3期25話カイノノ

答える声は

顔を洗って、服を着替えて、髪はいつものポニーテールにして。朝食は、自分のぶんはとるけれどカイトはまだ起きないだろうから、大きめのおにぎりを三個作っていく。
今日もいつも通りの一日が始まる、はずだった。

「おはようカイト、起きろーっ!」

カイトの部屋の戸を開けるなり大声で呼びかける。今日は休日で愚者のパズルの解放依頼があるとも聞いていないから、わざわざ起こしに来なくてもいいのだけれど、昨夜遅くカイトからあんなメールをもらって、楽しみにせずにはいられなかった。

『ジンへのパズルができたぜ!明日から解いてみてくれよ』

ジンさんと最後に約束したというパズル。カイトはその約束をとても大切にしていて、何度も試作品の組み木パズルを作っていた。そして試作品が完成するたびに私がそれを解く、最近はそんな毎日。もっとも、私が大真面目に挑戦しても解けないものは解けないので、実質カイトが全部解き方を教えてくれるのだけれど。
だから今日もその延長でカイトと一緒にパズルをする日だと、そう思っていたのに。

お馴染みのワンルームは、もぬけの殻だった。



「…カイト?」

いつもギリギリまで寝ているベッドは整えられていて、人が隠れていそうな膨らみはない。閉じられたままのカーテンを開けてベランダの様子を伺ってみても、カイトはいない。キッチンは玄関と部屋の間にあって今まさに通ってきたから、そこにいないのは確認済み。バスルームとトイレも物音一つしないし、一応ノックして戸を開けてみても結果は変わらなかった。

「もう、どこに行ったのよ…。…ん?」

ふと気付いた、机の上にある物。それは私の記憶には無い、手のひらサイズより一回り大きな立方体。組み木パズルのピースをすべてはめた後のような、整った形だ。

…嫌な予感がする。

その予感を否定しようと、頭の中で必死に材料を探す。
カイトの携帯は。電話をかけてみたけれど繋がらない。…いや、これくらいならまだ平気。以前も連絡を寄越さないで先に登校していることが度々あったから。
他にカイトのいそうな場所は。休日だけど学校の屋上、裏山、学園長室、天才テラス、アナのアトリエ、キューちゃんの研究室、近所のスーパー、本屋、たこ焼きの屋台、ゲームセンター、ギャモン君の家…そういえば以前ギャモン君が敵対した頃、ギャモン君の作った愚者のパズルを解いていてカイトが帰って来ない日があった。ギャモン君を疑うわけではないけれど、電話をかけてみる。
しかし、返ってきた答えは。

「はぁ!?カイトがいなくなったぁ!?」

受話器越しだが、本当に何も知らないようだ。

「うん…」
「ノノハがこうして訊くってことは、ノノハに何も言わずどっか行っちまったのか、あのバカは」

ギャモン君は最初こそ驚いていたものの、すぐに落ち着いた声で確認するように尋ねる。カイトが動揺した時はその冷静さに何度も助けられたけれど…今は。

「まぁ、そのうち戻ってくると思うけどね~。あっ、ルーク君のところかな?男子同士で話したいことがあるとか!」
「……。ノノハ」
「ん?」
「無理すんな」

今は、彼の冷静さが困る。
明るく振る舞っていることが見透かされそうで、困る。



「…大丈夫。無理してないよ」

電話だから、声しか伝わらない。それは分かっているけれど、笑顔を見せないとギャモン君は信じてくれなさそうで、受話器越しに笑顔を作る。

「…とにかく、俺はカイトの行きそうな所を片っ端から探す。学校寄ったついでにアナやキュービックにも声かけてくるから」
「それなら私も…」
「ノノハはそこにいろ。カイトと行き違いにでもなったら面倒だし、走るよりバイクのほうが速く広く探せるだろ」

ギャモン君は私の言葉を信じてくれたのだろうか。分からないけれど、有無を言わせない様子で的確に指示を出すギャモン君に今は従う他ない。

「うん…。ありがとう、ギャモン君」
「なーにカイトのことだ。そう何度も約束破ったりはしねぇよ。さすがに学習してるだろ、バカだけど」

冗談混じりの声とバイクのエンジン音を最後に、電話が切れる。ギャモン君の言った『約束』がジンさんとのそれを示していないことは分かっていた。
ルーク君と戦う時、フリーセル君と戦う時、破られた約束。オルペウスとの最終決戦の時は直前にスイーツで元気づけることができたし、勝手に戦いに行ったわけではなく見送ることができたから、少しは成長してると思ったのに。



「置いてくなって、言ったのに。私のこと置いていかないって、言ってたのに…」



一人になって、こぼれた本音。
ベッドの上に座り膝を抱えようとして…机の上の物体が視界に入った。今まで試作品として組み木パズルを解いてきたけれど…これはどう見ても組み終わった後。
もしもこれが昨日カイトの言っていたパズルだとしても…『解いてみてくれよ』と言われても解き方が分からない以前に、他に手の加えようがない。

「カイト…」

呟くように呼んだ名前。
答える声は、いつまで経っても返って来なかった。



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