BO-BOBO

祝宴と恋の話

「かんぱーい!」

浮かれた掛け声と共に、グラス同士の重なる音があちこちで響く。近くの席の隊長や隊員と一通り乾杯をしたら、後は各々好きなように話して食べて飲んで注文して…が繰り返されていく。平隊員の多くは最初こそ緊張した面持ちで気を遣っていたけれど、無礼講という名目のもと、それに連日の疲労も手伝って、場の空気はすぐに砕けたものへと変わっていった。
帝国の毛狩り隊として侵攻に明け暮れた、激動の四日間の働きぶりを互いにねぎらう会合。名前は立派に祝勝会と称しているが、要するに宴会だ。
ちなみに、隊長と隊員の多くが参加するため店は貸し切りらしい。朗らかに応対してくれる店員の様子を見る限り、特に脅して貸し切りにさせたのではなく、正規の予約をして開催に至ったようで…しがない隊員の立場から見れば、むしろこの宴会の日時が決まっていたから侵攻は何がなんでも計画通り、下手に長引かせず四日間で終わらせたのではないかと少し疑い始めている。

「シャイナ、お疲れ」
「そっちこそお疲れさまです、レム様」

冗談めかして敬語で応じれば、レムは困ったように笑って「普段通りでいいのに」と返した。立場も世間体も気にしないその答えに思わずくすりと笑みを漏らすと、改めて手に持ったグラスを互いに小さく打ち鳴らす。
実際、男どもが多い毛狩り隊の中で、私と彼女は同性で同年代の友人同士だ。けれど同時に彼女は上位の隊長でもある。毛狩り隊は実力主義だから、そんなことも度々あるのだ。隊長と隊員という立場の違いに、かつての友人でも知らず知らずのうちに疎遠になったり、変に遠慮したり逆恨みしたりする者も出ると聞くけれど、ありがたいことにレムとは今も仲良くさせてもらっている。

「いやぁ、でも今回の侵攻は本気で死ぬかと思ったわよ。四日間ぶっ続けだもん」
「今思えば、三世様もかなり無茶な計画を立てたわよね…。皆、交替で仮眠は取ったけど、終盤はほとんど力で押し切った形だし」
「ふと思ったんだけど。爆睡真拳を使うのにも、他の人と同じで仮眠は必要なの?」
「もちろん。相手を眠りにいざなう技だもの、自分の回復まではできないって」
「…その割にはアンタ、技を使いながら寝てる気もするけど」
「あれは…つい、相手につられて?」
「あぁ、そう…」

理屈はよく分からないけれど、彼女が技を使っている時の睡眠と、脳を休めるための最低限の睡眠とでは目的が違うらしい。でも「相手につられて」はどうかと思う。半分納得し半分呆れながら、テーブルの上のおつまみに手を伸ばす。
何気なく周りを見れば、皆が思い思いにこの宴会を楽しんでいる。興味の向くままにテーブルを回ってちょっかいをかける人、好機とばかりに憧れの隊長へ話を聞きに行く人、戦闘時も組む見知った相手と今も一緒にいる人。わいわい、がやがや。殺伐とした戦闘からは考えられないほどに、本当に平和だ。
すると、ここから少し離れた集団の一角で、ランバダ様が立ち上がった。

「よし、俺が盛り上げてやろう。ポリゴンチェンジ!」

ランバダ様は高らかに宣言すると、自身の顔の造形を素早く変化させていく。しかもルブバ様から始まり、宇治金TOKIO様、次はジェダ様…と連続で変えてみせては周囲から拍手と歓声を浴びていた。はっきり言って力の無駄遣いに思えるけれど、あの戦闘の後にまだ真拳を扱えるだけの余力が残っているのだから、やっぱりすごい人だ。芸の出来栄えはともかくとして。

「いいぞー、ランバダ様ー!」

ルブバ様と宇治金TOKIO様の半ばやけくそな声援が飛ぶ。顔まねされた側の彼らから見ても、やはりあれは似てないらしい。ではジェダ様はどうなのかと思いちらりと見れば、少し離れた席でお酒を一口すすり「悲しいねぇ…」と呟いた。要するに似てなかったらしい。周囲にいた隊員がすかさずお酌をして機嫌を取る。
もういっそ、ここまで微妙なら誰か教えてあげたほうがいい気もするけれど、たぶん皆言うのが恐ろしいのだろう。ハンペン様の立場ならあるいは…と思っても、肝心のハンペン様は盛り上がりに納得した様子でうんうんと頷き、近くにいたチクワン様から武勇伝をせがまれている。どう見ても説得に回りそうにはない。
すると、一部始終を遠巻きに見ていたスターセイバー様が低い声でぼそりと漏らす。

「あれは似ているのか…?」
「バカ、本人に聞かれたらポリゴンにされるぞ!?」

すかさず止めたのは彼の隣に座るチスイスイ様だ。スターセイバー様の後頭部付近を勢いよく掴んでテーブルに押さえつけ、自身も必死に声をひそめて忠告する。
その姿を横目で眺めながら、隊長は隊長で大変ねぇと思う。おそらく、隊長格だけの宴会は毎回こんな感じなのだろう。その点、隊員の立場は気楽だ。戦闘の時は最前線に駆り出されるけれど、余計な気苦労とは無縁でいられる。
…まぁ、私の隣にいる彼女はそんな皆の反応すら、良いとも悪いとも言わずにただ黙って見つめているみたいだけど。いつも早々に眠ってしまうからこんな悲喜こもごも自体が新鮮で、珍しがっているだけに見えて、そのくせ視線は賑わいの中心をしっかり捉えているのだから正直だ。

「レム。アンタの旦那、また変なことしてるわよ」
「だっ、旦那じゃないわよ!?シャイナ酔ってるでしょ!」
「酔ってないってば」

分かりやすく動揺した友人にからからと笑いながら、自分のグラスを持って揺らしてみせる。ソフトドリンクであることを示すスティックがその証拠だ。…しかしまぁ、「変なこと」ってところは否定しないのね。それに関しては少し安心する。

「…でもさ。真面目な話、これからどうするわけ?」
「どうするって?あぁ、三世様の今後の方針ならまた後日にって聞いてるけど」
「そうじゃなくて。プライベートのほう、ってかアンタ自身のことよ」
「私?」

レムはまったく思い当たる節がないとばかりに首を傾げる。確かにこの四日間は死闘続きで正直それどころじゃなかったけれど。でも、それも今日で終わりのはず。
他の隊員たちに聞こえないように顔を近付け、にやりと笑って提案する。

「例えば、告白しないのかってこと」
「こっ、コク…っ!?」
「しっ!声が大きい!」

思わず人差し指を立ててレムの唇に当てる。周囲もそれぞれの話に没頭して賑やかな中で心配しすぎかもしれないけれど、うっかり誰かに聞かれて、変に囃し立てられたり詮索されたりするのはかわいそうだ。
注意されて直接的な言葉を飲み込んだレムは、けれど充分すぎるほど効いたらしく、躊躇いがちに視線を彷徨わせて一言。

「しないわよ、そんなの…」
「何でよ?されたい派だから?」
「もう、からかわないでよ!っていうか、そういう問題じゃなくて!」

今度は一応反発するレム。けれどその直後には、やっぱりしゅんと肩を落とす。

「できるわけないじゃない…」
「そう?」
「そうでしょ、そういうの興味ない、くだらないって言いそうだし…仮に興味あるとしても、私なんかすぐ居眠りして困らせてるし…」
「あ、それは一応悪いと思ってるのね」

レム自身も面倒をかけている自覚はあるらしい。だからといって彼女の眠気が簡単に改善できるものではないのは、日頃の行いを見れば明らかだ。
落ち込みモードに入りそうな空気を、飲み物と一緒に喉の奥に流し込む。好きだから臆病になるのが恋というもので、慕う相手から拒まれるのは誰だって怖い。以前聞いた彼女のこれまでの生い立ちも踏まえれば、尚更だと思う。
でも、居眠りして困らせても彼が愛想を尽かさないあたり、思っているよりも状況はずっと良いと思うのに。仕方がないので、客観的に見たアドバイスを一つ。

「戦いも終わったんだし、向こうにだって考える余地くらいあるでしょ」
「うーん…。んー…?んんん…」

レムは困った声で唸りながら、目をぎゅっと瞑る。両腕を組んでじっくり考え始めた…と思ったのも束の間、彼女の首がかくん、かくんと緩やかなリズムで揺れる。

「…レム?」
「…Zzz…」
「ちょっ、反省したそばから寝ないの!こっちに寄り掛かるな、重い!」

声をかけてもレムは目覚めるどころか、むしろ遠慮なくもたれかかってきた。近くの席の隊員が何事かとこちらを見た後、いつものことかと再び各々の会話に戻る。いや、全体重を預けられてるし本当に助けてほしいんですけど。
…と、そんな中で一人、向かってくる人影。噂をすれば旦那登場だ。ランバダ様はレムを指差し、怪訝な目をして訊く。

「…酔ったのか?」
「酔うどころか飲まなくてもレムは寝ますよ」
「まぁ、そうだな」

そこで納得してしまうあたり、ランバダ様も相当レムの事情に慣れている。そもそも彼がわざわざ移動してきた時点で、だいぶレムのことを気にかけていそうだけど。
もちろんそんな勝手な推測を本人にぶつけるつもりはない。すっかり眠ってしまった友人の代わりに、苦笑しながら尋ねる。

「盛り上げ役はもういいんですか?」
「まぁな。コンバットのしょうもない話が始まったから離脱した」

ランバダ様はそう言いながら、先程までいたテーブルのほうを一瞥する。視線の先を追えば、確かにコンバット様が水着の女性隊長二人を侍らせて、男性隊員たちに何かを熱弁していた。詳しい内容まで聞く気はないけれど、まず間違いなくそういう方面の話なのだろう。笑いながら話についていける水着ガール様と水着ギャル様のすごさが妙に際立っている。
でも、この状況は本当にどうしたものか。レムは寝てしまっているし、彼女の話題で私がランバダ様と話すのも何か違う気がする。だからといって探りを入れるのも…と考えを巡らせたところで、名案を思いついた。

「そうだ!私、ニヒルたちのところに混ざりに行きたいんで。ランバダ様、この場所代わってくださいよ」
「はぁ?」
「レムもどうせ寄り掛かるなら弱っちい私よりも、強いランバダ様のほうが絶対良いと思いますし!」

我ながら雑な提案の仕方だなぁと思うけれど、それでも話の中でランバダ様の強さをしっかり上げるのは忘れない。さすがに宇治金TOKIO様やコンバット様とは違ってランバダ様が調子に乗ることはなかったけれど、その代わり持っていたグラスを置き、溜め息をつきながらもレムを挟んで反対側に座った。

「…お前らも大概強引だよな」
「そうじゃなきゃ毛狩り隊ではやっていけないでしょう?…レムのこと、そっちにゆっくり倒しますね」

言いながら、レムの肩と後頭部を支えて動かす。アルコールは摂取させていないから大丈夫だと思うけれど、寝ている相手なので乱暴に扱う気にはなれない。
ランバダ様はそれに無言で手を差し出すと、レムを自身の肩に寄り掛からせた。あまりにも自然すぎて本当に慣れてるな、とついじっと見てしまった瞬間、ランバダ様の口からふと繰り出される疑問。

「思ったんだが、コイツなら床に転がしておけば良かったんじゃないか?枕無しでも勝手に寝てるだろ」
「ランバダ様がそうしたいならそうしてください。じゃ、失礼します!」

彼の意見はもっともだけど、それだとわざわざ提案して場所を代わってもらった意味がないし、それ以前にランバダ様だって一応自らレムを受け取ったでしょうに。なんて内心でツッコミを入れつつ、しかし余計なことは言わずに、自分のグラスだけを持ってそそくさと移動する。
その途中、充分に離れた位置でこっそり振り向いてみれば、あんなことを言っていたランバダ様もレムをわざわざ退かさず、各々自由に話す隊員たちをぼんやり眺めながらグラスを口に運んでいた。もちろん隣には何も知らないまま熟睡し続けるレム。本当にあの二人は、一見すると真逆なのに妙なところで似た者同士というか、何というか。
きっともうすぐ宇治金TOKIO様あたりが気付いて、空気も読まず話しかけに行くから、このまま最後まで二人きりとはいかないんだろうけど。そうだとしてもどうか、このバカみたいに幸せな宴会が長く続いてほしい。そんな些細な願いを胸に秘めつつ、駆け寄るのはいつものメンバーのところ。

「何の話?私も混ぜてよ」
「痛っ!?お前、俺の背中思いっきり叩いただろ!」
「なんだかご機嫌だな、シャイナ。何かあったのか?」
「んー、まぁちょっとね」

大袈裟に痛がったニヒルの主張はひとまずスルーして、十兵衛の問いかけには適当な答えを返す。どっしり構えた様子で座るゴルゴンは、私が空いた席に収まったのを見てグラスを掲げた。

「そんじゃ、シャイナも来たことだしワシらも乾杯し直すか!」
「そうだな」
「かんぱーい!」
「おい、俺の痛みは無視かよ!?意外と力強かったんだからな!?」

尚も必死なニヒルに「ごめんごめん」と謝って、また皆で笑う。
争いが終結した日。私たちの周りの世界は、どこまでも賑やかで明るかった。



fin.

(ランバダの公式プロフィールにある「宴会芸:顔まね」って絶対ポリゴンチェンジだと思う、というネタ。レムと同年代の女子としてシャイナを理解者枠に配置したくなるし、そういう話が好きです。)

2020/12/22 公開
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