました
「蒼さん?」
「お、荒船くんお疲れさまー」
「お疲れ様です。こんなとこで何してるんですか」
玄関前でうろうろしていたら後ろから名前を呼ばれ、振り向くと荒船くんが居た。探していた人物が現れてくれてよかったと笑みを浮かべて荒船くんに近づいた。
「荒船くんを探してたんだ。今から帰る?」
「帰りますけど、用事があるなら聞きますよ」
私服姿の荒船くんの「座れる所に行きますか?」という言葉には横に首を振った。
「用事と言うか、お願いがあるんだけども」
「なんです?」
「一緒に帰ろ」
「は?帰るも何も、蒼さんここに住み込みでしょう」
「そうなんだけど、見せたいものがあるんだ」
ということで一緒にかえろ、ともう1度誘えばとりあえずは頷いてくれたので、荒船くんと一緒に本部から歩き出した。
◆
「で、見せたいものってなんですか」
「そこは普通に着いてからのお楽しみです」
夕闇に染まり始めた、放棄された住宅街を2人並んで歩く。人気のないここでは、私たちの声はよく響いた。
「あ、もしかしてこのあと用事とか入ってる?」
「いえ、特にありませんけど…遠いんですか?」
「ちょっとだけ」
時間があるなら良かったと思いながら、道路に落ちてる瓦礫なんかを避けつつ目的の場所を目指す。私の後を追うようにしながら、ちょっと遠い、という言葉を聞いた荒船くんが聞いてきた。
「警戒区域の外ですか?」
「ううん、中。だけどたぶんね、誰も知らないと思うんだ」
「向かってる場所ですか」
「うん。この前任務中に見つけたんだけど、誰かが立ち入った跡もないし、そういう噂とかも聞かないから」
「へえ…」
本部を出てから20分くらい。薄暗くなった足元を持ってきた懐中電灯で照らしながら歩いて、ようやく目的の場所に到着した。
「つきました」
「ここって…川、ですよね」
荒船くんの言葉に頷く。私が連れてきたのは、警戒区域の中でも田舎の方にある1つの川だった。そんなに川幅や水量が有る訳でもないけれど、増水に備えて小さ目の堤防が作られている。
「うん。でも、見せたいのはもうちょい先なんだ」
ついてきて、と目の前の草むらをかき分けて堤防の斜面を下りていく。人の手が掛からないそこは、ちょっとしたかくれんぼが出来そうなくらいには雑草が伸びている。
「どこまで行くんですか?」
「もう少し先ー。滑るから足元気を付けてね」
「はい」
ざざっと滑るように降りた斜面の下、そこにも生えている草をざくざく踏み分けて進んでいけば石橋が見える。
その下は草がほとんどなく、少しの空間が出来ている。一足早くそこで服に付いてしまった葉っぱなんかを落として、がさがさ音を立てながらやってくる荒船くんを迎えた。
「ここだよ」
「ん?ここだけ草がないんですね」
「この前来た時にスコーピオンでちょろっと」
「スコーピオンで草刈りなんて初めて聞きましたけど」
呆れたような声を出す荒船くんに丁度良かったんだよ、なんて苦笑しながらこちらに来るように手招きした。
「電気消すよー」
「あ、はい」
手元の懐中電灯のスイッチをオフにすれば、月明かりだけが少し差し込むだけで真っ暗に近くなった。ぎりぎり見える目の前には、流れのゆるやかな川が流れている。水の音を聞きながら川辺に立って、辺りを見回した。
「見せたいのって、これですか?」
「おおざっぱに言えばそうなんだけど、そうじゃないというか…」
「?」
ほぼ真っ暗だけど天気は良いし、気温は少し蒸し暑いくらい。春は過ぎたけれど、夏と言うにはほんの少し早いくらいの季節。条件はそろっているんだけどなあと静かに立っていたら、それはふわりと視界に飛び込んできた。
「あっいた!」
「え?」
「荒船くんあれ見て!」
荒船くんの左手の袖を引っ張って注意を引けば、私が指差す方向に視線を送った荒船くんが小さく声を上げた。
「あれって…」
暗がりの中にふわりと浮く緑色の光。ちかちかと点滅するように光りながら移動するそれは、私が荒船くんに見せたかったものだった。
「もしかして、ホタル?」
「そう!」
「すげ…」
1匹のホタルに見入っていれば、ふわふわ飛ぶホタルはだんだんとその姿を増やしてきた。それを河原の淵にある、大き目の石に座り込んで眺める。
「これが見せたかったんだ」
「初めて見ましたけど、こんなに綺麗なんですね」
荒船くんが喜んでくれたようでよかった、と笑みを浮かべる。三門市にホタルはいないと思っていたけれど、ここは立ち入り禁止区域内だから住民が避難して以降、人の手は入っていない。もしかしたら、それでホタルが住める環境になったのかもしれないなとぼんやり思った。
「綺麗だよね」
「はい」
ふわりと舞う優しい色を追いかけていれば、ふいに荒船くんと目があった。
「蒼さん、なんで俺にここを教えてくれたんですか?」
「ああ、私しか知らないのは勿体無いかなって」
こんなに綺麗なのにさ、と呟けば荒船くんはこくりと頷いたのが見えた。
「まあ、最初に教えたかったというか、一緒に見たかったのは荒船くんだなって思ってたんだけど…ちゃんと見れて良かった」
ホタルの光を見ながら呟けば、ふいに隣の荒船くんが腰を上げたのが視界の端に映った。動きに釣られてそちらを見れば、暗闇の中でも荒船くんが私を見ているのがわかった。
「…蒼さん」
「ん?」
「いつか言おうと思っていたんですけど」
「うん」
「今、言わなきゃいけない気がするんで聞いて下さい」
荒船くんが私の前にしゃがんで帽子を取り、真っ直ぐ視線を合わせてくる。ホタルがふわりと飛んで、その光で真剣な顔をした荒船くんが垣間見えた瞬間、ゆっくりと荒船くんが口を開いた。
「俺、蒼さんが好きです」
ホタルが飛び交う静かな空間でまっすぐ告げられた言葉は、しっかりと私の鼓膜を揺らした。
◆
「マジですか」
「まじです。他の人には内緒ね」
「了解」
振動と低い駆動音が身体に響く中、私の隣では出水くんが苦笑していた。私が荒船くんに告白されたのを伝えたのだ。
「で、その後どうしてきたんですか」
「少し時間を下さい、って言ってきた」
「…。蒼さんの気持ちは?」
「それ聞いちゃう?」
出水くんの言葉に苦笑いで首を傾げれば、出水くんは首と両手を横に振った。
「まさか。荒船さんに1番に聞かせてやってください」
そう笑って言う出水くんは、私の気持ちなんてわかってるんだろう。それでもちょっと寂しげな顔をして頭の後ろで手を組んだ。
「それにしても荒船さん、勘が良いっていうか、タイミングが悪いっていうか」
「だよねえ」
ふう、と深く息を吐いて前を見た。目の前に広がるのは、広い部屋に鎮座する黒く輝く遠征艇。今から2週間、この艇に乗って近界へと遠征に向かう。
艇の前には、城戸指令を筆頭に重役の面々、それから蒼也さんや慶など遠征へ向かうメンバーが揃っている。
「ちゃんと帰って来ないといけなくなった」
「荒船さんに、返事しなくちゃですしね」
「うん」
出水くんの言葉に頷いて、降り切ったエレベーターから遠征艇へと足を踏み出した。
ホタルの光の中で
想いを告げられる
◆
「ふ、ふふ」
「蒼さん、なに笑ってるんです?」
父さんの黒トリガー、「水冠」の液体状のトリオンを目の前に厚く張って正面から次々と飛んでくる弾幕を吸収していく。シールドの役目をするそれの位置を調整しながら笑みを零せば、隣に立つ出水くんが不思議そうな顔をした。
「帰ったら荒船くんに告白の返事するんだって、よく考えたらこれ死亡フラグだよなーと思って」
「うーわ、このタイミングでそれって洒落になんないっすよ」
出水くんと2人、最前線で弧月を振り回す慶の後ろから援護射撃を行っている。ざり、と足元で鳴るのは枯れて砂になりつつある大地。身を隠すものがないので、冬島さんは当真くんに援護されて先に遠征艇へと戻っている途中だ。
「大丈夫、無事に帰すよ」
途切れることなく飛んでくる相手の攻撃を吸収したり迎撃を入れながら、冬島隊からの通信を待つ。あの2人が先に逃げ切らないと、私たちも引けない。
『―…悪ィな、待たせた』
『俺が下で援護するんで、戻ってきてください』
ざざっとノイズが走った後に冬島隊の2人から通信が入る。それに短く返事をして、出水くんに声を掛けた。
「出水くん、お先にどーぞ」
「ほんとに死亡フラグにしないでくださいよ?」
「しないように頑張りますよ」
気を付けて下さい、と言い残して出水くんが後ろに下がっていく。下がりつつも援護射撃をしてくれるので、その間に前線に居る人達を呼んだ。
『蒼也さんたちも先に戻ってください』
『ああ』
『怪我しないでくださいよ』
『気を付けて』
『うん、ありがと』
通信のすぐ後に、透明なままの風間隊が踵を返してくる。びゅうと3人分の風が横を駆け抜けていけば、残りは私と慶だけ。
『慶、交代しよう』
『はいよ』
私の言葉に返事をした慶が、群がるトリオン兵に向かって横一線に旋空弧月を放って私の所まで下がって来た。前線を睨む慶の、頬についた軽い傷からしゅうとトリオンが漏れている。
「任せた」
「うん」
短く言った慶が私の後ろに下がった瞬間、道を塞ぐように液状トリオンを展開させる。全員が戻っても艇を傷つけられたら終わりだから、帰りの門が閉まるギリギリまで私が殿を務める。
「あんまり近づくと困るんだ」
近づくトリオン兵に液状トリオンをぶつけ、水の中にその身体を水没させる。ある程度のトリオン兵を水中に取り込んだらぐっと圧力を掛けて潰し、片っ端から屠っていく。
潰したトリオンは私が吸収して、展開させる液状トリオンの量を増やして、吸収しての繰り返し。
『よし蒼、全員戻った。戻ってこい、帰るぞ』
『了解』
『おれが援護します』
私以外は全員が無事に遠征艇へ戻り、帰還の準備が出来たようだ。通信に返事をして後ろを振り返れば、ぶわっと出水くんのメテオラが飛んでくる。
メテオラは着弾と共に派手に土煙を巻き上げ、それに隠れるようにして遠征艇へと帰還した。
◆
「お疲れ様でした」
「ああ、よく休んでくれ」
「蒼さん、頑張ってくださいねー」
「うん、ありがと」
玄界の本部に戻ってきて、1時間ほどが経過した。
遠征先のデータや入手したトリガーなんかを城戸指令に報告し、労いの言葉を受けて解散した。蒼也さんたちと別れ際に出水くんに手を振り、ラウンジへと足を向ける。
「流石にいないかな…」
遠征から帰ってきたのは平日の日中なので、任務が入っていない限りは本部に探す人影は見えないだろう。広いラウンジに足を踏み入れて見れば、いるのは見慣れたB級の隊長さんだけだった。
「すーわさん」
「んー?あれ、蒼じゃねえの」
声を掛ければ、諏訪さんは文庫本に落としていた視線を上げて私の姿を確認し「おかえり」と言って本を閉じた。そのまま対面する席を勧められたので、椅子を引いてお邪魔する事にした。
「ただいまです。諏訪さん、荒船くん見てませんか?」
「ああ、さっき任務交代したぜ。けど、荒船のヤツ最近すっげえ機嫌悪ィよ」
「だろうとは思ってました」
それくらいは予想してました、と笑って返せば諏訪さんがにやにや笑いながら聞いてくる。
「ははーん。なに、アイツやっと蒼に告ったか?」
「えっ」
なんでそれをと表情が引きつった私に、やっぱりかと諏訪さんが目を細めて続ける。
「じゃあ蒼お前、それの返事しなかったんだろ。だーから荒船はあんな機嫌悪ィんだな」
「うぐっ」
にやにや笑う諏訪さんにズバズバ言い当てられて、心に見えない矢が刺さっていくのを感じる。なんでそんなに的確なんだ…と項垂れていれば、心底楽しそうな笑みを浮かべる諏訪さんにぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。
「わ、ちょっと諏訪さん!」
「全くしょうがねえなァ、オニーサンが手伝ってやるよ」
「え?」
「荒船に返事すんじゃねーの?」
「そ、うですけど…」
もごもご言う私の言葉を聞いた諏訪さんが、にやにや笑いながらひょいと立ち上がって私の腕を引いた。それに促されて席を立てば、諏訪さんがポケットからトリガーを引っ張り出してトリオン体に換装する。
「なら、善は急げだ。俺が荒船と交代するから、部屋でも何処でも呼び出してやれ」
「う…わかりました」
ありがとうございます、ともごもご言えば諏訪さんは「そのかわり話は後で詳しく、な」なんてにやりと笑った。
◆
うろうろ、そわそわ。
トリオン体なのに心臓がばくばく言ってる気がして落ち着かない。緊張のあまりバッグワームを起動して、歩いたり座ったりと挙動不審の極みだった。
「どうしよう緊張する…」
ここは前回、荒船くんに告白された石橋の下。諏訪さんと別れた私は一足先にここへやってきた。スコーピオンで切った草はだいぶ伸びている。さすがにもう完全に夏に入ってしまい、ホタルは居なくなってしまっただろう。
諏訪さんは荒船くんと交代しに担当地区へ向かって、荒船くんをここに呼んでくれる役目を買ってくれた。
あとは、荒船くんに告白の返事をするだけ、なんだけど。
「しにそう…」
正直2週間も待たせてしまったし、来てくれなかったらどうしよう。ネガティブな方に考えながらうろうろしていれば、不意にガサッと草を揺らす音が聞こえてびくりと身体が震えた。
「!」
がさがさ鳴る音はどんどん近くなり、草を踏み分けてこちらに近づく人影が見えた。帽子の下から覗く、鋭い視線と目が合った。
「蒼さん」
「あ、らふねくん…」
がさり、と姿を現した荒船くんが私の前に立つ。
その突き刺さるような視線から目を逸らさずに、荒船くんと向き合ってから深く頭を下げて謝った。
「長く待たせて、ごめん」
「ああ、いえ…俺のタイミングが悪かったんで」
顔上げてください、と荒船くんに促されてそろっと顔を上げれば、荒船くんは呆れたような顔をして口を開いた。
「なんで蒼さんが泣きそうな顔してるんですか」
「え、荒船くんが来てくれてよかったと思って…」
「俺が蒼さんに呼ばれて来ない訳ないでしょう。それより怪我は?」
来てくれて良かったと安堵する私を一蹴して、荒船くんが私の身体を見回して聞いてくる。今はトリオン体だけど怪我はしてないから、横に首を振った。
「してないよ」
「トリオン体を解除したら足が無かったとかないですよね?」
「ないない。トリガー解除」
ほら、と換装を解いて生身に戻り、荒船くんの心配をなくすように彼の前でくるりと回って見せる。
「怪我してないでしょ?」
「…見えるところには傷はなさそうですね」
「見えないところも無傷です」
そんなに心配しなくても、かすり傷ひとつしてないよと告げる。それを聞いた荒船くんは深く息を吐いて呟いた。
「心配だったんですよ」
「ありがとう、…ちょっと聞いてくれるかな」
「はい」
頷いた荒船くんと視線を合わせて、息を吸う。荒船くんに、どうしても確認しなくてはいけないことがある。
「私は、誰かと付き合ったりしても遠征には行くよ」
「…」
攻撃から防御、回復までこなせる両親の黒トリガーのお蔭で、私は無条件で遠征メンバーに組み込まれている。正直言って、無事に帰ってくる確率を上げる為に私が遠征メンバーから外される事はそうそう無いだろう。
そう言った私の言葉に、荒船くんは静かに頷いた。
「今回みたいに遠征に行く時は言えない時もあるし、荒船くんが知らない内に出発してる事もある」
「…」
「お別れも言えないし、帰りを散々待たせることになる」
「…」
「遠征行ったら、無事に帰って来ないかもしれない。腕や足が無かったなんて良い方かもしれないし、最悪身体の欠片すら戻ってこないかもしれない」
「…」
「いついなくなるか、わからないよ」
それでもいいの、と確認するように聞けば、静かに聞いていた荒船くんがふっと笑った。
「蒼さん」
「うん、」
「俺が、その覚悟も無しに告白したと思うんですか。そりゃあ、あの後蒼さんが遠征行ったって聞いたときは焦ったし、心配しましたけど…ちゃんと帰ってくるって信じてましたし」
「帰って来ないとは思わなかった?」
「いつも言ってるじゃないですか、俺達が待ってる限りはちゃんと帰ってくるって」
「、そうでした」
そんな事言ってましたと呟けば、そうでしょうと柔らかく笑った荒船くんが私の目をしっかりと見据えてくる。
「俺は、何があっても蒼さんが好きです。その気持ちは変わる予定はありません。…返事、聞かせてもらって良いですか」
じっとこちらを見てくる荒船くんにしっかり目を合わせて、ゆっくりと息を吸った。私の気持ちなんて、告白を受ける前からとっくに決まっていた。
「…私も、荒船くんが好き、です」
よろしくおねがいします、と下げた頭を上げた瞬間、思ったより近くにいた荒船くんにぎゅうと抱きしめられた。
「わ」
「、良かった」
心底安心した声で呟かれる言葉に、私も荒船くんを好きになって良かったとその背中に腕を回して目を閉じる。
そんな私達の後ろを、季節外れのホタルがふわりと飛んでいった。
ホタルのいた橋の下で
荒船くんと恋人になる
やっとくっつけました