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思いついたら書くだけのところ。

「ねえ…いつあなたは目覚めるのかしら。あなたはどうして私に何も背負わせてくれないの…」



霧が深い森には今日も今日とてか細いすすり泣く声が聞こえる。彼女の声はもう彼には届かない。国を守ることと引き換えに彼はこの木に取り込まれてしまったのだ。彼は死ぬまでずっとここで眠り続ける。ー虚構の国ギフトヴォール。私たちの国はそう呼ばれている。ここの国を治める王族たちは魔法が使える。そしてその魔法を使えることがこの国の闇とも言える部分なのだ。ギフトヴォールの城は城下町から離れた森に佇んでいるのだがそれには理由がある。






ーこの森には代々王族達が隠してきた秘密事が眠っているのだ。この森の最奥には猛毒の実をつける大きな古い木がある。この木が危険なのは実だけではない。葉に猛毒があり、空気中に毒素を排出する危険な木だと彼から聞いたことがある。ーまあその彼はみんなの記憶から消えてしまったのだが。ギフトヴォールの王族の人間には昔から魔力を持って生まれる。その中でも各代1番魔力を持つ者には王家を守るための特別な魔法を使う役目がある。ーそれが危険な毒の木を封印する方法だ。その魔法を使った人は全ての人の記憶から消えるという代償がある。…なぜ私が覚えているのかって?私は彼と会う最後の夜に言ったのだ。「あなたを覚えておきたい」と。彼は最初は「それは君が苦しいだけじゃないか」と断られたのだが「あなたを忘れる方が嫌だ」というわがままな私に苦渋の選択で、記憶を忘れさせないという魔法をかけてくれた。この記憶を誰にも言わないという約束で。そうして彼は魔法を唱え、あの樹が人目に晒されないように隠して毒を外へ洩らさない結界を張り、彼はその中へ閉じこめられてしまった。閉じ込められたあとは1人で死ぬまで眠り続ける。誰にも知られることなく、ひっそりと近づいてくる死を迎えるだけなのだ。…それがこの国の闇。私たちの国はずっと呪われている。その輪廻を断ち切らなければずっとずっとこの国は呪われ続ける。…すすり泣くのを辞めて私はありとあらゆる文献を探し始めた。…城では私は、あまり居場所がない。だってセキの許嫁だったから、彼を誰も覚えてない無いから私はこの城にいてはいけない存在だから。私は人目を避けてよく図書館に入り浸るようになった。あの樹を消し去ることは出来ないかという本を探すという目標で。あるかは分からない。でも、彼を救うためならどんなこともする。私はそれから毎日、時には食事も抜きであるか分からない本を探し始めた。…そしてやっと見つけた。とてもとても古い本にその毒の樹を消し去る呪文が書いてあった。誰もわからないように図書館の奥のあかずの扉にその本はあった。いつもは開いていない…というか、その壁に扉はなかった気がするのだが、その時は何故か扉は開いていて、入れる状態だったのだ。部屋の中のものは埃被っていて、机の上にちょこんとその本は置いてあった。最初はどんな本かも分からなかったが次第に文字を読むことが出来た。…もともと貴族で文学を嗜んでいたし、古い文字を解読するのは得意だったから読めたのだろう。その呪文は魔力がない私でも使えるということ、その毒の樹を消し去る呪文には代償がいると書いてあった。その代償とは…その呪文を使った者の命を差し出す事だ。…私は考えた。もしあの兄弟達に言ってしまったら彼らは喜んでその呪文を唱えるかもしれない。…でも誰かが犠牲にならないといけない。そんなのだめだ。彼らはもう充分犠牲を払って生きてきたでは無いか。彼らの未来をもう傷つけてはいけない。これからの未来を担っていかなければならないし、彼らにはこの国を治めるという役目がある。…それなら私は?セキを失った今、私は完全にギフトヴォールのお荷物状態だ。彼らにはなぜ私がここにいるのかわからないと思う。…だって私はセキの許嫁だったから。セキを失った今、私は何もない。彼が兄弟とまた幸せに暮らせるならそれで本望だ。…たとえ、わたしのいのちがさしだされようとも。たとえ、私がいなくなった世界でも。彼は幸せに暮らせると思う。…決行は満月の夜。私はそれまでにセキへ手紙を書いた。あなたを好きになれてよかった。とそう最後に書いた。呪文を唱える時に必要なこの古い本に手紙を挟んで、私は城をあとにした。





霧が深い森を迷いもせずに歩く。私が迷わなくなったのは小さい頃にセキに案内してもらったからだ。毒の樹に辿り着くまでにセキとのたくさんの思い出が浮かんでは消え、浮かんでは消えた。泣くのを堪えて前を見据える。ようやく、あなたを助けることが出来る。ーようやく、あなた達を呪いの輪廻から救い出すことが出来る。結界の中に彼が眠っているのが見える。その姿を見届けて私は呪文を唱え始めた。…すると森一面を覆っていた霧がどんどんなくなり、その樹を取り囲んでいた結界が消え、どんどん樹は原型を留められず、砂のように消えていく。それと同時に私の生命力はもう限界だった。…もう体に力が入らず、地面へ体が叩きつけられると思った瞬間、ふわっと誰かに抱きとめられた。ああ、この懐かしい匂い。抱きとめたのは私のいとしい人だった。



「どうして君がここに…?」


「この国を救うためかしら…?」


「なんで君が血だらけなんだ?」




そういう彼の顔から私の顔に雫がぽたぽたと落ちる。それが涙だと理解するのには時間がかからなかった。



「ああ、泣かないで。あなたを助けることが出来て私は本望なのに。」


「俺は本望じゃないよ。君がいない世界なんて俺は…」


「…女ならいくらでもいるでしょう?私じゃなくても平気よ」


「…君じゃないと嫌なんだ。どうして君はこんなことを。」




…もう口にも力が入らなくなって久々にこうして話すことが出来たのに喋ることもままならなくなくて、微笑むことしか出来なくなった。どうしてかって、あなたを望んでいる人が沢山いるからでしょう。あなたにはあなたを待ち望んでいた兄弟が居たでしょう。国民がいるでしょう。お友達のサトルさんだっている。…私はあなたがいなくなってから、この国のお荷物でしかなくなった。あなたがいたから私は価値があったのに、あなたがいなくなってしまったら私はなにもないの。私もあなたを望んだその1人だったのよ。…言いたいことは沢山あるのに体が言うことを聞かない。もうそろそろ瞼が落ちる。…霧が晴れたのを不思議に思ったのかセキの兄弟達がやって来て、セキと私を見ている。とても悲しい顔をしていた。どうしてかしら。普通は喜ぶべきなのに。私がいなくなるんだものね。…だんだんと瞼が落ちていく。瞼が落ちそうになる度にその度に私の顔に涙が伝う。ああ、泣かないで。あなたの涙を拭ってやりたいけど、それも出来ないなんて、私はひどい人ね。…もうそろそろ落ちる頃だ。ああもうあなたを見ることも叶わなくなってしまう。もっとあなたの隣で生きていたかった。あなたと幸せな未来を築いていたかった。そんな願いはもう叶うはずもない。



ーさようなら。いとしい人。どうか私の分まで幸せな日々が送れますように。そうして瞼が閉じるの同時に唇に温かいものが触れたのだった。












…side…??




…自分がなぜこうして目を覚ましたのかが分からなかった。自分はずっとこの国の闇と共に死ぬまで眠り続けるのだとそう思っていたのに起きて最初に見たのはいとしい人が血だらけになって地面に叩き落とされそうになっている所だった。自分が取り込まれていた結界や樹は跡形もなく消えて、霧もあったのが嘘のように霧に取り囲まれていた森は太陽がキラキラと照らしていた。この状況を作ったのは彼女だとそう理解したのに時間はかからなかった。…彼女には辛い思いを沢山させた。もとより、この樹に取り囲まれるとこの世の全ての人から自分が忘れ去られるそういう仕組みになっているのだが彼女は「あなたがこの世界にいたということを覚えておきたい」と泣きながら言ってきたので自分が記憶に残るようにとそう魔法をかけた。…それが彼女をどんどんと蝕んでいたのかと考えると自分はどうして彼女に記憶を残していくような選択をしたのだろうと思った。自分が、心のどこかで彼女に覚えて欲しかったんじゃないかとそう思った。なんて醜い男なんだろう。…兄弟にも忘れられてもいいのに彼女にだけは自分がいきた証を知って貰いたかったんだろう。…どうして、こんなことをしたんだ。と彼女に問いかけてももうしゃべるとも苦しいみたいで微笑むだけだった。霧が晴れたのを不思議に思ったのか兄弟たちがここに姿を表した。俺がどうしてここにいるのか、そしてどうして彼女が血だらけなのか収集がつかないでいるようだった。もうすぐ彼女の瞼が落ちる。…彼女が死んでいく。彼女が「最後ぐらい笑ってよ。」というように微笑んでくるけど、俺にはそんな器用なことはできない。だって、自分が愛してる人が自分の腕の中で死んでいくのだ。ああどうか、キスで目が覚めるようなことは無いだろうかと思って瞼が閉じると同時に唇にキスをしたが、彼女が目を覚ますことはなかった。…彼女が大事そうに抱えていた本がはらりと地面に落ちる。その本を拾うと…古い文字を解読した彼女の筆跡がはっきりと残っていた。そしてこの本にはこの樹を消し去る呪文が書かれていることも。そういえば彼女は古い文字を解読するのが得意だったなあと思い出した。…もうそんな彼女を見ることは叶わないのに。こんな本をどこで見つけたのだろう。イクトもみんな知らないみたいで彼女が持っていることすら謎だった。風でページが進んでいき、あるところで止まったのでそのページを見ていると何やら手紙が挟まっていた。その手紙も間違いなく彼女の筆跡だった。その手紙を広げ読んでみる。




ーセキへ。
あなたがこの手紙を読んでいる時、私はもうここにはいないでしょう。私はあなたが居たからこそ私という価値があったということをあなたを失ってから気づいたの。あなたがいなくなってから私。この国のお荷物状態で息が詰まりそうだったわ。…あとね、あなたがいなくなってから兄弟たちはみんな暗い顔をして過ごすようになったわ。イクトも、ハトリもキョウもどこか浮かない顔をしてる。まるであなたがいないって思っているかのようにね。…それでね、もうあの子たちにあんな顔させたくないって、私しかあなたが生きた証を知らないなんて嫌だって思ったら、私こんな本を見つけちゃったわ。…私はあなたが生きられるならどんなことでもしてやろうって思ったの、たとえ自分の命を差し出しても。それがこの国の為になるなら、それがこの国が呪われ続ける輪廻から抜け出せるなら犠牲を払ってでも構わないって思ったわ。…あなたには兄弟たちと幸せでいて欲しいから。きっと、これからあなたは国王になってこの国を動かしていくでしょう。…私もその姿を見ていたかったけど、神様が許してくれなかったみたい。…神様って残酷よね。私がいちばんその姿を望んでいたのにね。…でも悪い事をしただなんて思わないで頂戴ね。これは私が決めたことなのだから。あなたはこれからまっすぐ自分の道を進んでいげはいいの。振り返っちゃダメよ。…ちゃんと人生を全うして、あなたが生きた証を刻み込めたら、また同じ空の下で会いましょう。セキ、あなたに出会えてよかった。そしてあなたを好きになれて良かった。





そう書かれていた。特に最後の3行ぐらいからは涙のあとだろうか滲んだあとがあった。…彼女はどんな思いでこの手紙を書いたのだろう。自分の命が潰えることを知りながらこの手紙を書いたのだ、恐怖で手が竦んだりしたのだろう。でもこの自分が死んだことを「私が決めたこと」と締めくくり、俺にはまったく荷を背負わせてくれなかった。…彼女らしい手紙だった
。「兄さん…」とキョウが俺に声をかけるが、キョウに声を返す気力もなかった。…俺も君に出会えてよかった。そして君を好きになれてよかった。…もうそんな言葉はどうやったって彼女には届かない。腕の中にいる彼女の手を握ると当然ながら自分の体温とは違い、冷たかった。


ーいとしき人よ。どうか安らかに眠たまえ。そしてどうかまた同じ空の下で君に出会えますように。そう願ってもう一度彼女の冷たい唇へキスをした。…その時だった。彼女が抱えていた本が最後のページが開いて、突然、文字が光り輝く。…彼女から古い文字の解読は少し教わっていたので一つ一つの文字を解読する。


「ー我、勇気ある者に努力の勲章としてこれを捧げん。」



そう浮かび上がっていた。それを解読し、朗読したのと同時に本からキラキラと光が放たれ、どんどん彼女を包み込んだ。…さっきまで冷たかった彼女の体温がどんどんと自分の体温と近づいていくのがわかった…生き返ったのか…?そんな話あるのだろうか。さっきまで冷たかった体温が復活するなんて…。あまりの展開についていけず、確認程度に彼女へ呼びかける。


「…目を覚ましてくれ……。」


その自分の声と同時に彼女の瞼が少しずつ開く。彼女は少し寝ぼけているようだった。


「…?目の前にセキがいる……?あなたもう人生を全うしてきたの…?」


「…すごく御伽噺のようだけど、君生き返ったんだよ」


「…夢のような話ね…まだ私寝ぼけているのかしら。」


「夢じゃないんだ。この景色さっきと一緒だろう。」


「…あら、一緒ね。…夢じゃなければここはどこ…?天国?それとも地獄かしら?」


「…現実じゃないかな?」


「……どうしてかしらね、あれだけ死ぬ覚悟ができてたのにあなたをまたこうしてみることが出来て私、嬉しいわ…」



そういう彼女の顔には涙がポロポロ落ちていた。…死ぬ時も泣かなかったくせに。とてもできた人だ。と思いながら、彼女を抱きしめた。



「…もうあんなことはしないでくれ。君があんな姿になるのはもう見たくない。」


「…お互い様じゃない私たち。あなたはずっと眠りこけていた王子様で私がそれを救ってあげたお姫様でどっちかが犠牲にならないといけない状況だったんだもの。私とあなたを天秤にかけるとしたら、絶対あなたを選ぶでしょう…?だからああするしかなかったの」


「お互い様…か。それでも本当に君は勇敢なお姫様だね。俺を助けに来るなんて。惚れ直したよ」


「…あなたがいない世界なんてつまらなかったからいっそそれならあなたを助けてあげようと思っただけよ」


「俺もきっと君がこのまま死んでたら君のいない世界はきっとつまらなかっただろうね」


「…そうかしら。女ならいくらでもいるでしょう?」


「…君じゃないともう生きていけないよ俺は」


彼女はこうやって直球に言葉を伝えると弱い。その証拠に顔がみるみる赤くなっているのがわかる。


「…私ももう、あなたなしでは生きていけないわ。」


そうはにかんで2人で微笑みながらキスを交わした。…今回のキスはなんだか暖かったのだった。




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