BO-BOBO

Kissing you!

爆弾は何の予告も無く投げられた。

「ランバダ様は、キスした時の感じ、って…すぐに想像つきますか?」

どこからそんな話になったのか、まるで見当がつかない。レムのおしゃべりは提出書類を確認する間ずっと続いていたが、内容の九割はどうでもいいような雑談で、それ故にほとんど聞き流していたから。
だが、そのセリフだけは聞き取れた。聞き取ってしまった。
例の言葉を綺麗に拾ってしまった自身の耳を呪いながら、俺はなるべく怪訝な顔で返事と睨みを返す。

「…は?」
「もう、ランバダ様ちゃんと聞いてましたか?キスですよ、キス」
「そこは聞いてた。というか何度も言うな」

今度は書類仕事に戻ったふりを装って、端的に忠告する。その話題をはしたないと言うほど堅物ではないつもりだが、さすがにタイミングというものがあるだろう。
お互いの気持ちを知っていて、いわゆる恋仲で、手を繋いだりデートしたりもクリアしたからそろそろ次の段階に、というのがあったとしても。
下手に焦りすぎてレムを傷付けるような真似はしたくないし、そもそもコイツ自身そういうことが分かっているんだかいないんだか、よく分からない節がある。
服装は相変わらず露出が多い上に、その状態で居眠りも寝落ちもする。隙がありすぎて普通の奴なら誘ってると言われそうなほどだが、恐るべきことにコイツには全くその自覚がない。
実際彼女は強いから、大半の奴は近付いただけで強制的に眠らされるし、それが効かない「レムよりも強い奴」は別に変なことはしないと信頼されているのだろう…俺も含めて。
それが分かってしまうから、俺はずっとレムのペースに合わせようと思って、時期を見計らってきた。…決して嫌われるのが怖いとか、そういうことではなく。
それなのに、不意討ちでこんな爆弾を投下しやがって。あまりこちらの心を掻き乱してもらいたくないのだが、レムは無邪気に近付いて顔を覗き込んでくる。

「あのですね、唇の感触はハンペンに近いんだそうですよ?」

うっかり目が合ってしまった瞬間を逃さず、可愛らしい顔で告げられた言葉。否応なく唇に視線が向く。
これはやっぱりアレか据え膳って奴か、と脳が空回りしそうになったが、レムのセリフを反芻して理解した直後、どうにも微妙な心持ちになった。
…なぜそこにハンペンという単語が含まれているんだ。
俺たちにとってハンペンと言えば、一般的な食用の物を指す時もあるが、それ以上に旧Aブロック隊長のアイツを指す場面が多い。もちろん今回の意味合いは明らかに前者だが、こんな状況下で上司のドヤ顔がちらつくのは無性に気に食わない。
もっとも、ハンペンが自らそんな浮いた情報を流すとは思えないけれど。アイツの実力を認めたくはないが、その程度の信用はある。

「ちなみにどこからの情報だ、それ」
「コンバットです。この前の仕事で一緒になった時、そんな話をされたので」
「あー…」

何とも言いようのない相槌が漏れて、天を仰ぐ。
正直、他の隊員ならば脅すなり何なりして「変なことを吹き込むな」と注意することもできただろう。だがコンバットに関してはどうしようもない。
注意したところで現場にいかがわしい本を持ってくるわ、女性隊員にセクハラまがいの言動をするわで、余程のクレームが来ない限りはほとんど対応を諦めていたからだ。そんな言動もなんだかんだで周囲から受け入れられてきた…というより受け流されてきたし、それに万が一アイツがレムに何かしようものなら俺が未然に防げばいい。まぁそれ以前にアイツ程度なら、手を出そうとした瞬間レムに眠らされるだろうが。
そうして放っておいたツケがまさか、こんな形で回ってくるとは。

「それで…ランバダ様は、どうなのかなぁって」

冒頭の質問に戻ってきたことを察して、思わず目を逸らした。直視してしまえば色々と決壊する。体裁とかプライドとか理性とか、とにかく色々。
つーか「どうなのか」って何だ、何がだ。単純にこの話知ってましたかーなのか、それとももっと踏み込んで、そろそろキスしませんか、なのか。
あるいは…誰かと比較した上での、ランバダ様は柔らかいんですか、なのか。
そもそもコンバットがレムにこの雑談を持ちかけた時点で、アイツはあわよくばを狙ってないか?
考えれば考えるほど気持ちにトゲが出てきたのを自覚して、まずいと思い蓋をする。彼女にだけは余裕の無さを悟られたくない。うまく回らない頭で一言、切り返す。

「…お前は?」
「えっ?」
「他人に訊いといて自分のことを話さないのは卑怯だろう。お前はその話聞いてどう思ったんだ」

それとなくレムの意図を確認するつもりで、慎重に言葉を選びながら訊いたつもりだった。
これでレム自身が何を言ってるのか自覚して、恥ずかしがるなり話を切り上げるなりしてくれたら上々。…次に進みたいと望むなら、おそらく最善。
しかしレムは恥じらう素振りもなく、雑談と同じトーンで答える。

「うーん、正直聞いてもピンとこなかったです。同じ柔らかい食べ物ならマシュマロのほうが甘くて美味しそうなのになぁ、なんて思いました」
「だろうな。…試したのか?」
「いえ、マシュマロ無かったので。その後も寝たら忘れちゃってましたし…今、ランバダ様と会って思い出したんです」
「そんな微妙な感想の話と俺を結び付けられるのも、複雑なんだが…」

どこかずれた回答に呆れてみせる一方で、内心では安堵してしまう自分もいる。
考えてみれば当然だが、レムは最初にこの話題を出されたコンバットとも、特に何も無かったということだ。本当に当然のことだが。
しかし問題が一つ片付いた直後、続けて脳裏に浮かぶもう一人の顔。

「…ハンペンとは?」
「え?いえいえ、何だろうと食べ物で遊ぶみたいで良くないですし。そのハンペンを料理に使うのかって話になりますよ」
「いや、そういうことじゃなくてだな…」

噛み合ってないのを察してつい口を挟む。この話しぶりからしてどうやらレムは俺の質問を、食用のハンペンで試してみたのか、と捉えているのだろう。
…俺が確認しておきたいのは、それではなく。

「もしかして…ハンペン様のことですか?」

自分から話題に出すのは気に食わなくて言い淀んでいると、レムのほうが察してくれた。なぜそこに話が飛ぶんだろう、みたいな言い方ではあるが。

「…あぁ。今の話で思い出すならアイツだろ」
「そう、ですかね…?」
「普通そうだろうが、ハンペンなんだし。…アイツとは、何もないよな?」

ちらりと睨みをきかせてレムを見やる。まるで妬いているような訊き方になってしまったけれど、そこはしっかり確認しておかなければならない。
まさかレムが好奇心でハンペンにキスをねだるなんてことは無いと思うが、そもそもの話題はキスの感触についてだ。だとしたら、完全にあり得ないことでもない。

「言っとくが、特にアイツに関しては頬も耳も関係ない。頭全部カウントするからな」

ハンペンが自身の頭の角を耳だと称していたのを思い出して、しっかり釘を刺しておく。
変な話、感触を確かめるのが目的ならハンペンの顔面のどこでもいいわけで、しかしそれはやはり気に食わない。アイツの顔面は鋼鉄だと聞いた気もするが、実際の固さなんて今はどうでもいい。柔らかくないからセーフだとか、口でなければいいとか、欧米の文化圏では挨拶だとか、そういう問題ではないのだ。
レムは相変わらず、きょとんとした顔で答える。

「いいえ。頭全体もそれ以外も、全然ないです」
「ふーん…」

至極当たり前の返答に、まぁそうだよなと思った。同時に、ハンペンに対して少しの優越感を覚える。
別に、何もないのであればそれでいい。ただレムがコンバットと雑談をした、ハンペンを含めて誰とも何もなかった、以上。この話は終わり。
…そう思っていたのに。

「ランバダ様は、どうなんですか?」
「…は?」
「ほら、私は答えたんですから、次はランバダ様の番ですよ!」

反撃とばかりに捲し立てられて、思わず直視してしまった目を再び逸らす。心なしかレムの頬がほんのり色付いている。そんな顔をして訊かれて、一体何を答えればいいのか。
急激に混乱した頭で、しかしこちらにはプライドもあるので無邪気に答えるわけにもいかず、はぐらかすように出した回答は。

「男同士でするわけないだろ、興味も無いし」
「そうじゃなくて!ハンペン様は一旦置いといてですね、えっと…その、ランバダ様、は…」

なぜか言葉を途切れさせるレムに違和感を覚えて、爆弾を食らわない程度に横目で見る、と。
今度は彼女のほうが視線を泳がせながら、困ったような顔で、おそるおそる声を絞り出す。

「私じゃない他の女の子と…キスしたこと、ありますか…?」

…そうか。コイツは、これが引っかかってたのか。
先程までの雑談とは違う、やけに張り詰めた雰囲気のレムを見て、すとんと腑に落ちた。
大方、コンバットと雑談する中で余計な不安を煽られたんだろう。男なら考えないはずはない、キスの経験ぐらいあるんじゃないか、だの何だのと適当なことを。実際見ていなくても目に浮かぶようで、つい溜め息が漏れる。
だがレムは、その溜め息は自分に向けられたものだと思ったらしい。不安の色を滲ませて、答えを聞きたくないとでも言いたげに俯いてしまう。
…正直、遠回りすぎた最初の質問を思えば、彼女に対して呆れる気持ちも多少はあるけれど。
それでも、この程度のことでレムを不安がらせるのは本意ではない。コンバットの影がちらつく見え透いた策に乗せられるのは癪だが、今はレムの余計な悩みを晴らすのが先だ。

「…いいや」
「っ、じゃあ…!」

レムが顔を上げた瞬間を目掛けて、素早く距離を詰める。俺の返答を聞いてぱあっと明るくなった表情が、一瞬驚きに変わって、でもそれすら焦点が合わないほどに近くなる。
そうして、唇を掠め取った。ふわっとした柔らかさを感じてから、ゆっくりと離れていく。
すぐそこにいると理解しているのに、名残惜しい気持ちが押し寄せる。もっと触れたい、何度でも。普段は意識すらしない息の温度が、わずかに熱い。

「…分かったか」

逃げられないよう彼女を腕の中に閉じ込めたまま、焦点を合わせて問いかける。

「え、あの…」

頬を上気させてぼうっとこちらを見つめるレムは、直後、諦めたみたいに告げた。

「びっくりしちゃって、よく分からなかったです…」
「……」

何だ、それ。
さんざん話題に出しておいてそんなものかよ、と思ってしまったのはそのまま顔に出ていたらしい。はっと気付いたレムが、慌てて一気に話し始める。

「あっでも、嫌じゃなかったです!ドキドキして、今でも信じられないですけど、思い出すとやっぱりランバダ様だなぁって思って、その…気持ち良くって」
「いや、もういい」

必死に弁明するレムを、一言だけで止める。ランバダ様だなぁってどういう感想だとか、いろいろツッコミどころはあるがちょっと待ってくれ。
確かに、彼女にとっては急にされたようなものだから、困惑するのも無理もない話だ。けれどストレートな言葉を面と向かって言われては、こちらのほうが思い出して恥ずかしくなってしまう。
それでもレムはよく分かっていないのか、黙ったままの俺を見つめて混乱気味に呼びかけてくる。

「あのっ、ランバダ様…!?」
「レム」

なるべく冷静に、普段通りに名前を呼ぶ。別に俺は怒っていないし、気分を害してもいない。そんな意思表示も兼ねて。
そうしてようやく彼女が落ち着いたところで、腕の中から解放し、確認済みの書類を半ば押し付けるように渡した。レムがそれを反射的に受け取ったのを見てから、俺は何事もなかったかのようにレムを置いて部屋の出入り口へ歩き出す。
そもそもコイツは書類を見せるためにここへ来たはずだ。それなのに本来の目的をもう忘れかけてるみたいだし、惚けていつまでも居座られても困る。…俺も一旦休憩だ、さすがに切り替えなければ集中できそうにない。
部屋から出る直前、ふと足を止めて、未だ立ち尽くすレムに一言投げる。今回は何もなかったわけだが、この先同じことで何度もやきもきするのは御免だから。

「今後一切、他の奴らと比べんなよ」
「…はいっ!絶対、ランバダ様だけですっ!」

だからどうしてお前はそう無邪気に爆弾を投げてくるんだ。しかも大きな声で、嬉しそうに。
見なくても分かるレムの視線を背中にひしひしと受けながら、熱くなる顔をごまかすように、俺は帽子を深くかぶり直した。



fin.

(昨日「ランバダ様の誕生日だけど、更新がこんな浮かれたラブコメでいいのか…?」と迷って結局書き終わらなかったのですが、その後6月12日が「恋人の日」だと知って「よし、書いて載せよう!」と決めました。…そういや書いてから気付きましたが、原作で天の助が暴走してたな…?)

2020/06/12 公開
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