BO-BOBO

夢見る枕

…重い。
左腕にかかる重圧で目が覚めた。ぼんやりとした意識の中で、なんとか状況を整理する。
暗い自室と見慣れた天井、カーテンレールの隙間から薄く漏れる外の藍色。柔らかな布団、そこに横たわる自分。…ここは戦場ではない。張り詰めるような緊張感も、ひりひりとした殺意も、荒廃と血生臭さの混じった空気さえも、全く感じられない。
そこまで確認してようやく、先程まで見ていたのは夢だと分かった。敵の攻撃をまともに受けて、左腕が使い物にならなくなる夢。このランバダ様に限ってそんなことがあるはずもないのに、非常に夢見が悪い。もやもやと残る後味の悪さを忘れるべく、意識して長く息を吐く。
幸いまだ夜中だ。窓からの光を見れば、深夜と呼ぶには心許ないが明け方というほどでもなく、起床までにはだいぶ時間がある。もう一度寝直そうかと何気なく左を向いて…そこで意識が完全に覚醒した。
当たり前のように、レムが眠っていた。俺の左腕を首の下に敷いて枕代わりにしたまま、こちらにぴったりと身を寄せているレムが。

「…っ!?」

叫びこそしなかったが、一瞬びくりと動きが止まった。驚きを何とか飲み込んで、呼吸の仕方を思い出す。全身の硬直は徐々に和らいできたけれど、未だ心臓の鼓動は忙しない。
それから少し遅れて、さっき感じた左腕の重圧はこれか、とようやく思い至った。おそらく現実で左腕に負荷がかかったから、それが夢にまで反映されたのだろう。つまり避けきれない攻撃の発端はコイツか。何とも迷惑な奴だ。
そもそもなぜコイツはここで寝ているんだ。わざわざこんな狭い所に来なくても、自分のベッドで眠った方が広々としていて寝る分には楽だろうが。
そんなことを思ってみても、すやすやと寝息を立てる彼女には当然伝わるはずもなく。むしろ、余計なことを考えたせいでコイツの意図が分かってしまった。
…昼間、俺が寝不足気味だと言ったから。
ここ最近は戦闘はもちろん、他の雑務も重なって気が張り詰めていたせいか、夜に眠っても三時間ほどで目が覚めることが続いていた。とはいえ一般的に睡眠は九十分周期だと聞くし、浅い眠りの時にたまたま目覚めてしまうだけで深い眠りも一応は取れている。気持ちはともかく体はしっかり休めているはずだ。その程度の、本当に軽い雑談のつもりだった。
だがレムはそれを大袈裟に捉えてしまったのだろう。爆睡真拳の使い手として眠りに関する事柄は放っておけなくて、何か手助けできればと望んで…その結果がこれだ。その割に俺は夢見が悪くてレムの方が熟睡しているあたり、何とも救いようがないが。
そうでなければ、日頃から睡眠を渇望する彼女がわざわざこんな寝にくい場所に来るだろうか。

「……」

レムは相変わらず、全く起きる気配がない。規則正しい呼吸音が微かに聞こえて、服越しとはいえぽかぽかとぬるい体温も伝わってくる。…密着した体の柔らかさについては、なるべく考えないようにする。
代わりに自身の左腕の行く末を案じた。一晩中枕にされていてはたまったものではない。頭が直接乗せられていなくても、鈍い拘束を長時間続けられればそのうち痺れてくる。
しかし、だからといって腕を引き抜くのも現状では難しい。レムが起きないように、なんてウブな心配は今更しないが、彼女に引っ付かれたこの体勢からどうやって左腕だけを救出しろというのか。…一応、実力行使でレムを引き離すこともできなくはないけれど、日中の居眠りならいざ知らず、こんな夜更けにそれをするのはさすがに気が咎めた。
でもまぁ、左側で眠ってくれている分だけまだマシだ。左腕が痺れて明日いっぱい使えなかったとしても、右腕が無事なら日常生活に必要な動作はだいたいできる。戦闘時もポリゴニック・クラッシャーとテクスチャー・フェイスは最低限使えるはずだ。
もはや左腕は使えない前提として明日のことを考え始めたところで、俺のものではない身じろぎの気配がした。まさかとは思うが、気付いたのか。

「…レム」

寝起きの声は日中よりも出しづらく、調整もしにくい。部屋の静けさも相まって予想以上に響いてしまった気がしたけれど、やはりと言うべきかコイツは起きなかった。考えてみれば当然のことなのに、妙に残念な心地になるのはなぜなのか。時間帯のせいで思考が変な方向に働き始めたのを自覚して、そんな自分に呆れる。
と、ほんのわずかに引っ張られるような感覚がした。その方向に視線を移せば、俺の衣服がぎゅっと握られている。どことなく遠慮がちに、本当は聞こえているとか目を開けるのが億劫とかではなく、おそらく無意識に。…何か怖い夢にでも差し掛かっているのだろうか。

「結局、お前が落ち着いて眠りたいだけだろう」

寝返りを打つように体ごとレムの方を向くと、右腕を彼女の体の上にそっと置く。ちょうど腕の中に閉じ込めるような体勢だが、おそらく本人は全く気付かないのだろう。
明日の朝、目覚めるのもきっと俺が先だから。レムが目覚める頃には俺はとっくに起きていて、この体勢も彼女の中ではそもそも「なかったこと」になっているはずだから。
薄暗がりの中、何も知らずに眠る彼女のあどけない顔を目に焼き付けてから、俺は再び瞼を閉じる。
今度こそ良い夢が見られるといい。というか、見られなければ困る。せっかくコイツが自らを布団だと主張して、こうして頑張っているのだから。
その存在を確かめるように、置いたばかりの右腕を彼女の背中の方まで回す。片腕だけで守れるとは思わないし、こんなので他人の夢に干渉できるとも思わないが…近くにいるんだ、何もせず見殺しにするよりは断然良い。
幸い、抱き心地は悪くない。むしろ生きている者の体温が、甘やかな彼女の香りが、再び眠気を誘ってくる。最初に見た夢を忘れそうなほどの穏やかさに、俺も安心して夢へ落ちていけるような気がした。



fin.

(何年か前は「ランバダはレムの抱き枕になればいい!」と思っていましたが(今でも割と本気で思っていますが)、書き上がってみたらランバダがレムを抱き枕にしていました。)

2020/02/14 公開
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