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本心は闇で塗り潰した

黒いジャケットに黒いズボン。普段と同じといえば同じだが、日の沈んだ中で身を潜めるのにこれほど適した服装はない。街灯を避け、暗闇と同化するように佇んでいると、マンションから二人の少女が出てくるのが見えた。
それは、俺のよく見知った二人。



「本当に送っていかなくて大丈夫?ミハルちゃん」
「はいっ、全然平気です。それより今日も夕飯いただいてしまって…」
「いいのいいの。どうせカイトの分も作るんだし、二人が三人に増えたところで同じよ。食事に限らず、何かあったらいつでも言ってね」
「あ、ありがとうございますノノハさん!それではお邪魔しました!」
「うん、おやすみなさい♪」



…よかった。いちばん気掛かりだった妹も、なんとかノノハたちと繋がって無事に暮らしているようだ。
ミハルが俺のいる物陰とは逆方向へ進み、見えなくなったことを確かめると、俺はゆっくりと灯りの下へ歩き出した。同じく最後までミハルを見送っていたノノハは、背後の足音に気付いて振り向く。そして俺の姿を確認すると、丸い目を大きく見開いて俺の名を呼んだ。

「ギャモン君…!?」

驚きと、警戒と、安堵が混ざった表情。
無理もない。俺はノノハのいる前でカイトを潰す宣言をしたのだから。きっと彼女は「どうして」と尋ねたいだろうし、何なら言葉より先に蹴りを一発食らうことも覚悟していた。
…が、そこはさすがノノハ。

「…ミハルちゃん、心配してたよ」

自分のことよりもまず、先程帰路についた年下の少女の話題を出した。
彼女は、そういう人なのだ。自分のことよりも他人を気遣う。ナイチンゲールに例えられたその優しさが、しかし時として彼女自身を傷つけていたことを、カイトの知らないところで泣いていたことを、俺は知っている。

「…だろうな」

感情を押し殺して返事をする。短い言葉でなければ、余計なことを喋ってしまいそうだった。
少しの沈黙の後、彼女が再び口を開く。

「帰って、きたの…?」

そうであってほしいと願うように。
敵対しないでほしい、またカイト側についてほしいと期待するように。
潤んだ瞳が、じっと見つめる。いつだったか、あんな奴より俺のほうを向いてほしいと思った瞳が、今この瞬間は俺だけを見つめている。
…けれど。

『ノノハは絶対、カイトから離れない』。

軸川先輩はカイトの孤立を心配していたが、俺は確信していた。
なぜなら、単に予定が合わなかった時も、カイトがノノハを傷つけないためにわざとPOGからの招待状をはぐらかした時も、いつだってノノハはまっすぐにカイトを追いかけていたから。俺は、時には偶然巻き込まれ、時には協力する形で、彼女の隣にいたけれど…鈍いパズルバカに怒りが湧くほど、ノノハは俺のほうを見なかったから。
だから、決めた。



「俺の意志は、変わらねぇ」



死の危険にノノハを巻き込みたくない気持ちも、ノノハの笑顔を永久に守りたい気持ちも。
そのためにはカイトの敵になって…カイトより実力があることを見せつけて、カイトに神のパズルを解かせないようにするという考えも。
揺らぐことは、なかった。

「そ、そんな…」

絶望した顔で、震える声で、ノノハは必死に言葉を紡ごうとする。

そう、それでいい。その反応で正解だ。
むしろこの計画を悟られたら、優しい彼女は何としても止めに入るだろうし、その状態でもし俺が死んだら、結局彼女を悲しませてしまう。それよりは、今の時点で嫌いになってくれれば、もしもの事があっても彼女は泣かなくて済む。ノノハの明るい笑顔を曇らせなくて済むのならば、それは本望だった。

「お前に期待を持ってもらっちゃ困る。それだけ言いに来た。じゃあな」

俺はノノハに背を向けると、再び闇へ歩みを進めた。
後ろで彼女がどんな表情をしていようと、明日になればカイトの隣で笑顔を取り戻していることを、信じながら。



fin.

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2014/01/26 公開
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