荒船と出水の師匠シリーズ
荒船と出水の師匠シリーズ・短編詰め
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太刀川さんの遅い流行
「慶」
「すまん」
「どういうつもりかな」
「ほんとうに申し訳ないと思っている」
廊下に立ち尽くす私の前には、ボーダー個人総合1位の男が膝をついて頭を下げていた。その男、太刀川慶は髪の毛や服のはしから茶色の液体を滴らせていて、床には同色の水溜りができている。
この場に居合わせた不運な隊員たちは、恐々と遠巻きにこちらの様子を窺っている。
「私のカフェオレ…」
「買って返します」
「今」
「すぐにお持ちします」
私の言葉にぶんぶん頷いた慶が、カフェオレを滴らせたまま自販機のほうへ駆けて行った。廊下や壁に茶色い水玉模様を作りながら去っていく姿を冷ややかに見送っていれば、傍に立つ出水くんが口を開いた。
「蒼さんは濡れてません?」
「あ、私は大丈夫。だけどなんなの、君の隊長は」
いきなり人の肩を掴んで振り向かせるから…と眼下の水溜りを見下ろして呟けば、出水くんが溜息を吐きながら言った。
「壁ドンやってみたかったんですって」
「そっか。流行が遅いな」
「遅いっすよね」
出水くんの言葉に返せば、彼も苦笑気味に頷いた。
ということはあれだ、慶は私に壁ドンしようとして肩を掴んで振り向かせたところで私が持っていたカフェオレを勢いよく被ったということだ。遠心力を思い知ったか。
「カフェオレはともかく、廊下掃除させないとな…」
「それはおれがきっちり見届けますんで」
「そうして」
カップに半端に残ったカフェオレをぐっと呷れば、ラウンジの方からバタバタと慶が走って来るのが見えた。持っているのはカップではなくパックのカフェオレだ。学習したようだ。
「蒼、まじで悪かった」
「責任もって廊下掃除しなよ」
「ああ…」
「出水くんよろしく」
「はーい」
パックを受け取って、後ろについているストローを取り出す。ぷすりとストローを刺し込んで、廊下は出水監督に任せる事にして手を振ってさっさと歩き出した。
◆
「もっかいやらせてください」
晩御飯を食べて模擬戦をして、居住区に戻ればちょうど部屋から出てきた慶がばっと頭を下げて言った。もっかいって、昼間盛大に失敗したあれのことか。
「壁ドン?」
「ああ」
「他の人にやればいいじゃない、加古さんとか」
「あいつは駄目だ」
加古さんなら良い練習になるんじゃないのかなあ、と言ったけどすごい勢いで首を振られてしまった。まあ、加古さんに壁ドンするなら慶より匡貴さんの方が似合う気がするけど。
「見返りは?」
「あとで好きなもん食わせてやる」
「、それならいいけど」
冗談半分で言った言葉に、わりと真剣に慶が返してきた。そんなにやりたいのか、と思ったけれど美味しい物食べに連れて行ってくれるならと了承した。
それにしても、慶が執着するのは珍しいな。
「慶、なんでそんなに壁ドンに執着してるの?」
「なんとなく」
「なんとなくか」
まあどうぞと廊下の壁に背を付けると、ゆらりと近づいてきた慶が私の顔の横に左手を突いた。そのまま閉じ込めるように近づいて来られると、必然的に背の高い慶を見上げる形になる。
廊下を照らす光が隠されて、見上げた慶の格子状の瞳と目があった。
「…」
「…」
少しの間、無言で目を合わせていれば慶がゆっくりと口を開いた。
「蒼、これどんなかんじ?」
「ちょっと不安、かな。普段より威圧的に感じる」
慶の問いにそう答えれば、そのままの姿勢で慶が気の抜けた声でなーんだ、と呟いた。
「格好良いとかじゃねえのか」
「慶さんは真面目にしてると格好良いけど?」
「まじか」
そう言ってじっとこちらを見る慶が、暇してた右手を伸ばしてくる。なんだろ、と思っていればすっと顎を掬われた。顎クイってやつかと思った所で、少し離れた所から声が聞こえた。
「え」
「あ?」
「ん?」
驚きの声に横を見れば、右の廊下の陰から当真くんがやってきたところだった。目を軽く見開いてるところを見るに、声の主は当真くんのようだ。当真くんも泊まり込みだから、ここで遭遇するのは普通の事だ。もう遅いから帰って来たのだろう。
「なんだ当真か」
「太刀川さん、蒼さんに何してんです」
近づいてきた当真くんが、壁ドンされたままだった私の腕を引いて言う。いつもの口調と同じ感じなのに、思いのほか力の強い腕に引かれて慶の元から離れた。ずいと当真くんが私の前に出ると、慶は壁から手を離して弁解するように手を振った。
「壁ドンしてただけだって」
「…壁ドン?」
「ああうん、慶がどうしてもやりたいって言うから、美味しいご飯と引き換えに」
確認するように私を見たので、頷いて説明すれば当真くんは深く息を吐いた。
「すんません、完全に太刀川さんが蒼さん襲ってるように見えたもんで」
「ひっでえな」
軽く謝る当真くんに、慶が苦笑する。
ちらりと携帯の端末を見れば、もう結構遅い時間だった。これは早くお風呂に入って眠りたいな。
「じゃあ御所望の壁ドンも出来たし、私はお風呂入って寝るよ」
「おー悪かったな、おやすみ。また後で連絡する」
「蒼さん、おやすみなさーい」
「おやすみー」
明日は早朝任務なんだと言えば、2人は就寝の挨拶をしてくれる。自室の扉を開けて、未だ廊下に佇む2人に手を振って部屋に入った。
壁ドン!
慶さんの遅い流行に付き合わされる
(…太刀川さん、さっきの本気じゃないですよね)
(さあな)
「慶」
「すまん」
「どういうつもりかな」
「ほんとうに申し訳ないと思っている」
廊下に立ち尽くす私の前には、ボーダー個人総合1位の男が膝をついて頭を下げていた。その男、太刀川慶は髪の毛や服のはしから茶色の液体を滴らせていて、床には同色の水溜りができている。
この場に居合わせた不運な隊員たちは、恐々と遠巻きにこちらの様子を窺っている。
「私のカフェオレ…」
「買って返します」
「今」
「すぐにお持ちします」
私の言葉にぶんぶん頷いた慶が、カフェオレを滴らせたまま自販機のほうへ駆けて行った。廊下や壁に茶色い水玉模様を作りながら去っていく姿を冷ややかに見送っていれば、傍に立つ出水くんが口を開いた。
「蒼さんは濡れてません?」
「あ、私は大丈夫。だけどなんなの、君の隊長は」
いきなり人の肩を掴んで振り向かせるから…と眼下の水溜りを見下ろして呟けば、出水くんが溜息を吐きながら言った。
「壁ドンやってみたかったんですって」
「そっか。流行が遅いな」
「遅いっすよね」
出水くんの言葉に返せば、彼も苦笑気味に頷いた。
ということはあれだ、慶は私に壁ドンしようとして肩を掴んで振り向かせたところで私が持っていたカフェオレを勢いよく被ったということだ。遠心力を思い知ったか。
「カフェオレはともかく、廊下掃除させないとな…」
「それはおれがきっちり見届けますんで」
「そうして」
カップに半端に残ったカフェオレをぐっと呷れば、ラウンジの方からバタバタと慶が走って来るのが見えた。持っているのはカップではなくパックのカフェオレだ。学習したようだ。
「蒼、まじで悪かった」
「責任もって廊下掃除しなよ」
「ああ…」
「出水くんよろしく」
「はーい」
パックを受け取って、後ろについているストローを取り出す。ぷすりとストローを刺し込んで、廊下は出水監督に任せる事にして手を振ってさっさと歩き出した。
◆
「もっかいやらせてください」
晩御飯を食べて模擬戦をして、居住区に戻ればちょうど部屋から出てきた慶がばっと頭を下げて言った。もっかいって、昼間盛大に失敗したあれのことか。
「壁ドン?」
「ああ」
「他の人にやればいいじゃない、加古さんとか」
「あいつは駄目だ」
加古さんなら良い練習になるんじゃないのかなあ、と言ったけどすごい勢いで首を振られてしまった。まあ、加古さんに壁ドンするなら慶より匡貴さんの方が似合う気がするけど。
「見返りは?」
「あとで好きなもん食わせてやる」
「、それならいいけど」
冗談半分で言った言葉に、わりと真剣に慶が返してきた。そんなにやりたいのか、と思ったけれど美味しい物食べに連れて行ってくれるならと了承した。
それにしても、慶が執着するのは珍しいな。
「慶、なんでそんなに壁ドンに執着してるの?」
「なんとなく」
「なんとなくか」
まあどうぞと廊下の壁に背を付けると、ゆらりと近づいてきた慶が私の顔の横に左手を突いた。そのまま閉じ込めるように近づいて来られると、必然的に背の高い慶を見上げる形になる。
廊下を照らす光が隠されて、見上げた慶の格子状の瞳と目があった。
「…」
「…」
少しの間、無言で目を合わせていれば慶がゆっくりと口を開いた。
「蒼、これどんなかんじ?」
「ちょっと不安、かな。普段より威圧的に感じる」
慶の問いにそう答えれば、そのままの姿勢で慶が気の抜けた声でなーんだ、と呟いた。
「格好良いとかじゃねえのか」
「慶さんは真面目にしてると格好良いけど?」
「まじか」
そう言ってじっとこちらを見る慶が、暇してた右手を伸ばしてくる。なんだろ、と思っていればすっと顎を掬われた。顎クイってやつかと思った所で、少し離れた所から声が聞こえた。
「え」
「あ?」
「ん?」
驚きの声に横を見れば、右の廊下の陰から当真くんがやってきたところだった。目を軽く見開いてるところを見るに、声の主は当真くんのようだ。当真くんも泊まり込みだから、ここで遭遇するのは普通の事だ。もう遅いから帰って来たのだろう。
「なんだ当真か」
「太刀川さん、蒼さんに何してんです」
近づいてきた当真くんが、壁ドンされたままだった私の腕を引いて言う。いつもの口調と同じ感じなのに、思いのほか力の強い腕に引かれて慶の元から離れた。ずいと当真くんが私の前に出ると、慶は壁から手を離して弁解するように手を振った。
「壁ドンしてただけだって」
「…壁ドン?」
「ああうん、慶がどうしてもやりたいって言うから、美味しいご飯と引き換えに」
確認するように私を見たので、頷いて説明すれば当真くんは深く息を吐いた。
「すんません、完全に太刀川さんが蒼さん襲ってるように見えたもんで」
「ひっでえな」
軽く謝る当真くんに、慶が苦笑する。
ちらりと携帯の端末を見れば、もう結構遅い時間だった。これは早くお風呂に入って眠りたいな。
「じゃあ御所望の壁ドンも出来たし、私はお風呂入って寝るよ」
「おー悪かったな、おやすみ。また後で連絡する」
「蒼さん、おやすみなさーい」
「おやすみー」
明日は早朝任務なんだと言えば、2人は就寝の挨拶をしてくれる。自室の扉を開けて、未だ廊下に佇む2人に手を振って部屋に入った。
壁ドン!
慶さんの遅い流行に付き合わされる
(…太刀川さん、さっきの本気じゃないですよね)
(さあな)