BO-BOBO

夏の朝

青々とした空が眼前に広がっている。視界を遮るものは何も無く、目線を下のほうに向ければ、見慣れた建物の数々と静まり返ったままの世界。もう夜明けと呼べる時間も過ぎてすっかり明るいのに、起きて活動するものはまだほとんどいない。戦闘続きだった激動の四日間に比べれば、随分と平和な朝だ。
帝国の各ブロック基地をまとめ上げる本部、その屋上。A~Gブロックの隊長が招集されたのは昨日のことだが、急いで自分の基地に戻るほどでもないからと、ほとんどの奴が本部で一夜を過ごした。もし仮に、隊長不在の基地を狙った輩に対して隊員だけで守れないのであれば、味方と言えどもそいつらは所詮その程度。それにそもそも奇襲を警戒するほどの奴が残っているとは思えない。俺たちが圧倒的な力でねじ伏せたから。
帝国に歯向かう者すらいない世界。あまりにも静かで退屈で何の代わり映えもしないから、三世様はあの計画の実行を決めたのだろうか。

「…ランバダ、様?」

後ろから声をかけられて、振り返る。気配には気付いていたし、相手のほうも気配を隠すつもりはなさそうなので、特に驚かない。しかし肝心のそいつ自身は、先客がいたことに対して驚いた顔をしていた。…俺にしてみれば、お前がこの時間からしっかり起きていることのほうが意外なのだが。

「レム」
「おはようございます。お隣、いいですか?」
「あぁ」

名前を呼んでやれば、嬉しそうに微笑んで駆け寄ってくる。分かりやすいようでいて分からない奴だ。いつ見ても眠そうで寝坊も居眠りも日常茶飯事なのに、今朝に限って起きているのなら尚更。考えすぎてよく眠れなかったか、早く目覚めてしまったか。
何かあったのか、なんて訊くのも白々しい。大方の予想はついている。その上で話題にしていいものか迷って、抜けるような青空をただ眺める。澄んだ夏の色だ。
そうしていると彼女のほうからぽつり、と言葉が漏れた。

「百年って、どのくらいなんでしょうね」

やはりそれか、と思った。だが無理もないだろう、昨日俺たちに招集がかかったのはその話のためだったのだから。三世様から直々に伝えられたそれは、百年間眠り続けた後に未来の世界までも支配するという、途方もない計画。

「…コールドスリープ計画か」

彼女は何も言わない。けれど否定しないから概ね当たっているのだろう。百年なんてキーワードまで出されたら嫌でも気付く。
実際はまだ本当に計画の段階で、実行の日付も決まっていない。ひとまず三世様直属の部下であるA~Gブロックの隊長に知らされただけであり、これから実験を重ねて、同時進行で他の隊長や隊員にも徐々に計画を伝える。もし毛狩り隊以外の者に伝わればそれは隙となるから、計画の開示は対象を制限して慎重に行う。その手順を考えると、今すぐにとはいかないはずだ。
だが、今の毛狩り隊の技術力ならばすぐに現実味を帯びてくるだろう。帝国の邪魔をする敵もおらず、そのぶん装置の開発に人員を割ける。一年かかるどころか、この夏が終わる頃には実行できてしまうのかもしれない。百年なんて夢物語みたいな計画が。

「百年も眠り続けるなんて、どんな感じなのかなぁって」

レムが再び静かに呟く。それを言葉通りに受け取るなら、あるいは日頃の居眠りから鑑みても、彼女が長い眠りに期待していてもおかしくない。そう思っていた。
だが、その割には妙に淡々とした物言いだ。憧れや高揚といったものは感じられず、かといって勝手に計画を進める帝国への怒りや反発も見られず。ただ何かを諦めて受け入れた後のような、隠しきれない寂しさの滲む声が、耳に残って離れない。
ちらりと隣を見れば、彼女はぼうっと浮かない顔で夏の空を見つめている。この先の百年を見ようとしている言葉なのに、本当は見たくないのだと言いたげな声音、横顔。

「百年も経てば、いろいろ変わるだろうな。人間も次の代に移るし、景観も変わる」
「…そう、ですか」

互いに当たり障りのない返答を交わす。百年の長さなんて想像もできなくて、けれど無邪気に理想を語るには、俺たちにとってはあまりにも近すぎる位置にある。

「せっかく平和になったのに…」

レムがまた寂しそうに零した。望んでいた平和は本当にこんな形だったのか。現実は皆が納得して争わないのではなく、ただ俺たちの支配を恐れて表面上は落ち着いているだけ。…百年後の世界は、平和なままか、それとも変わってしまうのだろうか。
けれど計画が決まった以上は仕方がない、覆せない。それに眠り続けるというのも、それこそ俺に聞かれても想像で答えるしかないような、どうしようもない話だ。

「眠りはお前の専門だろう。何か意見を求められたんじゃないのか」
「昨日のお話が終わってから、開発担当の人にそれっぽいことを聞かれましたけど…私の真拳は、夢を見るような浅い眠りですから。百年ずっと深い眠りが続くのなんて、さすがに予測がつかないです」

困ったように笑いかけられて、それもそうか、と思い直す。レム睡眠を基準にして、百年の途中でうっかり目が覚めたら大変だ。コールドスリープがどのような仕組みかは未だ判然としないが、その名前から推測する限り、体温を下げた一種の仮死状態に近いのかもしれない。…だとしたら。

「百年なんて、案外すぐかもしれないけどな」
「えっ?」
「例えば麻酔をかけられて数日眠ってても、本人にはその時の記憶が無くて目を閉じた程度、なんてよく聞くだろ。それと似たようなものじゃないのか」

本当は知らない。けれどレムは希望を見出したかのように、少しだけ表情を柔らかいものへと変えた。澄み渡る空とよく似た色を持つ彼女の髪が、さらりと風になびく。

「それに、変わらないものだってある」
「何ですか…?」

何かを期待するような、どこまでも純粋な瞳がじっと向けられる。まだ朝方だからとほとんど意識していなかった、夏の日差しの熱に当てられる感覚。…この先の百年を越える前に言ってしまえば、楽になれるだろうか。レムの抱えた不安を取り去るふりをして、言い出せていないこの思いを背負わせたなら。
そう思いかけて、けれど。ふい、と視線を横に逸らして告げる。

「…さあな。百年経てば自然と分かるさ」
「えっ、何ですかそれ!?」

裏切られた、やっぱりランバダ様は意地悪だ、と言わんばかりの反応をするレムに、自然と口角が上がる。これでいい。今はまだ、彼女に重いものを背負わせたくはない。百年なんて短いものだといくら暗示をかけても、やはり人の一生分の歳月は途方もないのだから。…でもまぁ、レムを不安にさせておきたくもないので言葉を加えてやる。

「一つ確実なのは、コールドスリープ計画に関わるのはお前一人じゃないってことだ。俺たち他の隊長も、それから隊員も同時に眠りにつく」

もちろん、百年眠っている間も帝国の機能を維持する人員は必要だ。だから知り合い程度の隊員も含めて全員というわけにはいかないが、大半は百年後まで共に行くことになるだろう。

「だから、百年後の情勢がどれだけ変わっていようとも。本当に身近な周りの奴らには同じように会える。それで目覚めたら、また日常が始まるんだ」
「じゃあ、その時は私…ランバダ様にまた、おはようございますって言いますね!」
「宣言しておくほどのことでもないだろ、そんなの」

指摘すれば、レムは初めて気付いたみたいな顔をして、照れ笑いを浮かべる。
百年の前のある夏の一日。朝の涼しさはすぐに止み、今日も暑い日になるだろう。



fin.

(ランレムや旧毛狩り隊の服装的に、コールドスリープ計画が行われたのは夏だといいな…という願望があります。ボーボボとビュティの出会いが春→毛の王国編が夏だとすると、ちょうど時期も合うし…!まぁ原作が週刊連載なのでお正月ネタとか普通に出てくるけど!)

2020/08/23 公開
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