BO-BOBO

幸せに沈む

※序盤からランレムがいちゃいちゃしてる。
※R-18まではいかないけれど、色々ほのめかしている。
※甘いと思いきや突然シリアスが入ってくる。
※甘すぎるのがダメな人は読まずに逃げたほうがいい。
※以前書いた「幸せに酔う」と似た系統の話。厳密には続きではない(前作を読まなくても話が通じる)けれど、少し時間が飛んで繋がっているようにも見えるかも。

苦手な方はご注意ください。




薄暗がりの部屋で、乱れた呼吸とリップ音が頭の中に直接響いてくる。どちらのものともつかないその音にくらくらしながら、味わうのはレムの柔らかな唇とその奥にある温い感触。

「ふぁ…っ、ん…」

塞いだ口の隙間から声が漏れる。それすら絡め取るように、何度も唇を重ね合わせて彼女を堪能する。
どれほど苦しそうにしたって、俺の首に回されたレムの両腕は離れようとしない。それどころかもっともっと、と彼女の方からも言外で求められて、気持ちは加速度的に高まっていく。
頬から耳にかけて触れていた右手を、ゆっくりと撫でるように首へ、鎖骨へ。そうして肩紐をずらせば、レムは少し体を強張らせた。キスに夢中になっていてもさすがにここまでくれば、この先に何が待ち構えているか悟ったらしい。
顔を離して、不安げな彼女に焦点を合わせる。

「ランバダ、さま…?」

すっかりとろけた眼差しと声で呼ばれて、嬉しくないはずがない。
このまま次に進んでしまおうか。自身の中で燻る熱と悪魔の囁きに乗せられるまま、胸元に顔を寄せて――しかしそこで思いとどまった。

「レム」

名前を呼ぶ声は掠れた。暗闇に慣れた目で見上げれば、恥ずかしさとじれったさで染まった表情に思わず情欲をそそられる。
「…はい」と律儀に返してくれるその声は微かに震えていて、緊張が伝わってくる。何をされても受け入れようと身構えているような、それでいて不安や怯えを隠しきれていない、素直な返事。
ここで言葉を濁しながら「…いいか?」なんて聞けば、彼女は頷いてくれるのだろう。分かっているからこそ、理性が行動に待ったをかけた。
名残惜しいと思ってしまう欲望に蓋をして、再び彼女と向かい合う。二人の座るベッドがギシリと音を立てる。シーツの擦れる音すら耳が拾ってしまって、自身の余裕の無さを思い知らされる。
それでも、この問題をないがしろにしてはいけない。

「俺はお前が布団だろうが人間だろうが、これまで深くは聞かずにきた」
「…はい」

レムはどちらともつかない顔で相槌を打つ。
正直に言えば、自身を布団だと称して甘えてくるレムはとても可愛い。夜更かしをしがちな俺に対して自分は布団だからと引っ付いてくる姿も、そのくせ俺より先にぐっすり眠ってしまう姿も、呆れることは多々あれどそういうものかと受け入れてきた。
彼女の見た目からして人間だろうと思っても、それをわざわざ指摘する必要なんてない。布団だと主張する一方で自身の役目を忘れている時は「布団だろ」と言うことはあっても、その逆は口にしなかった。そんなことをしても無闇に傷つけるだけだ、自身を布団だと思っているのなら尚更。
そもそも答えを得たところで通常の業務には何の影響もない。旧毛狩り隊には食品も動物もロボットみたいな奴もいる。人間かどうかなんて曖昧なままで構わなかった、だから先送りにしていた…けれど。

「だが、今からするのは人間としての行為だ。だから…」

華奢な両肩を抱いたまま、その先を言えずに言い淀む。変な交換条件を付けてレムの選択を誘導したくない、なんてのはただの言い訳で、本当は口にするのが怖かった。
レムの自認が布団ならば、これから及ぶ行為は間違いなくレムを傷つける。
布団だろうと人間だろうとレムはレムで居てほしい、レムの気持ちを尊重したい。その思いに偽りはないが、そんなのも生身の行為の前では綺麗事で、俺はレムを人間として扱うことしかできない。どんなに彼女が望もうが結局は人間であるという現実を、最悪の形で突き付けることになるから。
重い沈黙が流れる。俯いた目線の先、肩紐を下ろして露になった素肌が目に毒だ。数分前の軽率な自分を恨みながら、気まずくなって視線をさまよわせる。
もっと触れたい。これ以上傷つけたくない。板挟みの感情に揺らぐ中、降ってきたのは普段の会話と変わらない明るさの一言だった。

「私、人間ですよ?」
「…え?」

躊躇いや答えにくさの欠片も無いけろりとした返答に、思わず間の抜けた声が出た。我ながらあまりにもこの場の雰囲気にそぐわない。
対するレムはきょとんとした顔でこちらを見ている。いや、なんでお前が不思議そうにしているんだ。今まで布団であることにこだわってきたのは、どちらかと言えばレムの方ではなかったか。布団の子なのに人を眠らせられないことを気に病んで、睡眠にまつわる真拳まで習得して…その一連の経緯を知っているからこそ慎重になっていたのに。
どうすることもできずにしばらく見つめ合う。すると彼女は俺の戸惑いを遅れて理解したのか、首に回した腕を下ろすと寂しそうに微笑んだ。

「確かに私は布団の子ですけど、布団じゃなくて人間です」

作り笑顔にすらなっていない泣き笑いの表情に、胸の奥が締め付けられる。そんな顔をさせたかったんじゃないのに。彼女に嫌なことを思い出させて、その上はっきりと言葉に出させてしまった罪悪感が、今になって襲いかかってくる。
でも、だからといってあのまま事に及べば、終わってから今以上の後悔に苛まれていたことは必至だ。同意がどうとか責任を取るとか、そういう軽い問題ではない。未だ萎えることのない熱を持て余しながら、それでもやはりここで引き返すべきか、と結論づけそうになる。
身勝手かもしれないが、俺の欲望のためにレムを傷つけたくはない。たとえレム自身に傷つく覚悟があったとしても。
しかし直後、レムは愛おしげにはにかんだ。

「だから私は、きっとランバダ様を受け止められます」

恥ずかしそうに両手を差し出されて、そのまま真正面から抱き締められる。一気に詰められた距離に、柔らかな質感とほのかに甘い香りに、一瞬頭の中が真っ白になった。
心臓の鼓動が早くなる。抑え込んでいた熱はもう制御がきかない。応えるように、俺も彼女の背中に手を回す。これまで布団だ何だと戯れてきたのが嘘みたいに思えるほど、触れたところから人肌の体温が伝わってくる。自分でも手に負えないほどの高揚感。
それを、人間だから受け止められる、なんて。

「…それってすげー殺し文句」

近付いた体をなるべくそのままに、緩慢な動作で視線を合わせる。鼻先の触れ合う距離。照れ笑いを浮かべたレムの息遣いさえも伝わってきて、どちらからともなくキスを一つ。
守ってやらなければと思っていた。弱くて無防備で傷つきやすい奴だと。
でも、きっとこの先も、俺はコイツには敵わない。
レムが恥じらいながらまた微笑む。幸せに沈み込む感触を覚えながら、俺は先程よりも力の抜けたその体を優しく押し倒した。



fin.

(ランレムを考える時「レムは布団か人間か」問題について、いつかは真剣に向き合わなければと思っていました。さすがにこれ以上は裏行きなので続かないです、二人の秘密です。)

2019/10/27 公開
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