BO-BOBO

ストップ・モーション

とある建物の屋上から、まだ見慣れない景色を一望する。すっかり寝静まった街には日中のような活気はなく、目視できるのは道に点在する街灯と信号機、それから郊外に建てられた高速道路の灯り、そこを走っていく自動車のテールランプ。真っ暗な世界の中で、赤やオレンジ色の光だけが都市の存在を示している。
そこからさらに視線を少し遠くに向ければ、街の中心部より奥には、深夜でも煌々と灯りのついた敵の基地が確認できる。奇襲を警戒して隙を見せないようにするためか、あるいはそこだけ絶えず明るくすることで、一般市民に権威を示しているのか。今回の標的をじっと見据えながら、建物の縁に座って膝を抱え直す。
この都市を治める勢力は、帝国にとっては将来的に脅威になる。今はまだ、私たちが弱小国だからと高を括っているけれど、毛狩り隊の隠し持つ実力を見せれば間違いなく彼らは抵抗し、総力を挙げてこちらを潰しにかかるはず。そう判断した三世様のもと、今回は奴らが動き出す前に仕留めるのが任務だ。
侵攻開始の合図は夜明け、日の光が差すと同時に。または、それよりも早く向こうが私たちの動きに気付いたのならば、敵が攻撃してきた時点で応戦。言い渡された指示を再度確認していると、後ろから微かに足音が聞こえた。戦闘に備えて最低限の緊張感はあるけれど隙を狙う気配はない。警戒心なく振り向いて、その相手を視界に入れる。

「ランバダ様」

呼びかけても彼は何も答えずに、ただ私の隣に並んで立つ。それから数秒ほど眼下の様子を眺めた後、普段と変わらない声音で淡々と告げる。

「この分だと侵攻は予定通り、日の出と同時になりそうだな。まだだいぶ時間がある、それまでお前は仮眠とっていいぞ」
「ランバダ様は寝ないんですか?」
「俺はいい。それにどちらかは備えてないといけないだろう」

一応、地上の暗闇には既に平隊員が潜んでいる。だから私たちが見張りをする必要はないのだけれど、それでも所詮は隊員だ。万が一の事態が起きた時に素早く対処できるのは、やはり実力が高く、俯瞰で判断できる隊長格の者たちになる。好戦的な彼のことだから、きっとそこまで考えての備えだろう…と一人納得していると、ランバダ様は突然ふいっと顔を背けた。

「それに…たとえ奴らから先制攻撃が来たとしても、お前は直前まで寝てるほうが、技にすぐ移れるだろ」

言われてみれば確かにそうだ。実際はほぼ無意識だけど、それこそ真拳や技としてのイビキは半覚醒くらいのほうが流れるように撃てる。そんな私の事情も把握した上で、普通ならもっと緊張感を持てと言われそうな時にあえて仮眠を提案されたというのは、ある意味それだけ認められているということなのか。遠回しで分かりにくい彼の真意にようやくたどり着いた気がして、思わずくすりと笑ってしまう。
…だけど、それだけ。魅力的な提案のはずなのに、少し笑っただけで一向に寝ようとはしない私に、ランバダ様は訝しげな視線を向ける。
最初はどこか不満そうに。しばらくして、ほんのわずかに心配の色を滲ませながら。

「…眠れないのか?」
「もう、いつもすぐ寝てるみたいに言わないでくださいよ」
「いつもすぐ寝てるだろ、お前」

図星を指されて苦笑で返す。それから再びゆっくりと、視線を眼下の景色へ移した。

「…街の灯りを、見てたんです」

暗闇の中、小さな光が並ぶ世界。点滅するもの、じっと光り続けるもの、動くものも動かないものもすべて、人々の生活がそこにある証だ。夢のような幻想的な景色。
明日には、そのほとんどが消えてしまうけれど。奴らとの戦闘が始まれば、歯向かう者たちはもちろん、ここにある建物も巻き添えで壊される。昼には日差しを遮る物すらなくなり、剥き出しのアスファルトには陽炎が揺らめく。空気中に血の匂いが混じり、一般市民に対する毛狩りが行われて、力を失った都市は見る影もなくなって、そうして革命が成立する。そんな世界の終わりがあることを、この街の人はまだ知らない。
今夜限りの光景を見つめ続ける私に、ランバダ様が忠告めいた口調で呟いた。

「…あんまり肩入れすると、戦闘どころか毛狩りさえできなくなるぞ」
「分かってます、任務はちゃんとやります」

実際、人間は私たちが思うよりもずっとしぶとい。例えば力のある者を殲滅しても、都市が壊れて暮らしが成り立たなくなっても、どうしたってその一部は生き残り、また新しい世界の仕組みに適応する。そんなしたたかさ、往生際の悪さこそが彼らの強さであり、三世様が人間を嫌う一因だ。だから手加減してやる必要なんてない、この世界がどうなるかなんて考えるだけ無駄で、何の意味もない。…分かっている、けれど。

「ただ、なんだかこれまでのことを思い出しちゃって」
「…この場所に思い入れがあるのか?」
「いえ。この街に来るのは初めてですし、全然そういうのじゃないですけど…」

夜風が肌を撫で、髪をなびかせる。このまま黙って、はぐらかしてしまおうか。一瞬そんな考えが頭によぎったけれど、隣に立つランバダ様が無言で私の言葉を待ち続けるものだから、とうとう観念して一言だけぽつりと零す。

「私の住んでいた街も、上から見るとこんなふうに小さかったのかなぁって」

私がまだ幼くて、両親の元にいて、毛狩り隊の存在すら知らなかった頃。私の周りの世界は家と学校と、せいぜいその周りの歩ける範囲だけだった頃。私は布団の子なのに人間を眠らせることができなくて、その世界のどこにも居場所はなかった。
あれから毛狩り隊に入って、真拳とはいえ人を眠らせられるようになった。居場所ができた。信頼できる仲間もいる。…代わりに戦闘も増えている、けれど。

「私の世界は、毛狩り隊に入って変わりました。これから戦闘が続いて、壊して奪って一般市民に毛狩りをしなきゃいけなくても…世界が狭かったあの時に比べたら、今のほうがずっといいんです」

今のほうが、人を眠らせられる。それが相手にとって心地よくないものであっても、戦闘と地続きの眠りだとしても。
横顔に視線が刺さる。ランバダ様の目がじっと向けられているのが分かる。隠し持つ弱さを見透かされたくなくて、冗談めかして笑顔を作ってみせる。

「なんて。これから戦うのに昔のことばかりって、走馬灯みたいですよね」

途端にランバダ様の表情が苦々しいものになった。死ぬ気か、と目で訴えられる。
もちろん今回の戦いで死ぬつもりなんて全くないし、そもそも余程のことがなければ死闘に追い込まれるはずもない。事前調査によると、奴らと私たちとでは、こちら側に圧倒的に有利な実力差がある。いくら帝国が周囲から弱小国と言われていようと、その実態は違う。それを示すための侵攻だ。…理屈では分かっている、けれど。
でも、万が一負けるとしたら、先にやられるのはランバダ様よりも私のはずだ。
私が戦って、打つ手がないと悟った時は、私は自らを囮にしてでも敵の技をなるべく多く引き出して、次に繋げる。そうすれば相手の出方を把握したランバダ様が、確実に仕留めてくれるはずだから。
だから、その時は。もしも私の世界がそれで終わるのならば、私は今の時間を最後に思い出して、幸せに死にたいと思った。これから壊される景色のように、朝になったら消える夢のように。
…だけど。そんな私の気持ちなんて知らないまま、ランバダ様が鼻で笑う。

「簡単に死んでやるほど弱くもないさ、今の俺たちは」

普段は見せない強気な笑みだ。街の一角にある通路の暗闇を見据え、口角を上げる。
ランバダ様にしてみれば、今回の侵攻は一切負ける気がない。万が一にでも死ぬことなんて、きっと全く考えていないのだ。実際、その可能性はほとんどゼロに近いから。
彼の視線の先を追ってから、数秒。…ふいに、地上から爆発音が響いた。続けて、わずかな灯りの中でも視認できる土煙、乾いた匂い。味方の技ではない、開始予定にはまだ早すぎる。ということは、気付かれたか。

「作戦は前倒しだな」

おそらく先程から敵の位置をほぼ把握していたのだろう、ランバダ様は呟くと一人で飛び出す。建物の屋根を伝って飛び降りながら、同時に片腕をポリゴンに変える。

「ポリゴン真拳奥義、ポリゴニック・クラッシャー!」

敵に対して上空からまっすぐ向かっていく。敵が気付いて顔を上げた瞬間、その場で腕を振り下げ、夜風を切り裂くように衝撃波を撃つ。接近戦にはまだ遠いその距離を、衝撃波が先に進んで埋めていく。
一瞬、私も後に続くべきか迷ったけれど、ランバダ様の技はオーラなど広範囲に及ぶものが多い。味方の攻撃に巻き込まれては意味がないので、ここは両者の出方を見る。ランバダ様には及ばないけれど、これでも私だって隊長だ。三狩リアのような協力戦でどう動くべきか、鍛錬は積んである。
先に仕掛けたのは向こうなのに、直後の思いがけない反撃に動揺したらしい。相手は闇雲に銃口を向けてレーザー光を照射する。しかしそれも衝撃波が飲み込み、すべてをポリゴンに変えて相殺する。破片が飛び散り、街の灯りを受けてきらきらと光りながら落ちていく。
建物の壁を蹴り、飛び退くように軌道を変えたランバダ様がわずかに振り向く。鋭く好戦的な、獣のような気迫の目。煌めくその一瞬一瞬が、記憶に焼き付いて離れない。

「レム!」
「はい!…爆睡真拳奥義、ねむりん粉!」

離れた場所からでも鮮明に聞こえる声。その呼びかけに応じて、素早く援護に移る。
ポリゴニック・クラッシャーと敵のレーザー光で、相手の注意は自然と眩しいほうへ向いていた。その隙を狙い、周囲に潜んでいる他の敵もまとめて眠りに落とす。
…どうか覚めないでいて。今目の前にいる敵も、あの穏やかな夢のような時間も。
どこかでガラスが割れる。どこからか叫び声が聞こえる。奇襲と反撃をきっかけに、他の区域でも戦闘が始まる。朝が、もうすぐやってくる。



fin.

(題名はポルカドットスティングレイの同タイトル曲から。しんみり切ない感じが好きです。)

2021/08/23 公開
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